貧乏暮らしは悪くない? 梅干しご飯からはじまる豊かな人生/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(65)【千葉県八街市】
貧しい けれど ほんわか 豊かな暮らし
それをアナタにも。
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経済的苦境を乗り越えて
梅干しご飯と夢
月収4万円、「梅干しご飯をひたすら食べていた」……。そんなエピソードから始めよう。
ノンフィクション作品『対馬の海に沈む』を著した窪田新之助氏。ご本人の写真入りで紹介された新聞の記事。引き寄せられたのは、我がもうひとつの故郷「対馬」その2文字であった。魚の仲買人だった父は日向、唐津、対馬と九州を点々とした。僕が13歳の時に母が亡くなり、再婚した父は対馬で新しい家庭を営んだ。
日本農業新聞の記者だった窪田氏は2012年フリーに転身。月収は4万円まで落ち込み、「梅干しご飯をひたすら食べていた」とノンフィクション作家となった今、昔を振り返るのである。月収4万円となれば、仮に家賃1万5千円のボロアパートとしても1日千円足らずで暮らさねばならない。苦しい日々だったろう。それでもやりたい仕事に向かって突き進んだ。敬意とともに、我ら学ぶべきことは多いかと思う。
昨夏、赤と黄色の花を続々と咲かせた睡蓮。今は凍結した池でじっとしている。寒いだろう。きっと春を待ち望んでいることだろう。
豊かなのか、貧しいのか
僕自身の経済的苦境は脱サラ後の数年だった。農産物はまだ十分でなく、買い手もすぐに見つからない。ランチ時には仕出し弁当屋の配達、畑仕事を終えた夜は地域の中学生相手の英語塾。自分でもよくやったと感心しつつ30数年前を思い出す。自営業ゆえ、厚生年金から国民年金に移る。その掛け金が払えないこともあった。子どもふたりは高校大学に進む時期でまとまった金も必要だった。
そして現在、我が収入は年金と畑がほぼ半々、月額24万円ほど。窪田氏の4万円から見ると“高給取り”だ。ただし、最近テレビが日本の労働者の月額平均は30万5千円、ユニクロの初任給は30万円になったと伝えていた。それにはだいぶ劣るな。しかも、週休ゼロで月の労働270時間。時給にしたら幾らか。
新卒ユニクロ社員にも負け。だが、貧窮という感覚はなし。
なぜか。
家賃がいらない。太陽光発電をやっているので月の電気代は千円以内。医者にかかることなく医療費ゼロ。着る物はあちこちからお古が送られてくるゆえ、衣料費もゼロ。食べ物も市価で月額5万円ほどは自給しているだろう。
まだある。
築40年超のボロ家のメンテナンスは全部自分でやる。昔は人並みにやっていた外食・旅行もなし。田舎暮らしの良さ、それは、食欲やエンタテイメントを外に求める必要がないことか。
中を立って歩けるのがハウス、そうでないのがトンネルだということをアナタはご存じか。このトンネルにはチンゲンサイとカブがまいてある。
厳冬期の挑戦と太陽光発電への情熱
夢を追う農家の日常
正月10日から大寒に至るまで、暦通りに最もキビシイ天候が続いた。気温が低い、強烈な北風が吹く。荷造りなどの作業効率が悪いだけでなく、風にあおられたビニールのハウスやトンネルの補修にも走り回る。
チキショー風のヤツめ……。
いくらか舌打ちもするが、心の中では明るい希望の光の方が上回る。
ものみな凍る、土まで凍る1月、ハウスやトンネルを仕立てて露地より2か月早く様々な野菜を収穫しようとする。なかなかの苦労だが、チャレンジングでもある。全力を尽くす、オレは生きている、そんな実感がしびれて動きの悪い手先を通して得られる。
寒風の中で作業に励んでいるところに呼び声。佐川急便の馴染みのドライバーが注文してあったハウス用のビニールを配達してくれたのだ。7×20メートルで16500円。昨年12月から通算8万円ほどをビニール代に費やしたことになる。我が月収に比すれば小さな額じゃない。でも、先に書いたように、「夢と希望」のための必要経費、別な言葉にするなら投資。
最近、投資という言葉を新聞などで頻繁に目にする。銀行に預金しても増えない。よって投資ということか。10代~40代の若い投資家が目を向けるのは海外株だと新聞が伝えていた。
イチゴのハウスである。クリスマスケーキを飾るイチゴは30℃に保たれたハウスで栽培されるが、重油も電気も使わず2月の収穫をめざす。
小さな投資、大きな夢
僕は投資に回せるような持ち金はない。パソコンも算数も苦手であるゆえ、オンライン経由で世間の投資熱について行こうという気持ちにもならない。ただし、上に書いたように、ちっこいけれど、未来への「夢と希望」のための投資はやる。
間もなく、夏野菜の苗づくりに取り掛かる。部屋の中で、電気カーペットの熱で発芽させるナス、ピーマン、トマト、カボチャなど。それが畑に定植可能となるのは2月半ば。それまでに今日配達されたビニールを設置する。曲がったりジョイントが外れたりしているハウスの骨組み修復には時間がかかる。仕上がりは1月末か。仕上がったビニールハウスの中にはビニールトンネルも設置。ハウスのビニール1枚では小さな苗は寒さを乗り切れない。ハウス+トンネルとすることで地温を上げられる。
医療費も衣料費もかからず、外食も旅行もしないとなれば、「ナカムラさん、お金が余るんじゃないですか?」とジョークまじりにそう言う人もいるかもしれない。
いや、余りません。
そのワケは。まず食費にけっこうかかる。農村地帯のスーパーは魚が驚くほど高い。肉も高い。いくら自給生活でも野菜と果物だけじゃ体力がもたない。高いと承知しつつスーパーでは月に5万円くらい買い物する(このうち1万5千円はニワトリたちが飲む牛乳代)。
それとバン代もかなり。僕は珈琲とパンがメシより好き。コメと麺類はほとんど食べず1日2食がパン。月に2万円くらいうまいパンを取り寄せる。朝食はご飯でなくパン。それを称して「ごパン」との言葉が以前あった。ならば朝食夕食がパンという僕は「ごパンパン」となるかな。
安かった理由はおそらく30キロ近い重さのせい。最近は女性でも運べますとのうたい文句で同性能で14キロも軽い製品が出ている。
衝動買いの誘惑
お金が余らないワケの極めつけは衝動買いである。この上の写真、シクラメンの後ろに見えるのは年頭に衝動買いした2000ワットのポータブル蓄電器8万9千円(これが部屋の床に電気カーペットを敷き、野菜の苗を作るのに活躍する)。僕はすでに同じものを持っている。2年前14万円。それがなんと、型式が古くなったかアマゾンの割引デーだったか大幅値引き。後で支払いに窮するクセに飛びついた。
衝動買いの多くは太陽光発電がらみの品が多い。先に書いたように、東電への支払いは月額千円ほどだが、これまでの投資は200万円超で、費用対効果で言えばまったく割に合わない。
しかし、いかなる天災が生じようとも我が家は電気で困ることがない。僕が太陽光発電に熱心なのは、そんな実利とともにホビーであり健康法ゆえだ。頭も手先も使うからボケ防止になる。かなり頻繁にメンテナンスするが、その手間が楽しい。小中学生の頃「子供の科学」という雑誌を愛読していた。その精神が今も引き継がれているのかも。
冬の寒さと春の芽生え
温州ミカンの枝が枯れ、台木であるユズとの混合の実がなるようになった。中は酸っぱい。皮は柔らかい。さらに寒気に長くさらしておくと柔らかくなる。
コーヒーブレイク
立春は近い。でも、寒さは続く。ランニングの後、寒風を跳ね返すため、僕は朝食でしっかりカロリーを摂取する。フォークのそばにあるのはミカンの皮をハチミツと合わせて煮たもの。今日、期待を上回る味に仕上がり、朝食の1品となった。明日あたりもう1品加わる。電気カーペットで育てているブロッコリースプラウトだ。朝食で口にするマグカップの熱い珈琲、貴重な安らぎの時。この後、畑で容赦ない北風が待ち受けているからよけいだ。
今アメリカにはCoffee Badgingという言葉があるらしい。コロナ禍で一般的となった在宅勤務、それが最近オフィス勤務に戻りつつある。しかし、通勤せず家で仕事する心地よさと作業効率に慣れた会社員は、コロナ当時の勤務形態に未練を残す。そこで、自分のバッジを会社の端末にかざして出社したこととし、職場の仲間と珈琲を飲む程度の短時間をともにし、すぐ帰宅する。これがCoffee Badging。
なるほど、そのココロはよくわかる。
今こうして珈琲を飲み終わった僕はすぐ“在宅勤務”にとりかかる。かつて往復3時間を通勤電車に揺られていた。そして現在、「職場」まで徒歩3分。田舎暮らしという名の在宅勤務である。
白菜もキャベツも2月には供給量が増えると専門家は予測する。ただし高値傾向は今のまま続くらしい。
高騰する野菜と僕の畑
白菜2倍、キャベツ3倍。お好み焼き店は泣いている。そう伝える新聞の記事があった。昨夏の高温で不作だったところに1月は寒波と豪雪。なんと、大玉のキャベツは千円するらしい。僕も夏の苗作りには苦戦した。それでもって、適期より2か月遅れて苗を作りビニールハウスで育てている。氷の張る寒さとなればハウスといえども内部は冷える。日暮れ、いっせいに防寒シートや布団・毛布を掛けてやる。大いなる手間。だが、すでに書いたように、キビシイ条件になんとか立ち向かう、ちっこい夢と希望のために。その工夫と格闘が面白い、
寒風の中、梅のつぼみがふくらみを増している。去年は天候不順で不作。実のために使わなかったエネルギーを今年に回し、もしかしたら、豊作になるかな。梅の木は12本ある。劇場で幕が上がる前に甘い音楽が流れる。梅の花は春を知らせるその音楽のようで僕は好きなのだ。
田舎暮らしを短く表すとすれば……。
「工夫と苦労と多忙で時を忘れられる」そういったところか。
9時間の労働でなすべき項目が15くらい。強風の日はさらに増える。荷造り1箱の手取りは3時間を要して3000円。商品12万、自家用5万、合計17万円を月の労働270時間で割ると時給は600円ちょっとか。はたき込みでユニクロには負け。ナカムラさんの生活は土俵際で日々あえぐ“ユニ苦労”ですねえ。そう笑う人もいるかもネ。
でも不満がない。
田舎暮らしにはゼニカネで換算できない余禄が大きいのだ。世の中には風呂が好きじゃない、入るのは2日か3日に1回という人もいるらしい。僕は毎日入る。寒さが厳しい今は45度の風呂。フルパワーで働いた後,全身を覆った汚れをタワシでこすり落とし、下唇まで湯に浸る姿勢で頭にめぐらす。今日なした作業と明日の予定を。田舎暮らしの味わいはこの瞬間、45度の湯気とともにゆっくり立ち昇る。熱い風呂から上がって飲むグラス1杯のワインとパンが心地よい。深く眠れるところもいい。
強風から守るためにはビニールの裾に高く土を盛るのが一番だ。とは言え、四方の合計は30メートル。重労働である。
田舎暮らしが教えてくれた健康の秘訣
時あたかもインフルエンザが猛威とメディアが伝えている。幸い風邪ひとつ引かない。コロナにも罹らなかった。感染症への力強いワクチンとは何だろう。手前味噌で言う。たぶん無邪気、心が風景に溶け込み、日々の激しい労働がイヤでも体力を増し、免疫力が高まる、すなわち「田舎暮らし」ではあるまいかと。
健康であるとは、医療費かかからないとかのゼニカネ問題でなく、昨日と同じことが今日もできるという喜びだ。昨日と今日が変わらない……。平凡なようで大事なこと。変化のない日常に不満を漏らす人もいるが、本当は大事なこと。世にストレスの種は多い。でも、「今日は昨日の続き、明日もたぶんその続き」、時間の一体感、体と気持ちの不変感、それが抗ストレス薬の役目を果たす。おカネにチョッピリ縁遠い。
されどヘルシー。
45年、田舎で暮らした男が自信を持ってアナタに「推す」、それが田舎暮らしである。