自然経験こそ最上の教育。|自然教育の先駆者・高濱正伸さん(花まる学習会)に聞く vol.1
暗記、計算より、自然経験で伸びる力
花まる学習会代表・高濱正伸(以下、高濱)
まずは自己紹介を含め、YAMAP代表の春山さんとの対談の経緯について説明させていただきます。
幼児教育と言うと、「単語をひとつ覚えた」「幼児期に計算ができるようになった」ということばかりに目がいきがちですが、私は「教育において自然経験が一番大事なんだ」と長年言い続け、孤軍奮闘してきました。
自分だけの判断軸を育む場所として、1993年に埼玉で学習塾「花まる学習会」を立ち上げ、25人の子どもとスタートしました。
今ではおかげさまで全国202ヶ所329教室(2024年12月時点)の施設を運営し、年間1万人ほどの子どもたちを自然の場へ連れていっていますが、「自然こそが最高の学習の場だ」と感じる瞬間は多いです。
外遊びに他者との比較はありません。初めて自然に触れる子どもは「川を頑張って渡るぞ」と意気込んで、水を怖がりながらも、精一杯工夫をして川で遊ぶ。少し慣れると魚を追っかけ回しますし、ダムを作ったりもします。
みんな、自分ができる力量で最高のゲームを1日分遊びきって帰ってるわけです。「あの子はあれができるのに、自分はできない」とすねる子は1人もいません。
こうした自由な遊びの形が社会のあるべき姿だと思うのですが、現実社会では「川遊び2級ですね」というような評価基準を押し付けるような生き方を強いられているのではないでしょうか。
本来、人間は自分の中で「これは良い」「良いと思わない」という判断軸があるはず。現代人は「やらされたことでの評価」「決められた点数」にとらわれすぎています。
外遊びでは、立体の裏側を想像する力や、俯瞰的に自分を見つめる力、論理的に考えて粘り強く解決する力も伸びます。こういった力は、ただ机の上で学ぶだけでは養えません。自然の中で遊びながらこそ、伸びる力だと考えています。
自然経験の良さは、言葉では表しきれない多様性を感知できる点です。葉っぱ一枚でも、その形や感触、匂いが異なる。枝、森、川といったすべてが予測不能で、さまざまな体験を通して感じる力を掻き立ててくれます。
おかげさまで「花まる学習会」は、2025年で設立32年を迎えます。最近では、外遊びにおける学習効果を示す論文も多く出てきましたし、ようやく我々の努力が形になり、裏付けられてきたような気がします。
ただ、子どもたちの教育はまだ、計算や暗記ばかりを優先してしまう保護者や教師が多いのも事実です。
春山さんの対談集『こどもを野に放て!』は、解剖学者の養老孟司先生はじめ、生命誌研究者の中村桂子さん、小説家の池澤夏樹さんなど豪華なメンバーがそろっていて、説得力があります。
私が一人で「外遊びが大事だ」と言っているのとはレベルが違う。読んでいて、とても嬉しく感じました。この本を作っている春山さんについて調べてみたら「登山地図GPSアプリの方か」と納得感があり、「この人と会わねばならない」という使命感が芽生え、本日お呼びさせていただきました。
YAMAP代表・春山慶彦(以下、春山)
本日はよろしくお願いします。
自然の中での「教師」は人間ではなく自然
高濱
春山さんは対談集の中で「自然経験こそ最上の教育である」と断言されていました。この辺りを思うにいたった経緯や理由についてまずは教えてください。
春山
コロナという社会が閉塞した時期を乗り越え、自由に外に出てマスクをせずに人と話すことが、非常に尊いことだと再認識しました。
振り返ってみると、コロナより前から、多くの人々が日常的に身体を使わず、引きこもりがちになっていたと感じます。コロナを経験したからこそ、「すべてを自然に開く」時代に入っていると感じます。教育だけでなく、アートや仕事、ご飯を食べる場所も、外や自然に開いた方がいい。
登山をする方なら共感いただけると思うのですが、山で食べるご飯は、どんなものであっても格別においしい。自然の中を歩くことによって、お腹が減っているからではありますが、味覚を含めた自分の知覚が研ぎ澄まされることもおいしさの背景にあると思っています。
料理や食べものに限らず、日常生活や仕事において、私たち人類は、自分の「外側」ばかりに目を奪われがちです。でも本当に変えるべき、変わるべきは、自分の内側。心の置きどころです。自分次第で世界は変わります。
教育も、教室のような閉じた空間にこだわる必要はないと思います。教育こそ、自然を舞台にした方が豊穣な学び、共に育つ場がつくれるはずです。
沖縄の珊瑚から北海道の流氷まで、日本の自然は多様な表情を持っています。この自然から学び、生きものとしての感性を高めておくことは、生成AIのようなテクノロジーという「外側」が大きく変化する時代において、極めて重要です。
自然が教室として優れているもう一つの理由は、「向き合う」という構図が生まれることです。教室では「先生が教え、生徒が聞く」という関係性になりがちですが、自然の中では違います。魚を釣れば大人も子どもも一緒に喜び、ともに魚を食べますよね。
こんな風に、大人と子どもが同じ方向を向き、一緒に感動を分かち合える。こうした学びの形が、これからの時代に必要だと考えています。
都会や教室のような環境では、人間の価値観やルールが強くなり過ぎる傾向があります。こういった場だと、対峙する関係性を生みがちです。この構図が教育の場を貧しくしているのではないでしょうか。
教育の場を自然に開き、自然そのものを「先生」とする環境をもっと増やしたい。こうした考えを『こどもを野に放て!』の中で提案させていただきました。
高濱
私も子どもたちを野外活動に連れて行くことがありますが、確率的には、そのうち約10分の1は何らかの発達障害の子どもたちです。「ADHD(注意欠陥多動性障害)の子どもをたくさん連れて行くのは大変じゃないですか」とよく聞かれますが、一度も困ったことはありません。
自然には子どもたちを穏やかにし、可能性を引き出す力があると感じます。脳は何万年という歴史の中で自然環境に適応してきたため、「文明の整った空間よりも自然の方が心地よいと感じる」という研究もあります。
最近、私が注目しているのが、主に不登校の児童・生徒を受け入れるフリースクール。在籍校でも出席扱いにしてくれることなどもあって、さまざまな施設が全国で設置されています。
我々は東京・吉祥寺で「花まるエレメンタリースクール」というフリースクールを運営していて、街なかにあるのですが、農作業などの自然に触れるプログラムを用意して、自然を学びの場として活用しています。
創設2年半ほどですが、学校生活に困難を抱えていた子どもたちが、自然の中でのびのびと成長していく様子を目の当たりにしています。3年も5年も学校に行けてなかったような子どもたちは、それぞれ発達障害などの症状を持っていると思うのですが、本当に誰一人落ちこぼれなく、子どもたちの学校生活が回っているわけです。
IQ(知能指数)はお父さんもお母さんもMENSA(上位2%のIQを入会条件とする国際グループ)会員で、本人もMENSA会員であったり、全国試験でトップ、将棋が関東で一番だったりする子どもたちが、既存の学校の枠組みのなかで、その才能を発揮できずにいたのです。
そういう意味でも、伸びやかに生きる場の可能性として、自然の中での教育の効果は計り知れないものがあると実感しています。「自然に開かれる」というキーワードは、間違いなく、今後の教育における重要な視点だと思います。
春山
少し話がそれますが、サッカーの元日本代表監督で、FC今治(愛媛)オーナーの岡田武志さんも、野外教育に力を入れていらっしゃるようです。
岡田さんによると、人を成長させるには困難やプレッシャーが不可欠だけれども、近年はサッカー教室や学校での厳しい指導が、子どもや親にパワハラと受け止められることもあるそうです。だけど、自然の中で体験すること、たとえば、「火を自分たちでおこそう」「料理を自分たちで工夫してやろう」という取り組みは、教室だと理不尽に思えそうですが、自然の中であれば、「生き抜くためにやろう」と思える。
人として生きる、生き抜くっていうところまで降りて経験できるのが、自然経験のよさです。そういった場は、現代では自然以外にない気がします。
私も子どもたちを連れて山に行くことがあるのですが、たった1日だけの山登りでも子どもたちの中に宿る野生が立ち上がり、いのちのスイッチが入ったかのように変わる瞬間を目にします。遺伝研究の世界的な権威、村上和雄さん(筑波大名誉教授)は、「遺伝子にスイッチが入る」という表現をされていました。その言葉に近い感覚です。
さまざまな命のつながりの中で自分の命が存在している。自分もまたその命をつなぐ存在として、今ここにいるんだという経験が、遺伝子にスイッチを入れてくれる。これは「世界に抱きしめられたような経験」とも言えます。
こういった経験を毎日する必要はないですが、10歳〜12歳、できれば14歳ぐらいまでに、1度でいいので、自分の命にスイッチが入る経験をしてほしい。これは、自然の中でこそ得られる経験だと思っています。
高濱
我々は、広島の瀬戸内海に「花まる子ども冒険島」という無人島を持っているのですが、冒険島の担当者がまさに「遺伝子にスイッチが入るとしか思えない変わり方をする」と話しています。
最初は、「なんでこんなことをやらなくちゃいけないの?」という反応をするそうですが、2日目になると、自分たちのご飯となる獲物を黙ってとりに行くようになる。自然の中にいる人だけが知る、「どこに行っても怖くはない」という感覚を得ているような……。
春山
そうなんです。自然の中で生き抜いた」経験が、その子を広く、大きく、深い存在にしてくれます。
身体性に裏打ちされた「自然観」
高濱
春山さんの対談集でも「自分たちがどういう環境、風土に育まれて今を生きているのかを感じ、考えることが大事です」という言葉も印象的でした。
いきなり山に身を投じなくとも、犬や猫など人間以外の生き物と暮らしたり、音楽を奏でたり、人間の原点となる基本的な営みを積み重ねていけば、感覚や感性が研ぎ澄まされると書かれていましたね。
春山
現代は、世界各地で自然災害が起きつつ、AIをはじめとするテクノロジーが急速に進んでいます。私たちが変わろうと変わるまいと、社会や世界の状況は大きく変化しています。
こうした時代においては、事業だけを考える狭い視点で物事を捉えていては、いい仕事はできないと思います。
大学生など若い人から起業の相談を受けることがあるのですが、「よいビジネスをつくりたい」「事業をどう成長させるべきか」という話になりがちです。ですが、考えないといけないことは、どんな事業をつくるかという「事業観」よりも、もっと広い「社会観」です。
私たちは「どんな社会を目指すのか」「どういった歴史を経て、今の社会が形成されているのか」を考える視点。その社会観よりもさらに広い概念が「自然観」だと思っています。
今、世界中で気候変動による異常気象が起きています。気候変動というのは、端的に言うと、水との付き合い方が変わっているということ。ある地域では水があふれ、ある地域では水が枯れる。水との付き合い方をどうしていくか。水は人間を含めた生き物すべてにとって_欠かせない要素です。
そういった気候変動の時代においては、ビジネスパーソンであろうとアーティストであろうと、自然観を持ってない人は、発想が行き詰まると思うんです。だからこそ、自然の中で身体を動かし、自分たちも生きものであることを経験しておくことが大事なんです。
その自然経験や自然観をベースに、事業を通して、人間を含めたいのちのにぎわいを、私たちはどうつくっていくのか。そのことを深く考え、実践していくことで、大きなインパクトを与える事業がつくれると感じています。
高濱
現代は大脳皮質を使った「理」によって文明を築いてきて、それ自体は素晴らしいことですが、AIの登場で「理」の積み重ねだけでは太刀打ちできない局面に入っていますよね。
老荘思想のような考え方で言えば、最終的には「直感」が重要になる。分けて比べ、違いを言葉にすることに一生懸命になっても、最後の最後は直感に頼らざるを得ない。感情や危険を察知する力を含めて、これらをもう一度活用しなければ人間らしさを語ることはできないと思いますね。
結局、自分の心のアンテナが何を感じ取っているのかに気がつくのが大事で、「今日、風が吹いて虹が見られただけで、最高に気持ちがいい」と心から感じられるなら、何も怖くないはずです。
私はずっとその感覚で生きてきました。「花まる学習会」をゼロから立ち上げて、苦労はたくさんありましたけれど、大変だったことは思い出せません。心が楽しかったとしか言えないのです。
心のアンテナを見失うと「やりたいことが見つからない状態」になってしまいます。仕事でも、待遇という外側の基準で比較して、「少しでも良い条件の場所へ」と考えてしまう人は多いですよね。そうすると、どこへ行っても満たされず、不満を抱える。それは、心の中で本当に大切なものが何かわかっていないからです。
春山
直感を侮ってはいけないですよね。私は直感を「衝動」に近いものとして捉えています。以前対談した探検家の角幡唯介さんがおっしゃっていましたが、衝動には、その人の人生すべてが反映されている、と。
その衝動は、単なる「私利私欲」ではなく、宇宙とつながる「使命感」に近いです。天から「やれ」と言われているような衝動は、大きな力になる。私は起業して11年になりますが、突き動かされるような衝動がずっとあるので、会社経営を続けられているのだと思います。
高濱
結局、仕事とは何かという問いに行き着きますよね。社会の仕組みに応じて「ニーズを満たすことが仕事だ」と認識していても、自分はごまかせない。自分の価値観で「これなら大丈夫だ」と心から思える感覚があるなら、失敗を恐れる必要はない。むしろ、そういう感覚があれば迷いなく突き進めます。
日頃はあまり言わないんですが、私も上の方から「やれ」と言われている感覚が強いです。教育現場が成績や偏差値という単語に縛られて窮屈になっていく中で、そうじゃないことをやるのは「自分しかいないだろ」という半ば強迫観念でここまで続けてきました。
自然経験を通じた教育も、ようやく仲間が増えてきました。春山さんのような存在が出てきて、本当に心強い。皆で声をそろえて言える時代になった気がして、楽しくなってきました。
後編:いのちのときめきが仕事になる|自然教育の先駆者・高濱さん(花まる学習会)に聞く vol.2
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\シリーズ「地球とつながる対談」の一部が本になりました!/
『こどもを野に放て! AI時代に活きる知性の育て方』(集英社/編著・春山慶彦)
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撮影・藤田慎一郎
執筆・嘉島唯