日本語なのに意味が分からない社長構文をChatGPTに翻訳させている話
AI時代のライティング活用と言えば...、なんつって、そんなカッコイイこと言ってみてぇな。
「ユキさん、AI使ってますか?」
と聞かれて、
「ええ、もちろん使ってますよ。毎日使い倒してます。GeminiもCopilotも使いますけど、メインはChatGPTですね」
「へぇ。どんな使い方をしているんですか?」
「そうですね。企画のアイデア出しや記事の下書き、コードの自動生成に──」
なんつって、そんなカッコイイこと言ってみてぇよ。
私は現在、会社勤めをしていて、日々の業務にはAIを使っている。使い倒している。特にChatGPTにはめちゃくちゃ依存している。使えないと業務が回らないので課金している。
主に何をするために使っているかというと
──私はChatGPTを、社長の言葉を翻訳させるために使っている。
のである。なぜなら、社長からメールで飛んでくる指示文は、日本語なのに意味が分からないからだ。
私の勤める会社の社長は、簡単に言えば「文章力がない」。
いや、日本語は一応書ける。だがその日本語が、指示として成立していないのだ。
毎日送られてくる社長からのメールには、タスクらしきものが並んでいる。けれど、それが「何を指しているのか」「いつまでに」「どの程度のクオリティで」やればいいのか、さっぱり伝わってこない。
時には日本語すら書かれておらず、いきなりファイルのみが送られてきたり、URLだけが貼られているメールもある。
「で、このファイルをどうしろと?」
という、肝心のところが分からないのだ。
これは私だけの感覚ではない。古参社員たちも「社長からのメールは何を言っているのか全然分からない」と嘆いているし、入社したばかりの新人も同じ壁にぶつかっている。
結局、私はメールを受け取るたびに内線で社長が意図するところを確認したり、「このような理解でよろしいでしょうか?」と長い確認メールを書いたりせざるを得ない。
「何を言いたいのか分からない」上司を持つと、社員はこうして余計なコミュニケーションコストを払わされる。実に非生産的だ。
弊社の社長は、曽祖父の代から続く老舗企業のお坊ちゃんで、長男である。
そのため、成長過程で「伝わらないことに苦労した経験」がないのだと思われる。「大事な後継だから」と、幼い頃から身の回りの人たちが常に忖度し、先回りして意図を汲み、みなまで言わなくても周りが動いてくれたのだろう。だから言葉を上手く使えなくても、本人はちっとも困らなかったに違いない。
「他者に自らの考えや心情をくわしく説明して、理解を得る」必要がなかったため、思いを伝える技術を磨く努力をしないまま大人になり、そしてそのまま年齢を重ねてしまったのではないだろうか。
お坊ちゃん育ちでスポイルされてきたが故に、本人には悪気がないし、問題意識もまるでない。
自分に問題があるとは露とも思わず、「伝わらないのは受け取り手の努力不足」「社長の言うことなのだから社員の側が理解するよう努めるべき」という態度なのだ。
その結果、残念なことに社長と社員の間の信頼関係が壊れてしまっている。
社長の言葉が理解できないため、社員は社長が何を目指しているのか分からない。指示されている業務にどんな意味があるのかも分からないため、社員が社長を信用しなくなったのだ。
そうすると、社長の方でも「ちゃんと説明している(つもり)のに伝わらない」「社員に理解しようとする姿勢がない」と苛立ちを募らせ、社員を信用しなくなってくる。
さらに役員たちからも「社長はこちらにろくな説明もなく、好き勝手ばかりやっている」と煙たがられている。つまり、社長の言語能力の低さが社内での孤立を招いているのだ。
たかが言語力、されど言語力なのである。
そのような環境の下、私が自衛策を講じるようになったのは、大きな失敗をしてからだ。
入社当初、私は社長からの指示を自分なりに解釈して仕事を進めていた。だが、「そうじゃない」と叱責される。訳がわからないまま次々にタスクが振られ、混乱が増す一方。
ある日、社長からのメールの意図をきちんと理解しないまま仕事を進めたことが、大きなミスに繋がってしまった。
そこで思いついたのが、生成AIの活用だ。
まずChatGPTに、うちの社長の人物像と、会社の事業内容を教え込む。さらに、これまでの「社長構文」の事例を学習させる。
準備が整ったら、社長メールをそのまま読み込ませる。するとChatGPTは「おそらく社長はこういうことを言いたいのでしょう」と推測してくれるのだ。不明点があれば「この点とこの点は曖昧なので、社長本人に確認を取りましょう」と整理してくれる。さらには、その確認メールの文案まで書いてくれる。
おかげで、指示が分からなくて右往左往する時間は減った。もちろん「社長からメールが来る→AIに翻訳させる→確認メールを書く→返事が来る→ようやく着手」という遠回りが必要になるため、めちゃくちゃ時間がかかる。スピード感の無さにイライラするが、それでもミスを防げる安心感は大きい。
つい先日、ベテラン事務員さんと話していたときのことだ。
「この会社、社長の言ってることが分からないからねぇ。私も苦労してきたけど、ユキさんも大変でしょう? 仕事量が多いのに、指示の意味が分からなくて」
と話の水を向けられて、私は彼女に秘密を打ち明けた。
「ハハハ。(乾いた笑い) まあ、最初は大変な会社に入ってしまったなと思ったけど、最近は大丈夫です。実は、社長の言うことが分からなすぎて、ChatGPTを社長構文の翻訳機に育ててるんです。社長から指示が来たら、そのメールをそのままChatGPTに食わせて、意図を推察してもらってます」
すると、彼女は口元に笑みを浮かべて、こう言った。
「あ、それ、私もやってる」
そうやったんかーい!!!
くっそワロタwww いや、笑いごとではない。
つまり、社長の直属の部下が複数人、同じようにAIを「社長構文翻訳機」として育てていたのである。
そのやり取りを横で聞いていた新人は、
「私もこれからそうします。先輩方がChatGPTに聞かないと社長の言ってることが分からないのに、入ったばかりの私に分かるわけがないですよね」
と真顔になっていた。
社員たちが自主的にChatGPTを駆使しているおかげで、うちの会社はどうにか業務が回っている。しかし、 本来AIを活用すべきは社長本人ではないだろうか。
複数の社員がChatGPTに社長構文を翻訳させるより、社長がChatGPTにこう尋ねればいい。
「僕はこういうことをしたくて、社員にはこう動いて欲しいのだけど、どういう風に指示を出せば伝わりますか?」
と。そうすれば、AIはきっと適切な指示文を書いてくれるだろう。AI秘書が社長の「伝える力」を補ってくれるのだ。
AIは人間の能力を拡張するツールだと言われる。だが現実には、欠陥を補うために使われるケースも少なくないのではないだろうか。
少なくとも私の職場では、AIは社長の言語能力の低さを補う「影の秘書」となっている。
今のままでも組織はどうにか回っているが、リーダーが言葉を尽くさない組織では、結局社員が余計な労力を支払い続けることになる。
AI時代に求められるのは、社員の生産性を高めるためのAI活用だけではない。
むしろ「伝える力」を欠いたリーダーこそ、真っ先にAI秘書を導入すべきなのだ。
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【著者プロフィール】
マダムユキ
ブロガー&ライター。
「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。最近noteに引っ越しました。
Twitter:@flat9_yuki
Photo by :Kin Shing Lai