【これだけは肝に銘じて欲しい、5つのこと】管理職になったけど、若い部下の気持ちがわからず困っている人に読んでもらいたい話。
「Z世代の部下」にどのようなイメージを持つか。
スマートフォンに慣れ親しんだ世代で、ワークライフバランスを重視し、タイパを意識して働くなど、さまざまな特徴が挙げられる。Z世代の部下を持つビジネスパーソンの中には、自分が若手の頃と今の時代とは、働き方も上下関係も大きく異なり、接し方に戸惑いを感じる人もいるであろう。
12年間経営コンサルティングに従事し、WEBメディアの運営支援、記事執筆などを行うティネクト株式会社の代表、安達裕哉さんに「令和の時代に求められる管理職の立ち回り」について伺った。
令和時代の管理職とは
「管理職」へのイメージは様々です。
目指すべきリーダー像があれば、憧れの対象となるかもしれませんし、逆に今まで尊敬できない管理職ばかり見てきたのであれば、忌避感を抱く人もいるでしょう。
しかし、「管理職になったら、どんなことが待ち受けているのか?」と、管理職の実態について深く考察する機会はあまり多くありません。
実際、管理職を経験し、部下を持つ立場になった人は少数派です。その中でも管理職の職務に真摯に向き合って、さらに成果を上げた人となると、だいぶ限られてきます。厚生労働省のレポートによれば、課長以上の役職者は全体の約1割〜2割程度となっており、部下をたくさん抱える部長ともなれば、その割合はわずか数%です。
そのため、「管理職」の立場になって初めて分かることが、実際にはたくさんあります。
例えば、昭和の管理職は「強いボス」がステレオタイプなイメージとして存在しますが、令和の世の中では強圧的なリーダーシップは機能しにくくなっています。部下からの苦情によって、管理職を降ろされてしまう人も少なくありません。
このように、現在の管理職と一昔前の管理職は、問われる資質や、管理手法が変わってきています。では、具体的にどのように変わってきているのでしょうか。
一、命令では部下は動かない
管理職に就いて最初に気づくのは、部下が命令では動かないという点です。
一昔前は「給料をもらっているのだから、命令に従うのは当然」と考える人も多かったでしょうが、そういった考えでいる人が今、管理職となったら、愕然とするでしょう。
「言ってもやらない」
「叱ってもなおらない」
「自分から動かない」
この「3ない」が、多くの会社での部下のデフォルトです。脅しても、叱っても、諭しても、ボーナスを減らしても、評価を下げても、人はやりたくないことは決して実行しません。
もちろん中には、「うちの部下は言うことを聞くから楽だよ」と言う管理職もいます。
が、それは部下がとてつもなく優秀であるか、もしくは部下が上司に文句を言われるのを避けるために、仕方なく従っている「フリをしている」だけです。
もちろん、そのような態度では、真の成果は生まれません。
しかしこれは今に始まったことではありません。
ヘブライ大学の歴史学教授、ユヴァル・ノア・ハラリは著書『サピエンス全史』で、軍隊ですら、強制だけで組織することは不可能だと述べています。指揮官と兵士の少なくとも一部は、神、名誉、祖国、男らしさ、金銭など、何かを心から信じていなければならず、優れた指揮官は、そうした権威づけによって人を動かすのです。
これは現代の上司部下との関係でも同じことが言えますが、最近では、上司に逆らうことのペナルティ、例えば企業内で冷遇されることや、仕事で干されたりすることに対して、抵抗がない若い世代が増えており、その傾向は高まっています。
そのため、今の上司は「畏怖される」「尊敬される」といった個人的な資質よりも、「ビジョン、存在意義、ミッション」といった虚構的言辞を構築し、部下を動かす力が求められています。
つまり、一種のストーリーテリングの能力、餅を絵に書く能力が必要で、 部下に仕事をさせるには、彼らの価値観に訴えかけ、影響を与えることが肝要 となっています。
二、部下は自分に有利な情報しか上司に伝えない
どんなに正直者(のように見える)部下であっても、上司に隠し事をしない部下はいません。
正確に言うと、「嘘は言わないが、自分に不利な情報は黙っている」という部下が大半を占めます。
腹を割った話をできそうだと思った部下であっても、実際に彼らが話すことすべてが事実である保証は何一つありません。
「年功序列」「終身雇用」が崩壊した現在では、組織に私心のない忠誠心を持つ人はほぼ皆無です。
米国有数のコングロマリットであったITT、その総帥、ハロルド・ジェニーンは『プロフェッショナル・マネジャー』の中で、次のように述べています。
”紙に書かれた事実は人々から直接に伝えられる事実と同一でないことを銘記せよ。
事実そのものと同じくらい重要なのは、事実を伝える人間の信頼度です。事実はめったに事実でないが、人々が考えることは憶測を強く加味した事実であることに留意せよ。”
この最後の一文が極めて重要な一文です。
つまり、部下は「事実を伝えている」と思っていても、知らず知らずのうちにそこには「恣意性」が入ってきます。
「事実」と「意見」の区別をきちんとできる部下は希少性が高く、多くの部下の報告には「彼にとって都合の良い解釈」が含まれていることを認識しなければ上司としてやっていくことは到底無理です。
ここで重要な態度は、「部下を信じつつ、信じない」ということです。
部下はあえて嘘は言わない、誠実に見たことを伝えようとしてくれています。
そこは信じて良いです。
しかし、それが現場の実態であると思ってはいけません。部下が言うことはそのまま現場を写し取ってはいません。
常に現場に赴く必要はありませんが、 事実、ファクト、実態は自分の目で見て、自分の手で触れて、自分の足でそこに赴いて初めて手に入るもの だということは、上司は肝に銘じておかねばなりません。
三、「優秀な部下」に頼るとしっぺ返しがくる
おそらく「仕事がよくできる部下」は、五人の部下がいたとしたら、せいぜい一人でしょう。多くても二名です。
残りの三人はどう考えてもお荷物で、役に立たない。
これがデフォルトです。
「いい人がいれば仕事がうまく進むのに」と思うかもしれませんが、一人でもできる人間がいれば、それは大きな幸運に恵まれていると言えます。
だから、その一人を中心に部門は回るようになります。
徐々にその人への信頼は高まり、「かけがえのない部下」だと思うようになった頃、突如としてその一人はあなたの元を去ります。
実際、有能で、本当に失いたくない人物ほど、あなたの元を早期に去っていくのです。
有能な人物はいつまでも居心地の良い環境に甘んじないものであり、優秀であればあるほど「上司」を軽々と超えてしまい、現状に不満を持つようになります。
そしてこれは、上司の努力となんの関係もなく、止めるのは不可能です。
「転職」が当たり前の世の中になった結果が、これです。
上司はさぞかし困るでしょう。
ですが、「できる部下がいないと回らない」という状態を作った上司が悪いのです。
「優秀な部下」に絶対に頼ってはいけません。
「お前なんかいなくても仕事は回る」という状態を作れなければ上司失格です。
ルール、ツール、教育を駆使して、どんな部下でも、やる気のない状態でミスが多くても、ある程度の成果が出るようにしなければなりません。
優秀な部下を使って成果を出すことは、誰にでもできる仕事であり、管理職など不要です。
管理職に求められているのは「凡人」を使って仕事を回すこと であり、スタートアップの経営者のように、「優秀な人物を使って、世界一のことを成し遂げる」ような振る舞いは求められていません。
四、上司は絶対に好かれない
もし、ご自分が「人から好かれたい」との思いが強いようでしたら、管理職になるべきではありません。
上司は絶対に好かれませんから。
上司という立場は、部下に優しくすればナメられ、厳しくすれば嫌われます。
部下に迎合すれば、見透かされます。
どうあがいても無駄です。
もちろん、部下が困っているときに相談にのってあげれば、尊敬はされるかもしれません。
あるいは、部下のミスへの処遇を冷徹に行えば、畏怖されるかもしれません。
しかし、繰り返しになりますが、絶対に好かれることはありません。
ピーター・ドラッカーは「マネジメント」の中で次のように述べています。
事実、うまくいっている組織には、必ず一人は、手を取って助けもせず、人付き合いも良くないボスがいる。この種のボスは、とっつきにくく気難しく、わがままなくせに、しばしば誰よりも多くの人を育てる。
好かれているものよりも尊敬を集める。一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。
何が正しいかだけを考え、だれが正しいかを考えない。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない。
*ピーター・ドラッカー 『マネジメント』 ダイヤモンド社
では上司の態度はどのようなものであるべきか。
これには解があります。
それは「 部下のやる気を損なわない 」ことです。
やる気を上げるのではなく、下げない。
好かれるのではなく、嫌われない。
助けるのではなく、邪魔しない。
この人のために尽くそう、と思われる必要はまったくありません。
「まあこの人の言うことなら聞いてもいいかな」で十分仕事は回ります。
会社は、上司が好かれるために権限を与えているわけではありません。
部下に仕事をさせるために、権限を与えています。
部下との付き合いは、それ以上でも、それ以下でもありません。
五、手柄は150%部下のもの
上司が最もやってはいけないことの1つが、「アレオレ」 です。
アレオレとは、「実はあれ、俺のやった仕事なんだよね」という事です。
実際、多くの部下の仕事は上司の手助けなしには進まない。
ときには、部下が途中でしくじった仕事をうけとって、ほとんど上司がやってしまうこともあるでしょう。
しかしその手柄は、150%、部下に渡さなければなりません。
部下の手柄を「あれは実際は私がやったんですけどね」と、1%でも自分の手柄のように言おうものなら
「手柄を横取りされた」
と部下は思うでしょう。
なぜなら、上司が周りに何も言わなかったとしても、勝手に周りは、部下ではなく上司の手柄だと思うからです。
「上司」でいるだけで、部下の手柄を簡単に横取りできる事を自覚しなければなりません。
それに加えて、上司が「部下は何もしてない」ことを事実であったとしても吹聴したらどうでしょうか。部下だけではなく、周りの人間も「そう言いたくなるのはわかるけど、言う必要はないよね」と思うでしょう。
まとめ
これまで見てきて、こう思う方が多いのではないでしょうか。
「全く割にあわない」と。
そのとおりです。
ほんの僅かな名誉と、少し多くの給与を手にするために中間管理職をやることは、全く割に合わない行為です。
上司はその存在が、根本的に横暴な存在です。
人に指示し、その行動を強制し、さらに評価できます。
「人が人を評価できる」ということは恐ろしいことです。
と私の上司はくり返し言っていましたが、全くそのとおりです。
だから基本的に「部下に尽くすこと」に対して見返りはないし、大抵は感謝もされません。
権限の代償として、上司が「こんなに部下のために頑張ったのに」と思っても、部下からすれば「それが仕事だろ」で一蹴されてしまいます。
それでも「管理職」をやる理由はあるのでしょうか?
個人的には「ある」と思います。
人からの指示や評価で動くのではなく、「リソースを使って、何事かを成し遂げる」という高度な自律性が管理職には求められるからです。それは経営者と同じです。
部下から陰口を叩かれ、嫌われようとも、「何かを成し遂げる」以上の達成感や楽しさはなかなか得られません。
それに魅力を感じるようならば、経営者や管理職は現代社会で唯一無二の選択肢なのだと思います。
プロフィール
安達裕哉
1975年生まれ。筑波大学大学院環境科学研究科修了後、デロイト トーマツ コンサルティング(現アビームコンサルティング)に入社。 品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事し、その後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。 大阪支社長、東京支社長を歴任したのちに独立。
現在はマーケティング会社「ティネクト株式会社」および生成AIコンサルティング会社「ワークワンダース」 の代表として、コンサルティング、webメディアの運営、記事執筆などを行う。
代表著書
『仕事ができる人が見えないところで必ずしていること(日本実業出版社)』
『頭のいい人が話す前に考えていること(ダイヤモンド社)』
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安達裕哉