三國清三シェフ、笹岡隆次シェフが福岡県へ。トップシェフが探る、福岡ガストロノミーの可能性②
世界有数の漁場として知られる玄界灘=筑前海、そして豊前海、有明海と3つの海に面し、肥沃な筑後平野を有する福岡県。一年を通して多彩な山海の幸に恵まれた福岡は、国内外の旅行客が食を目的に旅する土地でもあります。豊かな食の恵みを、いま改めて「食の王国福岡」として打ち出す美食プロジェクトが進行中。来年2月のガストロノミーセミナー開催に向け、トップシェフ2人が1泊2日で福岡県へ。食材の産地を訪ね、東西南北へと視察に赴きました。
「鐘崎(かねざき)天然とらふく」、冷凍の技
2日目の朝がやってきました。
シェフたちは、この日はまず福岡県北部の宗像市に向かいます。福岡市と北九州市のちょうど中間地点に位置し、市の北側に玄界灘を望む宗像市。市内にいくつかの島を有し、九州本土から約60km離れた玄界灘に浮かぶ周囲4kmの無人島、沖ノ島は福岡県の最北端となっています。
視察先は、玄界灘の東端にあたる鐘崎漁港。福岡県最大の天然トラフグ水揚げ港であり、全国でも有数の天然トラフグ水揚げ高を誇る港です。
シェフたちを待っていたのは、JF宗像漁業協同組合・鐘の岬活魚センターの竹浦誠さん。
組合に属する「鐘崎ふく延縄船団」は、数十隻規模の船団を組んでフグ漁を行い、釣り上げたらすぐにフグがお互いを傷つけないように、1匹ずつ丁寧に歯切りをして船の生簀で活かしたまま漁港へ。そのまま、山口県をはじめとした卸売市場へと出荷します。
一方、ここ、鐘の岬活魚センターでは、水揚げされた魚を下処理してから料理店などに発送するほか、一般向けの販売も行っています。天然トラフグも、水揚げ後は8槽ほどの蓄養水槽で落ち着かせてから「ふぐ処理師」の資格をもったスタッフがさばき、安全な身欠きフグなどの形で出荷、販売しているそうです。
「フグの醍醐味である、食べた時の食感、身のはねかえりは、やはり活けじめに勝るものはありません」と竹浦さん。
活魚ならではの食感を味わってもらうため、同センターではアルコールブライン凍結機「凍眠」を導入しています。マイナス30℃のアルコールで瞬間凍結することにより、氷の結晶が膨張することなく凍らせることができ、解凍後のドリップがほとんどなくなります。活けじめに限りなく近い味わいを楽しむことができるそうです。
同センターでは、身欠きフグやサクどりしたアナゴなど、活魚を使いやすい状態まで下処理したところで真空包装し、瞬間凍結したものを出荷しています。ふるさと納税などを通し、遠方にも販売・発送しています。
早速、水槽を視察するシェフたち。水槽それぞれに、マダイ、ヤズ(ブリの幼魚を福岡ではこう呼ぶ)、オオアナゴにハギなどが元気に泳いでいます。
大きく身厚なヒラメにも目を見張るシェフたち。
ちなみに、天然トラフグの旬は1月下旬から3月とのこと。この日は残念ながらトラフグの水揚げがなかったそうですが、シェフたちは可愛らしいショウサイフグ2匹に会うことができました。
「すみません。冷凍保存したものを解凍し、刺身にしたトラフグを用意していますよ!」」と竹浦さん。
「じゃあ、食べよう食べよう!」と、気を取り直す三國シェフ。
刺身のプレートは、バランに乗せたトラフグのほか、向かって左にゴマフグ、右にシマフグが盛られた3種盛りです。一般向けには、これを1400円で販売しています。
笹岡シェフ
「トラフグはやはり旨みが強い。やっぱりいいフグはおいしい」
「ゴマフグは歯ごたえはトラフグに近いけど、少し淡白」
三國シェフ
「シマフグは刺身よりも唐揚げや鍋物のように加熱して食べるのに向くんじゃないかな」
「刺身は角切りにしないの?口の中にドーンと入れて、しっかり噛み締めて食べられるから僕は好きです」
竹浦さん
「はい、角切りもしますよ。ネギを和えたり」
「これ、どうやって刺身にしているんですか?」と笹岡シェフが尋ねると、
「捌いて身欠きフグの状態にしてから、まず脱水して身を凝縮させます。少し時間をおき、熟成させて旨みを高めてから急速冷凍しています」と竹浦さん。
食べごろの熟成度合いで冷凍してはいますが、解凍後に好みでさらに熟成させてもいいそうです。
笹岡シェフ
「僕は、フグは淡白な中に旨みが感じられるぐらいが好きですね」
三國シェフ
「フグというと、どうしても和食の食材というイメージ。フランス料理では骨付きでローストなど加熱して食べることが多いのですが、鮮度のいいフグなら生で味わう食べ方も考えられそう」
フグに匹敵する魅力、大アナゴの刺身
センターのショーケースでは、フグと並んでアナゴの刺身も販売されていました。
こちらは、当日朝に蓄養水槽から引き上げて捌いたばかりという新鮮さです。
「アナゴの刺身なんて、ほとんど食べられないですね。ぜひ食べたい!」とシェフたち。
早速ぽん酢をかけて、試食します。
笹岡シェフ
「おいしいですね!コリコリしてて。全く臭みもない。こんなに旨みがあるとは思わなかった」
三國シェフ
「脂ものっていて、噛み締めると旨みがじわじわ出てくる。泥臭いイメージもあったけど、鮮度が良ければこんなに旨いんだね。フグと勝負できるよ」
竹浦さん
「地元では、夏はアナゴ、冬はフグといってみんな楽しんでいますよ」
「これはここに来ないと食べられない味だった」と、シェフたちは宗像を後にしました。
人気上昇中、「はかた地どり」の歴史
次に一行が訪れたのは、福岡県南部の久留米市。ここでは、福岡県を代表する地鶏「はかた地どり」を視察します。
「はかた地どり」の出荷量は年々増加中で、年間60万羽(2024年)におよび、全国に約50種存在する地鶏のうち阿波尾鶏、名古屋コーチンに次いで3位を占めるまでになりました。
その養鶏から販売までを一手に手がけているのが、久留米市に本社をおく農事組合法人・福栄組合です。福岡県畜産課やJA全農ふくれんなどからなる「福岡県はかた地どり推進協議会」の一員として、はかた地どりの普及に取り組んでいます。
県内全域に11農場を擁し、ここ久留米の鶏肉処理加工場から全国の小売店、外食店などの取引先に出荷しています。また、直営の唐揚げ店舗を県内に6店展開。首都圏での認知度向上のため、(株)きちりホールディングスとの業務提携により、銀座・渋谷・池袋ではかた地どりの専門店「福栄組合」も出店しています。
福岡県では、もともとがめ煮(筑前煮)や水炊き、かしわめしなど鶏肉を使った郷土料理が多く、鶏肉を好む食文化があります。
福栄組合の専務理事、中垣誠さんによれば、その発端は1732年の享保の大飢饉にさかのぼるそうです。
博多でも人口の約1/3にあたる6000人が餓死し、福岡藩の財政も壊滅的な被害を受けました。そこで天候に左右されにくい食糧として鶏卵生産を振興し、大阪の需要までまかなう鶏卵の一大産地に成長したのです。
こうした事情から鶏肉が容易に手に入る博多では、鶏肉料理が発達したというわけです。
1970年代にはブロイラーが普及し、鶏肉の生産量は右肩上がりとなっていましたが、福岡県内では「最近の鶏肉は柔らかく、がめ煮や水炊きにしてもおいしくない」と言った声が上がったとか。
そこで1984年、「郷土料理に合うおいしい鶏肉を作ろう!」と、福岡県農林業総合試験場で地鶏の開発プロジェクトが立ち上がりました。
「はかた地どり」の祖先は、闘鶏で無敵を誇った大軍鶏の「石松」とのこと。これを白色プリマスロック(いわゆるブロイラー)と掛け合わせ、1987年に初代のはかた地どりが誕生しました。
ただ、軍鶏の血が騒ぎ、初代のはかた地どりは喧嘩っぱやい性質。鶏同士で傷つけあい、生産が難しいケースが散見されるようになりました。また、消費者の嗜好の変化もあって2000年代に入ると新たな地鶏への要望が高まりました。
再び軍鶏を祖先に、二代にわたって横斑プリマスロックと白色プリマスロックを掛け合わせた現在のはかた地どりが誕生したのは、2010年とのことです。
もも、胸、レバーを様々な調理法で実食
さて、シェフたちが訪れた福栄組合の会議室には、キッチンが備え付けられていました。そこで調理された、様々な鶏肉料理がシェフたちに提供されました。
皿の上に盛り付けられたのは、がめ煮(もも肉)、鶏南蛮(胸肉)、もも肉のソテー、中心はレアに仕上げたレバーのソテー、鶏生ハムとチキンハムのサラダ、冷凍食として販売しているかしわめしのおにぎりなど。
笹岡シェフ
「がめ煮は、しっかり煮しめてありますね。歯応えがあります」
三國シェフ
「このおにぎり、冷凍食品でしょ。おいしいですよ」
「2022年からは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)にもコンタクトをとり、はかた地どりともち麦のお粥のレトルトパックを開発してきました。来年3月までには宇宙食として認定される予定です。これが実現すれば、非常食としての需要も期待できると思います」と中垣さん。
2016年からは香港への輸出もスタートし、令和7年には40〜45トンの輸出を見込んでいます。
世界基準へ、アニマルウェルフェアの取組も
「幅広い取り組みがよくわかりました。ところで、アニマルウェルフェアについてはどうですか?」と三國シェフ。
「アニマルウェルフェア」とは、「動物が生きて死ぬ状態に関連した、動物の身体的及び心的状態」(国際獣疫事務局(WOAH))。農林水産省のホームページでは「家畜を快適な環境下で飼養することにより、家畜のストレスや疾病を減らすことが重要であり、結果として、生産性の向上や安全な畜産物の生産にもつながる」と記載されています。
三國シェフは2020年東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会の顧問を務めました。
オリンピックの選手村では、「卵は100%放し飼いの鶏卵」など、アニマルウェルフェアに基づいた食材の調達基準が定められていますが、欧米に比べると日本ではまだそれほどアニマルウェルヘアへの意識が浸透していません。
「ドーピングにも関連して、選手たちは食材の生産プロセスに対して非常に敏感です。アスリートではない我々にとっても、食と健康というテーマに関わる問題として、もっと注目してもいいと思う」と三國シェフ。
「それもじつは、取り組みを進めています」と中垣さん。
「はかた地どり」は、福岡県が新たにスタートさせた次世代につながる食と農の取り組み「福岡県ワンヘルス認証」も第一号事例として取得しています。
「飼育や加工過程において病原体の侵入を防止したり、飼料の添加物の使用期間短縮にも取り組んでおり、規定期間の約8倍以上となる出荷前60日間は飼料添加物を使用しません。そのため、消費者のみなさんにより安心して味わっていただけるかと思います」と中垣さん。
農場の若手スタッフの中には、1羽1羽の鶏に名前をつけて可愛がり、出荷のたびに涙する女性がいるそうです。はかた地どりが、心をこめて大切に育てられていることが伝わるエピソードでした。
「博多和牛」の堀内牧場を訪ねる
シェフたちが最後に訪れたのは、福岡県のほぼ中央に位置する朝倉市。市のほぼ半分を森林が占める自然豊かな田園地帯です。
「博多和牛」は、2005年に福岡県のブランド牛として確立されました。
認定された生産者が12ヶ月以上福岡県内で飼育肉質等級は3以上
この基準を満たしたものが、「博多和牛」として出荷されます。
また、肉牛の飼育には牧草飼料と穀物飼料のどちらも必要です。博多和牛は、牧草として福岡県産の稲わらをたっぷり与えて育てることも特徴だそうです。
三國シェフ
「牛肉といえば、僕はステーキです。焼き加減は「ブルー」が大好き。和食のたたきみたいに、表面だけを焼いて中はほとんどレアで食べる食べ方は、フランス人もみんな好きですよ」
笹岡シェフ
「ただ、牛の脂ってだんだん食べられなくなってきましたよね。脂をいかにおいしく食べてもらうかも、牛肉料理のポイントだと思います」
目的地は、この地で三代にわたって牛を育てている堀内牧場です。3代目牧場主の堀内幸浩さんは、この仕事に就いて約20年。現在、約200頭の黒毛和牛を飼っています。堀内さんの育てた和牛は、約8割がA5等級とのこと。全国的な和牛の品評会でも高く評価されています。
三國シェフ「それはすごい。名人ですね」
シェフたちは牛舎を巡りながら、さらに堀内さんの話を聞きます。
一つ目の牛舎は、向かって右に生後1年以内の仔牛たち。左に母牛たちが暮らしています。
それぞれの柱には、誕生日、血統、識別番号が記されています。
堀内さん「この年代は、まだ栄養分として牛乳が必要です。大きな哺乳瓶のようなミルク瓶を使ってあげています」
堀内牧場では、育てた牛をおよそ30月齢ほどで出荷します。去勢牛で900kg、雌牛で800kgほどに育つそうです。
笹岡シェフ
「母牛はどうなるのですか?最近、店では「経産牛の再肥育」といって、母牛を休ませてからもう一度育てた牛も提供することがあるのですが、非常に味わい深いと人気です」
堀内さん
「はい。少し価格も安くなり、人気はありますよ。でも、まずは通常の牛からぜひ味わっていただけたら嬉しいです」
牛舎の外には、地元の稲藁がたくさん積まれていました。
堀内牧場では、稲藁のほかに、大麦、トウモロコシ、大豆、ビール粕、米ぬかなどから成る独自の発酵飼料を与えているそうです。
「発酵飼料を与えることで、牛の腸内環境がよくなり、健康に育ちます。また特にビール粕を餌に加えると、脂がしつこくない、さらっと食べられる脂になると感じています」と堀内さん。
素材の生まれる場を訪ねる意義は
シェフたちが次に訪れたのは、出荷が近づいた成牛の牛舎。その一角に、生まれて3〜4日という可愛らしい赤ちゃん牛がいました。母牛にピッタリくっついて離れません。
母子がいる場所は、地面も稲わらで覆われていました。分娩がはじまると、生まれてくる赤ちゃんが汚れないように稲わらを敷き詰めるそうです。
このように、牧場で繁殖から手がけているのも、堀内牧場の特徴です。現在、自社繁殖は全体の約3割。
種牛は専門の業者が育て、月齢が若いうちに牧場が買い取って育てる分業が定着している和牛の世界では、繁殖から牧場で手がけるのは珍しいといいます。
もちろん、そのぶん1頭あたりの飼育期間も長くなり、牧場の負担は大きくなります。それでも、堀内さんは徐々に自社繁殖の割合を高めていきたいと考えています。
「いかに牛たちのストレスを減らせるかを、いつも考えています。牛にとっては、生まれてから同じ場所で成長する方がストレスはないはず。その方がおいしいと、自分は信じて続けています」と堀内さん。
「先ほど、鶏の生産者さんのところでも、スタッフさんが鶏に名前をつけて可愛がっているという話を聞いたんですよ。堀内さんもですか」と三國シェフ。
「うーん、気持ちはわかりますね。しかし、この職業をしている以上、最後は出荷しなければなりません。そのぶん、自分の牧場にいる時にいかに向き合って愛情を注ぐか。これは大事にしています」と堀内さん。
生きるための食の循環の中で、「せめて、食べてもらって『おいしい』と言ってもらえるように育てるのが牛のためでもあるし、我々のやりがいでもあるのです」と話してくれました。
そこで三國シェフ。
「料理の極意はね、「火を通して新鮮、形を変えて自然」と言うんですよ。たとえばトマトでも、ミキサーでピュレにしてしまったとしても、食べた人に「あ、あのトマト」とその成っている姿を思い出してもらえるような」
堀内さん
「すごいですね」
三國シェフ
「でも、そのルーツを知らなければ、気持ちもそこに入らない。お客様を感動させることもできないと思います。こうして食材が生まれる現場を見せてもらうと、同じ料理をしているようでも全然変わってくるんですよね」
笹岡シェフ
「自然と我々も素材に対して謙虚になります。扱いが変わるものですよ。こうした気持ちは忙しく店に立つ日々のなかで、どうしても薄れてしまいがちですが、産地を訪ねるたびに気持ちが改まります」
サーロインとランプを、三國シェフが焼く
出荷された肉牛は食肉センターなど、認定施設で解体、製品化されていきます。
堀内牧場では直販はしていませんが、この日はシェフたちの試食用に去勢牛のA5等級サーロインとランプを用意してくれました。
ここで上着を脱ぎ、焼き手をかってでてくれたのは三國シェフです。
「こうやってね、煙が出るくらいフライパンを熱して焼くといいですよ」などと話しながら、肉に塩をふり、フライパンへ。焼き加減はもちろん「ブルー」です。
堀内さんと3人で、いざ試食へ。
「旨みあるね。固くもないし」と頷きあうシェフたち。
「自分も、毎月必ず自分の肉を買って食べているんですよ」と堀内さん。
笹岡シェフ
「サーロインは脂もじゅうぶんなのに、スッキリしている印象です」
三國シェフ
「僕はランプが好きだな。赤身のおいしさもあるし、ランプでもサシが入ってますしね。やっぱり脂を噛み締めるとジュワーっと旨みが出てくるから」
堀内牧場の肉のおいしさを確かめたシェフたち、どんな牛肉料理が生まれるか楽しみです。
笹岡シェフ
「なにか、博多の人たちがおいしいと言ってくれる料理を考えたいです」
三國シェフ
「僕はステーキ。フランス料理らしく、おいしいソースで食べてもらいたいですね」
2月のガストロノミーセミナーに向け、改めてシェフたちも力が入ったところで視察は幕を閉じました。
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text: 坂根涼子, photo: 姉川友香