長野県辰野町「トビチ商店街」という発想。空き家活用が進む辰野町のまちの変化をみてきた
辰野駅は乗換駅として栄え、今は移住先として人気
長野県辰野町は南アルプスと中央アルプスの間に広がる伊那谷の最北端に位置する町。
日本列島のど真ん中あたりと言うほうが分かりやすいかもしれない。辰野駅は古くから県央の交通の要衝として知られ、JR東日本とJR東海の境界駅のひとつ。乗入れているのは中央線のうち、東京駅から長野県塩尻駅までの中央東線の支線・辰野支線(JR東日本)、辰野駅から愛知県豊橋市の豊橋駅を結ぶ飯田線(JR東海)の2路線。
駅は1906(明治39)年に中央線開通と同時に開業。その後、私鉄である伊那電気軌道が開業、伊那電気軌道はその後、他の私鉄3社とともに1943(昭和18)年に国有化されて飯田線となった。
以降、東京から長野方面、長野から愛知方面への分岐点、乗換駅として栄えたが、1983(昭和58)年に中央線に辰野駅を経由しないショートカットルートとしてして岡谷駅~塩尻駅間の塩嶺トンネルが開通。辰野駅は中央本線のメインルートから外れてしまい、現在は中央線の優等列車が通らない駅となっている。
その結果、1985(昭和60)年の2万3935人をピークに人口は緩やかに減少し続けており、2025年9月1日現在では1万7806人。高齢化率は2023年10月1日現在で38.7%。町民の3人に一人が65歳以上の高齢者となっている。
数字だけで見るとかなり寂しい印象を受けるのだが、新宿からなら約2時間半。それほど遠くない場所でもあり、かつ辰野町にさまざまな動きがあることから近年移住者も多く集まっている。宝島社の田舎暮らしの本の2021年に住みたい田舎ランキング(町の部総合)でも全国3位に選ばれるなど評価は高い。
また、2025年の全国シェアリングシティ大賞では「空き家・空き物件の幸をシェアし、『トビチ商店街』という新たな価値観を起点に、自分たちで自分たちの町をつくる。誰もが作り手になれる町!」でLIFULL HOME'S PRESSのメディアパートナー賞を受賞している。
10年後・2029年のまちの姿を1日だけ実現
ここで面白いのは「トビチ商店街」という価値観。
商店街と聞くと通り沿いに店が連なっている状況をイメージするのが一般的だろう。それを活性化するといえば店の多くが開いている風景が想起される。歴史のある、かつて賑わった商店街を訪れると肩が触れ合うほどの人出、モノが飛ぶように売れた時代を懐かしむ声を聞くが、そうした風景を思い浮かべる人もいるかもしれない。だが、そうした状況を再現させるのはかなり難しい。
それにそもそもモノを買うという機能に限っていえばその多くは郊外のショッピングモールなどに移っており、商店街を買い物だけの場として考えるには無理がある。だったら商店街という言葉の意味や考え方を再考、拡張したらどうだろうというのがトビチ商店街のべースとなる考え方だ。
商店街は買い物以外にも地域の人が行きかうコミュニティの場であり、働く場であり、誰かにとってのサードプレイスのひとつであったりなどとさまざまな要素がある。買うだけの場ではない。だとしたらすべてのシャッターを同時に開けさせる必要はない。逆にシャッターは閉まっていてもいいのではないかというのがトビチ商店街の発想だ。
同様に必ずしもすぐ隣、歩いていける場所でなくても自転車で行ける範囲でも良いのではないかとも。生活圏のあちこちに飛び飛びに商店があり、立ち寄れる場や顔見知りがいて、いろんな人が歩いている。そんなトビチ商店街の10年後の1日を未来から借りてくるというコンセプトで2019年12月7日に1回限りということで開催されたのがトビチmarketである。
「その当時から10年後、つまり、2029年の姿をみんなで共有しようというイベントでした。言葉だけではなかなか伝わらないまちの未来像を共有する、ある種のプレゼンテーションとして企画。トビチですから、1ケ所の公園や広場に店を並べるのではなく、商店街の空き店舗に1店ずつ交渉、開けてもらって開催することにしました」とトビチ商店街の取組みの事務局を務める一般社団法人○(まる)と編集社の理事である山下実沙さん。同プロジェクトは社団法人としての最初の事業でもあった。
一度借りられた店は次も貸してもらいやすい。一日のイベントをきっかけに開業が続く
12月の開催に向けての準備は大変だった。
使わせてもらう空き店舗を借りるための交渉の後は店舗内のゴミや残置物を撤去。埃だらけになりながら何度も4トントラックで排出する作業が続いたが、片付けているうちに話を聞きつけて地元の人達が手伝ってくれるようになった。
辰野町では2018年に○と編集社が立ち上がる数年前から空き家バンクの成約物件をDIYでリノベーション、ショールーム化するプロジェクトが進められており、そこでは移住者と地域住民が協力しあって家の改修が行われてきた。その積み重ねがトビチmarketの準備でも生きたのだろう。外から来た人も含めて誰か一部の人が頑張るのではなく、地域の人も参加したイベントになったのである。
「イベント出店は2日ないと収益的に厳しいと言われますが、トビチmarketはたった1日だけ。それでもなんとか来てもらいたいと実際に店舗を構えている事業者さんに自分たちでアプローチ。遠くは広島からも来ていただきました。
県の助成金が80万円、それ以外にクラウドファンディングで100万円集めましたが、予算も少なく、それもプレッシャーでした。でも、開催にあたり、視察で那須のSHOZOストリートを訪れ、そこで歩くのが楽しいまちの魅力を実感。そういうまちを10年後の辰野町として披露したいと強く思いました」
その結果、当日は空き店舗12軒、既存店舗5軒、空き地4カ所の合計21会場に県内外からの54軒の店舗が並んだ。約800mの商店街に4000人が集まり、元々住んでいた人たちからは懐かしいねという言葉が、過去を知らない人たちからは新しいねという言葉が出たという。10年後の姿はどの世代にとっても楽しいものであったことは間違いない。
「一度貸した店舗は貸すハードルが下がり、貸してもらいやすくなります。店舗だけでなく、このイベントを機に移住したデザイナーなどもおり、町にとっては良いきっかけとなりました。その後、空き家から出てきた材などを利用したトビチ美術館というイベントを毎年開催するようになりましたが、マーケットは1回だけ。これから残り4年間、あの時の風景を実現できるように少しずつ楽しくなるまちを多くの人と一緒にもっと楽しんでいきます」
7年間で18の建物が開き、さまざまな事業がスタートした
マーケット以降、町の空き家は開き続けている。2017年から2024年までに32事業者によって18の建物がオープンしたといううちのごく一部をご紹介しよう。
下辰野商店街に2021年3月にオープンしたEquinox STOREは元薬局だったという広い店舗をアパレルショップ、コーヒースタンド、美容雑貨などの事業者でシェアしている。コーナーごとにどの店なのかは分かるようになってはいるが、特に仕切りがあるわけではなく、コーヒースタンドの前にはちょっと座れるスペースも。
3人の店主は松本など近隣で事業をしており、辰野町に出店するようになったきっかけはリノベーションされた商店街沿いの空き家でポップアップストアを始めたことから。ポップアップを出してみると思った以上にこの地を目指して来る人が多く、出会いもあってそれが出店に繋がったという。まず、お試しで出せる場があることが外から事業者を誘致するためには必要なのかもしれない。
町内には他にも元バスターミナル兼洗車場を利用したダンススタジオの開業を契機に同じ建物内に古着店、ピザ店が開業した例もあった。いずれもひとつの建物を複数の事業者で使うことで回遊性や賑わいを生み、場合によってはコストを抑えることもあると考えると、非常に賢明。シェアはこれからの空き家活用には大きな手段と感じた。
東京の有楽町から始まった日替わり店長が営むソーシャルバーPORTOの辰野店があったのも目を惹いた。ここに首都圏、近隣などから複数の1日店長、ゲスト店長がきて、毎週土曜日だけ店が開く。
地元の人の居場所として、地域のプレイヤーが知り合う、人の繋がりを作る、やりたいことのある人の背を押す場としてバーという空間は役に立つはず。しかも、店長として店に立つ人達はある意味、人を繋げることに長けた人達でもあり、地域にとっては面白い刺激になりそうである。
「空き家は資源、可能性」と捉えるポジティブさが変化を生む
それ以外にもドーナツ屋さん兼まちの案内所があったり、ミュージックカフェバーやシューティングバーなど空き家はさまざまなに使われていた。やりたいことのある人が好きなことをやっている、そんな印象である。
個人的には少し前までアイスキャンディー屋さんを経て甘酒屋さんだったという建物に惹かれた。近くにはかつて私鉄だった頃の伊那電気軌道の駅があったそうで、おそらくはカフェなどに使われていたのであろう、色っぽい雰囲気の建物だった。
ちなみに現在はポップアップの場として使われているそうで、なんと1時間500円で借りられるのだそう。辰野町の賃料、不動産価格は首都圏に比べると大変にお手頃で、それも移住者、何かやりたい人にはうれしいポイント。資料として頂いたパンフレットを見ると数万円の賃料で店ができた事例などもあった。
最後にこうして空き家が開いている背景に不動産、まちづくりについて体感するスクール、STOCK SCHOOLが開かれていることにも触れておこう。○と編集社を立ち上げた赤羽孝太さんは地元出身の元々は建築家で、現在はホテルやシェアオフィスなどの経営からさまざまなイベントの企画、不動産までまちに関するあらゆることに関わっている。
そのひとつとして空き家の使い方を実際の活用事例に則して学ぶスクールを開催しており、そこではまちづくりという観点でどう不動産と付き合うかが学べるようになっている。過去のスクールでの学びをまとめたパンフレットを見ると空き家を動かすために必要な不動産知識が網羅されており、そこにまちを見る目も。不動産事業者になるためではなく、不動産の知識をもってまちや空き家に対することできる人材を育てようというのである。
しかも、空き家を課題ではなく、資源として考え、空き家があるから地域には可能性があると捉えており、その姿勢と知識が辰野町の空き家を動かしている。商店街のあり方を飛び飛びで良いとしたように、空き家は資源、可能性と見方を変えることで辰野町はまちを変えつつあるというわけだ。まちに関わりたい、空き家を動かしたいと思う人なら辰野町で学んでみるのは手かもしれない。
■取材協力
トビチ商店街
https://tobichi.jp/