特別支援学校の息子、高2で不登校に。「体調不良アピール」で病院受診も原因不明…学校からの提案は【読者体験談】
監修:鈴木直光
筑波こどものこころクリニック院長
特別支援学校で不登校になった息子
特別支援学校高等部3年生の息子は、アンジェルマン症候群という指定難病です。アンジェルマン症候群は重度の発達の遅れや知的発達症(知的障害)、動きがぎこちないなどの症状がある先天性の疾患です。息子は発語はありませんが、人が好きでニコニコと笑顔を振りまき、電車やバスといった乗り物が大好きです。
そんな息子は2年生の11月から、特別支援学校で不登校になりました。
11月のある朝のことです。息子が「以前骨折した腕が痛い」というアピールをしました。腕は完治しているはずなのですが、ちょうど寒くなってきた時期だったため、(寒さで古傷が痛むのかな?)と思い、私は病院へ連れて行きました。診てもらったところ特に腕に問題はなく、学校へは遅刻して行ったのですが、それから毎日のように病院へ行くというサイン、アピールが始まりました。
不登校のきっかけは?体調不良アピールは続き……
そして毎朝のように「病院へ行く」というサインは続きました。「学校へ行くよ」と言っても家から出てくれないので、その頃から私は「病院へ行って、その帰りに学校行くよ」と声がけをして息子を家から連れ出すようになりました。
やがてはじめは腕だった痛みのサインも、鼻やら耳やら喉を指差すように変化。でも、いくら痛いアピールがあっても、病院へ毎日は行けません。すぐ近所の耳鼻科はほぼ行きつくすぐらいになってしまい、受付で事情を説明して何とか診てもらっていました。幸い病院のほうも「何かあるのかもしれないね~。先生に診察してもらうことで納得できるなら!」と言ってもらえたのでよかったです。
そして病院へ行ったあとに学校へ連れていくも、だんだんと車から降りられなくなった息子。学校へは完全に行けなくなってしまったので、放課後等デイサービスに連れて行くようになりました。ですが、12月中旬になると放デイに送って行っても車から降りられず……。とうとう外へも出られない状態になりました。
なぜ急に学校へ行きたがらなくなったのか……。あとから思ったことは、体調不良アピールが始まる1週間前にあった宿泊学習のこと。そこでなにか嫌な思いをしたのかも?ということが頭によぎりました。ただ学校に聞いても特に何かあったわけでないそうです。きっかけが分からないまま、息子の不登校は続きました。
配布物、提出物のために学校へ通う日々
いつか学校へ行ける日がくるはずと思った私は、学校へ配布物を取りに行ったり、提出物を持っていったりしていました。基本は私一人でやっていたのですが、病院に行った日などは息子も連れていくようにしました。
二人で行く時は大体下校時間ぐらいに行くようにしました。下校中のお友だちがいると息子に声かけしてくれるので、そのほうが息子も動けるような気がしていたのです。ですが、息子はお友だちには笑顔で反応するのですが、車を降りることはできませんでした。下校が落ち着いて人がいなくなったあと、「書類を取りに行く、取ってきたら帰るよ」と声をかけると降りることもありましたが、それは稀。先生たちが付き合ってくださる時間も限られているので、先生が昇降口に置いてくれた書類を私が息子を誘導する形で取りに行き、車へ戻りました。
また息子の不登校は私たち夫婦の仕事にも当然影響しました。私は上司と相談して在宅勤務に切り替えました。どうしても出社しないといけない時は、夫に半休を取ってもらいなんとか乗り切る日々でした。
バスが好きな息子なら行けるかも?校外学習に参加
そして年が明けて2月、校外学習がありました。バスに乗って出かけ電車で帰ってくる行事です。先生が「息子さんはバスと電車が好きだから、参加しませんか?」と声をかけてくれました。
当日、私は出発時間ピッタリに登校させ、教室へ行かなくても息子がそのままバスに乗れるようにしました。無事バスに乗っていってくれた時は「よかった……!」とほっとしました。校外学習では、昼食(ファミレス)も、トイレもできて楽しんでいたそうです。
これがきっかけで、2月中旬から3月初旬は学校に通うことができました。ですが、中旬からまた家から出られなくなり、毎日病院のサイン……。「病院に行ってから学校に行くよ!」の声かけで家から出れましたが、学校に行くと車から降りられずという状態が続きました。
そのまま4月は不登校。でも校外学習の時うまくいった経験があったので、5月の修学旅行も行ければ良いなと思った私。修学旅行の事前学習のある日は登校するようにチャレンジしましたが、結局学校には行けませんでした。そこで、先生にお願いして修学旅行の資料をもらい、家で事前学習をすることにしました。宿泊するホテル、行き先、食事場所などの動画をタブレットで見せ、「ここに行くんだよ!楽しそうだね」と声かけをしました。
新幹線に乗り、2泊3日の修学旅行へ。母も影から見守り……
修学旅行先は大阪、2泊3日です。幸い、ホテルも行き先も以前いったことのある場所で、新幹線も乗り慣れていたことが功を奏し、修学旅行にはなんとか参加することができました。
帯同こそしませんでしたが、実は私も大阪へ行きました。何かあった時にすぐに駆け付けられるようにと思ってのことです。ほかの保護者の方が帯同していたので、息子の様子を撮った写真や動画を送ってくれていたのですが、それを見ると楽しんでいる様子でほっとしました。
あとから先生に聞いたところ、睡眠時間はいつもの半分ぐらいだったようで、最終日の昼食はほぼ食べられませんでしたが、ほかは普通に食べられた様子。かなりの疲労はあったようですが、「参加することに意味がある!」と。お友だちと一緒に行動できて、少しでも楽しい気持ちになれたのではと思いました。
最終日、見つからないないように尾行(?)して様子をみましたが、先生が息子にマンツーマンで付いている感じはなく、エスカレーターに一人で乗っているところを見た時はびっくりしました。息子は疾患のため姿勢を保つことが難しく、倒れてしまうことがあるのですが、体勢を崩した時にすぐに対処できる様子ではないことに驚いたのです。先生たちは、「息子は割と何でもできる」と判断しているところがあって、学校生活でもこのような状況があったのでは?と、感じました。特に大きな問題を起こさず、比較的穏やかに過ごせている息子。ただ手をかけなくても、安全のためにも目はかけてもらいたい……。もしかしたら本人は孤独を感じていたのかもしれないと想像しました。
学校からの提案で、学校へ通えるように
この修学旅行のあと、学校から「息子さんが車から降りられない時は、私たちが降ろして連れて行ってもいいでしょうか」と提案いただき、そのように対応していただくことにしました。これで、息子は登校できるようになりました。
先生からの提案で始まったことですが、車から連れていく際パニックになることはあっても教室では落ち着いているようで、先生も私もびっくりしてます。車を降りられた時、周りが拍手喝采してくれるのですが、その時の息子はすごくいい笑顔!周りから関心を持ってもらえていると実感することが、いい方向に働いているのかもしれません。
現在、木曜~週末は自ら降りることもあるのですが、月曜日や長期休み明けは先生に連れていってもらっているようです。
息子が学校に行ってくれることで、私も以前のように仕事ができるようになり、とてもありがたいです。ただ今後、卒業後にこのようなことがあったら……と思うと不安です。生活介護の事業所では、ここまでの対応は難しいと思うからです。
特別支援学校の卒業が迫ってきました。残りの学校生活を楽しく過ごせることが願いです。
イラスト/keiko
エピソード参考/こうちゃんママ
(監修:鈴木先生より)
「少しでもできたら褒めること」が大切です。アンジェルマン症候群は重度の知的発達症を伴います。何ができないかよりも何ができたかに注目することが重要です。注目されることを好むお子さんも多いので、今回のようにバスから降りた時に拍手喝采があれば喜びます。定型発達の子どもが普通にできることでもアンジェルマンの子はそれを行うために努力をしているからです。
修学旅行の睡眠時間が半分だったことからも、息子さんにはアンジェルマン症候群に多い睡眠障害が併存しているものと思われます。6歳から15歳までであればメラトニンの補充療法などで入眠を早めることも可能なので、一度主治医に相談をしてみましょう。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
知的発達症
知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。