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長野県渋温泉でオンリーワンをポリシーに打ち出した『湯本旅館』の新たな“泊食”スタイル

さんたつ

【旅の手帖】湯本旅館_5

明治時代の面影を残す木造2階建ての情緒ある老舗宿『湯本旅館』があるのは、長野県渋温泉。その伝統を守りつつ、「夕食は外の飲食店とコラボする」新しい宿の形にシフトチェンジを図る。

湯本旅館

今回の“会いに行きたい!”

女将の湯本英里さん

「女将」「姉御」に憧れて宿に嫁入りして女将になる

九つの外湯をめぐると、厄除けや不老長寿の願いが叶うとされる長野県渋温泉。カラコロと下駄を鳴らし、浴衣姿の湯浴み客が行き交う情緒あふれる温泉街だ。

『湯本旅館』はその中心部にある共同浴場「渋大湯」のすぐ隣にある。

渋温泉は僧・行基が開湯したと伝わる約1300年の古湯で、宿の歴史は400年以上前にさかのぼるという。つまり、江戸時代初期からということになるのだが、もっと古いという説も!?

築130年を超える、明治時代の建物。「よいものを使っているから、いままでもっているのだと思います」。

「うちは、つばたやさん、古久屋(こくや)さんに続いて3番目に古い宿といわれていますが、お寺の住職さんが『最近、古い過去帳が出てきて、『湯本旅館』さんの歴史は少なくとも800年前』と言うんです」と女将の湯本英里さん。社長である夫は12代目「喜四郎」を襲名する。

明治・大正時代に作られたガラスは波打ち、タンスや障子の細工も古式ゆかしい。そんな歴史ある湯宿に、女将の英里さんは23年前に嫁いできた。

床柱や長押(なげし)に銘木が使われ、落ち着いた雰囲気の「さつき」。

「私、『極妻(ごくつま・極道の妻たち)』が好きすぎて、『女将』か『姉御』と呼ばれるのが夢だったんです」

近くの町で美容師の仕事と飲食店でのアルバイトをかけもちしていた、当時28歳の英里さんは、夫とは22歳の年の差カップル。二人は行きつけの居酒屋で知り合った。クリーニング店に勤める父親が『湯本旅館』に出入りしていたという縁もあったのだという。

夢が叶い、晴れて宿の女将になるも、義母となるお嬢さん育ちの大女将との軋轢(あつれき)に心労が重なったうえに、35歳で乳がんになる。結婚は波乱万丈な人生の幕明けでもあった。

「仕事をしながら通院治療をしたのですが、私は人と話すことが好き。お客さんと話をできるのがよいリハビリになったと思います」

貸切露天風呂「えりの湯」。令和6年能登半島地震後に茶褐色から白っぽく変わり、湯花を見て「ティッシュが浮いている」と驚く外国人客もいるそう。

夕食は地元店に連れて行き、お客さんとカラオケに出かける

自身が乳がんになった経験から、手術で乳房を摘出した女性が傷痕を気にせず、温泉に入れる活動を行う「ピンクリボンのお宿」(108会員、事務局は旅行新聞新社)に賛同し、湯浴み着を販売する。

ポリシーは「ほかの宿ではやっていないことをやる」。渋温泉は外湯めぐりが名物だから、旅館の立ち寄り湯をしていない宿がほとんどだが、『湯本旅館』ではお風呂を1回1000円で開放。さらには10回5000円、と超お得な立ち寄り入浴券の販売もしている。

また、旅館では当たり前の1泊2食型を思いきってやめ、夕食は外の飲食店で食べてもらう形にした。といっても素泊まりではなく、女将が厳選した店をセレクトし、車で送迎するというスタイルをとっている。

「夫婦二人でできる運営スタイルならば、人を雇わずに、今後も長く旅館を存続できる。地域の飲食店と共存共栄もできて、一石二鳥の決断でした」と英里さんは語る。

傷痕を気にせず入れる湯浴み着500円。

コラボレーションする飲食店は、京都の名店『菊乃井』で修業したお隣・中野市の『旬菜懐石 吟』、関西風おでんや和食のおばんざいを出す湯田中温泉の『食堂 よろしき日』など。

『食堂 よろしき日』のおでんの具材となる巨大しめじを作る農家さんは、英里さんの紹介。人と人を結びつけるのは得意技だ。

「渋大湯に入りにきていた飯山市のしめじ農家さんとたまたま仲よくなり、いまは『湯本旅館』の立ち寄り湯の常連さんに。しめじ小屋を見学しに行ったら、しめじの芳醇な香りが漂っていましたよ」と英里さんは笑う。

誰とでもすぐに打ち解けられる性格で、宿泊予約サイトの口コミには「話しやすかった」と書かれることが多いのだとか。

『食堂 よろしき日』の藤田寛さん・紀世さんオーナー夫妻(上)。この日の定食のメインは豆腐ステーキに葉ニンニクの味噌ソース。新じゃが野沢菜漬け、大根と雪下にんじんなどの小鉢が並ぶ。

『NHKのど自慢』の長野大会に出たこともあるほど歌が得意で、お客さんからリクエストがあれば、スナックのカラオケに同行することもしばしばあるそうだ。

どんなに夜遅くまで付き合っても、朝食の準備は英里さんの仕事。おからサラダや野菜たっぷりの味噌汁など、体にやさしく、かつ食べごたえのある料理でお客さんにも好評だ。

サーモンステーキやおからサラダなど、朝食は英里さんの手作り。野菜たっぷりの味噌汁は、最初から2杯分の大盛り。

日々、心がけているのは笑顔になってもらうこと

お客さんとの距離も近ければ、ご近所さんの友だちも多い。「渋温泉ゴルフ会」では経営者の男性陣に交じって、ゴルフコースを回る。「半日でも時間ができたら、一人でゴルフコースに出ちゃいます」と、考えるより先に行動するタイプだ。

外国からのお客さんとも、すぐに打ち解けて仲よくなる英里さん。

英里さんの考える渋温泉の魅力は、「変わらない」こと。よその人が簡単には入れない土壌があるから、新しい旅館が参入せず、地域の結束力は固い。

町並みを変えないための仕組みもある。温泉街を守るために、地域が一体となって365日、拍子木を叩いて「火の用心」の夜警を行っているのだ。木造旅館の多い温泉街で火事を起こさないための、地域の知恵である。嫁に来た当初は23時、24時、午前1時と3回も回っていたが、いまは一日1回。月1回くらい、各戸に当番が回ってくるのだそう。

モットーは「お客さまに、笑顔になって帰ってもらうこと」。「おでんを出す『食堂 よろしき日』さんに行くときは『おでんは飲み物です』ってお伝えしています」。どうにかして笑わせるために、話術を磨く日々である。

石畳の通りに浴衣姿が似合う渋温泉街。
お客さんが帰るときには、1930年代に造られた「ドラ」を鳴らす。

女将おすすめ! 立ち寄りスポット

渋ツウなら路地裏を行け! 渋温泉の路地裏

入り組んだ温泉街の路地裏を歩くだけで、探検気分に。「ここでテレビ番組の『逃走中』をやったらおもしろいかもね」と英里さん。

渋温泉のシンボルはすぐ横! 渋大湯。

「9湯めぐり」のハイライトとなる結願(けちがん)湯。蒸し風呂も併設されている珍しい外湯だ。

湯本旅館
住所:長野県山ノ内町平穏2218/アクセス:長野電鉄湯田中駅からバス10分の渋和合橋下車、徒歩2分

取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2024年8月号より

野添ちかこ
温泉と宿のライター/旅行作家
神奈川県生まれ、千葉県在住。心も体もあったかくなる旅をテーマに執筆。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)、『旅行ライターになろう!』(青弓社)。最近ハマっているのは手しごと、植物、蕎麦、癒しの音。

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