ビートルズ・サウンドのふざけた魅力、その本質。【ビートルズのことを考えない日は一日もなかった特別対談 VOL.11 川口法博】
名曲、名盤、才能豊かなアーティストの裏側に有能なプロデューサーあり。ビートルズの例を出すまでもなく、これは音楽業界の、いやエンタメ業界の常識、法則なわけですが、今回のゲストはビクターエンタテインメントで数多くのアーティストを手掛け、ヒットや話題作を世に送り出してきた川口法博さん。ビートルズを愛し、研究を重ね、自分の手掛けた作品には自然とビートルズのエッセンスが注入されていると語るヒットメーカーの、熱烈な愛ゆえの辛辣さを交えたビートルズトークをどうぞ。
『ビートルズ・サウンド』で読んだ近田春夫のビートルズ評
竹部:ぼくと川口さんの付き合いって、かれこれもう22年ですよ。
川口:そんなになりますかね。
竹部:川口さんが制作したコンピレーションCD『大阪ソウルバラード』の記事を『オリジナル・コンフィデンス』で書いたのが最初。そこからの付き合いで、その後はThe Goodbyeのベスト、インドカレーのコンピ、秋山奈々。それからジェロ、ポッシボー、町あかり、楳図先生、半田健人……。とにかく川口さんの仕事を追いかけてきたという自負があるわけですよ。でもビートルズの話をしたことは今まで一度もなかったなと思いまして。それでも、たまに川口さんからメールをもらうと、『ゲット・バック』の感想とか、「ナウ・アンド・ゼン」の批評が書かれていたりして、メール上でビートルズ話が始まる。
川口:そうでした(笑)。
竹部:あと、てりとりぃ会でお会いしたときに、近況プラスビートルズ話をするという感じで。
川口:確かに。
竹部:だからこの場を設けて、ビートルズ話をしたいなと思いまして。
川口:よろしくお願いします。
竹部:普段川口さんはビートルズの話をする人っていますか。
川口;サリー久保田さん、最近会ってないですが本秀康さん、とかですかね。
竹部:『READY! STEADY!! THE GOOD-BYE!!!』は本秀康さんと川口さんの仕事でしたよね。ぼくが最初に本さんに会ったのは、その発売記念トークショーでした。ロフトプラスワンの楽屋で本さんと能地祐子さんの対談をやって、それを『オリジナル・コンフィデンス』に載せたんですよ。
川口;そうでしたっけ。
竹部:あれは2004年。近年、川口さんは近田春夫さんの『超冗談だから』を手掛けていますが、近田さんとビートルズの話をしたりはしないんですか。
川口:近田さんはあまりビートルズ好きじゃないですから。
竹部:近田さん覚えているのは、『ビートルズ・サウンド』っていう本の中で『リボルバー』の解説を書いているんだけど……。
川口 もちろん持っていますよ。
竹部:ビートルズは得意ではないと書いていますよね。
川口:完成度がいちばん高いのは『リボルバー』で、それ以降はコレステロールが溜まりすぎと。それから「ロックにこだわる人間としては、童謡みたいな歌を入れる感覚がわからない。インテリでもないのにインテリのふりをするな」とか。
竹部:よく覚えていますね(笑)。ほかの原稿で読んだのかな。ストリングスの似合うロックンロールはT.レックスだけだと言っていたことも覚えています。自分にとって近田春夫さんは大きな存在なので、近田さんはビートルズをどう評価しているのか気になって、そういう原稿があったら必ず読んでいましたよ。
川口:近田さんはロックンロールの人なんですよ。ビートルズよりもストーンズ派。
竹部:そうですね。ぼくも、ビートルズのロックンロール、とくにエイトビートでリンゴのドラムが立っている曲が好きなんですよ。『サージェント』ってホーンとかストリングスが目立つけど、それらを排除したアウトテイクを聴くと、『リボルバー』の延長にあるサウンドであることがわかるし、リンゴのドラムが目立っているから、ビートルズがロックンロールバンドであることがわかる。リンゴのドラムこそがビートルズ・サウンドの核だなって。
川口:そうかもしれないですね。
竹部:で、その近田さんから川口さんは最高のプロデューサーだって評されていて、著作『調子悪くて当たり前』にもちゃんと記されている。
川口:気が合うんだと思います。私も近田さんもふざけたものが好きだから(笑)。そこで波長があったんだと思います。
竹部:“ふざけたもの”は今日の対談のテーマでもあるんですが。それはともかく、2020年前後の『ミュージック・マガジン』の年間ジャンル別ベストアルバムの歌謡曲部門では、川口さんの関わった作品が10作品中半数っていうときがありましたよね。
川口:ありました。『マガジン』好みのものを作っていたのかもしれないけど、今思えば、すごいことですよね。
82年のオフコースとビートルズ
竹部;そんな川口さんがぼくの「ビートルズのことを考えない日は一日もなかった」っていうタイトルに同意してくれたじゃないじゃないですか。
川口:はい。私もそうですよ。やっぱり考えちゃいますよね。
竹部:そうは言いつつ、川口さんのプロデュース作品の中で、ビートルズのテイストが入った作品はそんなに多くないじゃないですか。
川口:ビートルズって基本ふざけているって思っていて。だから、ビートルズのそういうエッセンスは自分の骨の髄に染みているんですよ。それは音楽のジャンルではなくて、精神的なもの。スピリッツですね。
竹部:それはわかる。川口さんが最初にビートルズのふざけた部分を感じたのはどの辺なんですか。
川口:なんだろう。そうだ! 私がビートルズの曲を初めて知ったのは、松本伊代ちゃんが武道館ライブで歌った「抱きしめたい」なんですよ。当時テレビで放送していたのを見て、「ものすごくいい曲だ」と思って調べたら、ビートルズだったんですよ。ビートルズマニアを自認しているにもかかわらず、知ったきっかけは松本伊代ちゃんっていうのが恥ずかしいです。
竹部:そうだったんですね。それは英語? 日本語?
川口:どっちだろう。記憶が曖昧だけど。
竹部:当時はアイドルがビートルズを歌うことは普通でしたよね。大場久美子の「サージェント・ペパーズ」が有名だし。『レッツゴーヤング』でもサンデーズがよく歌っていました。そういえば伊代ちゃんと大場久美子って同じ事務所でしたよね。
川口:ビートルズ好きのスタッフがいたのかな。それで、「抱きしめたい」目当てに『ビートルズベスト20』を買ったんです。なけなしの小遣いで2500円払って。白いジャケに真ん中にロゴが描かれたやつ。
竹部:82年。伊代ちゃんの武道館、『ビートルズベスト20』も82年リリースです。
川口:そこで聴いた1曲目の「シー・ラブズ・ユー」がとにかく衝撃だったんですよ。サビのドラムのアタマ抜き3連フィル。あんなトリッキーなフィルを初めて聞いたわけですよ。ふざけてるなって(笑)。人を食ってるっていう方が近いかな。
竹部:それまではどういう音楽を聴いていたんですか。
川口:野口五郎。歌謡曲オタクですよ。ザ・ベストテン世代ですから。
竹部:同じくザ・ベストテン世代です。歌謡曲耳で聞くビートルズは古臭く感じませんでした?
川口:古臭くは感じなかったけど、音質が悪いなとは思いました。「シー・ラブズ・ユー」は疑似ステレオでしたし。歌謡曲のほかにオフコースも好きで、オフコースと並行してビートルズを聴くようになったんです。
竹部:オフコースは音がいいですからね。そうそう、82年はオフコースの年なんですよね。武道館10デイズもありましたし。
川口:オフコースとビートルズにどっぷりでした。田舎の中学生にはオフコースがおしゃれに聞こえて。武道館10デイズのフィルムコンサートが全国巡回したやつに行きましたもん。
竹部:そんなにファンだったんですね! あの年のオフコースは社会現象に近かったですよね。その秋に『NEXT』って特番があったんです。TBSで。
川口:もちろん見ましたよ。レコードも発売日に買いましたから。武道館10デイズがあったあとに、『NEXT』というアルバムが出るって発表されたとき、リリース前のプロモーションでは『We Are』とか『OVER』とかと同じシリアスなフォントが使われていたんですよ。それで期待して発売日にレコードを買いに行ったら、『マジカル~』のパロディだったという。それまでのオフコースにメンバーがぬいぐるみを着るなんていうセンスなかったじゃないですか。なんだこれと思って。こういう人を食った感じはビートルズから受けた影響なんだなって、今思えば、納得できますよね。
竹部:シリアスなバンドだったんですよ。音を聞いてもわかるし、NHKの『若い広場』を見ても伝わってきましたから。『NEXT』はどうでした。
川口:おもしろかったですよ。ただ、小田さん中心にスポットライトが当たっているなとは思いました。コンサートの映像でも女の子はほぼ「小田さーん!」でしたし。それで鈴木さんのことを思うわけじゃないですか。これもビートルズに繋がってしまうんですよ。後期のシングルはポールの曲ばっかりになっちゃうっていうジョンのフラストレーションと重なる話で……。
竹部:ぼくも『NEXT』は放送日にリアルタイムで観て、録画して。それを何度も見返しました。すごくビートルズっぽいなと思ったんですよ。ドラムのジローさんをキーマンにしてコミカルに描いたり、ゴルフ場のシーンが『ハード・デイズ・ナイト』の「キャント・バイ・ミー・ラヴ」っぽかったり、「さよなら」の演奏シーンのカメラワークが「レット・イット・ビー」だったり。そういう意味でもビートルズファンは『NEXT』は見るべきだと思いますよ。
川口:直接の影響は出していないけど、ビートルズのエッセンスはあちこちにちりばめていますよね。「恋を抱きしめよう」なんてタイトルの曲もあるし。
竹部:あと思い出したのが、『NEXT』の中で松尾さんにフォーカスしたシーンで出てくるロケ場所が溜池の東芝EMIの社内なんですよ。社会人になって業界に入って仕事で東芝に行ったときにどこかで観たことあると思ったら『NEXT』だったという。『NEXT』には思い入れがあるんですよね。でもぼくがオフコースを追いかけていたのはそこまででした。
川口:私も『ベスト・イヤー・オブ・マイ・ライフ』まで。あの中の「夏の日」がものすごく好きで。あと「気をつけて」っていう曲もいいんですよ。なんかオフコースの話になっちゃいましたが。
『赤盤』の最新リミックスの「オール・マイ・ラヴィング」
竹部:82年のビートルズ・シーンにおけるオフコースの影響って大きかったと思うんですよ。それで、川口さん。『ビートルズ・ベスト20』の次はどういう流れでビートルズにハマっていくようになったのでしょうか。
川口:4人のユーモア精神。さきほどふざけてるって言ったけど。そこがほかのバンドと違うような気がしたんですよ。人に嫌な気持ちにさせない気の利いたユーモアっていうか。とくにジョンのイギリス特有の皮肉を込めたジョーク。キャラクター込みでだんだん好きになって、当然音楽もめちゃめちゃ掘り下げて行く感じですね。
竹部:その後はオリジナルアルバムを聞きはじめるわけですか。
川口:図書館や貸しレコード屋でレコードを借りたり。順番はランダムだったんですが、初めて『アビイ・ロード』を聞いたときはすごく覚えていて。帯に書かれた「A面の野生味、B面の叙情性」ってコピーが印象的でした。『ベスト20』にも入ってはいたけど、そこで聴いた1曲目の「カム・トゥゲザー」が食い足りなかったわけですよ。Aメロが20小節あるのにサビが2小節しかない。あと8小節ぐらい別のメロディがあればもっと盛り上がるのにって。この人の作る曲、いびつだなって。
竹部:ファンになり立てでそんなことを思ったんですか。たしかに「カム・トゥゲザー」はシンプルで、その単純な曲をボーカル力と演奏力で聴かせてしまうのがすごいんだけど。歌謡曲だったら絶対に大サビを作りたくなるじゃないですか。
川口:Aメロ、サビ、終わり。みたいな感じが、歌謡曲にはない世界で、そういうところに逆に惹かれちゃったというのはありますね。
竹部:これはジョージの曲だけど「サムシング」のサビ「♪You’re asking me will my love grow」の部分って1回しか出てこないんですよね。普通なら2回繰り返すと思うけど、そこが潔いというか、ジョージらしいというか。ポールはライブで「サムシング」を歌うときサビは2回にしていますけどね。
川口:「アイ・ミー・マイン」は無理やり尺を倍にしていますもんね。
竹部:さすがに1分では短いだろうといううえでの判断だったんでしょうね、でもそういうとこなんですよ。物足りなさを自分のイメージで補填しちゃうみたいなとこないですかね。
川口:聞き手に食い足りなさを感じさせてストレスを強いるから飽きさせない(笑)。
竹部:ビートルズの曲って短いし、アルバムのトータルタイムもだいたい30分弱。そういう物足りなさがいいのかもしれない。ぼくが最初にビートルズのCDをCDプレイヤーにセットしたときに驚いたのは、トータルタイムの短さだったんですよ。LPではすごく長く感じていたのに、現実では30分弱だったという。だから最初の頃はビートルズをCDでは聞けなかった。
川口:それはわかります。あと最初に『アビイ・ロード』を聞いたとき、中3だったんですけど、ジョンの曲は捨て曲ばかりじゃんって思った。まだ研究を始めていない時期だったんですけどね。
竹部:だからメドレーにしたというのはあるかもしれない。では川口さんはジョンを基準にビートルズを聞いていったということ?
川口:いや、ジョンとポールのセットですね。ひとりで作った曲は二人の共作曲に比べるとつまらないなって思うことが多くて。やっぱりコンビで補い合っていたんだなって。ジョンって『ホワイト・アルバム』以降、曲作りにおいてはスランプじゃないですか。シングル曲はほぼポールになってしまうし。だからヨーコを理由にビートルズに興味がないふりをして解散まで行っちゃったんだろうなって思っていて。
竹部:その説はおもしろいですね。
川口:ヨーコが好きっていう気持ちは確かで間違いない感情なんだろうけど、それは一種のポーズでもあって、ポールに主導権が移ってしまったビートルズに興味をないふりしていたっていうのが、私の思うところなんですよ。ポールが絶好調でいい曲を作ってくるから、ビートルズはお前がやってりゃいいじゃんみたいなね。
竹部:ビートルズを聴きだした初期の頃からそんな想像を巡らせていたと。
川口:いろいろなことを思いつつ、その根底にあるのはやっぱりビートルズってふざけているな、いい加減だな、自由すぎるなっていうことでしたね。たとえば、「ホワイル・マイ・ギター、ジェントリー・ウィープス」では、急にタンバリンが出てきて、それが急になくなって、また出てきたり。どういうことよって思うわけですよ。
竹部:ほかにもいろいろありますよね。「アイ・コール・ユア・ネーム」のカウベルとか、「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」のハンドクラップとか。
川口:テープの消し忘れもあったりとか、それオッケーにしちゃうの? って言いたくなる。最近びっくりしたのが、『赤盤』の最新リミックスの「オール・マイ・ラヴィング」。聞きました?
竹部:聞いたけど、なんだろう。
川口:2番のアタマ、「I’ll pretend that I’m kissing~」のところでスネアが四分音符で4拍連打している箇所があって。それを新しい『赤盤』で聴いてびっくりした。なんだこのドラミング!と思って。
竹部:それは気づかなかった。
川口:それまでのレコードやCDを聞いても気づかなくて。今回のリミックスで初めてこれ気が付きました。
竹部:初期の曲のドラムって、ハイハットが目立っているじゃないですか。ハイハットに消されて、スネアがあまり聞こえてないのかもしれない。
川口:聞くとびっくりしますよ。あとは、ジョンのダブルトラックのボーカルのズレ。味だとは思うけど、個人的には合わせてほしい。そういう部分を全部OKにしちゃっているっていうね。そのふざけた感じが逆に後々まで語られる議論の種を残してくれたっていう意味では楽しくていいんですけど。
竹部:『赤盤』の「オール・マイ・ラヴィング」聞いてみます。ぼくが最近気づいたのは「ユー・ウォント・シー・ミー」。この曲って、最初から最後までずっとギターのコードカッティングが裏で入っているんだけど、途中で一か所だけ抜けていて。なんでここ入んないの。絶対おかしいでしょ、って。
川口:あの曲のカッティングは音の長さも微妙に違うんですよね。
竹部:実にいい加減(笑)。ほかにも「プリーズ・プリーズ・ミー」のステレオ版や「ホワット・アー・ユー・ドゥーイング」のジョンとポールの歌詞違いとかあるけど、そんなところどうでもいいっていうことなんですよね。
川口:「アクロス・ザ・ユニバース」は最初にテープ操作で半音上げたのをチャリティアルバムで出した後に、『レット・イット・ビー』では半音下げで出していて。最初にOKテイクを作ったらキーはそのままにしてよって思うんですよ(笑)。
竹部:「シーズ・リービング・ホーム」もステレオとモノでは速度が違いますよね。混乱しますよね。どっちが正しいのかって。
川口:最初に速いテイクを聞いてしまうと、遅いテイクはだるく聞こえるじゃないですか。わたしはたまたま最初に鳥の羽ばたきバージョンの「アクロス・ザ・ユニバース」を聞いちゃったんで、『レット・イット・ビー』の「アクロス」を聞いたときは「不良品?」って思ってしまった。あれは絶対に鳥のはばたきバージョンの方がいい!だって、サビのNothings gonna change my world~という後にある♪アアアアアアっていうジョン自身の追っかけコーラス、これ大事でしょ!!それから、アウトロで突然出てくるジョン自身によるサビ三度上のハーモニー。これも聴きどころなんだから取ったらダメでしょう。でも、連中にすれば「細かいことにこだわるな。木を見て森を見ない状態じゃダメなんだ」っていうことなのかもね。
読み倒したジョン・レノン『ビートルズ革命』
竹部:物事を全体で考えろっていうことなんでしょうね。この曲に限らず、ビートルズって、いやジョージ・マーティンって微妙なスピード調整で曲の印象を変えていますよね。だからコピーバンドが同じように演奏してもビートルズのようには聞こえない。
川口:そうですよ。ジョージ・マーティンはいろんなテクニックというか小技を入れていますよね。プロデューサーとしての第3者の目で見て、「ちょっと足りないかな、テンポを上げてみるか」みたいな感じで調整していたんじゃないですかね。ジョージ・マーティンの『耳こそはすべて』って読みました?
竹部:読みましたよ。内容はもう覚えてないですが。
川口:あれを読むと、ジョージ・マーティンが技術的にもすごいことがわかるんですよ。「キーを半音上げるのに、テープの回転数をどのくらい上げたらいいか、なんてことも計算機を叩いてすぐに割り出していた」とか、本当のプロなんだなと思った。「ストロベリー・フィールズ」のテープ編集だって、そういう知識がなかったらできなかったことだろうし。
竹部:キーの違う別曲を違和感なく合わせているわけですよね。
川口:そういうテープオペレーター的な知識もあった人で、ほんとにジョージ・マーティンでよかったなって思うんですよね。そもそもは社内不倫のペナルティで罰ゲーム的にビートルズを振られたみたいですけどね。
竹部:そうそう。
川口:いまではビートルズとジョージ・マーティンの出会いは伝説になっているけど、実は……でも、そのおかげでビートルズがデビューできたとしたら、それも神の采配としてよかったんだろうなって思いますけどね。
竹部:ビートルズってそういう偶然的必然が多いんですよね。
川口:ほんとそう思いますよ。ビートルズって、要はリバプールの地元の悪ガキじゃないですか。その4人が世界を制するっていうロマン。そこに惹かれますよ。スーパースターを寄せ集めたんじゃなくて、田舎の悪ガキっていう。解散して50年も経ってもみんなが惹かれるのは、そういうところもあるんだろうなって気がしますけど。
竹部:今ちょうどブライアン・エプスタイン唯一の自伝『ビートルズ神話』を読み返しているんですけど、あの本って、すごく生々しく書かれている一方で、なんか現実離れしているところがおもしろくて。要は、ローカルバンドだったビートルズにブライアンがマネジメントを名乗りでて、最初はギャラの数パーセントを受け取るという契約からレコード会社に売り込んだけどダメで、という流れから2年後には世界のバンドになるという、そのブレイクの規模がでかすぎて、読んでいてあまり理解できないというところがある。歴史としては理解できるんだけど、ブライアンが書くブレイクの規模感にリアリティが感じられない。そういう意味でも『ビートルズ神話』はおもしろいんですよ。
川口:本を読みながら音楽を聴くとさらに楽しくなってくるじゃないですか。わたしがいちばん読んだのは……、読み倒したといってもいいのは『ビートルズ革命』ですね。『回想するジョンレノン』『レノン・リメンバーズ』とか何度も改題して再発売されたけど、全部持っていますから。さらに原書まで買って自分で訳してみたり。
竹部:訳も違うってこと?
川口:ちょっとずつ改訂されているんですよ。あの本は片岡義男の訳がまたいいんですよね。「子供の頃、自分は天才だと思っていたけど、私が天才であることに誰も気がつかなかった。私を天才だと認めなかった周囲を絶対に許しません。そしてもし天才というものが存在しないのなら、私はもうどうだってかまいません」とか、おかしな発言を真面目な文章で載せるおもしろさがあって(笑)。
竹部:『ビートルズ神話』も片岡義男で。片岡義男の訳はいいんですよ。
川口:『絵本ジョン・レノンセンス』ってあるじゃないですか。あれも片岡義男で、狂気すら感じさせる訳がいいんですよ。
竹部:我々にビートルズを教えてくれた重要な人物って何人かいるけど、片岡義男もそのひとりですよね。
川口:間違いないですよ。
『ポッパーズMTV』で観たコステロ「パンプ・イット・アップ」
竹部:話を戻しますが、その後川口さんはどのような感じでビートルズを聴いていましたか。
川口:めちゃくちゃ聞いていましたよ。でも高校になるとメインはエルヴィス・コステロに行くんですよ……。
竹部:川口さんって何年生まれでしたっけ。
川口:1968年。
竹部:そうすると、リアルタイムで聴いた最初のコステロは何ですか。
川口:『パンチ・ザ・クロック』。
竹部:83年。ぼくもその少し前にコステロが気になり始めて『マイ・エイム・イズ・トゥルー』を買って、間もなくして出たのが『パンチ~』でした。「エブリデイ・アイ・ライト・ザ・ブック」が好きで。そこから川口さんにコステロブームが起こると。
川口:実は人生でいちばんハマったのはコステロなんですよ。入口は『ポッパーズMTV』で観た「パンプ・イット・アップ」のビデオ。
竹部:「パンプ・イット・アップ」ってなんのアルバムでしたっけ?
川口:『ディス・イヤーズ・モデル』ですね。
竹部;『ポッパーズ』で過去の曲を流すこともあったんですね。
川口:で、興味を持った後に出たアルバムが『パンチ~』。上板橋にあった、今は無き「宝島」っていう貸しレコード屋で借りました(笑)。
竹部:その後に出たアルバムが『グッバイ・クルエル・ワールド』。あの頃、コステロは少しメジャーになったような空気がありましたよね。川口さんはコステロのどこに惹かれたんですか。
川口:曲のよさ。メロディ。アルバムはすぐにコンプリートして、そのあとブートを集めるようになって、完全なコステロ・マニアになっていくんですよ。
竹部:コステロ・マニアってあまり聞かないですよね。ブートってスタジオ録音? ライブ音源ですか。
川口:大体ライブなんですが、これが面白い。歌い方はもちろんメロディも変えて歌うから全然飽きない。一時はビートルズ以上にハマっていました。
竹部:コステロにビートルズ、ジョンを感じたりはしました?
川口:感じますよね。コステロはビートルズ・ファンクラブの会員ですから。
竹部:映画『エイト・デイズ・ア・ウィーク』の中でもいいこと言っていましたよね。「ガール」の歌詞について、「”恋する心の痛みが快感になる”なんていう表現は凄すぎて子どもには理解できなかった」って。それでそのあと、『キング・オブ・アメリカ』『ブラッド&チョコレート』を経てポールと共演しますよね。
川口:『スパイク』『フラワーズ・イン・ザ・ザート』で、自分のアイドルが合体するわけですよ。なんだ、やっぱり同類だったみたいなことは思いましたよね。
竹部:ポールはコステロにジョンのセンスを感じたんでしょうね。
川口:共通項あるでしょうね。シリアスなところ、毒舌とかも含めて。
竹部:それでコステロに浮気をしつつ、本道であるビートルズに関してもマニア道を突き進んでブートに行くわけですよね。
川口:とにかく好きになったら全部集めたいと思うタイプなんで、別バージョンやアウトテイクが聴きたくなって、行きつく先は西新宿ですよ。『ウルトラ・レア・トラックス』は衝撃でしたね。あれは近所のレンタル屋に置いてあったの。最初のオレンジと緑の蛍光色のCDが。ぶっ飛びましたよ。何がって、「キャント・バイ・ミー・ラブ」ですよね。
竹部:コーラス入りの(笑)。『ウルトラ・レア・トラックス』ってアウトテイク音源にも驚いたけど、音がクリアなところにも不思議に思ったわけです。レコードや正規CDよりも音がいいんですから。正規音源はスタジオの音をミックスして圧縮しているけど、『ウルトラ・レア』の音源はそのままの状態だから音がいいに決まっているんですよね。そんなこと知らないから。
川口:「アイム・ルッキング・スルー・ユー」もこんなアレンジでもやっていたんだ、みたいな。
竹部:ボサノバなアレンジで。
川口:『ウルトラ・レア・トラックス』から始まって『アット・ザ・ビーブ』シリーズとか、イエロー・ドッグとか、『ゲット・バック・セッションズ』のダラダラしたやつとか、いろいろ集めましたね。
竹部:その時代のファンは皆同じような行動パターンですよね。
川口:それはそうですよ。アウトテイクなんてなかったじゃないですか。どれを聞いても面白かったですからね。たまにハズレを掴ませられましたが。近所のカメラ屋に『アンサーパスト・マスターズ』がずらーって置いてあったんですよ。日本語の解説書があるやつ。コピー品だったんでしょうね。安かったし。だから西新宿に行かなくても近所でブートが買えると思って重宝していました。
今も継承されているビートルズのデタラメな部分
竹部:そこで本格的な研究が始まるわけですか。
川口:始まりましたね。ブートを聞き倒しつつ、あとは本ですよね。チャック近藤さんが書いた本は死ぬほど読みましたね。
竹部:『ビートルズサウンズ大研究』ぼくも読みました。その前に『レコーディング・セッションズ』は?
川口:もちろん。もともとレコーディングに興味があったんで、どういうプロセスでレコーディングしてったんだろうなっていうことを知りたいと思っていたんですよ。何度も読み返したし、ほかの文献で知った情報もあるから、どれが『レコーディング・セッションズ』で知ったネタなのか、もはやわからなくなっていますけどね(笑)。そうだ、あれですよ。『ゲット・バック・セッションズ』の項目のところで、「この日録音したロックンロールメドレーは演奏のテンションも申し分なく、オフィシャルリリースされたら目玉となっていただろう」みたいなことが書かれていたんですよ。そんなこと書かれたら、聞きたくなるわけだけど、当時のブートには収録されていなかった。
竹部:『アンソロジー』に入ったやつですよね。
川口:そう。『アンソロジー』で聞いたけど、それほどでもなかったという(笑)。
竹部;そうでしたよね。でも、今では皆が知っている「イエスタデイ」と「アイム・ダウン」「夢の人」は同じ日に録音したという話もこの本が出る前は知らなかったわけですからね。
川口:『レコーディング・セッションズ』の最初のやつは版組のせいで読みづらい。もうちょっときれいな版組にしたら、資料としての価値高まったのかなって思うけど。
竹部:その後改訂した完全版が出ましたけど、オリジナルの判型に準じたものを出してほしいですよね。
川口:みんなそう思うよね。でも90年代に入って研究本がいろいろ出てきて、そういう副読本を読んでアウトテイクへの理解が深まっていったわけです。
竹部:川口さんは音楽理論にも精通されているわけですよね。
川口:全然そんなことないです。趣味の範疇レベルです。音楽をやる人って、コード進行とか和音の積み方とかを覚えるじゃないですか。そういうのを知っていると研究も楽しいですし。昔、映画『レット・イット・ビー』を深夜にノーカットでやったでしょ。あのときにレコードではカットされた「ディグ・ア・ポニー」のイントロ部分を初めて聞いたんですよ。それでびっくりしたわけです。どういうこと?って。
竹部:ありましたね。『レット・イット・ビー』のノーカット放送。
川口:あの「ディグ・ア・ポニー」のイントロのベースが当時の自分の耳では、ちょっと外れたように聞こえたんです。コード的にはディミニッシュなんだけど、当時はまだディミニッシュという和音の積み方をまだ知らないから、ベースが間違っているのかとか思ったんですよ。そういうこととかをいろんな研究本で読んで学んでいくとやっぱり楽しいし。
竹部:チャックさんの本で学んだビートルズ・サウンドの真実ってかなりありましたね。それをもとにしてギターで弾いていると、こんなコード進行なんだって思ったり。そういう演奏の細かいところを実際に見たくて、六本木キャバンに行っていました。ハコバンはチャックさんがリーダーのレディバグでした。
川口:そういうふうに真剣にビートルズを聞き込んでいくと、いいかげんなところ、ふざけているところ、あるいは自由といってもいいかもしれないんだけど、そういう部分がたくさん見えてくるんですよ。でも最近思うのは、ビートルズのそういうデタラメな部分は、今の時代の感覚だからそう聞こえるのであって、当時はそれが普通だったんじゃないかなって。当時の感覚で言えば、ポップミュージックなんて、1日で録音して、はい完成みたいな、使い捨ての音楽。今みたいに何日もかけてミックスするなんてことはなかったわけですからね。しかも、55年も後に聞かれているなんてことは思ってもなかっただろうし。
竹部:たしかにそうですよね。アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』は一日で録音、ジョンの「インスタント・カーマ!」も録音した1週間後に店頭に並んでいたと言うことで、即効性を優先させていた部分もあったわけですよね。
川口:レコーディングってテイクを重ねると勢いが落ちるんですよ。ファーストテイクのマジックって絶対にあるし。何度もやっているうちに手癖になって、新鮮さも薄れるし。ここで今日のもうひとつのテーマ、ジャイルズ・マーティンの仕事についてちょっと話をしたいんですよ。
竹部:ジャイルズのビートルズ仕事についての疑問点ですよね。
川口:そうなんです。ジャイルズが手掛けてからというもの常に?を感じてきたんですが、今ではそういうデタラメな部分も含めてビートルズを継承しているのかもしれないと思うようになったんですよ。これは皮肉と愛が混在した言い方なんですけどね(笑)。
竹部:なるほど。ジャイルズへの不信感は、例を挙げるときりがないのですが……。『青盤』の「ジョンとヨーコのバラード」でのピアノ消し忘れ、同じく『青盤』での「アイム・ザ・ウォルラス」のSE、『ハリウッドボウル・ライブ』の「チケット・トゥ・ライド」でのジョンのボーカル。
川口:普通に聞いていたら気づくんじゃないかなって思うんだけど……。そのなかで最初に言っておきたいのは「ナウ・アンド・ゼン」なんですよね。
竹部:「フリー・アズ・ア・バード」「リアル・ラヴ」とは違った印象ですよね。
川口:まずイントロがただのピアノコード8分音符弾きだけでショボ過ぎる。「フリー・アズ・ア・バード」も「リアル・ラヴ」もイントロで掴みますよね。だから「ナウ・アンド・ゼン」もちゃんとフックのあるイントロを作ってほしかったなと。ジェフ・リンのバージョンはドラムのフィルから入って勢いがあった。あと、コーラスにも不満があって、サビで♪I miss you~って歌ったら、絶対追っかけでI miss you~って三声コーラス入れるだろうと。ジェフ・リンはちゃんと分かっててそこ入れてましたからね。
竹部:「ナウ・アンド・ゼン」はどの程度、ジャイルズに決定権があったのかわかりませんけどね。
川口:そうですけどね。あと個人的には『赤盤』に入っている「シー・ラブズ・ユー」も異様にハイ落ちしてる点も気になった。シンバルのシャーシャー鳴っているところがあの曲の勢いなのに、そこがなくなっちゃって。
竹部:ビートルズの初期の良さはやかましさなんですよね。
川口:それがないと、ビートルズじゃないんだな。キャピトルのアメリカ盤って音が汚いところがいいんですよ。あれをやった人はビートルズの良さをわかっていると思う。
竹部:ジュークボックスで響くにはどうしたらいいかっていうことを理解したうえであの音にしたんでしょうね。最初の頃はアメリカ盤に違和感あったけど、いまはいいですよね。
川口:勝手に編集しちゃったり、エコーも深くしたりして、やり放題だけどそれがいいんですよね。そもそも、キャピトルってブライアン・エプスタインが何度もビートルズを売り込みに行ったのに足蹴にしていたわけでしょう。いざ売れたらマスターすぐよこせ、みたいな。余りにも傲慢で驕り高ぶってたんですよ。キャピトルの傲慢なやり方は汚くて最低だったけど、迫力のある音に関してはよかった。
竹部:ジャイルズもその雑さがいい方向に行けばよかったのに(笑)。
川口:ジャイルズが手掛けた「ナウ・アンド・ゼン」を聞いていると全体にオブリガードがないっていうか、音楽の感性がないように感じてしまうんですよね。
竹部:やかましさが魅力という流れで言ったら『ハリウッドボウル』はつくづく残念でした。ジョージ・マーティン盤で聴かれた勢いが全部なくなっちゃった。客の歓声も静かになってしまったし。
川口:アドレナリンっていうか、音に込められた魂がなくなってしまっているんですよね。あれは仏作って魂入れぬですよ。本質をカットしちゃった感じ。サウンド的にハイファイにしてマイルドにする方を選んじゃった。これは個人的にすごいガッカリしました。
竹部:ジョージ・マーティン盤は熱狂がすさまじいから、興奮するんですよ。傑作なんですけどね。ジャイルズはあまりオリジナル音源を聞いていないんですかね。少なくともビートルズのことを考えない日は一日もなかったということはないかな(笑)。
川口:聞き込みが足りない。圧倒的に。オリジナルには入ってなかった変な音が入ってたり、逆になんでこの音下げちゃったのっていうのもあって。思い出したのは、2019版の「カム・トゥゲザー」でアウトロの「♪Over Me」のあとに聞こえるギターの音のタイミングが遅れているんですよ。説明しにくいんだけど、あれも最初に聞いたときびっくりして……。これは変えちゃダメじゃんと思った。
竹部:聞いてみます。
正規音源を聴きまくったからこそ楽しめるアウトテイク
川口:それでも、私はこれも継承かと思い聞かせました。そうそう。今日話をしようと思って、もってきたCDがあるんですよ。ブートの『ロック・バンド』。ビートルズのでたらめというかいい加減具体が極まったのが、これだと思っているんですよ。今日は4枚組ではなく2枚組のやつを持ってきたんですけど。
竹部:ジャイルズが関わる前のものですが、貴重音源の宝庫ですよね。
川口:このCDで、初めてフェイド・アウトしていない音源が全部聴けたじゃないですか。すごく驚いたわけですけど、そういう貴重な音源をゲーム用に初出ししちゃうのがびっくりしたわけで。
竹部:たしかに。ブートでまとめられたから聴けるようになったけど、本来はゲームをやらないと聴けなかったんですよね。なぜゲーム用?そこじゃないでしょ。みたいなね。
川口:ここで「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のアウトロまで完奏で全部聞けたときの感動って言ったらなかったじゃないですか。
竹部:感動しました。最後にジョージが「♪Yeah Yeah Yeah」ってシャウトする部分が聴けて。
川口:ビートルズにはこういうデタラメさがずっと付きまとうんだろうなっていうことを思ったんですよ。
竹部:なるほど。『ロック・バンド』を聞いて思ったのは、ビートルズってアウトロの演奏って早めに終わらせてしまうんだなってこと。「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」は長い方だけど、だいたい短い。だからビートルズのアウトロってフェイド・アウトが早いんだって。「デイ・トリッパー」とか。
川口:フェイド・アウトにしなくてもいいだろ、みたいな(笑)。
竹部:昔の感覚からすると、こういうアウトテイクが普通に聞けてしまう状況って、どうなんですかね。昔は限られた音源の中で妄想を働かせていたわけじゃないですか。
川口:最初はそれでよかったんですよ。正規音源を死ぬほど聞いて、聴きまくったからこそブートを味わえる状態になっているから。
竹部:その言葉をジャイルズに聞かせてあげたい。
川口:本当に。最初からアウトテイク聞いていたんじゃないかな。じゃないとああいうリミックスが出来ない気がする。
竹部:あと、ビートルズのいい加減さ、デタラメさについて思うのは、解散後にジョンがヨーコ、ポールがリンダを音楽パートナーにしたことですかね。音楽的にはほぼ素人の妻に音楽をやらせて、ステージまで上げてしまうという。この二つのカップル以外なかなか例がないじゃないですか。
川口:「バンド・オン・ザ・ラン」のイントロのキーボード……。
竹部:『ピース・イン・トロント』のヨーコのシャウト……。ファンとしてこれはもう違和感なく受け入れている部分があるんですが、今日のテーマであるビートルズのデタラメな魅力を考えていたら、ふとここに行きついたんです。『ゲット・バック』見ていても、普通にヨーコがいるじゃないですか。冷静に考えたら変ですよね。川口さんは『ゲット・バック』について思うことはありますか。
川口:あの行き当たりばったり展開をよく全部映像撮っていたなという。
竹部:最後、ルーフトップ・コンサートで終わるということなんて思わずに回しているわけじゃないですか。あれもビートルズによくある神業ですよね。
川口:あとは「ゲット・パック」ができる瞬間を記録しているのがすごい。
竹部:ポールが鼻歌で始めるところですね。
川口:曲ができる過程がフィルムに収められているのってあれ1曲しかないですから。
竹部:ストーンズの『ワン・プラス・ワン』ってそういうシーンあるんでしたっけ。「悪魔を憐れむ歌」ができる瞬間というのは。
川口:あるんだけど、肝心なサンバのアレンジになる瞬間だけがないんですよ。撮り忘れじゃないかと思うんだけど。
竹部:そういう意味で言うと、「ゲット・バック」は、完成までの過程が映像として残されているわけですよね。そのほか『ゲット・バック』は8時間もあったから情報量が半端なかったですよね。
川口:マジック・アレックスの正体がバレてからメンバーにバカにされているところ、これがちゃんと撮られていてよかったな。あと、顔を知らなかった裏方のスタッフがボンボン出たのも嬉しかった。グリン・ジョンズって結構キリアン・マーフィー似でかっこいいなとか。イーサン・ラッセルはこんな女性っぽい人だったんだ、とか。あと、動くディック・ジェームスを初めて見たな。モーリン・コックスもクリッシー・ハインドみたいでかっこいいなって。
竹部:この時期のジョージ・マーティンの映像も珍しいですよね。最初の頃はやることないからさ、所在なげ感じで。アップル・スタジオに移ってから存在感が出てくるんですよね。
川口:この時期の4人は仲が悪いと言われていて、ふざける余地もないような関係なのかなと思いきや、結構楽しんで演奏していますよね。『レット・イット・ビー』はなんか意図があったのかなって気がする。マイケル・リンゼイ・ホッグは最初からバンドが終わったように編集したかったのかな、みたいな。
竹部:『ゲット・バック』のハイライトはやはり最後のルーフトップ・コンサートですよね。そこは『レット・イット・ビー』と変わらない。
川口:ジョンのギターソロってけっこうレアなのに、よく「ゲット・バック」みたいなシングル曲でソロを弾いたなっていうね。
竹部:途中でジョージがいなくなったから、おれがリードギターを弾くしかないかなと思ったんですかね。
川口:うまくはないけど、味はあるから。
竹部:それにしてもルーフトップ・コンサートの演奏は神がかっていますよね。ジョンの歌詞間違え以外はほぼノーミスですからね。
川口:スタジオでやっているときは、緊張感がなかったのに屋上に出た瞬間一気に引き締まったじゃないですか。あれは叩き上げバンドの力っていうか。
竹部:藤本さんは、「原点に戻ったハンブルク時代のビートルズ」と言っていて、まさにそうなんだなと思って。
川口:客がいるとショーマンシップが思い起こされるんでしょうね。『ゲット・バック』に関しては、あれで終わるのではなく、翌日のスタジオの映像も入れてほしかったですけどね。
竹部:「レット・イット・ビー」「ロング・アンド・ワインディング・ロード」「トゥ・オブ・アス」ですね。そうなんですよね。そこは『レット・イット・ビー』で観ろということなのかもしれないけど、やはり『ゲット・バック』にも入れてほしかった。
川口:あれも入れてくれなきゃと思って。
たっての願いで実現させたコステロのオマージュ
竹部:こうやって話を聞いていると、音楽プロデューサーならではの指摘が多い。そもそもの話をうかがいたいのですが、川口さんは最初からレコード会社で制作をやりたいと思っていたんですか。
川口:そうですね。レコード会社で音楽を作る仕事しか考えていなくて、就職のときにレコード会社全メーカーを受けたんですよ。通ったのがビクターと創美企画で。制作希望なので、そうなると当然日本人だから歌謡曲、ポップスということになりますね。
竹部:すぐに制作に配属されたわけではなく……。
川口:入社から10年営業でした。主に地方での営業だったんですが、CDが売れていた時代だったからそれはそれで楽しかったんですよ。一生営業やろうと思ったくらい。それで 2000年か2001年くらいのときに「制作やらないか」って声がかかって、異動して、そこから本当にいろんなことやったんです。最初は学芸部だったので、吹奏楽や純邦楽、ジャズで聞くシリーズとか、自然音の波の音とかコンピとか。その流れで『大阪ソウルバラード』をやったんです。
竹部:あれは大ヒットでしたよね。最初に言いましたが、そのときに知り合ったんですよ。あと冒頭に言い忘れたけど、のこいのこのコンピがありましたよね。あれは印象に残っていて。そこからアーティストモノをやっていくわけですか。
川口:記憶が曖昧なんですけど、色々やりましたね。濱田高志さんとTVエイジ・シリーズっていう復刻ものレーベルを始めたりとか。もうやり尽くしたっていう気持ちはありますね。
竹部:ポッシボーはかなり真剣に応援しましたし、楳図先生のCDにも協力させてもらいました。どれも思い出深いです。いろいろ手掛けたなかで、ビートルズ・テイストがわかりやすい形で反映されたのって、SOLEILってことになるんですかね。
川口;そうですね。SOLEILはサリー久保田さんと一緒にやりましたしね。ビートルズ・テイストは出ていますよね。
竹部:SOLEILには期待していたんですけどね。ちょっと残念な終わり方でした。
川口:ラストアルバムのジャケットは私のたっての願いでコステロのオマージュをやりましたからね(笑)。どうしてもこれをやらせてって言って。
竹部:SOLEILのアルバムに原田真二さんが楽曲提供していて、それでもちょっとお手伝いさせてもらいました。
川口:そうですよね。ありがとうございました。
竹部:あの曲、よくないですか。「恋の発熱40℃」。
川口:最高ですよ。
竹部:もう一度制作に戻る気はないんですか。
川口:ないですね。病気したのが大きかったですね。病気は精神にも影響するんですよね。そのままコロナに入っちゃって。
竹部:川口さんが制作をやっていないのは音楽業界の損失だと思うんですけどね。
川口:そんなことないですよ!ポップミュージックは若い人がやればいいんです。
竹部:でもぼくは川口作品を待ち続けたいと思いますが。今後も定期的にビートルズ・メールくださいね(笑)。
川口:気づいたことがあったら。ジャイルズのことをまたメールしますよ(笑)。
竹部:続きを話しましょう。今日はありがとうございました。