なぜ映画『八犬伝』で「四谷怪談」が上演されるのか?中村獅童×尾上右近が時代を超えて演じる歌舞伎シーンを解説
映画『八犬伝』ついに公開!
山田風太郎の小説『八犬伝 上・下』(角川文庫刊)を映画化した『八犬伝』が、10月25日(金)より全国公開を迎える。
唯一無二の奇想天外な物語で、日本のファンタジー小説の原点と称えられる「南総里見八犬伝」を、ダイナミックかつ緻密なVFXを駆使して実写映画化した本作。里見家の呪いを解くため、八つの珠に引き寄せられた八人の剣士たちの運命をダイナミックなVFXで描いた「八犬伝」=【虚】の世界と、物語を生み出した馬琴の感動の実話=【実】の2つのパートが交錯する、前代未聞のエンターテインメント超大作となっている。
『八犬伝』のルーツとなるのは、江戸時代後期にあたる文化11年(1814年)から28年かけて天保13年(1842年)に完結した全98巻、106冊の大作「南総里見八犬伝」。刊行当時から歌舞伎の演目となっていたが、200年近くの時を超えた現代においても、小説、児童書、マンガ、アニメ、テレビドラマ、映画、ゲーム、舞台など、多彩なジャンルのエンターテインメントに影響を与え続けている物語として知られている。
映画鑑賞前に要チェック!「四谷怪談」と「八犬伝」の関係とは?
「南総里見八犬伝」が大流行していた江戸時代は、大衆に向けた楽しみが広がり始めた時代でもあり、読書をはじめ、芝居、浮世絵、和歌俳句といった「自由を尊ぶ文化」を提供する場が、仏教や儒教同様の「現世に及ぼす影響力」を持つようになっていた。これに気付いた幕府は文化を弾圧しようと試みるが、芝居小屋ではその様子を“フィクション化”し、芝居として表現することで対抗。その一例が本作にも登場する「東海道四谷怪談」だ。
今回は、そんな「東海道四谷怪談」のストーリーや本作に登場する背景、注目ポイントをご紹介。歌舞伎好きはもちろん、あまり舞台に馴染みがない方でも、そのバックグラウンドに触れることで、映画『八犬伝』が描く江戸文化の奥深さが気になること間違いなし!
『八犬伝』に「東海道四谷怪談」が登場する<意義>
「東海道四谷怪談」は江戸時代後期に活躍した歌舞伎狂言の作者、鶴屋南北による歌舞伎脚本。怪談を扱った脚本の代表作で、通称「四谷怪談」としても知られている。1825年初演。塩冶や家の浪人民谷伊右衛門が女房のお岩を殺し、後妻の縁で出世しようとするが、お岩の亡霊に悩まされる……というストーリー。貧しい浪人の生活、どん底にあえぐ下層階級の人々の生態が生き生きと描かれている。
映画『八犬伝』では、滝沢馬琴が親友である葛飾北斎に誘われて、鶴屋南北の新作として「東海道四谷怪談」の舞台を観るシーンが登場。舞台を観た馬琴は、忠臣蔵の実話に怪談話の虚構をはめ込んだ物語に、辻褄が合わないと違和感を抱き、南北に疑問をぶつける。
すると南北は「悪しきものが栄えるこの世の中こそ、辻褄があわない世界だ」と持論を展開。それに対し馬琴は、「悪が蔓延る世の中だからこそ、物語の中でも勧善懲悪を貫くのだ」と反論するものの、南北の言葉に自身の信念が揺らぐことを感じてもいた。
――頑固で偏屈、自分の信念は絶対に曲げない人物として知られていた馬琴の考えすらも揺るがす、南北の問答。監督の曽利文彦は「本作のテーマが集結されている」と語っており、「馬琴も南北も、どちらの考えも必要であり、永遠に問答し続けることが大切だと思います」と、本作に「東海道四谷怪談」が登場する意図を述べている。
驚きのキャストで再現!『八犬伝』でしか観られない「東海道四谷怪談」とは
1825年に演じられた「東海道四谷怪談」は、民谷伊右衛門役を七代目 市川團十郎、お岩役を三代目 尾上菊五郎が演じていた。そして本作では、民谷伊右衛門役を中村獅童が、お岩役を尾上右近が200年の時を越えて演じる。
さらに、その時代を忠実に再現するために、歴史ある建築物をそのままロケ地として登場させており、現存する日本最古の芝居小屋である香川県の金丸座で「東海道四谷怪談」が上演される設定となっている。時代を越えて再現される歌舞伎シーンにもぜひ注目したいところだ。
このように『八犬伝』の世界観は、キャスティングやロケ地などにもこだわり抜いて作り上げられた。江戸時代にフィクションを描く作家の信念として、滝沢馬琴の勧善懲悪への向き合い方と、鶴屋南北の実話と虚構の捉え方にフォーカスしても楽しむことができるだろう。
曽利監督は「役所さん演じる馬琴さんが、言葉として、音として、演技として語りかけてくると、改めて響きました。エンターテインメントを、これからも堂々と大手を振ってやり切りたいという清々しさが、自分自身にも再び沸き起こりました。悟りを開いた高僧に、心の臓を突かれたような気持ちです。この映画のテーマは日本文化だけに留まるものではないので、ぜひ世界中の方に観ていただきたいですね」と語っている。
この秋、『八犬伝』で日本文化の背景と作家の信念に触れ、今の時代だからこそ映像化が叶った無二の世界観を、映画館の大スクリーンで目撃されたし。
『八犬伝』は2024年10月25日(金)より全国ロードショー