「今は生活をしながら台詞を喋っている」~宮崎秋人と桐山知也が語る『彼方からのうた』
宮崎秋人、溝口琢矢、伊達暁、大石継太の四人芝居『彼方からのうた -SONG FROM FAR AWAY-』が、2024年8月2日(金)から13日(火)まで東京・吉祥寺シアターで上演される。
本作は、『桜の園』(23 年/ショーン・ホームズ演出)、『Birdland』(21 年/松居大悟演出)、『FORTUNE』(20 年/ショーン・ホームズ演出)などで知られる劇作家サイモン・スティーヴンスと、ソングライターのマーク・アイツェルが作を手がけ、2015年に初演された作品で、これが日本初演となる。今回、演出は桐山知也、翻訳は髙田曜子が手がける。
世代の違う4人で、一人の役を演じる作品
ーーこの作品は、34歳のビジネスマン・ウィレムが亡くなった弟に向けて書いた手紙がそのまま戯曲になっていて、もともとは一人芝居で上演されたものです。今回、日本で上演するにあたりなぜ四人芝居にしたのですか?
桐山:何年か前に(本作主催の)ゴーチ・ブラザーズさんのワークショップでこの作品を扱ったことがありました。最初は素直に一人芝居でやってみたのですが、ワークショップなので、「死んだ弟に書いた手紙をどう出すんだろうか」「出してないとしたらその手紙はどこにあるのか」「まだ持ってるとしたら読み返したりするんじゃない?」という話になりました。その場に俳優さんも何人かいたので、じゃあ手紙を書いた34歳のウィレムはもちろんいるにせよ、他の時代を生きているウィレムがそれを読んでいるというのはありやなしやとなり、「ちょっとやってみよう」と。ウィレムの人生は続いているんだけれども、手紙はそこに留まっている。つまり、その時に書いたものがそのままあるわけだから、手紙を読む声を録音してみて、その声が聞こえる中で彼の人生は続いている感じで、寝たり食事したりしているシーンをつくってみよう、と。それでその日は録音だけをして、「明日たのしみだね」と言って、翌日またやってみたんですね。みんなワクワクしていたんですけど……めっちゃくちゃつまんなくて。
宮崎:ええ?(笑)
桐山:始まって10秒くらいでもうみんなが「……おもしろくないね」って(笑)。それで「これは録音なのが良くないんじゃない?」という話になったんですね。読んでる人は常にいて、その時に生きている彼、50歳とか60歳になった彼も読んでいる。だけど過去とか未来の彼も存在している、という状態であればいけるのではないかと。当時は上演の予定もなかったんですけど、そういうことを経て、今回の話になりました。世代の違う4人のキャストで一人(ウィレム)を演じる、というのをやります。
ーー稽古が始まったばかりではありますが、宮崎さんはどんなふうに感じていらっしゃいますか?
宮崎:昨日からざっくり立ち稽古が始まったのですが、なんて難しいんだと思っています。基本的には誰か一人が喋っていて(=手紙を読んでいて)、他のキャストは舞台上にいたりいなかったりするつくりで、今の時点では「この時間大丈夫? もってる?」という不安がすごくて(笑)。手紙も、ウィレムが弟に明確ななにかを伝えたくて書いているというわけではないし、その日の出来事とか感じたことだったりとりとめのないことをつらつらと書いているものなので、この台詞の時にこうすれば成立する、というわけでもなくて。どうやっても(相手役がいないから)なにも返ってこないし、どうせ。
桐山:どうせ(笑)。
宮崎:もちろん演出家からのフィードバックはあるんですけどね。だから一筋縄ではいかない作品かなと感じています。ただ昨日、初演(一人芝居)の画像をみせてもらったんですけど、全裸だったんですよ。
ーーえ?
宮崎:全編ではなくて、途中で裸になるという感じだと思うんですけどね。でもその姿を見て腑に落ちました。もしウィレムが家では裸でいるタイプの人だったとしたら、その状態で手紙を読んでいる感じというか。身体と喋っている内容がバラバラでもいいんだなって。あとやっぱ34歳の手紙を書いているウィレムも、これは僕の想像ですけど、机に向かって「よし、書こう」って書きだす感じじゃなかったんじゃないかなって。ポツポツ書いて、離席して、生活の用事とかして、また机に戻ってちょこちょこっと書いてって感じで書いたのかなという想像が今あって。だからもしかしたら、そんなに気合いをいれないことで糸口をつかめるのかも、とか今は思っています。
ーー桐山さんは稽古の中でどう探っていらっしゃるのでしょうか?
桐山:まず第一に(登場人物が)舞台上の空間にいることに納得できるように、というか。それが最終的にお客さんにとって説得力のある表現になると思うんですけど、ここに居ること、何もしないでそこに留まっていること、喋っていることとやっていることがバラバラであることが、「正しい」と言ったら変だけれども、腑に落ちた状態にしていく作業ができるといいのかなという感じがしています。ウィレムがいま誰に向かって喋っているのかということと、俳優の宮崎秋人さんがいまどこに向かって喋っているのかということの、バランス感覚みたいなものをどう組み上げていくかも難しい。びっくりするくらい繊細な作業というか。本当に、一筋縄ではいかない。
宮崎:そうですよね。
桐山:決め決めになると、決め決めのことをやってるって感じになるしね。
宮崎:4人が一人の人間であるように見せなきゃいけないっていうのもまた難しいですし。そこはここからどんどん詰めていく作業だなと思います。
ーー出演者4人は俳優としての個性も違うと思いますが、どんなふうにつなげていこうとされていますか?
桐山:この芝居だけじゃなくていつもそうなんですけど、あまりその役のキャラクターを、キャラクターからつくりたくないと僕は思っていて。例えば新聞記者だからとか医者だからとか、そういうところからつくりたくはなくて、その役は何をしたいのか、今回であればなんで書いているのか、読んでいるのか、思い出しているのか、みたいなことがハッキリすると、つながるんじゃないかなというふうに思います。共通認識を持てるようになれば大丈夫なんじゃないかなと思いますね。
ーー4人の間ではどんな作業をされているのですか?
宮崎:本読み(座った状態で台本を読んでいく稽古)の段階で丁寧に台本を追いかけて、役のバックボーンなどを考えていきました。この作品ならではなのは、普段だったら僕は自分が演じる役の台本に書かれていない部分、例えば血液型はなに?とか、そういうプロフィールを骨組みとして勝手につくっておくんですけど。今回は4人で一人だから、みんなでウィレムという一人の男のバックボーンを考えていく必要がありました。これは初めてのことでしたね。例えばウィレムの母親のビジュアルのイメージも、口に出してみると全然違ったりして。それをおもしろいなと思いながら、本読みの期間を過ごしていました。
言葉に責任を持って話せる台本
ーー翻訳がとても美しいなと思ったのですが、その辺りはやり取りしながらつくっていかれたのですか?
桐山:翻訳の髙⽥曜⼦さんとは付き合いが長いので信頼しきっていて、もちろん目で読むのと、声に出してみるのと、俳優さんが読むのでは違うところも出てくるので、そこは相談して直すんですけど、直し方が現場に即しているというか。いつも稽古場にいてくれて、「そうですね。私もそういうニュアンスで聞いていました」とか現場の感覚みたいなものを鋭く受け止めてくださるんですよ。だから俳優さんもいろいろ相談しやすいんじゃないかなと思います。翻訳されたものを我々が預かって作業するのではなく、一緒にやりましょうみたいな感じはすごくしています。
宮崎:ありがたかったです。例えば、翻訳として意味は分かるけどこういう言い回しのほうが言いやすいとか、言葉として出やすいとかいうことはあって。そういう相談も真っ直ぐ受け止めてくださるんです。違う俳優だったらスッと言えてるかもしれないじゃないですか。僕だから言いづらいのか、なんで出づらいのかって結局自分の感覚しかないわけで。だから申し訳ないなと思うんですけど、そこも相談できる現場なので、言葉に責任をもって喋れる台本になっています。
桐山:そうだね。
宮崎:ありがたいです、すごく。
ーー台詞量も膨大ですが、覚えるのですか?
桐山:そうですね。やっぱりこれ大変?
宮崎:普通の長台詞と今回のこれは全然違いますね。会話の中で喋るのであれば、どんだけ長い台詞でも言いたいことはひとつっちゃひとつなんですけど、これは手紙だから。書いていることも飛び飛びですしね。ただ現時点で、この感じなら想像よりは大変じゃなさそうだなと感じています。今は口に馴染ませたくて、家で普通の生活をしながら台詞を喋ったりしているところです。関係ないことやりながら喋れるように。
ーー今回はマーク・アイツェルさんとの共作ですが、サイモン・スティーヴンスさんの戯曲は、『桜の園』『Birdland』など大きな劇場で観る機会が多かったので、吉祥寺シアターのギュッとした空間で観るのも楽しみです。
桐山:弟が死んでいるので出来事としては大きいんですけど、(手紙で)書いていることは、その日なにしたとか、どこに行って煙草の箱をあけて吸ったとか、お父さんとこの話をしたとかいう内容が続いていてね。そういう小さいことを語っているんだけどすごく大きい時間の流れというか、変な話、人間が生まれて死ぬことを書かれているような気がしています。なので吉祥寺シアターという空間でぎゅっと4人しか出ないシンプルな空間の中で観るんだけど、大きなものが見せられる感じはしています。
「4人でやるということ」を粘り強く探っていきたい
ーー稽古が始まったばかりなので、これから変化もしていくと思うのですが、現段階でまず目指したいところを聞かせてください。
桐山:「4人でやる」ということについて、まず我々がもう少し確信を持ちたいです。そのために、4人でやるための表現方法をもう少し粘って探してみてもいいかなと思います。それは俳優さんだけじゃなくスタッフさんも含めて。先日、平原慎太郎さんに来てもらって身体のワークショップをしてもらったんですけど。
宮崎:セット内の空間で、空気だったり動きだったりを、喋らずに4人で共有するっていうことをやったんですよ。
桐山:そういう「4人でやるということ」、それは年代が違う“意味”だけじゃなくて、皮膚感覚みたいなもので、「おもしろいな」とか「こういうことだよね」みたいなものをもっと探りたい、というのが現状です。そしてそれをお客さんと共有する方法を探っていきたい。でもあまり答えを早く出さないようにしようと思っています。
宮崎:僕らは桐山さんを信じてやるしかない。稽古でいろんなピースをとにかくばらまいて、それを一枚一枚はめこんでいってもらうという。個人的には、どれだけ早く精神的に全裸の状態のウィレムになれるかっていうところですね。そのくらいさらけ出していこうと思います。
取材・文=中川實穗 撮影=関 信行