「技術だけで、良いものは作れない」ヒットメーカー糸井重里が半世紀働いて気付いた、熱狂を生むプロダクトに不可欠なもの
世の中を楽しませ、熱狂を生むプロダクトを生み出し続ける人は、どのように「いい仕事」をしているのだろう。
そこで話を聞いたのが、この人、糸井重里さんだ。コピーライターとして一世を風靡し、数々の名コピーで世の中を彩ったかと思いきや、名作『MOTHER』シリーズでは開発チームを率いて、ゲーム業界に絶大なインパクトを起こした。
1998年にはWebサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』を開設。大ヒット商品『ほぼ日手帳』を手掛けたほか、『ほぼ日の學校』『ほぼ日のアースボール』など、唯一無二のプロダクトを生み出し続けている。
20代、30代、40代、そして50代と、年齢とともに感じた仕事の楽しさ。そして、楽しく働くために必要なことを聞くと、そこには 「良いプロダクトづくり」につながる糸井さんの仕事論が見えてきた。
ほぼ日 代表取締役社長 糸井重里氏
1948年11月10日生まれ。コピーライター。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。広告、作詞、文筆、ゲーム制作など多彩な分野で活躍。2002年より毎年発売している「ほぼ日手帳」は、累計1000万部を超えるロングヒット商品となっている
MOTHER2の開発現場で気付いた「技術以外」の大切さ
エンジニアというと、やっぱり技術力がものを言う世界ですよね。これを読んでいるみなさんも、きっと「技術力が高い人」に憧れや尊敬を抱く人が多いと思います。もちろんそれが間違っているわけではありません。
でも、世の中を熱狂させるようなプロダクトを作るには、それだけでは足りないのだと感じます。
というのも僕は以前、『MOTHER2 ギーグの逆襲』というゲームを作りましたが、実はこれ、開発の途中で頓挫しかかったことがあるんですよ。
その際、立て直しのために入ってくれたのが(のちに任天堂代表取締役社長を務めた)岩田聡さん。まず岩田さんにシステムの中身を見てもらったら、「これを今あるものを活かしながら手直しすると2年かかります。1から作り直していいのであれば、半年でやります」と言われたんです。
それで結局、1から作り直してもらったのですが、その時に岩田さんは「これを作った人は天才だな」と思っていたようです。
初めにこれを作ったのは、それくらいすごい技術者だったのですが、それでも頓挫したということは、自分の天才的な技術を活かし切ることができなかったんですよね。
それはやっぱり、技術以外の何かが不足していたからだと思うんです。
それは開発チームや周りに何度でも懇々と説明するコミュニケーション力かもしれないし、あるいは、他の人の実力をうまく活かすマネジメント力かもしれません。
いずれにせよ技術だけでは、良いものは作れないということです。
では、何が必要なのか。それを考えるには、「いい仕事をすること」「働くこと」の本質を知る必要があります。
そこでここからは、僕なりの「いい仕事」に対する答えを話したいと思います。
「働かずに生きていきたい」が根本にはある
僕は日頃から「働くって、楽しい」と言い続けてきました。でも実を言うと、もともとは「働くって、嫌だなあ」と考えていた人間なんですよ(笑)。
僕の仕事に関する原風景は、父。うちの父は、二日酔いのひどくしんどそうな顔をして毎朝仕事に出かけていました。その姿を見てきたものだから、僕にとって「仕事=義務」でしかなかった。できれば働かずに生きていきたい、という考えが根本にあるわけです。
ところが、いざ社会に出てみたら思ったよりも仕事が楽しいことに気が付きました。僕の20代なんて、今にも潰れそうな会社で社長と二人、小さな会社の広告をせっせと作るのが仕事。華やかさのかけらもない、地味な毎日です。
でも、それが楽しかった。なぜかと言うと、好きだったからでしょうね、コピーライターという仕事が。「自分にやらせてほしい」と思う仕事がどんどん出てきて、好きなことならいくらでもやれる、ということが分かりました。
仕事の楽しさは、できないことができるようになること
でも好きなことだからって、楽しい仕事ばかりが舞い込んでくるわけでもありません。中には、簡単な作業みたいな仕事もあった。
そんなときは、あえて難しくするんです。頼まれてもいないのに、自分でもっとこうしたら面白くなるんじゃないかというアイデアを付け加えて、わざと仕事の難易度を上げてみる。
仕事の楽しみの一つは、できなかったことができるようになることです。だから、頑張ればできるかもしれないくらいの高さにハードルを上げて、それを飛び越えられるよう努力する、というのを若いうちは一人でやっていました。
すると、いつの間にか自分の実力も上がって、周りから「いた方がいい人」として認められるようになり、ますます自分も楽しくなる。
働くことは苦役であるという前提があるからこそ、仕事が楽しくなるサイクルを自分で回せるようにすることが大事なのだと思います。
そうやって人から認められると、今度は自分が「やるなあ」と思っていた人たちと一緒に仕事ができるようになってくるわけです。僕の30代は、まさにそんなうれしい出来事だらけでした。
面白いなと思っていた人と一緒に仕事ができたり、いいなと思っていた会社から声をかけてもらったり。こうなってくると、もはや仕事の報酬はお金ではなくなるんですね。
その頃の僕にとっての仕事の価値は、お金よりも、社会的なインパクトよりも、誰とやれるか。面白い人と面白いことができることに夢中になっていました。
30代で覚えた全能感を、40代で捨てられた理由
しかし、歳を重ねるうちに、そればかりではいられなくなります。
「いい仕事をしたね」と褒めてもらえることもうれしかったし、「糸井が来れば大丈夫」と任せてもらえたらやる気も出た。けれど、結局のところ当時の僕は、フリーランス。いくら「先生」なんておだてられようと、しがない下請けの身でしかないわけです。
外部の人間が首を突っ込める領域は限られていて、自分の手が届かないところで企画がダメになったりねじ曲げられたりすることが増えてくるようになってきました。
ずっと「糸井がいれば安心」という言葉を拠り所にしていたのに、このままだと自分の名前だけ貸して、一種の狂言回しみたいな役割になってしまうかもしれないと感じたのです。それが、僕の40代の始まり。ソロプレイヤーの限界に直面していました。
その壁を乗り越えるきっかけになったのが、釣りです。40代に入ってから、釣りにハマりましてね。これがちっともうまくいかないんです(笑)。
それまで仕事で全戦全勝というくらい快調だった僕が、釣りでは負けばっかり。これがもう楽しくてね。世の中からチヤホヤされてきたのに、魚からはまったく相手にされない。でも一生懸命やっていると、たまに魚から「ちょっと良くなったぞ」と評価されるみたいに釣れるときがあって。
やっぱり何事も楽しさというのは、できないことができるようになっていく過程にこそあるんだと再認識しました。
ちょっといい仕事ができるようになって、全能感のようなものに包まれていた自分が、もう一度誰からも認めてもらえないスタートラインに立ち返れたことで、ふっとトンネルを抜けられた気がしたんです。
チームプレイを知って、新たな仕事の楽しさに目覚めた
それで立ち上げたのが『ほぼ日刊イトイ新聞』。僕が50歳のときです。
はじめは一人でスタートして、徐々に仲間が増えていき、今では株式会社ほぼ日として、120人を超える組織になりました。
ずっとソロプレイでやってきた人間にとって、チームプレイというのはまた別です。一人きりで仕事をしていたときは、明け方まで作業をして、完成したらクライアントに送って、「終わったから寝ちゃおう」でもよかった。
でも、チームを抱える立場となるとそうもいきません。スタッフみんなが自分の力を出せる環境をつくるにはどうしたらいいだろうと考えなければならないし、「こうしたらいい」と簡単に自分の意見を押し通せなくなった。経営をやるようになって、夜中うなされる機会がずっと増えた気がします(笑)。
でも、一緒にやる人が増えたことで、できることも間違いなく広がった。例えば『ほぼ日手帳』は今や海外でも販売していますが、自分一人だったらやろうともしなかったはずです。やろう、と言ってくれる別の誰かがいたからできたこと。
竜巻みたいなもので、起点は小さくとも、一緒にやってくれる人が増えることで、どんどん渦が大きくなり、巻き込む人の数も増えていく。働くということは、結局他者と共に生きることなのだと、会社をやってしみじみ実感しています。
自分をバカにしてくるような組織や人は選ばない方がいい
だからこそ思うのですが、どうか自分をバカにしてくるような組織や人は選ばない方がいい。
そんなところにいたって楽しくないし、あなたのいいところを誰も見つけてくれません。それよりも、この人に褒められたらうれしいと思える人がいるところで働いた方が断然幸せです。
やっぱり仕事の根源的な喜びは、できないことができるようになって、それを人に認めてもらうことだから。同じ認められるなら、自分がより尊敬できる人に認められた方がうれしいでしょう。そしたら、ますます仕事が楽しくなります。
では、そういう人たちから認めてもらうために、まず何をしたらいいのか。説教くさいかもしれませんが、結局は人として「いいやつ」であろうとすることです。
嘘を言わない。誤魔化さない。約束したことをきちんと守る。何もできないうちから自分を大きく見せない。いや、大きく見せようとしてもいいんですけれど、それならそれでやると言ったことは投げ出さずにやりきること。
そうやって誠実に仕事をしていれば、誰かが見てくれていて、いい先輩がついたり、チャンスを与えてもらえる。組織で一目を置かれる人というのは、最終的には人柄なんですよね。
だから、周りから「いいやつだ」と言われる人になってください。いい生き方をしていれば、きっといつかいい仕事ができるようになると思いますよ。
良いプロダクトづくりに必要なのは、「つよさ」だけではない
冒頭で、「技術だけでは、良いものは作れない」とお話しましたが、結局ここでも大事になるのは、「いいやつ」であることに尽きるのだと思います。
僕の会社の行動指針に「やさしく、つよく、おもしろく。」というものがあるんですけど、この順番が大切なんですよね。「つよく」の前に「やさしく」あらなければならないと。
エンジニアでいえば「つよく」は技術力に置き換えられるでしょう。でもその前提に「やさしく」がないと、「つよく=技術力が高い」だけではいずれ立ち行かなくなる。
僕もいろんな会社や人とお付き合いしていると実感しますが、周囲に「やさしく」、自分も他人のことも活かせる人がチャンスを与えられるし、自身の実力も伸びていくんだと思います。それが結果的に、世の中を熱狂させるようなアウトプットに繋がっていくのではないでしょうか。
取材・文/横川良明 撮影/桑原美樹 編集/大室倫子(編集部)