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地域の水不足を解消するため一人でトンネルの掘削に取り掛かり中の峠隧道を完成させた沖田嘉市【東広島史】

東広島デジタル

 東広島にまつわる歴史を探り、現代へとつなぎたい。郷土史のスペシャリストがみなさんを、歴史の1ページへ案内いたします。
執筆:國松宏史

水不足を救った中の峠隧道(なかのたおずいどう) 沖田 嘉市(おきた かいち)の功績

はじめに

 江戸時代、幕府は米の生産量を増やし、年貢を確保するために、各地で干拓や原野の開墾を奨励し耕地を開発してきた。ここ西条でも、江戸時代初期の寛永年間(1630年頃)に十文字(フジグラン東広島店付近の山側)の大規模開墾を行い、後期の文化年間(1804~18)に、柏原・三升原で同時並行的に大規模開発が行われた。ここでは、柏原の「開墾の歩み」と「中の峠隧道掘削に挑んだ沖田嘉市」の事績をたどってみたい。

※写真は、中の峠隧道 南側隧道口

登録有形文化財 中の峠隧道(平成12年4月28日登録 案内文)

中の峠隧道南口坑口に、東広島市教育委員会が作成した案内板がある。そこには次のような文言が書かれている。
 『西条町郷曽の柏原地区は、文化年間(1804~1818)に広島藩の指導で50㌶の開墾がはじまり、その水源として深道池(ふかどういけ)が築かれました。しかし、この池は集水面積が狭く、一度干上がると満水になるまでに数年かかるため、永い間干害(かんがい)に悩まされていました。そこで、柏原地区の村民であった沖田嘉市が農業用水として、小田山川(こだやまがわ)から深道池まで延長1.5㌔㍍の水路建設を計画しましたが、その一部には隧道が必要になりました。昭和2年から沖田が一人で隧道の掘削を始めましたが、終わり頃には多くの村民が協力し、昭和5年8月に完成しました。隧道は、全長327㍍、幅員(ふくいん)0.9㍍、高さ1~1.2㍍の素掘(すぼ)りのものです。当時は、坑口のアーチを石積みやレンガ積みで行ったものが多い中で、戦後に普及するコンクリート工法を早くから採用しており、意匠的にも珍しいものです。現在も農業用水として、地元の人々によって護られています。』

柏原地区の地形

 毎年の大きな悩みが水不足である。柏原地区は、小田山川が流れる河床から標高が10~15㍍の台地にあり、川から直接引水することができない。小田山川の水利権は隣の市の原地区が持っている。深道池に水を引き込むには、秋の彼岸日~春の彼岸日の期間にしか引水できず、なかなか満水にはならなかった。降雨量の少ない年にはたびたび(4年に一度の割合で)干害に悩まされていた。

沖田嘉市 中の峠隧道工事に挑む

 沖田嘉市は、大正15(1926)年の大干害を機に一山超えた東の小田山川から隧道を掘り、深道池に送水することを考え、昭和2(1927)年3月25日から一人で隧道の掘削を始めた。家から離れた工事現場に仮小屋を建て自炊をしながら、日々槌(つち)と鑿(のみ)による手作業で岩山を穿(うが)っていったが、遅々として進まず、協力する者もいなかった。その後、嘉市の一心不乱な情熱に絆(ほだ)され、多くの村人たちも協力を始めた。中の峠掘削工事は、5(30)年8月15日に完成する。その過程が、稲生神社境内の「沖田嘉市翁之碑」下部銅板に記されている。

柏原開墾時/沖田嘉市の功績を伝える稲生神社

◆稲生(いなり)神社

 稲生神社は、柏原開墾を新田開発に切り替える際の、文化7(1810)年に賀茂郡奉行寺西監物が、新田開発の成功と五穀豊穣を祈願し勧請した神社である。境内には、開墾時に物心両面で関わった人たちが寄進した、鳥居、石燈籠、狛(こま)犬、手水(ちょうず)鉢など多数の石造物が建立している。賀茂郡奉行の寺西監物、西山酒造をはじめ、遠くは廣村、阿賀村、仁方村、近隣では乃美尾村、菅田村、津江村、白市郷村の割庄屋・割庄屋格の人物の名が刻まれている。215年前の石造物で風化が進み刻字が読み取れないものもあるが、江戸時代後期の石造物がこれだけ残されている神社は珍しい。(同時並行的に開墾された、三升原の稲荷神社にも同じような石造物がある)

◆沖田嘉市翁之碑(おうのひ)

 稲生神社境内の石燈籠が並ぶ一画にひときわ大きな沖田嘉市翁之碑が建つ。下部の銅板に沖田嘉市の功績を記した文言が記されている。地元の「郷田盆おどり歌」は、旱魃(かんばつ)を見かねた沖田嘉市が隧道掘削の難工事に挑んだ過程を歌にして踊られている。(※ 注1)

次世代に伝承

1.広域交流型オンライン学習……東広島市と広島大学が連携して、小中学生を対象とした遠隔授業が行われている。平成5年11月に市内8校の4年生を対象に、「東広島市の発展に尽くした人々」のなかで「中の峠隧道」をテーマにした2時限の授業を行い、沖田嘉市の事績をたどっている(インターネットで検索可)。専門的な見識を有する大学との連携に今後も期待したい。
2.地元の郷田小学校では、毎年4年生が学習発表会で、郷土の誇り「沖田嘉市物語」を発表している。東広島市教育委員会が、平成20年度から、地域に根づく伝統や日本文化を教材にした「一校一和文化学習」を、東広島市立の全幼稚園・小学校・中学校で実施している。

おわりに

 郷土の歴史・文化を掘り起こす活動は、子どもたちに郷土の誇りを持たせる。大人も日々の生活に追われ、地域の歴史・文化にまで気が回らないかも知れないが、「地域の歴史は郷土の文化財」である。時間を見付けて、お住いの地域や柏原地区を訪れることを勧めたい。心豊かになる。

沖田嘉市 《略年表》

明治6年(1873)郷田村柏原で生まれる
昭和2年(1927)全額自己負担で中の峠隧道工事を始める(53歳)
昭和5年(1930)村人も協力し、中の峠隧道工事完成(56歳)
昭和14年(1939)没享年66

柏原開墾時の年表

東広島市立小学校3・4年用社会科副読本 「わたしたちの東広島市」

文化5年(1808)
 賀茂郡奉行寺西監物(てらにしけんもつ)が柏原見分。同氏の指導により開墾が始まる。開拓地に商品作物の唐櫨(とうはぜ)(油、ロウソク、石鹸の材料)の植え付けが行われる。櫨(はぜ)は元々温暖な地域で育つ樹木で、唐櫨は、翌年には冬の寒さで全滅する。

文化6年(1809)
 廣島藩主浅野齊賢(なりかた)来訪。廣村永代割庄屋同格多賀谷武兵衛中の峠池普請に銀を寄付。

文化7年(1810)
 寺西監物、新田開発の成功と五穀豊穣を祈願する鎮守「稲生神社」を勧請。新田開発に切り替える。

文化11年(1814)
 西山酒造が見分。開墾は少しずつ進むが入植者おらず。人々を移住させて開墾をさせよと発議。

文化12年(1815)
 入植者に支度金を与える。入植者が移住し、開拓地が増加。水田、畑作に対応する用水路や溜池を工事が始まる。

文化13年(1816)
 一番池、二番池完成。(平地の窪地に堤防を築いた「皿池」で貯水量は少ない)

文政2年(1819)
 中の峠池(後に深道池と呼ばれる)完成。(谷をせき止めた「谷池」で面積10ha、深さ18mの大池)この頃には、50haの水田が作られるようになった。

沖田嘉市翁之碑 ※(注1)

稲生神社(西条町郷曽3955)境内内にある沖田嘉市翁之碑 ※下に碑文
建立月日が書かれていないが、昭和25年建立である

◆漢文調で旧漢字・送り仮名で書かれているがじっくりと読み取っていただければと思う。

 翁(おう)は資性温厚篤實(しせいおんこうとくじつ)(生まれつき人情に厚く誠実なこと)にして特に公共事業に垂範艇身(すいはんていしん)(模範を示し手本となること)し、常(つね)に世人(せじん)の敬慕(けいぼ)(敬い慕う)せし處(ところ)なり、當時(とうじ)柏原地區(かしょうばらちく)は水田反別(すいでんたんべつ)五十餘町歩(ごじゅうよちょうぶ)(約50㌶余)戸數(こすう)七十戸なりしが古來(こらい)度々(たびたび)旱害(かんがい)に見舞(みま)はれ、昭和四年の如(ごと)き灌漑水不足(かんがいみずぶそく)の爲(た)め稲(いね)は枯死(こし)し、収穫皆無(しゅうかくかいむ)のもの三十五町歩(ちょうぶ)に達し、其他(そのほか)も半作(はんさく)或(あるい)は半作以下の惨澹(さんたん)(見るも無残(むざん)な有様(ありさま))たるもののあり由來(ゆらい)(元々)此(この)水源としては相當廣大(そうとうこうだい)なる溜池(ためいけ)深道池(ふかどういけ)ありと雖(いえど)も之(これ)に導入する水域周圍(すいいきしゅうい)の山深山(しんざん)ならざる故(ゆえ)容易(ようい)に滿水(まんすい)すること能(あた)はず(否定の表現)故(ゆえ)に此(この)旱害(かんがい)防止策としては深道池に對(たい)し其南方中(なんぽうなか)の峠(たお)を隔(へだ)てたる黑瀬川の小田山川(こたやまがわ)より此(こ)の中の峠の地下に隧道掘鑿引水(くっさくいんすい)する外(ほか)なき爲(た)め四十年前一度計畫(けいかく)せられたる事あるも中の峠は全山岩石(ぜんざんがんせき)にして到底(とうてい)容易なる問題のあらずとして事止(ことど)み(中止)となれり然(しか)るに昭和二年同區(どうく)沖田嘉市翁が獨力(どくりょく)再び之を計畫起工(きこう)し百八十間(けん)(327㍍余)という隧道工事を昭和五年八月完成に導き區民(くみん)の愁眉(しゅうび)(心配を取り除く)を開くに至(いた)らしめたるものなり此工事完成に至る迄(まで)の翁の苦心の一端(いったん)を記して後世に傳(つた)へんとす。即(すなわち)大正十五年も可(か)なり旱魃(かんばつ)の年にして平年(へいねん)ならば六月二十二日は田植(たうえ)の最中(さいちゅう)なるに降雨(こうう)なき爲(ため)田植をなすこと能(あた)わず(できず)區民は山に行っては柴刈(しばか)りをなす有様(ありさま)なり偶々(たまたま)山中にて柏信登一(かしのぶといち)(村の有力者の一人)と出會(であい)水不足のことより深道池の話に及び如何(いか)にして水利(すいり)の便(べん)を計(はか)り得(え)ることとせば自分は勿論(もちろん)區民一同(いちどう)の幸(さいわい)なり是(こ)れ自分年來(ねんらい)の宿望(しゅくぼう)なりと之より二十三日間は寝食(しんしょく)を忘れて考慮(こうりょ)の結果愈々(いよいよ)決心の臍(ほぞ)を堅(かた)め家族に向って自分は之より世を捨てて山に籠(こも)り中の峠の地下に隧道を穿つ考えなり 故(ゆえ)に一日米壹升(こめいっしょう)を與(あた)へて呉(く)れと相談せり家族の人も翁の決意の固(かた)きを知れるを以(も)って之を快諾(かいだく)し翁も亦(また)喜んで入山の準備に取掛り難工事に着手せんとするや各種の意見續出(ぞくしゅつ)し、容易に解決の曙光(しょこう)(前途に望み)を見るに至らざるしも種々(しゅじゅ)の紆余曲折(うよきょくせつ)を經(へ)て圓満(えんまん)に解決し工事中に要する鑿槌其他消耗品費等全部翁の負擔(ふたん)として昭和二年三月二十五日起工式(きこうしき)を擧(あ)げたり翁は自宅より二十町餘(2㌔㍍余り)も隔(へだ)つる現場の事(もと)とて九尺二間(約17㍍)の假小屋(かりごや)を作り茲(ここ)に六字の名號(みょうごう)(仏・菩薩の名)を安置(あんち)して起臥(きが)(寝起き)し念佛諸共渾身(ねんぶつもろともこんしん)の力を籠めて第一の槌(くだ)を下し爾来(じらい)(それより後)風雨寒暑(ふううかんしょ)を物ともせず只(ただ)一人孜々(しし)(つとめ励むさま)として岩石と闘ひ昭和四年には堀割(ほりわり)(水路)は勿論隧道の長さ約十五間餘(270㍍余)に及べり此年(このとし)こそ縣下一様(けんかいちよう)に大旱魃(だいかんばつ)にて農民は天を仰いで降雨を望み焚火祈祷(たきびきとう)等各地に起り柏原區(かしょうく)も眞先(まっさき)に稲は枯死し悲惨(ひさん)(みじめで哀れ)の様相(ようそう)を呈(てい)せり此時(このとき)に至り柏原區民に一大自覺(じかく)を促し六十に近き老人の手に依(よ)り三ケ年間に斯(かか)る實績(じっせき)を得たるに鑑み(じっくり考えると)此場合(このばあい)青壯年(せいそうねん)の石工(いしく)を動員して此(この)工事(こうじ)を施(ほどこ)せば必ず短年間(たんねんかん)の間に成功するものと衆議一決(しゅうぎいっけつ)(論議・相談が一つに決まる)し之を翁に計りたるに翁亦(また)喜んで賛意(さんい)を表し只管(ひたすら)工事の完成に力を盡(じんしん)したり(尽した)此工事が石工の手に委(ゆだ)せられたる後(のち)翁は一意専心(いちいせんしん)(そのことのみに心を向ける)隧道に注ぐ水路の築調(ちくちょう)に從事し傍(かたわ)ら(その一方では)石工の炊事を助けて愈々(いよいよ)昭和五年八月十五日完成を見るに至りしなり嗚呼(ああ)崇高なる翁の至誠(しせい)は末世(まっせ)に輝き人をして感奮興起(かんぷんこうき)(みんなを奮い立たせて勢いが盛んになる)せしむるに足る

柏原建之(かしょうばらこんりゅう)
土肥二郎撰並題字書(どひじろうせんならびにだいじしょ)
(西条町誌より)

プレスネット編集部

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