「どんでん返し映画」の“お約束”すら裏切る驚愕スリラー『トラップ』見どころ解説【M.ナイト・シャマラン最新作】
M.ナイト・シャマラン最新作『トラップ』
M.ナイト・シャマラン。その名前を聞いただけで、映画ファンのテンションは軽くアップする。つねに奇想天外で未体験の世界に挑み、驚かせるという、ある意味、映画の本質を追求している監督だからだ。
時として、その世界観や演出が振り切り過ぎていて、物議を醸したり、呆然とさせられることもあるが、それもシャマランの唯一無二の味わい。つまり、作家性。もはやシャマラン映画がひとつのジャンルを形成していると言っていいかも。とりあえず新作が公開されれば、「どんな物語なのか確かめずにはいられない」のが、シャマランである。
独自の世界を展開させるシャマラン映画には、初期の代表作『シックス・センス』(1999年)の死者、『サイン』(2002年)のエイリアン、近作では『オールド』(2021年)の急速な老化現象のように「超常現象」を描いたものと、『ヴィレッジ』(2004年)の隔絶された村、『ヴィジット』(2015年)でのなりすまし、『スプリット』(2017年)の多重人格のように、現実と地続きのスリルや衝撃を体感させるものがある。
10月25日(金)より公開となる最新作『トラップ』は、後者のパターン。つまり観ているこちらにも、日常の中で起こりそうな事件として臨場感を体験させてしまう。そして、それこそがシャマランの真骨頂だと納得できる作品にもなっている。
シャマラン監督の「夢」を叶えた集大成的作品
人類滅亡を阻むために、ある家族の中の一人が犠牲を強いられる前作『ノック 終末の訪問者』(2023年)、その前の『オールド』には、原作/原案が存在した。『トラップ』は、シャマランが3作ぶりにアイデアを一から築き上げた新作で、その意味で満を持しての到達点、集大成と捉えてもいいかもしれない。
集大成という点で『トラップ』は、シャマランの監督としてのキャリアだけでなく、一人の父親としての「夢」を叶えた作品にもなった。ミュージシャンとして活躍し、これまで父親の監督作に楽曲も提供していた長女のサレカ・シャマランが、本作に俳優として参加したからだ。
『トラップ』の物語が展開されるのは、世界的アーティストのライブが行われる巨大アリーナ。そのアーティストを演じるのがサレカである。持ち前のボーカルを生かしたステージパフォーマンスだけでなく、父の演出の下、演技でも類い稀な存在感をみせるので、シャマラン映画を長年、見守ってきた人は深い感慨に浸るはずだ。
シャマラン的〈お約束〉を斜め上から裏切る〈トラップ〉
では『トラップ』は、どんなショッキングなストーリーが描かれるのか。もちろんキーワードはタイトルだ。「トラップ=罠」。その罠は、凶悪な殺人犯を捕まえるために、信じがたいシチュエーションとして仕掛けられる。
残忍極まりない事件を繰り返し、指名手配中の切り裂き魔。その情報をつかんだ警察とFBIが、逮捕するために世界的アーティスト、レディ・レイブンのアリーナライブを“仕込んだ”のだ。凶悪犯一人を捕まえるために、そんなことまでやってしまうのか……と、普通の映画監督では思いつかないようなアイデアを、平然とやってしまうのが、いかにもシャマランらしい。
ライブのプラチナチケットを手に入れたのは、レイブンの熱狂的なファンである少女ライリーと、その父親のクーパー。最高の席に興奮を隠しきれないライリーをよそに、クーパーはどこか落ち着かない。ライブの最中、何かにつけてロビーに出たりと、不可解な行動が続く。この男が、警察も手こずらせる史上最悪の殺人犯なのか? われわれ映画を観る側も、観客約3万人という特大スケールのライブ会場に放り出された感覚で、クーパーの一挙一動に緊迫感を高めていく。
巨大アリーナで、セットや演出にこだわったライブという背景は、これまでのシャマランの作品とは一味違って新鮮。一方で、多くの観客の中で次に何が起こるかわからないテンションが続くスタイルは、いかにもシャマランだ。クーパーの行動はかなり怪しいし、強引だったりもするのだが、そこをツッコミどころとして楽しめるのも、シャマラン映画好きにはたまらない。時おり挟まれるユーモアはこの映画作家独特のセンスで、ファンが期待する「シャマラン本人はどこに登場するのか?」というネタも含め、とにかく飽きさせない作りは、本作でも健在だ。
シャマラン映画なので、ヒネリの効いた予想不能の展開になだれ込むのは“お約束”。ただ『トラップ』は、そのお約束的展開を、さらに斜め上から裏切っていく快感も伴う。そもそもトラップ=罠に仕掛けられたのはクーパーなのか? それとも別の誰かなのか? もしかしたら、われわれ観客がシャマランの罠にハマってしまうのではないか? いや、きっとそうだろう。
あのノーラン監督も信頼! ジョシュ・ハートネットの熱演に注目
この『トラップ』で重要なカギを握るのが、クーパーの言動なのは間違いない。娘のためにチケットを取り、そのライブに同行。興奮して我を忘れる娘に、最高の時間を味わってもらおうと、つねに温かく見守るその姿からは、あくまでも家族思いのパパというイメージだ。しかし娘と離れ、ロビーに出ると、その表情は一変。たまたま遭遇した娘の同級生の母親との会話や、ライブ会場のスタッフとのやりとりでは、その後の不穏な急展開をも予感させる。
こうした設定のため、クーパー役、ジョシュ・ハートネットの演技が本作のポイントになっていく。ジョシュ・ハートネットといえば、『パール・ハーバー』、『ブラックホーク・ダウン』(ともに2001年)などで一時、ハリウッド若手のトップスターに君臨。しかしその後、家族との時間を大切にするためハリウッドから距離を置ていた。クリストファー・ノーラン監督からオファーされたバットマン役を断ったというエピソードも。
そんな彼が復帰して、絶好調。ガイ・リッチー監督の『オペレーション・フォーチュン』(2023年)では自身をパロったような映画スター役を軽妙にこなしたし、ノーラン監督と悲願のタッグとなった『オッペンハイマー』(2023年)では、ロバート・オッペンハイマーの同僚ながら、意見が対立する物理学者ローレンス役の演技が絶賛された。そんなハートネットが、堂々たる主演を久しぶりに任されたのが『トラップ』なので、彼の新たな代表作になるのは確実だ。俳優のキャリアの“勢い”が、出演作を面白くするという法則も実感できることだろう。
観客約3万人のライブ会場。それを取り囲む300人もの警察とFBI。この極限状態で、たった一人のサイコキラーはどんな奇策を講じ、最終的にどのような運命が待っているのか――。鬼才M.ナイト・シャマランが仕掛けた“トラップ”に、できるだけまっさらな気持ちで囚われることこそ、本作最大の喜びとなる!
文:斉藤博昭
『トラップ』は2024年10月25日(金)より全国公開