舞台『羽州の狐』、安西慎太郎、松田岳、木ノ本嶺浩、平野良による新感覚の“スピンオフ”とは
舞台『羽州の狐』は、2024年3月に上演された“「敗者の歴史」を辿る研究員5人が歴史研究学会にて対象武将を発表する”という設定で5つのエピソードを取り上げた歴史オムニバス『時をかけ・る~LOSER~』の番外編、いわゆるスピンオフ作品である。ベースはその中の1作、2.5次元テイストで直江兼続を描いた『ラブミュ★北の関ケ原』で、元々は可愛らしいモブキャラクターだった最上義光(通称シャケ様)が主人公。明るく飄々とした風情で『ラブミュ★北の関ケ原』のストーリーを彩ってくれた彼が今度は堂々真ん中に立ち、一転、「ダークファンタジー」の世界に観客をいざなっていく。
本日は安西慎太郎、松田岳、木ノ本嶺浩、平野良と、『時る』から続投となるメンバーが再会、新たな挑戦に向けて意気込みを語り合った。
──はじめにスピンオフ公演実現についてのお気持ちをお聞かせください。安西さんは主人公・最上義光役です。
安西 今回(『時る』メンバーの)前川優希くんと内藤大希くんは欠席なのですが、早くも次の公演決定にまず、びっくりしましたね。『時る』上演時には、派生していろんな作品ができたらいいな、シリーズでやったら楽しいだろうなとは思っていたものの、まさか最上が選出されるとは! 言ってしまえばすごいモブでしたし。結構コミカルなキャラだったんですけど、でも今回は全然違う感じで描かれるということなんですよね。それはもちろん光栄かつすごい嬉しい。ただね、最上の何が良かったのか、自分ではあんまりわかってない(笑)。
──キャラの愛嬌がお客様の心に刺さっていたんでしょう。
安西 ハハハッ(笑)。
松田 僕もあのシリーズにもう一度参加したいなと思っていたので、今回の新作はほんとに嬉しかったです。でも同じく、まさかこんなに早いとは思わなかった。けれど、また同じ伊達政宗と大谷吉継を演じられる。新たに役を掘っていけるのも非常に楽しみですね。ただ『時る』はすごく弾けた作風だったから、そこから一気にダークファンタジーというのは……「ちょっと温度差で風邪ひいちゃうんじゃないか?」って感じ。シャケ様のイメージがバグっています。
木ノ本 僕は今回伊達成実と上杉景勝を演じるんですけど、まずは……よくみんなの予定が合ったなって(笑)。こうして同じメンバーで揃って上演できることがとても嬉しいですし、内容も4人だけの会話劇とお聞きしたので、それはもう出ないわけにはいかんぞ、ぜひやりたいって、今からワクワクしています。あの時代の人たちに起こる出来事って凄まじいのでどこまでピックアップして描けるのかも楽しみですし、この4人ならではの面白さを出せたらいいなと思っております。
──平野さんは前回に続いて演出を担当、さらに、中野義時と黒田官兵衛を演じます。
平野 僕もこのメンバーで集まれるってのがやっぱり嬉しいです。本当はね、第1弾の時点で「みんなすっげえ頑張ってくれたのに公演数がこの回数だけじゃもったいねえよなぁ」って感じてたんですよ。再演できれば……とも思っていたので、こうして別の形ではあれ作品が受け継がれていくのはすごい嬉しいです。僕も「なんで最上を掘り下げるんだ?」っていうのは最初思いましたけど(笑)、彼もまぁなかなかに壮絶な人生なんですよね。題材としての面白さを再確認しているところです。芝居としてはメインはこの3人で、自分は何となくそこをうまく中和できたらな、スパイスになれたらなっていうポジションになるんじゃないかと。
──みなさんにはぜひ“演出家・平野良”の印象もお聞きしたいです。
安西 基本、何かを強く要求するとかっていうことはなく、まずは役者やスタッフの方々がそれぞれのお芝居や業務に集中できるような環境作り、良い現場の空気を作ってくださるなっていうのをすごく感じています。僕もそれですごく集中できていましたし、あと役者であれスタッフであれ、一人一人に対して、その人にちゃんと伝わるような接し方をして、相手によって言葉を選んで伝えてくださったりするんで、すごいなって思います。それは多分僕は一生できないと思うので、「良くん、すごいな」って。
松田 良さんは俳優としても素敵なんですけど、演出家としてもとっても素敵。今も出ましたけど、「この人にはこの言葉が刺さる」っていう相手への伝え方が本当に的確で、「全部をここまで俯瞰して見えてるんだ」と思わされましたし、『時る』のときももうず〜っと楽しいんですよ、現場が。きっとそれは良さん自身が自分が一番楽しく過ごせる形を自分で作っているからこそであって、そこで我々も一緒に楽しんでできるっていう場なんだなあと。
平野 楽しい。業務のしんどさは別としてね(笑)。
松田 (笑)。あの……演出家さんって、結構「難しいことを難しいまま」伝えたりとする方いらっしゃるじゃないですか。
平野 うん。伝えたいことを最後まで抽象的な表現で言ったまま終わっちゃう、とかね。
松田 良さんは、そういう難しいことを相手にちゃんと伝わるように噛み砕いてくれるんですけど、それって実は結構大変なことだと思うんです。
木ノ本 前回、そういう部分で岳と良さんが結構話し合いをしているイメージがあったな。「伊達政宗、これ、こうだよね」「そうですよね」みたいなこと。
平野 そうだったかも。
松田 そこでやっぱこちらと共通認識をしっかり持ってくださるっていうのはすごい嬉しくて、良さんは万能の変換機みたいな感じ。Type-C?? なんでも充電できちゃうよって。
安西 あー、たぶん海外の見たことないコンセントもいける、みたいなね。
木ノ本・平野 (笑)
松田 演出家としてのSNSの使い方もすごい。稽古後にみんなで集まって写真撮ろうぜってときにも、「今日のテーマは…」みたいなことを率先してやってくださる。
平野 普段役者の時はやんないもんね。
木ノ本 そう、あれね、良くんの彼女になった気持ちになるんだよね。「俺の女たち可愛いだろ」みたいに扱ってくれるから。
安西 わかる。なんかちょっときゅんとしちゃうみたいなね。“みんなで恋人感”がある。
平野 なんだよそれ〜(笑)。
安西・松田・木ノ本 (笑)。
──ではそんな大切な存在たちを今回もしっかり演出で輝かせていく、と。
平野 そうですね。僕はもともと演出家からスタートしたわけでも学校などでずっと学んできているわけでもないので、厳密に言えば演出の方法とかわからないから、誰かを育てる、ということはできない。だからこうやってもう地盤があってすでに十分素敵なものを持ってるみんなを、僕の中でもっと光の当て方を変えることで「こんな輝きもあるんじゃないか」っていうのを考えてるだけなので……あんまり「演出」っていう感じでもないんですけどね。ただ、特に前回のオムニバスみたいな作品だったら普段オーダーされないような部分、でもやってもらえたらすごくいいよねっていういつものお芝居とはちょっと逸脱したところも気張らずにできるので、そこは勇気を持っていつもとは別のところから光当ててあげたいな、と。心がけていることがあるとしたら、そうやって何度も共演していてプライベートな交流もある自分が知っているそれぞれの素敵なところを、なるべく多く見せたいなっていうぐらいです。
木ノ本 前回、なんか乗り越えた感はすごいありますね。タイプの違う5本の物語をみんなで集中して2週間で作り上げて。
松田 われわれが高校球児だとすると、一回春の甲子園経験してるみたいなことですよ。すでに「次の夏はもっと強いよ〜」みたいな気持ちには、なれてる。
安西 ちゃんと選抜を勝ち抜いてまたここに来たぞ、と。
松田 そうです。ちゃんと最後の夏なんです。最後じゃないですけど。
木ノ本 僕は今回まず自分が楽しんでできたらっていうのもあって、やっぱり良さんと久々にセリフを交わすことになるのも嬉しいんですよ。まぁ全編何が起きても楽しいんだろうな。これ、あんまりよくないんですけど、自分は本番でアクシデントとか起きるとちょっとテンションが上がってしまう。「どうする? これをどう越えるんだ?」っていうのが堪らないんです(笑)。この4人だったらそんなのだって何でも乗り越えられそうな気はしてますね。
──作風もガラッと変わりますからね。
安西 いや、そうなんですよねぇ…なんか自分が主役をやる作品はいつも暗いなぁっていうのがあって……普段は本当に陽キャでやらせていただいてますけど。
木ノ本 どこがやねん。
松田・平野 (笑)
安西 でもやっぱり今回があるのは、『時る』の第1弾があってのことなので、そういうことはちゃんと意識してというか。今回もしっかりみなさまに愛してもらって、また次の何かに繋がるようなふうにしたいと思いますし、今回もシャケの歌を歌いたいというか、あのメロディーだけでも聴きたいなぁ。
──そこに救いがあるかもですね。
松田 ダークファンタジーって聞くと、弟がゲーム好きなんですけどめっちゃ難しいゲームとされてるジャンルがダークファンタジーなんだよなぁっていうのをどうしても連想してしまうんですよね。自分の中では何百回も死ななければクリアできない難易度高め、というイメージ。なので今作も難易度高めで僕も何百回も死ぬつもりで挑み、乗り越えて、乗り越えて、その先に待っている達成感を味わえるような公演になれたらいいかな、というふうに思ってます。
平野 脚本の赤澤ムックさんがまずこの役者陣を愛してくださっていて、この3人のこれが見たい、あれが見たいをたぶんめちゃくちゃ詰め込んでくるし、僕的にはそのバトンをちゃんと受け取って、より立体的にお客さんに伝わるよう3次元に起こすだけかなって。ムックさんの脚本の意図がわかると、音とか照明とかもおのずとわかってくるというか……こういうふうに作りたいんだったらこういう色だな、こういう音なんだろうなっていうくらいまでムックさんはすごい伝わる書き方をしてくださるので、ただただそれをしっかり形にしていきたいですよね。
──歴史をテーマにしたシリーズの分岐、深化、新たな提示。
平野 前回はすごいコミカルな最上に実はこんな裏があった。飲み会で「ウザ」って思ってたやつがすっごい寂しくひとりで帰ってるの見たら、泣けるじゃないですか。「あいつ、超盛り上げてうぜえと思ってたけど、あれ、頑張ってたんだ」みたいな。なんか今回はそういうのをすごい感じていて。「哀愁」だったり「人ってみんなそうだよな」ってね。とはいえ暗さ一辺倒だと僕もちょっとあーってなっちゃうから、どっかで息抜きももちろん入れつつも、見やすいものをなるべく作りたいなと思ってますので、そのあたりも注目していただけたらなと思います。今と比べれば不自由な時代の人間たちも今と変わらない気持ちで生きているっていうところを、特に大切にできれば、と。
木ノ本 絶対に観て損はないと言える大作になると思いますし、この4人でお芝居をするのに面白くならないはずがない! このあとのお稽古も楽しんでいきたいと思います。ひとつ見どころとしては「どこまで引き算をできるか」。やりすぎないで面白くしようっていうのをテーマに…僕、やりたくなっちゃうんですよね、なんか変なことを。変なことというか、もう、ソレを止められなくて(笑)。
平野 それはみんな持ってる。ここの3人は特に持ってる。
木ノ本 (笑)。僕たちの持ち味をいろんな形に昇華し、面白い演劇を作れればと思っております。楽しみにしててください。
松田 前回自分が最上と関わるシーンを今フラッシュバックのように猛烈に思い起こしてるんですけど、なんかぞっとしたのが「俺とシャケ様は難しい関係だから」って言うセリフ。あの時はサラッと言ってたけど、めちゃくちゃ重要なセリフじゃん、どういうこと!?って。あのときからもうムックさんの中で何かがあったのかもしれない。だから本作は2本で答え合わせなのかもしれませんね。最上のことをもっといろいろ知れる1作、満足いただけるような作品にできるようものすごく頑張りたいなというふうに思っております。
安西 繰り返しますがやはり『時をかけ・る~LOSER~』がすごくみなさんに愛していただけたからこその今回だと思ってるので、そこは本当にお客様に感謝ですし、やっぱりこのる・ひまさんならではの「if」もの、史実を忠実に描きながらも登場する人物や時代の可能性をすごく広げてくださるシリーズは大好きです。今回もムックさんが大いに広げてくださった面白い世界を書いてくださり、それを楽しめるキャストとスタッフが集まってると思うので、本当にぜひお客様には劇場にいらしていただきたいです。面白さはもう確信しておりますので。
──『時る』ではトレードマークともなっていた例の鮭、今作の最上義光は背負ってくれるでしょうか?
安西 宴会のシーンとかならね、ありそうですけどね。
平野 最後の最後に鮭背負ったら、「ドン、かっこいい!」みたいになるかも(笑)。ちょっと電飾とかも付けるからさ。
安西 じゃあ……ラストシーンだけは鮭プラス前回の衣装で。
松田・木ノ本・平野 (笑)。
取材・文=横澤由香