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【40歳からのやんわり無化調】出汁料理としてのラーメンを追求。無化調は、自分との勝負(福岡県春日市)

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「自分が料理をする上で、使いたくない。


無化調は言ってしまえば自己満足ですよ」

無化調麺をマイペースに追い求めていく本コラム。
第1回では福岡市東区の「麺や 佐渡友」を紹介した。

今回、取り上げるのは、春日市の至宝、「濃厚とんこつ かなで食堂」。店主・松尾龍太郎さんがこの店を開業したのは2011年のことだ。それまでは関東のラーメンチェーンでエリアマネージャーとして働いていたそう。マネージャー的な経験がそうさせたのか、「かなで食堂」を開くにあたり、提供するラーメンの差別化を考えた松尾さん。そこでメニューの筆頭においたのが「濃厚豚骨」だった。豚骨ラーメンをやると決めた以上、そのリングに上がらなければならない。創業から半世紀以上の老舗が今も現役で人気を博している福岡の豚骨ラーメンシーンにおいて、濃厚豚骨という選択は「新参者ですから」という松尾さんなりの戦略だった。

開業後、「かなで食堂」のラーメンはすぐに話題となり、順調な滑り出しをみせたが、そんな状況とは裏腹に、松尾さんの心の中ではモヤモヤとした霧が広がるばかり。それは、ラーメンを構成する麺とスープに対する思いだった。

「ラーメンは一杯の丼で完結する料理です。ただ、それをちょっとだけ紐解けば、麺料理であり、スープ料理である、ともいえます。自分のことを昔からラーメン職人ではなく、ラーメン“料理人”だと表現、説明しているのは、職人としてではなく、料理人としてラーメンを作っているという考えが根底にあるからです。麺のプロであり、スープのプロでありたい。麺とスープにおいて、つまり自分が生み出すものに対して、責任を果たしたいという気持ちが日に日に強くなっていきました」

「かなで食堂」が開業しておよそ3年が経ったタイミングで、松尾さんはついに、麺とスープにおいて、大きな方向転換をすることになる。

麺においては、仕入れた麺から自家製麺へとシフトした。自分が作り出すスープに合う麺は、自分が一番知っている、ということだ。麺の長短、厚み、幅、加水率など、独学ながら、松尾さんは持ち前の好奇心と研究心によって、徹底して理想の麺を作り込んでいった。

スープにおいては、完全無化調を目指す。その思いについて、松尾さんは詳しく教えてくれた。

「店でも、うま味調味料を使わない理由をちょっとだけ文章にして掲示しているんですが、例えば原材料にこだわったり、製造工程を徹底していたり、そういう努力をしているにも関わらず、最終的に“魔法の白い粉”を入れることに、料理人として後ろめたい気持ちが出てきたんです。僕自身、食べる側としては気にしませんし、普段からそういう食べ物も食べていますしね。ただ、自分が料理をする上で、使いたくない。それだけです。言ってしまえば自己満足ですよ」

料理人としての後ろめたさ――その一言を聞いて、ぼくは松尾さんを信用できる、と強く思った。自分に対して嘘をつきたくない。これ以上に響く心の言葉があるだろうか。

うま味調味料を使うことなく、濃厚な豚骨ラーメンを作る。そこには並々ならぬ苦労があったという。

「その後、鶏ガラや煮干しなどでも無化調のラーメンを作っていったんですが、今の段階で言えるのは、最初に挑んだ豚骨が実は一番難しかったということですね。豚骨って、濃度自体は結構、強く出せるんですが、うま味が比例しないんです。そこに最も頭を悩ませました」

うま味を重ねられるだけ重ねたら良いかといえば、答えはノー。最終的に豚骨のうま味が浮かび上がらなければ、豚骨スープにはならない。だからこそ、松尾さんは「塩梅が重要なんです。極力シンプルに、それでいて深みを出していく」と言葉に力を込めた。豚骨の量をできるかぎり増やし、その豚骨出汁が引き立つようにうま味を添えていく。こうして油や塩気に頼らずに、風味がドライブするスープを追求してきた。

「結構、濃厚という言葉が一人歩きしている気がしています。世間一般的に濃厚と認識されているのは、脂っ気が多い、こってりスープを指しているんですよね。ぼくの場合はラーメンを“出汁料理”という側面でも捉えているので、やっぱりその濃厚さは、出汁のうま味によって表現したいんです」

春日本店の看板メニュー「濃厚とんこつラーメン」は、そんな松尾さんの集大成。しっかりと力強いフレーバーが食欲を掻き立て、口に含めば旨みが一気に広がり、掻き立てられた食欲が暴れ出す。濃厚でありながら、脂っ気を感じさせないマットな質感のスープで、食べるように飲む、という感覚だ。右手に箸、左手にレンゲ。そのレンゲを一度も手から離すことなく麺を食べ終えてしまったこともある。とにかく夢中にさせる豚骨ラーメンだ。

人気ナンバー2の「とまとんこつ」はうま味たっぷりな濃厚豚骨スープを土出しに、さらにグルタミン酸のうま味成分を持ち合わせたトマトを加えた一杯。トッピングにキノコ、ナスなどを添えたイタリアンライクなラーメンで、“味変”用にと添えられたバジルソースによって、もう一つの顔も見せてくれる。決して突飛なアレンジではなく、出汁のうま味成分を軸に考案された理に適ったラーメンだ。

松尾さんにとっての無化調は、料理人としてのプライド。だから、お客さんにそれを強いるわけでもない。無化調は、「かなで食堂」のラーメンに備わった個性なんだと思った。

「無化調のラーメンづくりは、自分との勝負ですね。もっと美味しくしたいし、そうなると思っています」

濃厚とんこつ かなで食堂
福岡県春日市須玖南1−182
092-558-8727

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