松任谷由実「NO SIDE」オリンピック時期に制作されたユーミン流 “スポ根” アルバム?
ラグビーの魅力を教えてくれた「NO SIDE」
第2次ユーミンブームなるものが到来したのは1981年。「守ってあげたい」が大ヒットし、アルバム『昨晩お会いしましょう』がオリコン1位を獲得。その後もOLのバイブルとなった『PEARL PIERCE』(1982年)、輪廻という聞き慣れない宗教用語をポップスに落とし込んだ『REINCARNATION』(1983年)、宇宙という壮大なテーマを掲げた『VOYAGER』(1983年)など、すべてがアルバムチャートの首位を獲得している。
『VOYAGER』以降、ユーミンのアルバムは年末の発売になり、冬の風物詩として定着していくようになるが、1984年にリリースされた『NO SIDE』は一般的にあまり知られていなかったラグビーの魅力を教えてくれた作品でもあった。偶然にも、発売の2か月前にはあの伝説のドラマ『スクール☆ウォーズ』の放送が開始されている。
オリンピック時期に制作された、ユーミン流 “スポ根" 的アルバム
1984年はロサンゼルスオリンピックが開催された年で、陸上の金メダルを総なめにしたカール・ルイスの活躍や、体操の森末慎二や具志堅幸司らの金メダル獲得も日本中を熱狂させた。そんなオリンピック時期に制作され、ユーミン流 “スポ根" 的アルバムとなった『NO SIDE』は、それまでにはなかった “少年性" のエッセンスが散りばめられている。アルバムのテーマは “Watch me” 。
金色にコーティングされたインパクトのあるジャケットのアートワークは信藤三雄が手がけ、ピプノシスが考案したユーミンマーク(YとMとIを合成したロゴ)はその後もユーミンのロゴとして長きにわたり使用されることになる。
「ノーサイド」はもともと麗美のファーストアルバム『REIMY』に収録されたものがオリジナルだが、ユーミンはこの曲をセルフカバーし、アルバムのタイトルに選んだ。ノーサイドとはラグビーの試合終了を告げる合図のことだが、このアルバムのヒットがなければここまで広く知られる言葉にはなっていなかったかもしれない。
今年(2024年)の秋にTOKYO FMの『Yuming Chord』で「心に響く “ユーミンワード” リクエスト」という特集が組まれたが、ユーミンの歌詞から初めて知ったワードにまつわるエピソードが多数寄せられていた。ノーサイドという言葉も当時、ユーミンの曲から知ったというリスナーも多かったはずだ。
5万人の観客の前で「ノーサイド」を熱唱
2010年の朝日新聞のインタビューでは、
「どんなに悔やんでも、高校生が部活を辞めたら、次のシーズンは、自分と同じゼッケンをつけて駆けてゆく誰かを見ていることになる。その情景が思い浮かんで、ぐっと来てしまいました」
とユーミンは語っている。
しかしこの曲のポイントは、ラグビーの試合に負けた選手そのものではなく、それをそっと見守る彼女の目線から描かれている点だ。そうでなければ、この曲は女性ファンにここまで愛される曲にはなっていなかったはずだし、敗者にスポットを当てたからこそ、この曲は輝きを放ち続けているとも言える。
2013年12月1日、改修工事前の国立競技場で最後の早明戦の試合終了後に行われた『さよなら国立セレモニー』にユーミンが出演し、アルバム収録曲「〜ノーサイド・夏〜空耳のホイッスル」の歌詞朗読に続き、松任谷正隆のピアノ演奏をバックに「ノーサイド」を5万人の観客の前で歌唱している。さらに2019年の『第70回NHK紅白歌合戦』では、日本で開催されたラグビーワールドカップ2019に出場した日本代表のメンバーの前で「ノーサイド」が披露されている。
数あるユーミンソングの中でも人気が高い「DOWNTOWN BOY」
この「ノーサイド」はもちろんアルバムの一番の人気曲だが、他にも2曲の人気曲が収録されている。1曲は「DOWNTOWN BOY」だ。お金持ちのお嬢様と工場地帯で働く “ダウンタウンボーイ” との儚い恋を歌ったこの曲は、数あるユーミンソングの中でも人気が高く、これまでベストアルバム『Neue Musik』『日本の恋と、ユーミンと。』『ユーミン万歳!』にも収録されている人気曲だ。
そしてもう1曲の人気曲は、スキー時期の定番ソング「BLIZZARD」。発売当時はあくまでもアルバムの中の1曲だったが、1987年に公開されたホイチョイ映画『私をスキーに連れてって』の劇中歌として起用され一躍人気曲に。自分もユーミンの影響でスキーを始めたクチだが、
ゴーグルの雪 結晶に変わる
の歌詞を体験した時には、“さすがユーミン、天才!” とつぶやいたものである(笑)。そう、「BLIZZARD」は苗場プリンスのコンサートでは必ず歌われる、いわば “苗場のテーマ曲” と呼べる1曲だ。
アルバムのテーマである “Watch me” は、収録曲「SHANGRILAをめざせ」のサビのフレーズだが、この曲もアルバムの中の重要な1曲と言えよう。発売当時は特にクローズアップされなかった曲だが、1999年から3回に渡り行われた『YUMING SPECTACLE SHANGRILA』のテーマソングになっており、シャングリラを通じて知った方も多いかもしれない。
アルバム「NO SIDE」の発売からちょうど40周年
このアルバムにはもちろんユーミンならではのラブソングも収録されている。玉川高島屋のソニープラザで友人が “この食器のためだけに結婚したくなるね” とつぶやいた言葉から生まれたという、女性側からのプロポーズソング「一緒に暮らそう」や、朝の出勤途中で会社をサボり、別れた恋人のことを考え1日感傷に浸る「木枯らしのダイアリー」など、OL泣かせの曲も収録されている。
アルバム『NO SIDE』の発売からちょうど40周年ということで、今回改めてクローズアップさせていただいたわけだが、あれから時代は変わり、コミュニケーションツールも大きく変化した。しかし、あれから40年経過しても、人々が何かに挑戦する気持ちや、恋するピュアな心というのは何ら変わっていないだろう。改めてアルバムを聴いていたら、ふとそんなことを感じた。
何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの
「ノーサイド」の歌詞にあるこの言葉は、これからも何かに挑戦する人々が自問していくフレーズになるだろう。しかし、結果だけでなく、そのプロセスこそに生きるヒントが隠されているのだと、ユーミンソングは時折我々に気付かせてくれるのである。