ユダヤ教、キリスト教、イスラム教──。何が同じで、何が違うのか?──【学びのきほん 三大一神教のつながりをよむ】
山本芳久さんによる「三大一神教」入門
世界を取り巻く様々な「争いの要因」とも言われる三大一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)。しかし、本当にそうなのでしょうか。一神教どうしのつながりを浮き彫りにし、2時間で一気に理解を深めることのできる『NHK出版 学びのきほん 三大一神教のつながりをよむ』が4月25日に発売となりました。
東京大学大学院教授の山本芳久さんが、旧約聖書・新約聖書・クルアーン、それぞれの聖典の共通点や、その思想の特徴、「アブラハム」「イエス・キリスト」を軸に聖典を比較してみると浮かび上がる各宗教の固有性などについて、やさしく解説します。
今回は、山本さんによる本書「はじめに」を特別公開します。
互いに影響を与え合いながら進んできた、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教
二一世紀に入って以降、「宗教」がさまざまなテロや紛争と関わりがあると言われてきました。とりわけ関わりがあるとされたのは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の、いわゆる「三大一神教」です。
日本では、キリスト教についての書物は多数刊行されています。他方、ユダヤ教、イスラム教についての書物は比較的少ないと言えます。三つの一神教がどのような宗教であるか、よく知られているとは必ずしも言えません。
そこで、これら三大一神教の基礎を学んでみよう、というのが本書の目的です。本書では特に三大一神教の「つながり」に注目して話を進めていきます。三大一神教は、一見対立しているようで、実はさまざまなつながりを持っているからです。
と言っても、私は「三大一神教」そのものの専門家ではありません。そんな私が、なぜみなさんに三大一神教についてお話ししたいと思ったのか。まずはその背景を述べておきたいと思います。
私の研究上の一番の専門は西洋の中世哲学です。なかでも、トマス・アクィナス(一二二五頃~七四)という神学者・哲学者について詳しく研究しています。
中世哲学は、一言で言うと「一神教+古代ギリシア哲学」という特徴を持っています。キリスト教やイスラム教など一神教の教えの理解を深めるにあたり、それぞれの宗教とは直接的な関わりのない古代ギリシア哲学の助けを借り、神学と哲学を結び合わせた壮大な体系を築き上げた。これが中世哲学の特徴です。
キリスト教世界におけるその代表が、トマス・アクィナスです。トマスは、直接の師であるキリスト教の神学者たちだけでなく、イスラーム世界の哲学者たち(イブン・シーナーやイブン・ルシュドなど)からも大きな影響を受けています。彼らがアラビア語で書いた著作が、ラテン語に翻訳され、それを読んだトマスに影響を与えている。また、ユダヤ教の偉大な哲学者・神学者(モーセス・マイモニデスなど)の著作も同様に翻訳され、トマスに影響を与えています。
更に時代を遡ると、イスラム教が誕生した初期の時代、古代ギリシアの科学や哲学をイスラーム世界に積極的に導入しようとする運動が生じました。そのさい、ギリシアの文献をギリシア語からアラビア語に翻訳したのはキリスト教徒たちでした。イスラーム世界において、キリスト教徒たちが翻訳者として活動していたのです。
このように思想史を長く遡ってみると、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三つの宗教は、互いに影響を与え合いながら進んできたことがわかります。私はトマス・アクィナスについて研究する過程でこのような歴史を知り、もう一つの研究テーマを抱くようになりました。それは、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教を共通の土俵に乗せ、現代でよく語られる「争い」の観点ではなく、「対話と共存」という観点から研究するというテーマです。
みなさんが三大一神教について知りたいと思ったとき、キリスト教についてはキリスト教の研究者、ユダヤ教についてはユダヤ教の研究者、イスラム教についてはイスラム教の研究者が書いた本を読むでしょう。一方で、一人の著者が三つの一神教を同じ土俵に乗せ、そのつながりを浮き彫りにするような本があったとしたら──。そんな本だからこそ見えてくるものがあるのではないか。そう考えて書いたのが本書です。本書ではさらに、つながっているからこその対話の難しさ、またそれを乗り越えた対話の可能性についても考えていきます。
日本ではよく、一神教は不寛容で、多神教こそ寛容な在り方だ、といったことが言われます。そのため、一神教に対して違和感を持つ人も多くいると思います。本書がその違和感を少しでも和らげ、みなさんが一神教について広く学んでいくための出発点になることを願い、さっそく講義を始めたいと思います。
『NHK出版 学びのきほん 三大一神教のつながりをよむ』では、「三大一神教の「聖典」/三大一神教の「アブラハム」/三大一神教の「イエス・キリスト」/一神教は相互に対立するのか?/宗教間で対話をするということ、といった5つのテーマで、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のつながりを読み解いていきます。
著者紹介
山本芳久(やまもと・よしひさ)
1973 年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士( 文学)。千葉大学文学部准教授、アメリカ・カトリック大学客員研究員などを経て、現職。専門は哲学・倫理学( 西洋中世哲学・イスラーム哲学)、キリスト教学。主な著書に『トマス・アクィナスにおける人格の存在論』(知泉書館)、『トマス・アクィナス 肯定の哲学』(慶應義塾大学出版会)、『トマス・アクィナス 理性と神秘』( 岩波新書、サントリー学芸賞受賞)、『世界は善に満ちている トマス・アクィナス哲学講義』( 新潮選書)、『キリスト教の核心をよむ』『愛の思想史』『NHK「100 分de 名著」ブックス アリストテレス ニコマコス倫理学「よく生きる」ための哲学』(NHK 出版) など。
※刊行時の情報です
◆『NHK出版 学びのきほん 三大一神教のつながりをよむ』「はじめに」より
◆ルビなどは割愛しています