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私達のフランス料理至上主義 ドロワ 森永宣行 24年8月号

料理王国

私達のフランス料理至上主義 ドロワ 森永宣行 24年8月号

フランス料理が心底好き。伝統料理の揺るぎない存在感に惹かれる。あえて異国の文化であるフランス料理に人生を捧げ、真摯に追求する4人のシェフにインタビュー。それぞれの観点で、フランス料理の魅力を語り尽くす。

ソース一つの中にも宇宙がある、一生追い続けたい圧倒的な深さ

京都・御所東の閑静な一角に「ドロワ」がオープンしたのは2017年のこと。オーナーシェフの森永宣行さんは大阪と京都のレストランでクラシックなフランス料理を身につけたのち、「ガレット、シャルキュトリー、フランス郷土料理」がテーマの店にシェフとして立ち上げから参加、4年間郷土料理に没頭し
た。そうした中で培ったフランス伝統料理の技術と思いを、ドロワで進化させる。

店に入ったらオープンキッチン横を通り、数段階段を降りて奥のダイニングへ進む作り。立体感で変化をつけた店内は温もりにあふれる。

フランス料理の醍醐味は豪華絢爛ではなく、おいしさに帰結する豊富な技術と文化への敬愛にある。14席の個人店でその本質を追求し、レストランという幸福な場を作り上げる森永さん。フランス語で「まっすぐな」という意味の店名そのままに、フランス料理に真摯に向き合う。

僕にとってのフランス料理の魅力は、香りと余韻です。「記憶に残る料理」というのは僕の中での最高の褒め言葉ですが、素材とソースが響き合う伝統的なフランス料理はまさにそんな料理。肉や魚に、バターやオリーブオイル、ハーブやお酒で風味をつけながら適切に火を入れ、おいしさを最大に引きす。一方ソースではエシャロット、ジュやブイヨン、さまざまなお酒やヴィネガーなどを凝縮させながら融合させ、豊かな香りと複雑な旨みを作り出す。この二つが合わさると、ただ足すより何倍もの深みのある世界が生まれます。

さらにここにワインが加わると、すごいことが起こる(笑)。料理の味わいがガラッと変わって感じられたり、ワインとソースが惹きつけ合ったり反発したり。僕はこれを「勝手に脳が遊んでいる」と呼んでいるのですが、驚くほどさまざまな印象が頭の中に現れては消え、「何なんだこれは?!」と楽しませてくれます。そんなフランス料理の特別な豊かさが、僕は大好きなんです。

仔羊のエペスール ソース・パルルード・ア・ラ・マント
Épaisseur d’agneau sauce palourde à la menthe
「香り高いシストロン産仔羊。アサリとミントのソースで新たな印象を引き出しました」
豊かな風味とシルキーな食感が魅力のシストロン産仔羊のセル(鞍下肉)。あえて薄皮を削がず、薄皮、脂身、脂身と肉の間の膜、肉の4層を焼く。脂身に細かい切り目を入れ、この面からフライパンでじっくり脂を落としながら焼き、表面をカリッと、膜はトロリと、肉はしっとりと仕上げる。ソースは、アサリを白ワインで煮て漉し、煮詰めた鶏のフォン・ブランを加えて風味をやわらげてから、コーンスターチでリエ。ミントを香らせ、香り高いオリーブオイルで仕上げる。

フランス料理のこうした稀有な魅力は、やはり長い歴史に磨かれてきた賜物なのだと思います。フランス料理は、とんでもない偉人達が何百年もかけて積み重ねてきたもの。しっかりとした体系があります。そうした伝統に立脚した料理には、説得力がある。

僕自身、根拠のあることを大事にする性格なので、何事も突然起きるのではなく、過去があって今があると思っています。そういう意味でも、おいしさへの探究と技術が引き継がれているフランス料理が好きなのです。

偉大な過去を学んだ上の自由は、2024年に生きる人間の特権

このように、伝統的フランス料理というのは非常に奥深いものですが、それゆえ、身につけるための修業は易しいものではありません。でも僕の場合、学べる喜びの方が圧倒的に勝っていました。特に松井知之シェフの「ベルクール」で教えていただいたクラシックの醍醐味は、今も僕のベースになっています。初めて厨房に入った時は、バター、ワイン、野生的な血の香りに「これがフランス料理だ!」と感動。また、初めてフランスに連れて行ってくださり、人生を決定づけてくれたのも松井シェフ。ベルクールでは2年目のスタッフに1週間ほど、レストランや市場を体験するフランス研修に行かせてくれたのです。僕はリヨンとパリに訪れ、それまでもフランス料理が大好きでしたが、ギアが一段階アップ。「フランス料理を信じて突き進む!」という気持ち満々で帰国し、その意気込みの延長線上に今もいます。

繊細な装飾の銀製アンティークのカトラリーは、25歳の頃リヨンで購入。

ドロワを開業したのが7年前。目指すは当然、「素材とソースが響き合い、記憶にしっかりと残る料理」。その際に頼りになるのは、やはり伝統的な料理の技術と知識です。人が1人で考えられることなんて知れているので、伝統を継承しない手はありません。と同時に、2024年に生きる今の自分の特権は、そうした過去の偉大な積み重ねを学んだ上で、自由にできることでもあります。

鮎のガトー仕立て
Gâteau d’ayu
「アユの苦味と旨みがフォワグラと一体に。口溶け、香り、余韻が格別です」
3年ほど前から提供している夏のスペシャリテ。アユを丸ごとこんがりと焼いた後、部位ごとに分ける。頭、ヒレ、骨は香ばしく素揚げし、身、内臓と共に粉砕、バターと合わせる。これをフォワグラのテリーヌ、アルコールを残したラタフィア(ブドウ果汁にマールを加えたデザートワイン)のゼリーと3層に。冷やして提供するその口溶けは、上質なショコラのよう。苦味の小休止のために、ドライプルーンとアプリコットのコンフィを添える。

近頃、自分の料理は「キュイジーヌ・リアン」なのだと思うようになりました。「リアン」は「liens」、フランス語での「縁」の複数形。つまり「キュイジーヌ・リアン」は「縁の料理」という僕の造語。人、素材、土地、本など、グッと入り込んで自分の血肉になる物事との縁があって、自分の料理は進化してきました。これは、この先変わることがないはずです。

一生勉強しても学び尽きないのが、楽しみでしかたがない

ドロワをオープンして少しした一時期、取り憑かれたようにソース・ボルドレーズばかり作っていたことがありました(笑)。煮詰め具合、温度、材料を足すタイミング……ちょっとした違いで香りの立ち方、余韻の複雑さなどがガラリと変わります。そうした無限の方程式を自分の中に入れているうちに、さまざまなソースに応用できる土台を得ました。

鱒のポムアンクルート ソース・ジュヌヴォワーズ
Truite en croûte de julienne de pommes de terre et pâte de FU aux pistaches sauce genevoise
「火入れのグラデーションでマスの風味に奥行きが生まれ、赤ワインソースと共鳴します」
3枚におろしたマスの身で黒オリーブのピュレとシャンピニオンデュクセルを挟み、砕いた麩とピスタチオペーストを塗る。これに、せん切りのジャガイモを丁寧に巻いて筒状に成形。フライパンで転がしながら焼く。火がよく入った表面近くは香りがグッと引き出される一方で、芯の生に近い部分はしっとりと濃厚な味わい。マスのアラのだしと少量のフォン・ド・ヴォー、赤ワインで作るソースはコショウとネズの実をきかせ、輪郭を際立たせる。

そしてもう一つ得たのが、「完璧なボルドレーズを作れるか?」と聞かれた時に「作れません」と言える自信(笑)。「作れます」なんて、一生言えません。そして「一生言えない」ということにワクワクしています。数多あるソースの中の一種類でさえ、極めるのが難しい。まるでそれぞれのソースの中に、一つの宇宙があるようなもの。フランス料理は、それほど奥深いということです。

昨年参加した歴史あるコンクール、「メートル・キュイジニエ・ド・フランス“ジャン・シリンジャー杯”」では準優勝に。実はコンクール初挑戦。「さまざまな制約の中で戦い抜き、技術と精神がパワーアップしました」。

また、コロナで店を閉めねばならなかった期間、突然できた時間を大切にしたくて、フランス料理の古典的名著、ユルバン・デュボワの『École des cuisinièr』(1871年刊)に載る料理を毎日、ノートに書き写していました。この本には約1500品もの料理が載っているのですが、書き写していると1800年代のフランス料理と料理人の様子が自分の中で立ち上がってきて、ワクワクしました。そして現代にも通用する料理が多いことにびっくり。コイの白子のスフレなんて、今出てきても面白いですよね? 今回紹介した「鯉のエスカベッシュ」はそんな体験から発想した料理です。

鯉のエスカベッシュ
Escabèche de carpe gelée de sancerre
「古典料理書からヒント。重層的な香りと酸味で、コイを丸ごと楽しんでください」
19世紀の仏料理書に多く登場するコイを現代のおいしさで、と、エスカベッシュ(南蛮漬け)をベースに考案。身は骨切りの後フライに。白子はコイのだしでポシェ。端肉はサフラン風味のムースに。これらを筒状に整形して蒸し、リンゴ酢、京都の米酢、白ワインの3つの酸味を合わせたマリネ液に漬けた。マリネ液のジュレ、川魚が特産であるロワールの銘醸ワイン、サンセールのジュレを添え、コイを爽やかに引き立てる。盛付けは、水面のイメージとした。

そしてこの時、発見の連続に心躍らせながらも自覚したのは「自分はフランス料理のことを一万分の一も知らない」ということ。なので当然、この先いくら学んでもやりきったと思うことはないでしょうが、同時にそれは生涯フランス料理に感動し続けられるということ。嬉しくてしかたがないです。

遠い昔から継承されながら、無数の料理人たちが一生の情熱をかけて検証したり、進化させたりした結果が今のフランス料理です。それがどんなに貴重で奇跡的なことであるかに気づき、ありがたく受け入れられたら、自ずと今を生きる自分のやることが見えてくる。やはり進化させるべきと思うし、自分なりに少しでも前進させて次につなぎたい。料理をする意味、物を作る意味は、そこにあるのだと思っています。

森永宣行 もりなが のぶゆき
1982年、佐賀県生まれ。大阪府で育つ。大学在学中からフランス料理の探求を始め、卒業後「ルールブルー」(大阪)、「ベルクール」(京都)にて伝統的なフランス料理を学ぶ。魚の卸業者での研修、フランス郷土料理店のシェフを経て、2017年「ドロワ」を独立開業。毎年フランス各地に研修に赴く。

ドロワ
京都府京都市上京区東桜町49-1
TEL 075-256-0177
17:00〜20:00 LO 水休

photo: Katsuo Takashima

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