【西新宿小学校】校長が通知表・単元テスト・宿題を廃止した理由 子どもを序列化する「見えない線」をなくしたい
通知表、単元テスト、強制的な宿題を廃止した新宿区立西新宿小学校校長・長井満敏先生の連載記事第1回。公立小学校としてあまり例のない思い切った改革を行った理由、学校が抱える「学び」への課題、宿題に関する子どもたちの反応などについてうかがいます。
「算数」「国語」がない時間割! 教科横断型の「プロジェクト」で小学生が学ぶ意味を実感する理由子どもが主体的に学ぶことが重視される昨今。強制的な宿題を自主学習に切り替える学校が増えています。そんななか思い切った改革に乗り出したのが、東京都新宿区立西新宿小学校です。
2023年度から通知表、単元テスト(単元終了後に実施する業者テスト)、長期休みも含めた宿題を廃止しました。
改革推進の理由、現在の学校が直面する課題などについて、校長の長井満敏(ながいみつとし)先生に話をうかがいました。
きっかけは「子どもが楽しそうじゃない」
長井先生が改革を実行したのは2023年度。校長として西新宿小学校に着任してから、3年後のことでした。「赴任後に抱いた2つの問題意識がきっかけになった」と長井先生は当時を振り返ります。
問題意識の一つ目は、「教室にいる子どもが楽しそうじゃない」ということ。長井先生は、そう感じたエピソードを次のように話してくれました。
「学校には、授業中に教室から抜け出してしまう、友だちとのトラブルも多いなど、『課題のある』子どもがいます。そういう子にどう対応するか、管理職を含めた教員は常に話し合って方向性を検討しているのですが、ある日そのうちの一人が、放課後の学童保育でとても楽しそうに友だちと遊んでいる姿を目にしました。
私たちはそれまで、『その子自身に課題がある』と考えてきました。でも本人だけに要因があるなら、時間を問わず友だちと揉めたりケンカしたりするはずです。
それなのに、そんな雰囲気は微塵も感じられず、学校で見せるのとはまったく別の穏やかな顔をしていたのです。
この様子を目の当たりにして、課題は子どもではなくむしろ学校にあるのではないか、学校を変えるべきではないか、と考えるようになりました」(長井先生)
西新宿小学校の外観。 写真:川崎ちづる
問題と感じるもう一つの部分は、「先生」に関するものです。
「課題のある子」の中には、学年が変わると急速に状況が悪化する子、反対に落ち着いていく子たちがいました。「担任の存在が大きい」と考えた長井先生は、力のある教員を集めようと、これまでのネットワークを駆使して情報を集めたり、直接本人に依頼※したりと労力を傾けていました。
※東京都には教員の公募制度があり、教員自身が希望すれば異動できる。
「でもあるとき、何かが違うと感じました。
どんな教員も、一定の水準をクリアして教員免許を取得し、採用試験にも合格しています。にもかかわらず、いわゆる『指導力のある先生』にしか務まらないとすれば、職場としての学校に問題があるのではないか、と思ったんです。
私自身の“いい教員を集める”という行動が彼らを苦しめている。こんなことはやめて、先生たちが肩の力を抜き、自分の持ち味を発揮できる学校にしなくてはならないと、考え方を変えました」(長井先生)
子どもも先生も二分する「見えない線」
一見つながりのないこうした問題について、長井先生は、それらが「画一的な評価」という同じ原因から発しているように見えたそう。
「大人が子どもたちの中に、見えない線を引いているんです。
線の上にいるのは『いい子』『できる子』、下は『悪い子』『できない子』で、私も含めて、教員は無意識のうちにこの図式に子どもたちを当てはめています」(長井先生)
一方で、その中心にいる先生たちも、自分自身にこの基準を適用しています。
「先生たちはただでさえ多忙を極めているのに、クラスを上手に運営する『できる先生』でなければいけないと、自分を追い詰めているのです」(長井先生)
こうした延長線上に、子どもたちの問題行動や不登校、長期休職や辞職による教員不足といった社会問題がある。ならば、子どもや先生を二分する「見えない線」をなくしてしまえば、もっとみんながのびのびと過ごせるのではないか。長井先生はそう考え始めました。
「本当は先生たちも、子どものいいところを見たいと思っている。でも、『できること』が何より大事だという価値観で子どもも自分も縛ってしまうんです。そこから解放するためには、学校の評価制度を変える必要がありました」(長井先生)
通知表と単元テストを廃止 子どもの主体的な学びに
先生の業務という視点で見ると、通知表の作成や単元テストの採点のために、膨大な時間を割いているのが実情です。これをなくすことで負担軽減にもつながり、先生の実務が変わっていくのではないかとの期待もありました。
「通知表を廃止するためには、同時に単元テストもやめる必要がある。この2つはセットなのです。単元テストを継続していれば、結局、点数で序列がついてしまいます。それに、『学びの転換』という意味でも、単元テストが鍵を握っています」(長井先生)
実は長井先生は、クラス担任をしていたころから、単元テストにジレンマを感じていました。理科が専門だった長井先生は、子どもたちが興味を持てるようにと、実験などを取り入れて授業内容を工夫。
しかし、そこで学んだことと単元テストで測る「学力」は、必ずしも一致しません。子どもたちの成績(テストの点数)を上げるためには、「先生が教える授業」にならざるを得ない面があったといいます。
「通知表と単元テストの廃止は、子ども自らが学ぶ授業に変えていくためでもあります。
子どもたちは、『おもしろい』『知りたい』と思えば自然と主体的になります。そうした学びの楽しさを感じられるようになるには、大人からの評価や強制をやめる必要があるのです」(長井先生)
教員が一律に課す宿題を廃止したのも、同じ理由からです。
「宿題を強制することで、学習は『やりたくないもの』だと子どもたちに思わせてしまっているようなもの。繰り返しになりますが、本来子どもは興味があれば自分から学びますから、そうした学習意欲が戻る環境に変えることが重要だと考えました」(長井先生)
長井先生は、日々の宿題に加え、夏休みなど長期休暇中の宿題も廃止。子どもが自らその内容を決めて取り組む、「自主学習」に切り替えました。
「自主学習」 実際どうなの? 子どもたちの本音
「宿題がなければ学習習慣がつかない」「自主学習では誰もやらないのでは?」といった声も聞こえてきそうです。強制的な宿題から自主学習へとシフトして約2年。実際はどのような状況なのでしょうか。
取材中、子どもたち数人に話を聞くことができました。
「自主学習でどんなことをしているの?」と尋ねると、「社会で勉強した都道府県地図を書いている」「(自主学習用に用意してある)計算や漢字のプリントをやる」「『魚』が入っている漢字を調べてノートにまとめた(学校のポスターをヒントにした)」などの答えが返ってきました。
校舎内に掲示されている「自主学習メニュー紹介」には、最近よく見かける「働くロボット」について興味を持ち、自ら調べてまとめたものなどもありました。子どもが身近な生活から学びのテーマを見つけ、主体的に取り組んでいることがわかります。
廊下に張り出されている「自主学習メニュー紹介」。 写真:川崎ちづる
とはいえ、自主学習がすべて子どもたちの意思かといえば、「そこは微妙」だと話す長井先生。「学校として大きな方針は共有しているが、詳細は先生に任せている」といい、内容をアドバイスする先生、あまり口出ししない先生など、担任によって違いがあります。
自主学習で取り組めるプリントが入っている棚。廊下に設置されている。 写真:川崎ちづる
「できるだけ子どもたち自身が選択できるように、と考えていますが、これまで『教える』『学習させる』が中心だった先生たちは、切り替えが難しい部分もあると思います」(長井先生)
長井先生は「まずは枠組みを変えること」を優先し、2023年度からの改革に踏み切りました。その後の運用で、先生や保護者の意見を聞きながら微修正を行ってきましたが、まだ十分ではないとも感じています。
「通知表や単元テスト、宿題を廃止したのはあくまで授業や学びを変えるためであり、まだまだ課題は山積みです。今も継続して先生や保護者と向き合い、改善を続けている最中です」(長井先生)
第2回は、評価についての子どもたちや保護者の反応、変化などについてうかがいます。
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【長井満敏(ながいみつとし) プロフィール】
東京都公立学校教員、指導主事などを経て新宿区立西新宿小学校校長に就任。専門は学校経営、理科教育。子どもたちの「学びたい」を育む教育を目指している。
取材・文 川崎ちづる