ロイヤル・オペラ『蝶々夫人』は、“ソプラノ殺し”の難役を圧倒的な名演で魅せるアスミク・グリゴリアンに大注目~英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24
英国はロンドンのコヴェント・ガーデン、ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)で上演された、ロイヤル・オペラ、ロイヤル・バレエ団による世界最高峰のオペラとバレエを、特別映像を交えてスクリーンで体験できる人気シリーズ「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24」。ライブでの観劇の魅力とは一味違う、映画館の大スクリーンと迫力ある音響で、日本にいながらにして最高峰のオペラとバレエの公演を堪能できる。
2024年6月7日(金)からは、ロイヤル・オペラ『蝶々夫人』が、TOHOシネマズ 日本橋ほか全国で1週間限定公開される。明治時代の長崎を舞台とした悲劇の名作オペラだが、本作は日本人の観客に“安心”を与えてくれる舞台へアップデートされている。そんな本作について、NBS/公益財団法人日本舞台芸術振興会の田里光平氏の解説とともに、その魅力に迫りたい。
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明治時代の日本・長崎を舞台とした『蝶々夫人』は日本人にとって特別なオペラ。現在世界の歌劇場で恒常的に上演されているオペラの作品数は60~70と言われているが、その中で唯一、日本を舞台にした作品が『蝶々夫人』である。日本文化がどのように舞台で表現されるか、その演出に向けられる日本人の目は厳しく、メジャー作品でありながら、国内の団体以外で本作を観る機会は皆無という状況だった中、「そんな日本の状況に変化をもたらしたのが英国ロイヤル・オペラ・ハウスシネマシーズンによる『蝶々夫人』の上映ではないだろうか」と田里氏は紐解く。
英国ロイヤルが上演するモッシュ・ライザー、パトリス・コーリエによる演出は2003年に初演されたもの。9度目の再演となる今回は日本人スタッフも参加し、日本人からみても違和感のない舞台になるようにアップデートが重ねられ、日本人の観客に“安心”を与えてくれる舞台となっている点には是非ご注目いただきたい。
また歴史的背景が確立されているオペラの演出が、現代人にとって古臭い印象を与えないような工夫も加えられている。「今回の上演では単純に明治時代を再現するのではなく、伝統的でありながらどこか現代性を感じさせる要素が随所に織り込まれている」と田里氏が解説するように、衣装のデザインや障子にみたてた白い背景幕を取り入れるなど、違和感なく場面が日本であることを表現することで、観客に与える印象を変えられることを示している。
また田里氏が本作でさらに注目すべきポイントとして解説しているのは、15歳の可憐な少女・蝶々さん役を務めたアスミク・グリゴリアンについて。プッチーニ作品の中でも、蝶々さんは柔らかで繊細な音色が求められる“ソプラノ殺し”と言われることもある難役だが、声だけでも主人公の心情を観客に伝えきる力をもち、さらに高い演技力まで兼ね備えているグリゴリアンが、他の歌手にはない圧倒的な存在感と個性を放っている。グリゴリアンが今回の上映において音楽的成功を牽引していると賞賛を送る田里氏は、「持ち前の強靱かつしなやかな声は役柄によって様々な色彩を帯び、彼女が演じるとオペラのヒロインが血のかよった人物となり、舞台がより生き生きと輝く」と観客に強烈な印象を残す彼女の魅力について語っている。
日本人にとっても親しみやすいようアップデートされた演出と、アスミク・グリゴリアンをはじめとする圧倒的な歌唱力を持つキャスト陣による見事な再演。まだこの名作オペラを知らない人も、このオペラを愛する人も、必ず大きな発見があるだろう名演を是非お見逃しなく。
※田里光平氏(NBS/公益財団法人日本舞台芸術振興会)による『蝶々夫人』解説全文は下記URLにて閲覧可能です。