北海道に<熱帯魚>がやってきた? 生息域が変わりつつある魚たち11選
2023年、北海道においてさまざまな熱帯性海水魚が確認されました。北海道のアクアリストにとっては朗報かもしれませんが、大きな問題があります。今回は北海道に出現した熱帯性海水魚の概要と、2023年に北海道で多くの熱帯性海水魚が確認された理由、そしてそれに伴う影響をなどについて、2024年に出た報文を紹介するとともに考えてみたいと思います。
(アイキャッチ画像提供:椎名まさと)
北海道の地理と魚
北海道は日本列島のもっとも北方にあり、日本列島を構成する島では、本州に次ぐ大きさの島です。周囲をオホーツク海、日本海、太平洋、そして青森県との道県境のある津軽海峡に囲まれ、それぞれ魚類相が異なります。
北海道のオホーツク海は他の海域とくらべ閉鎖的であるとされ、北方性の魚類が多いとされます。一方、日本海・太平洋沿岸には北方性の魚類のほか、温帯から熱帯の海に生息する魚類も確認されています。
北海道周辺の海流は、太平洋岸を親潮(千島海流)が南に流れ、日本海岸を南から北への対馬暖流が流れています。この対馬暖流は津軽海峡付近において一部が津軽海峡の中に入りこむこともあります。
また、年によっては千葉県方面で外洋へと向かう黒潮もかなり北方にまで到達することがあります。これらの海流にのって、北海道にも温帯から熱帯の海にすむ魚が出現するというわけです。
北海道で確認された熱帯性の魚
今年、2023年に北海道南部、函館市臼尻近海(太平洋岸)から記録された北限記録13種を含む、14種の同地からの新記録魚類が報告されました(根来・宗原, 2024)。その中には熱帯性の海水魚が何種か、北海道初記録種として報告されています。
また、それ以前にも北海道で熱帯・亜熱帯に多く見られる魚が確認されたことがあります。ここでは北海道で確認された熱帯性の魚についていくつかご紹介します。
ただし、写真については北海道で撮影されたものではありません。あらかじめ、ご了承ください。
オキイワシ Chirocentrus dorab
オキイワシは名前に「イワシ」とありますが、ニシン科やカタクチイワシ科、ウルメイワシ科とは異なるオキイワシ科の魚で、古くは「さいとう」とよばれていたこともあります。
東南アジアに多い熱帯性の魚ですが、北海道においては余市町(1936年)や寿都町(1956年9月)、ロシア ピーター大帝湾などの日本海沿岸からの記録があります。このほか日本からの記録は若狭湾や東京湾、西九州、宮崎県、鹿児島県、沖縄島中城などからの記録があるのみで、沖縄と鹿児島県の間の島嶼からは一切記録がないなど独特な分布です。
鋭い歯を有し、主に小型魚類を捕食しています。東南アジアでは1メートルほどの大きいものが漁獲され食用になっていますが、日本では極めて稀な種とされており、食用にはなっていません。なお、地方によってはニギスなど他の魚を「おきいわし」と呼称することもあり、注意が必要です。
ベンガルフエダイ Lutjanus bengalensis
ベンガルフエダイはフエダイ科の一種で、体色は黄色く体側に4本の青白い縦線があるところはヨスジフエダイに似ていますが、背鰭棘数が12でありヨスジフエダイ(背鰭棘数10~11)よりも多く、体側下方に青白い縦線がない(ヨスジフエダイにはある)ことによって見分けられます。
近縁種のヨスジフエダイは球形の分離浮性卵を産みます。このような卵を産むフエダイ科の魚はインド~太平洋の広域に分布し、日本にも黒潮に乗って運ばれますが、多くの場合冬を乗り切れず死亡してしまう死滅回遊魚です。
ベンガルフエダイは従来は神奈川県真鶴以南から記録されていましたが、2023年の臼尻からの記録はその北限記録を大きく塗り替えるものとなったのでした。
オジサン Parupeneus multifasciatus
オジサンは熱帯から亜熱帯域に多く見られるヒメジ科の魚です。北海道臼尻では2023年に59ミリほどの稚魚が採集されました。
ウミヒゴイ属の温帯種としてはオキナヒメジやウミヒゴイなどの魚が知られていますが、オジサンは南方性の死滅回遊魚であり、千葉県では筆者によって水中で観察されているものの、標本に基く記録は相模湾が北限とされています。
ムレハタタテダイ Heniochus diphreutes
従来は千葉県が北限とされていたチョウチョウウオ科のムレハタタテダイですが、2023年に北海道の臼尻で採集されました。
ムレハタタテダイは太平洋だけでなく日本海沿岸にも分布するとされ、広い分布域を示すものと思われていたのですが、なぜか千葉県から北海道沿岸の間からは記録されず、分布域は空白のままでした。
なお、ハタタテダイについては青森県牛滝からの記録はあるものの、北海道からの記録はありません。
ミゾレチョウチョウウオ Chaetodon kleinii
チョウチョウウオ属のミゾレチョウチョウウオも2023年に臼尻で採集された熱帯性の海水魚です。
もともとミゾレチョウチョウウオは南アのダーバンからハワイ・エクアドルのガラパゴス諸島に至るインドー太平洋の広域にすむとされ(もっとも、一部地域的の個体群は別種とされる可能性もある)、日本でも死滅回遊魚として千葉県以南の太平洋岸で見られるお馴染みのチョウチョウウオです。
チョウチョウウオの仲間は卵や仔稚魚が黒潮などの海流にのるため広い分布域を示すものも多くいます。
オヤビッチャ Abudefduf vaigiensis
北海道でも見られるスズメダイ科の死滅回遊魚です。オヤビッチャをはじめ、スズメダイ科の魚の卵は岩などに付着する性質があり、孵化するまで卵は親魚に保護されます。
このような習性をもつ魚は分散力があまり強くないのですが、オヤビッチャは幼魚が流れ藻や流木につく習性があり、それにより夏~秋にかけては関東以北の北日本でも姿を見ることができます。
オヤビッチャは熱帯性でありながら、温帯域の四国沿岸などでも産卵しており、そこから来ている可能性もありますが、あくまで可能性の域を出ません。
肉質はよく、焼き物などで美味ですが、北海道では大きいものが獲れないため、食用にはされないものと思われます。
イソスズメダイ Abudefduf notatus
全身が黒っぽく、黄色い線が入るイソスズメダイも幼魚が北海道で採集されています。オヤビッチャと同じように、流れ藻などの浮遊物の下についていることがあるようです。
しかしながらオヤビッチャと違い毎年現れるというわけでもないようで、やや南方性といえます。やはり北海道では利用されていません。
観賞魚として飼育されるものの、オヤビッチャ同様に気性が激しく、大きいものは他の魚との混泳が難しいです。
テングハギ属魚類 Naso
テングハギ属で北海道から確認されているのはテングハギ N.unicornis・テングハギモドキ N. hexacanthus・ツマリテングハギ N.brevirostris の3種です。テングハギとテングハギモドキは臼尻で、ツマリテングハギについては北海道日本海岸からの記録があります。テングハギとテングハギモドキは幼魚で、外見からの同定は難しいのですが、DNAバーコーディング法により同定されています。
テングハギ属の魚はいずれも卵や仔稚魚(ケリス期とよばれる)が海流にのって分布を広げるタイプの魚で、テングハギモドキやツマリテングハギなどはアメリカのいずれも西海岸沖に浮かぶココ島(コスタリカ)、仏領クリッパートン島、エクアドル沖のガラパゴス諸島などにも見られるなど、分布域が非常に広域に及びます。
日本海側では山口県萩沖などにおいて、テングハギ属の成魚が対馬暖流にのって偶発的に来遊したと考えられる事例もあります。
クロハギ属魚類 Acanthrus
クロハギ属で北海道から確認されているのはヒラニザ A.mata・ナガニザ A.nigrofuscus・ニセカンランハギ A.dussumieri で、いずれも北海道臼尻から幼魚の記録があります。
ニザダイ科のクロハギ属の魚もテングハギ属の幼魚と同様に卵や仔稚魚(アクロヌルス期と呼ばれる)が黒潮にのって北上し分布が広域に及ぶ傾向があります。
関東でもシマハギやクロハギの幼魚はほぼ毎年見られ、これらの魚は東太平洋にも出現します。
ウスバハギ属魚類 Aluterus
ウスバハギ属のウスバハギ A.monoceros・ソウシハギ A.scriptus はともに南方性のカワハギ科魚類ですが、幼魚が流れ藻につくため広い範囲に見られる種といえます。日本の温帯海域でもよく漁獲されており、分布が広いものといえます。
ただし、あまりにも水温が低いと、弱ってしまい、冬季に日本海沿岸の砂浜などに打ち上げられることもあります。
ウスバハギはカワハギやウマヅラハギ同様に食用魚として利用されますが、ソウシハギの内臓は毒化することもあります。南方ではソウシハギも食用としますが、少なくとも北海道では利用されていないと思われます。
キヘリモンガラ Pseudobalistes flavimarginatus
キヘリモンガラの卵は岩に産み付けられ、親はその卵を保護する習性があります。卵に危険が迫ると親はダイバーにも向かっていきます。そのため卵の状態で分散されるということはほとんどないのですが、このキヘリモンガラは幼魚が流れ藻など浮遊物につくことがあり、本州中部沿岸でもその姿を見ることができ、北海道近海でも小樽で採集例があります。
ほか、北海道で見られるモンガラカワハギ科魚類としては、アミモンガラとメガネハギがいますが、とくに前者は流れ藻についているところがよく見られ、流れ藻とともに北日本にもやってきます。
しかしながら冬の寒さには耐えられないため、晩秋から冬にかけて浜辺に弱った個体が打ち上げられることも多くあります。
単純に喜ぶべきではない
熱帯性の海水魚が北海道にやってきたら北海道在住のアクアリストは喜んでしまいがちですが、その裏には海流の変化があります。
上記の魚種のうち複数種が北海道臼尻で採集された2023年は、例年ならば房総半島沖で日本周辺から離れる黒潮続流が三陸沖にまで到達したとされており、それによりこれらの魚の多くがもたらされた可能性があります。2023年の臼尻近辺の水温は7月~9月に、この年を除く例年(1970年以降)の平均水温と比較し、3.1~3.3℃高かったとされます。
海水温が例年より極端に上がったり、下がったりすると壊滅的な結果がもたらされることがあります。極端な例をあげるならばアメリカ東海岸の食用魚タイルフィッシュ(アマダイ科の魚)は1882年に大量死がおこり、この魚を獲る漁業は壊滅的な打撃を受け、個体数の回復には長い時間を要しました。この大量死の原因については海水温の極端な変動(低下)が原因とされています。
北海道の主要な漁業対象種についても、真逆でありますが同じようなことがいえ、タイルフィッシュとは逆に高水温に弱い生物も多数おり、地球温暖化の問題ともあわせて、単純に喜べるような事象ではないといえます。
参考文献
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<椎名まさと/サカナトライター>