時を越えて旅する世界 ― 京都文化博物館「カナレットとヴェネツィアの輝き」(読者レポート)
18世紀のイタリアで活躍したヴェネツィア出身のカナレット(1697-1768年、本名ジョバンニ・アントニオ・カナル)の作品を紹介する日本初の大規模展覧会が京都文化博物館で始まりました。カナレットは、風景とドラマを描き込んだ都市景観画「Veduta(ヴェドゥータ)」の巨匠です。
展覧会では300年前に遡り、カナレット以前から同時代、そしてモネやシニャックなど近代の画家たちが描いたヴェネツィアへと時代を追って鑑賞できる展覧会となっています。
京都文化博物館外観
巨匠カナレットの作品は、「第2章 カナレットのヴェドゥータ」と「第3章 カナレットの版画と素描-創造の周辺」で鑑賞できます。本展は、4つの美術館を巡回しますが、ここ京都にて初お目見えの作品がこちら、約110×185㎝の大きな作品になりますが、引きでも寄りでも鑑賞できるよう展示されています。
見どころは、画家の視線。地面より少し高い建物からの眺めを描いたようですが、実際に建物は無く、画家の想像の賜物。建物と自然と活き活きした人物が一体となって目に飛び込んでくる計算された角度からの眺め、これぞカナレット・マジック。
カナレット《モーロ河岸、聖テオドルスの柱を右に西を望む》1738年頃、スフォルツァ城絵画館、ミラノ
次の2作品は、数多いヴェネツアの祝祭の中でも大変重要な「キリスト昇天祭」を描いたもの。ドージェ(元首)がブチントーロと呼ばれる御座船で「海よ、汝と結婚する」と唱えながら金の指輪を海に投げ入れる「海とヴェネツィアの結婚式」は、当時、非常に人気の高い画題でした。光の粒に取りつかれたようなブチントーロにゴンドラ、水面の輝き、漕ぎ手の仕草、見物人たち、とにかく細かい細かい…。
カナレット《昇天祭、モーロ河岸のブチントーロ》1760年、ダリッジ美術館、ロンドン
カナレット《昇天祭、モーロ河岸に戻るブチントーロ》1738-1742年頃、レスター伯爵およびホウカム・エステート管理委員会、ノーフォーク
18世紀後半、経済的に繫栄していた英国人貴族の子弟たちの間では、教育の仕上げにフランスやイタリアを巡るグランドツアー(大修学旅行)が流行しました。中でもヴェネツィアは憧れの訪問地、旅の記念としてカナレットの「ヴェドゥータ」は人気を博したのです。
レガッタは、海の都ヴェネツィアが街をあげて行う公道レース。当然、貴族の子弟たちも熱狂の渦に巻き込まれて歓声を上げていたことでしょう。レガッタを描いた本作は、約150×220cmと今回の展示作品の中で最も大きく、その迫力もさることながら、緻密な人物描写には驚かされます。
カナレット《カナル・グランデのレガッタ》1730-1739年頃、ボウズ美術館、ダラム
当時、この眺めは人気があり、カナレットも気に入って何点も描いています。ガイドブックにできそうな精密さで描かれていますが、実はこの場所付近にある名所を一望できるように複数の眺めを組み合わせた工夫に満ちた作品です。
ところで、右端の建物の壁に向かう殿方、300年経ってもずっと見られてますよ(笑)…
カナレット《サン・ヴィオ広場から見たカナル・グランデ》1730年以降、スコットランド国立美術館
オーストリア継承戦争によるヴェネツィアへの旅行者減少を背景として、カナレットは1746年に渡英し同地で制作を続けました。要するに固定客の居る国へ出向く、カナレットの商売センスが窺えます。
ここは18世紀のロンドンで人気のあった遊園地。そぞろ歩く皆々が優雅な優雅な衣装に身を包んでいますが、それは画家の忖度。カナレットの匙加減がいい味をだしています。
カナレット《ロンドン、ヴォクスホール・ガーデンズの大歩道》1751年以降、コンプトン・ヴァーニー、ウォリックシャー
ラネラー公園も人気のあったロンドンの遊興施設で、その目玉は巨大な円形の建物:ロトンダ。画面左の階段上に突き出ている演奏席では幼きモーツアルトも演奏したそうです。
カナレット《ロンドン、ラネラーのロトンダ内部》1751年頃、コンプトン・ヴァーニー、ウォリックシャー
時代は上がって「第1章 カナレット以前のヴェネツィア」より名作を一枚。 ヴェドゥータという新しいジャンルが18世紀に発展した一方で、時代を代表する世紀最大の画家:ジョバンニ・バッティスタ・ティエポロ(1696-1770年)が、ヴェネツィアの裕福な貴族の邸宅の大広間装飾画のために描いたモデッロ(油彩下絵)が出展されています。 これは、貴重な機会ですのでお見逃しなく。
ジョバンニ・バッティスタ・ティエポロ《アントニウスとクレオパトラの出会い》1747年頃、スコットランド国立美術館
「第4章 同時代の画家たち、後継者たち−カナレットに連なる系譜の展開」
第4章 展示室風景
カナレットの甥であり、自身もカナレットを名乗った画家ベルナルド・ベロット(1722-1780年)の作品ですが、かつては師匠でもあるカナレット作とされていました。確かにとてもよく似た画風ですが、後にベロット作と特定されました。
ベルナルド・ベロット《ルッカ、サン・マルティーノ広場》1742-1746年、ヨーク・ミュージアム・トラスト(ヨーク美術館)
「カプリッチョ(奇想画)」作品が数点紹介されています。カプリッチョとはイタリア語で気まぐれを意味し、現実の正確な描写はさて置き、現実と空想のモチーフを自在に組み合わせて構成する景観画です。
画面右の作品は、ロンドンのセント・ポール大聖堂とヴェネツィアの運河をひとつの画面にまとめたカプリッチョです。欧州人にとっては見るも楽しい作品とのこと、さながら、東京タワーと通天閣が描かれていると思えばよいでしょうか。
右:ウィリアム・マーロー《カプリッチョ:セント・ポール大聖堂とヴェネツィアの運河》1795年、テート 中央:ウィリアム・ジェイムズ《スキアヴォーニ河岸、ヴェネツア》東京富士美術館 左:フランチェスコ・グアルデイ《塔の遺構のある丘の風景》1770-1780年頃、スコットランド国立美術館
「第5章 カナレットの遺産」では風景画の世紀とも言える19世紀にヴェネツアを描いた英仏の画家たちの作品が並びます。
カナレット没後140年、シニャックもモネもヴェネツィアの魅力にひかれ同地を訪れます。シニャックは鮮やかな色彩で描かれた極めて装飾性の高い作品を残しています。
一方、モネは既存の画家たちのイメージとは全く異なる視点で、運河とゴンドラだけをトリミングして水と光と空気が織りなすヴェネツィアの美しさをクローズアップしました。 モネの睡蓮の連作はよく知られるところですが、幻想的なヴェネツアの連作37点も残しています。
右:ポール・シニャック《ヴェニス、サルーテ教会》1908年、宮崎県立美術館 左:クロード・モネ《パラッツォ・ダーリオ、ヴェネツィア》1908年、ウェールズ国立美術館、カーディフ
18世紀にカナレットが描いたヴェネツィアに見る水の都の輝きは、奇跡的にいまもその姿を留めています。本展ではカナレットの油彩画に加え素描や版画の紹介もあり、画家が絵画制作に用いたとされる「カメラ・オブスキュラ」の展示や関連イベントも用意されています。また、各章に設置された解説パネルがとても分かり易く鑑賞の手助けをしてくれます。
これまで日本ではほとんど取り上げられることのなかったヴェドゥータ(都市景観画)を通して、ヴェネツィアの旅を楽しみにお出かけください。
[ 取材・撮影・文:hacoiri / 2025年2月14日 ]