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【コラム】「ジープ島物語」ここには都会にある物は全てなく、都会にない物が全てある 第4回「作家・開高健との出会い」ジープ島開島者・吉田宏司(新潟県上越市出身在住)

にいがた経済新聞

吉田宏司サムネ

直近の記事をピックアップし、日曜日に再掲載します(編集部)
初掲載:2024年7月1日

神奈川県茅ヶ崎市にある「開高健記念館」と著者の吉田宏司氏

30代になると、私は頻繁に海外に行くようになり、機内に何冊かの本を持ち込むことが多くなった。遠出するようになると、長時間の飛行ではやることもなく、本を読むしかなかったのである。

最初のころは、アーネスト・ヘミングウェイをよく読んだように思う。人間の孤独と尊厳を描いた作品「老人と海」は特に印象深かった。ヘミングウェイを一通り読み、そして次に読んだ作品が開高健の小説「ロマネコンティ」である。何冊か読んでいくうちに旅行や食べることが大好きという点で、いつしか親近感を覚え、かなりの本を読んだように思われる。

ある日、ダイビングクラブのメンバー5人とジャマイカに行く機会があり、「ハーフムーン」という大変立派なホテルに滞在していた。飲んでいる時にたまたま東京のバーの話になった。その中に開高さんが通っていたバーに行ったことがあるという女性がいて、帰国して早速連れて行ってもらった。そのバーは赤坂見附駅から歩いてすぐのところにあり、地下1階の小じんまりとした大変落ち着く雰囲気のところであった。

入って右側に立派なカウンターがあり、左側には2つくらいのテーブル席があり、そしてその脇にはピアノが置いてあった。カウンターの中にはママと若い女性のバーテンダーがいて、私はいつもカウンター奥のコーナーの開高さんが座っていた席に陣取ることにしていた。いろいろな業界の開高さん好きの人たちが集まる場所であった。

ある日、早めに店に行って、いつもの席に座って飲んでいたら、突然3、4人の酔っ払った人たちが入ってきた。1人の男性が「今日は私の席が空いてないなぁー?」と呟きながら、私の横に座ったのは脚本家の倉本聰さんだった。私がいつも座るカウンターの目の前には、金のプレートがはめ込められていて、そこには「Nobless Oblige(ノブレス・オブリージュ)」(位高ければ努め多し)とフランス語で書かれ、ken kaikoとなっていた。

私がジープ島に住み始めたある日、帰国してホテル・ニューオータニに宿を取り、夕方シャワーを浴びて、いそいそと弁慶橋を渡ってバーに行ってみると、すでに2人の年配の男性がカウンターの中央と右側に離れて座っていた。私はいつものジントニックを頼み、その後、マッカランの18年をロックで飲んでいると、2人の男性は離れた席で自分たちが出かけた海外の話をしていた。

カウンターの右側に座っている人はテカテカの坊主頭で、真っ黒なマントを羽織ったかなり変わっている人のように思えた。しかし、よくよく2人の話を聞いていると、そのマントの人は、行った国が開高さんが出かけた国ばかりであった。私はもしや?と思い、思い切って「もしかして高橋さんですか?」と聞いてみた。すると、大きな声で「はい、髙橋曻です」と返ってきて、私はびっくりした。高橋曻さんといえば、開高さんの旅に同行しながら、写真を撮り続けていたカメラマンであった。

それから、酒で勢いがついて、隣に座って話が大いに盛り上がった。私が「お会いできて光栄です」と言うと、髙橋さんは大変喜んで、開高さんのことを書いた自分の本2冊に筆でサインして、「帰りの機内で読んでください」と私にプレゼントしてくれた。それから、帰国する度に何度か会い、楽しい酒を飲むことができた。

そしてある日帰国して、またバーに出かけてママに「曻さんは最近来られますか?」と尋ねると「先日58歳でお亡くなりになりました」という返事が返ってきた。開高健さんが58歳、このバーのマスターも58歳、そして髙橋曻さんも58歳……。みんな58歳で亡くなってしまった。2時間ほどして帰り際にママからぽつりと、「吉田さん、気をつけてくださいね。開高さんを好きになる人はみんな58歳でお亡くなりになりますから……」と言われてしまった。

また会える人が1人減ってしまったと、私は肩を落としながら店を出て、弁慶橋を渡ってホテルに戻った。その年私は56歳であった。そして翌年57歳になった年に帰国した際に店に出かけてみたら、店はなくっていた。

それから時を経て、懐かしさのあまり、2024年2月4日に茅ヶ崎に住む知人の案内で「開高健記念館」を訪れたのである。その時私は、まるで墓参りのような感覚を覚えた。

吉田宏司

随筆家、海洋研究家、ジープ島を運営する代表者。1956年新潟県上越市生まれ。青山学院大学卒業後、ダイビングクラブを主宰しながら、約15年にわたり、ダイバーを世界中に案内し、自身も世界中の海に潜る。

1997年、40歳の時に少年時代からの夢だった「無人島を開拓して、ゲストに大自然を感じてもらう宿泊施設を建てる」と一大決心。1周275歩直径34mの無人島「ジープ島」に入島(グアムから飛行機で1時間半南下したミクロネシア連邦、トラック環礁に位置する島)。ダイナマイト漁で破壊されたサンゴの海を15年かけて再生させ、魚やイルカが集まる島へと成長させた。

シープ島は2009年に放送されたテレビ番組「世界の絶景100選」で第1位に選ばれたほか、2020年元旦放送のテレビ番組「なるほど!ザ・ワールドから新年あけまして!!奇跡の絶景スペシャル〜」に出演、雑誌「ブルータス」の表紙にもなるなど、新聞、テレビ、雑誌から多くの取材を受けている。また、世界海洋ボランティア協会の会長、海洋自然学校の創始者でもある。現在はジープ島にも行きつつ、妙高山を中心とした吉田自然塾を主宰している。

著書に「もしあなたが、いま、仕事に追われて少しだけ解放されたいと思うなら。」(KADOKAWA)、「South-ing JEEP ISLAND」(普遊舎)がある。

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