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上村洋一『Aquatic Garden(アクアティック・ガーデン)』 ~ 世界の水域を旅するアーティストがつづる 精妙な音響紀行

備後とことこ

上村洋一『Aquatic Garden(アクアティック・ガーデン)』 ~ 世界の水域を旅するアーティストがつづる 精妙な音響紀行

福山市街のルーツには、瀬戸内海につながる水運を生かした、近世の町割りデザインがあります。

当時は身近な存在として内海があり、城下町で暮らす人々はその恩恵を日常的に感じていたことでしょう。

しかし現在、高度な都市化が進んだ福山駅の周辺市街から、観光PRの広告物などではない、直接的な瀬戸内海の気配を感じさせるものはほとんど見つけられません。

そうした中、視覚情報に頼りがちな私たちが失って久しい、自然環境に呼応する耳の知覚を取り戻そうとする展覧会が福山駅前の複合施設iti SETOUCHIで開催中です。

世界各国の海や河川を旅する現代アーティスト、上村洋一さんの展覧会『Aquatic Garden』を紹介します。

SLAP it Project vol.4 上村 洋一『Aquatic Garden』

2024年4月27日から10月27日まで、福山市西町のiti SETOUCHI内、コワーキングスペースtovioで、SLAP it Project vol.4上村 洋一Aquatic Garden』が開催されています。

SetouchiLArtProject、略してSLAPのアーティスト招聘(しょうへい)プロジェクトit Projectは、このたび数えて4回目。

街路からシームレスにつながる複合施設 iti SETOUCHI

上村洋一かみむら よういち)さんがライフワークと位置づける、水や氷のフィールドレコーディング関連の作品を特集しています。

世界中の水辺でおこなってきたフィールドレコーディング、また瀬戸内海で録音した音とミックスした新作のサウンドスケープ作品がコワーキングスペースtovioに展示中です。

SLAP 招聘アーティスト:上村洋一さん

1982年の生まれ、千葉県出身の上村洋一さんは、東京藝術大学大学院時代から視覚・聴覚から風景を知覚する方法を探ってきました。

自然と人間の内的で精神的なつながりを探求することから、自身が「瞑想的な狩猟」と名付けるフィールドレコーディング。

流氷地でのフィールドレコーディング【Photo : Ella Medicus】

フィールドレコーディングによる環境音に、ドローイングやテキスト、光など視覚的な要素を組み合わせ、サウンド・インスタレーションや絵画、パフォーマンス、電子音響作品などを国内外で発表してきました。

上村さんが録音した音響作品はパリやロンドンで受賞歴があります。

今回のSLAP招聘アーティスト 上村洋一さん【Photo : Olli Aarni】

近年は地球温暖化の影響を受けた北海道・知床のオホーツク海の流氷やアイスランドの氷河、アマゾン熱帯雨林などのリサーチを制作の起点にしています。

iti SETOUCHI の現代アート事業:SLAP

元百貨店のたてものを改修後、一階スペースのみを再活用し、「屋根のある公園」として生まれ変わった福山駅前・三之丸エリアのiti SETOUCHI。

イエローのネオンサインは iti SETOUCHIのシンボル

現在、iti SETOUCHIで開かれる週末や連休のイベントでは、それらにたずさわる人々が持ちよるアイデアの百貨(多様な願望)が集まる場所として活況を呈しています。

イベント時には多数のオーディエンスを集める

iti SETOUCHIが旧来の大型百貨店のままでは、おそらく実現できなかったと思われる試みのひとつが現代アート事業のSetouchi L-Art Project、 SLAP・スラップです。

SLAPは活動理念を「時代の潮流を見極め瀬戸内と世界を繋ぐ芸術文化の創造に貢献する」こととし、福山市から発信される瀬戸内エリアの文化創生プログラムを通して、多方面にその活動を展開しています。

サイトスペシフィックなアート体験を提供

『Aquatic Garden』を構成する4つの展示作品

SLAP it Project vol.4 上村 洋一『Aquatic Garden』は大別すると、4つの展示作品を組み合わせた展覧会です。

それぞれの展示は、サウンド/ビジュアルのアプローチから構成されています。

展示1. Sound of Water(2019-)

世界中の海や河川で水の音をフィールドレコーディングし、採取した素材を電子音などとミックスしたサウンドスケープ作品

週日の来館者の多くはここtovioで過ごしている

コワーキングスペースtovioのBGMバックグラウンドミュージック)として機能するよう展示されています。

これまで上村さんが録音でおもむいた地は、日本各地のみならず、東アジアやヨーロッパ、南北アメリカなどにも及んでいます。

スペース奥の壁掛けスピーカーが音の発生源

会期中、上村さんが旅先で録った音がtovioの音響装置に送られ、サウンドスケープが更新されていく予定です。

展示2. Walking on the Water(2024)

ワイヤレスヘッドフォンを装着して、歩きながら音を聴く作品。

サウンドスケープ作品に没入できるヘッドフォン

会場には3つのヘッドフォンが用意され、それぞれ異なる音が再生されています。

Headphones

2-a:スイス谷間の山村ヴァルスの温泉・湧水の音
2-b:北海道知床の流氷の音
2-c:世界各地の海で録った大潮時の音

録音された自然音が、人が見ている風景の印象を一変させる効果を体感してください。

展示3. Pelagos(2022-)

フィンランド・バルト海の群島(アーキペラゴ)と北海道・知床の流氷、双方のイメージを重ね合わせて、空想上の風景を描いた25点の水彩ドローイング。

作品タイトル:Pelogos[Helsinki Cathedral](部分)

針葉樹の森とともに暮らす人々の慎ましい営みのある、バルト海に点在する島々。

ロシアを起点に冬から春にかけて漂流し、やがてはかなく融けてしまう北海道オホーツク海の流氷。

作品タイトル:Pelogos[Flying River](部分)

それらの光景に何度も触れてきた上村さんは、たがいの親和性にイマジネーションを掻き立てられ、多くのドローイング作品を生み出しました。

今回、出品されているドローイングシリーズの一部(例:Pelogos[Flying River])には、上村さんが2023年に訪れたブラジル・アマゾンの熱帯雨林の風景も新たに登場しています。

並んだドローイングがつくり出すアーキペラゴ

展示4. Islands(2024)

水彩ドローイング『Pelagos』で描いた空想の風景が、陶芸の手法で作品化されたオブジェ。

作品タイトル:Islands

円形テーブルに並べられた3点の作品からは、ドローイングで描かれた小屋や木、流氷の立体的な抽象表現が見つけ出せます。今回の展覧会に際し、新たな表現に挑んでみたのだそうです。

サウンド作品の鑑賞制限

サウンド作品の展示会場、コワーキングスペースtovioでは、(当展とは関連のない)多くのイベントが開催されることから、イベント内容により、会場内で音を発するサウンド(BGM)作品を鑑賞できない時間帯があります。

会期中の鑑賞制限のある日程は、SLAPのWebサイトから確認してください。

BGMがない時間帯に聞こえてくるのはどんな音でしょう?

BGM以外のヘッドフォンで鑑賞できる作品は、通常通りの観覧が可能です。

オープニング・セッション 「Aquatic Garden」

上村洋一『Aquatic Garden』のオープニングイベントが、2024年4月27日(土)、iti SETOUCHI 内の半屋外イベントスペースCageで開催されました。

この日注目すべきは、同展で発表中の、世界の海辺で録音されたサウンドをソースに、環境音のエキスパート2人が即興的にセッションするライブ・パフォーマンス。

互いの音を聴きながら次の展開を図る

上村さんのセッション相手は、知床で流氷のフィールドレコーディングを協同した経験もある、福山ゆかりのアーティスト、若月聡作わかつき そうさく)さん。

若月さんは、各地で採集した音や電子音、映像などを用いて、空間と時間の摩擦・流動性を探求する気鋭のアーティストです。

水と水蒸気のあいだを往き来するようなセッション

瞑想的で没入感のあるセッションに、数十名の観客は目をつむったり、マットレスに身体を横たえたりしながら、リラックスモードで聴き入っていました。

ライブ後は上村さん、若月さんによるギャラリートーク、そしてレセプションパーティー(@Cage)が開かれました。

ライブで使用された多様な機材

9月7日に関連ワークショップ/トークイベントを開催

2024年9月7日(日)には、関連イベント「フィールドレコーディング in 鞆の浦」が開催されます。

鞆港の波や風の音を、上村さんはもとより、参加者とフィールドレコーディングしながら周遊するワークショップ。

視覚情報を優位に捉える人間の知覚において、私たちは景勝地・鞆の浦に何を聴き、何を聴き逃しているのでしょうか。

イヤフォンと一体型になった人間の耳に近い条件で録音できるバイノーラルマイク(機材提供:ローランド株式会社)を使用し、サウンドという視点から、日常に対する知覚やその在り方を考えます。

ライブ鑑賞用に置かれたマットレスのアーキペラゴ

同日のトークイベント「漂流する島々」では、世界を舞台に旅を続けてきた上村さんの『Aquiatic Garden』で発表した作品をはじめ、自身の制作の軌跡について総括的なトークが繰り広げられます。

上村さんとの対話から探るフィールドレコーディングの可能性

近年は、坂本龍一(さかもと りゅういち)さんが楽曲制作にフィールドレコーディングを取り入れたり、音楽ストリーミングサービスでのアンビエントミュージックの人気などもあり、上村さんの創作活動に近接するアート領域が注目を集めています。

絵画や彫刻ではなく、あえて形のない「音」を扱うサウンドスケープ作品やその素材を集めるフィールドレコーディングはどのような可能性を秘めているのでしょうか。

その糸口を「ギャラリートーク」のもようから探ります。聞き手はSLAPの総合ディレクター、菅亮平(かん りょうへい)さんです。

美術と音楽のボーダレスなアーティスト活動

以前から上村さんの活動を興味深く見ていたという、菅さんの手短なアーティスト紹介からトークは始まりました。

管──

上村洋一さんは、美術、いわゆるビジュアルアーティストであると同時に、音楽の領域にもバックグラウンドがあります。

現在はサウンドメディアでのアート作品をメインに、音楽と美術を越境するスタンスで活動をおこなっているアーティストです。

サウンドスケープの猟人は活動の場もボーダレス

創作はフィールドレコーディングからはじまる

菅──

上村さんの活動の中で、フィールドレコーディングはメインの取り組みといって差し支えないと思うんです。

──フィールドレコーディングという手法やそれに纏わる自身の制作について、お話をうかがっていいですか?

上村──

フィールドレコーディングはヨーロッパで生まれ、もともと民族学の調査やドキュメンタリー作品に用いられる手法でした。それが徐々に現代音楽電子音楽、そしてアートの世界でもよく使われるようになったんです。

中央:上村洋一さん 右側:若月聡作さん 左側:菅亮平さん

上村──

レコーディングした音の素材や旅先で見た風景をもとに、サウンドインストレーションやパフォーマンスなどを制作しています。

これまで僕が一番多くレコーディングしてきたのは、2019年から毎年訪れている知床オホーツク海の流氷で、近年だとアイスランドの氷河ブラジル・アマゾンの熱帯雨林でしょうか。それらの自然環境は地球温暖化の影響を特に受けています。

外の世界と隔絶された時間が流れる

アートの仮想庭園 Aquatic Garden

管──

今回「Aquatic Garden アクアティック・ガーデン」をテーマに、tovioの作品展示をお願いしました。

──展覧会のコンセプト 、あるいは出展構成のあたりをお話してもらえますか?

上村──

tovioは美術品を専門的に展示するギャラリーや美術館とは違い、利用者がそれぞれ働いたり、ミーティングしたりする公共空間なので、どちらかというとコワーキングスペースのBGM(バックグラウンドミュージック)として機能する形にしました。

今まで録音してきた音を組み合わせてサウンドスケープをつくると同時に、(ビジュアル面では)これまであまりまとめて発表してこなかった水彩のドローイングシリーズを中心に見せていく構成です。

管──

会場にアンビエント的に流れている音が、よく聴くと、サンプリングした水の音に電子音を加えて構成されたサウンドスケープ作品だったというわけですね。

駅前周辺のクロノスな領域から解放されたアート空間

様々なイメージを想起させる瀬戸内海

管──

また今回、瀬戸内海でも、上村さんには新たにフィールドレコーディングをしてもらったんです。

船をチャーターして、鞆の浦から走島の方に向かって周遊するコースで、まさに瀬戸内らしい小島が点在しているなかを縫って、船を止めたり、また走ってという具合にレコーディングされていました。

上村──

瀬戸内海での本格的なフィールドレコーディングは今回が初めてなんです。

瀬戸内海でのレコーディング風景01【Photo : SLAP】

管──

その瀬戸内海の環境の中でのレコーディングについて伺います。

──上村さんがこれまでおこなってきたフィールドレコーディングの経験とどのようにつながっていくのか 、瀬戸内海をどんなものとして捉えたのでしょうか ?

上村──

瀬戸内海は波があまりなくて、内海だからもちろんすごく静かです。一方、オホーツク海はもともと波がかなり荒いんですけど、流氷がある時だけそれが波を堰止めるので、海が鏡のように静かになるんですね。

オホーツク海に流氷がプカプカ浮かぶようすは、瀬戸内の静かな海に島が点在している風景とすごく似ていて、互いの風景を連想させるという印象を持ちました。

瀬戸内海でのレコーディング風景02【Photo : SLAP】

北欧の風景にセトウチを観る

管──

上村さんはフィンランドバルト海にもよく行かれてますよね。

──その風景との連想、つながりという印象も(瀬戸内海に)持たれたんでしょうか?

上村──

フィンランドのバルト海も内海で、有名なのはアーキペラゴ群島)の風景ですけど、瀬戸内海の島よりももっと小さい、ただの岩かと見まごう島がたくさんあります。

その岩のような島に一軒の小屋が建っていて、慎ましく人が暮らしていたりとか、そうしたものも自分の想像の中で(瀬戸内海と)つながった風景です。

またすぐに旅の生活へ戻るという上村さん

アーキペラゴ(群島)という世界像

管──

群島を意味するアーキペラゴは、水上に浮かんでいる多くの島々のことでで、地球環境の変化が顕著に表しているように、海や水が世界中でつながっているというところで、地球全体が様々な島の集合によるアーキペラゴといえると思うんです。

上村さんがフィンランドで、知床で、 瀬戸内で見詰められてきた群島の風景を海や水を介して地球全体につなげていく、あるいはパラフレーズしていくような意図も込められているのではないかと私はみています。

おわりに

上村さんは地理・環境の研究者のような、はたまたエレクトロニカ(電子音楽)のミュージシャンのような顔をあわせ持つ現代アート作家。

これまで開催されてきたSLAP it Projectのなかでも、ミニマルな印象の展覧会は、その作品がイメージさせる風景は広大なものとはいえ、見渡す限り何もない海の風景ではありません。

多様な生態系を維持する水の声やオホーツクの流氷の眺め、北欧の内海のおもむきなどを重ね合わせ、繊細な手つきで描かれた多島海(アーキペラゴ)なのです。

tovioのアンビエント作品を浴びて瞑想し、気分を切り替えると同時に、音の向こうに現れる水辺の風景に想いを馳せてみてはどうでしょう。

上村さんが制作した音楽作品はこちらでも聴くことができます(デジタル音源の購入可能)。

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