【体験談】出産直後に娘は「性分化疾患」かもと告げられ…。性別の境界線について考えた日々
6歳の男の子と4歳の女の子を育てているママライター“めいりん”です。これは、私が31歳のとき、第2子である娘を予定帝王切開で出産した際の出来事です。初めて耳にする「性分化疾患」に戸惑い、答えのない正解を求めて悩み続けた日々をお話します。
娘、誕生! 性分化疾患って…?
2015年4月、我が家の第2子が誕生しました。予定帝王切開のため、本来の出産予定日より少し早い手術となり、第2子の体重は2500gと少し小さめでしたが元気いっぱいの女の子でした。
産後5日目、おなかの傷の痛みも治まってきて、点滴も抜けて自分で歩けるようになったころ、先生から意外なことを告げられました。
「ちょっとこの子、女の子にしては…」
先生の話を要約すると、こういうことでした。娘は、少し外性器の様子が他の女の子と違っているようで、娘が痩せていてその部分にもお肉がついていないだけなのか、違う理由があるのか、外から見ただけではわからないとのこと。
まれに精巣と卵巣を両方持っている子や通常の男性のXY染色体、女性のXX染色体とは異なる性染色体を持っている子もいるとのことで、より詳しく調べる必要があると言われました。
産後の体をおして娘のもとへ通う日々
出産した病院では検査ができず、娘は転院、私は翌日に退院しました。その日から毎日、搾乳した冷凍母乳を持って、娘に会いに行く日々。
転院先の病院は、私の実家からは車で30分ほど。「自分一人で行く」と言う私に「無理をしちゃダメ!」と、毎日送り迎えしてくれた両親には、感謝しかありません。
夫も仕事を早く切り上げて、毎日電話で話を聞いてくれました。そして、娘のことが心配でどうしようもなく寂しいとき、何より心の支えになったのは、4歳の上の子の存在でした。
性別って何?
娘はそのまま2週間ほど入院しました。
「この子を、女の子と男の子のどちらかとして育てた方がよいのか? それはこの検査だけでわかることなのか?」
「もし仮に、検査でどちらかの性別と決まったとしても、本人の心の性別はそれと違っていて苦しむことはないのか?」
娘の入院中、このようなことを考えては、悩みました。
改めて母子手帳を見ると、性別欄には、「男」、「女」のほかに、「不明」という欄がありました。それなのに出生届の性別欄は「男」と「女」しかありません。
「いっそ、不明で提出して、本人の物心がついた頃に、好きな方を選ばせてあげられたらどんなに良いか。…いや、むしろ不明のままでも構わないのでは、この子はこの子じゃないか」そんなことを考えていました。
性別は二の次。娘の幸せが一番
娘の検査結果が出たのは生後16日目。結局、痩せていたため外性器の様子が他の女の子と違って見えただけで、エコーでも卵巣と子宮が確認でき、染色体レベルでも女性に間違いないだろう、ということでした。
現在、娘は4歳。ピンクが大好きで、女の子に人気のアニメに夢中です。けれど彼女がどういう生き方をするかは誰にもわかりません。「やっぱり男の子になりたい」と言い出すかもしれない。それとも女の子のままで、女性のパートナーを選ぶこともあるかもしれない。
そうなったとき、私はどうするか。まだ自信はないけど、可能な限り「女の子だから」という枠にはめずに、娘自身が幸せになれるように育てていきたいと思います。
結果的に、私の娘は「女性」とはっきり分けられる特徴を持っていたけれど、世の中には、知られていないだけで、男性、女性とはっきり分けられない身体的性を持つ人がたくさんいるのだと思います。そんな人たちが、男性か女性かという二つの物差しだけで区切られるのでなく、その人らしく幸せに生きていける世の中になるように、私にできることを探していきたい。今はそんな風に思っています。
[めいりん*プロフィール]
6歳の男の子と4歳の女の子のママ。運動不足を解消したいアラフォー主婦です。趣味は読書と音楽鑑賞。根っからインドア派なのですが、一念発起してジムに通い始めました。ダイエットと体力作り、頑張るぞ! 目指せ40kg台!
※この記事は個人の体験記です。記事に掲載の画像はイメージです。