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競走馬はなぜレース中のケガで助からないことがあるのか──サラブレッドのケガと病気

NHK出版デジタルマガジン

競走馬はなぜレース中のケガで助からないことがあるのか──サラブレッドのケガと病気

 人馬一体となり一着をめざす競走馬の世界。彼らは「アスリート」であるがゆえに、常にケガや病気と隣り合わせの競走生活を送っています。サラブレッドは“どのように”ケガや病気と隣り合わせなのでしょうか。なぜ、レース中にケガをしたときに「安楽死処分」が施されることがあるのでしょうか。競走馬と競走を引退した馬たちに、さまざまな現場取材を通して包括的に迫ったNHK出版新書『サラブレッドはどこへ行くのか 「引退馬」から見る日本競馬』(平林健一著)より、本文の一部を公開します。

『サラブレッドはどこへ行くのか 「引退馬」から見る日本競馬』

『サラブレッドはどこへ行くのか』第3章「生き残りを懸けて」より

サラブレッドのケガと病気

 競走成績が振るわず引退するケースの話をする前に、能力に関係なくどんな競走馬にも起こりうる「ケガや病気での引退」について触れておきたい。
 競走馬は「アスリート」であり、アスリートにとってケガはつきものだ。調教やレース中に起こるケガとして主だったものには、骨が持つ強度以上の力が加わったために骨にひびが入ったり、折れたり砕けたりする「骨折」。屈腱にかかる負荷によって起きる「屈腱炎」と呼ばれる炎症、骨の形成が進んでいない若馬に過度な負荷をかけることで、管骨(第3中手骨)の前面に炎症を起こす「骨膜炎」などがある。

 有名な例を挙げよう。GⅠ4勝を挙げ、1991年の年度代表馬にも輝いたトウカイテイオーは、1991年の日本ダービーを優勝した後に左後脚の骨折が判明し、長期の休養を余儀なくされた。その後約1年ぶりに復帰した産経大阪杯で優勝したものの、続く天皇賞・春のレース後に左前脚の剥は く離り 骨折が発覚。その後復帰して11月のジャパンカップを制するも、翌月の有馬記念で大敗し、再度休養。翌年6月の宝塚記念での復帰に向けて調整を進めていたが、1週間前の調教で三度目の骨折が発覚した。それでも現役の続行が模索され、約1年ぶりの実戦となった同年12月の有馬記念で見事優勝し、奇跡の復活を遂げたことは、競馬ファンの間で今なお語り草となっている。

 こうした復活を遂げる馬が稀にいる一方で、療養期間に入るも、復帰が叶わず競走引退を余儀なくされる馬は少なくない。また回復の見込みがない、あるいは回復しても競走能力に影響が残る場合には、そのまま競走馬登録が抹消される(つまり引退する)場合や、安楽死処置が取られるケースもある。

安楽死処置がとられるケース

 サラブレッドは470〜500kgほどの体重があり、それをあの、か細い四肢で支えている。例えばそのうちの1本が折れたとしよう。その1本に治療を施したとしても、回復するまでは三肢で身体を支えなければならない。そうなると健康な脚にも過度な負荷がかかり、その蹄(ひづめ)に蹄葉炎(ていようえん)と呼ばれる炎症が起こることがある。これは症状が進行すると最悪の場合、蹄が壊死し、脱蹄(蹄自体が抜けてしまうこと)してしまう、激しい痛みを伴う厄介なケガだ。回復の見込みよりその後のリスクが高いと判断された際に安楽死処置が取られることは、競馬の世界では珍しくない(安楽死処置の基準などは別途記述する)。

 そして競馬ファンにとって特に辛いのは、レース中の故障や病気だろう。
 例えば、GⅠ3勝を挙げた長距離馬のライスシャワーは、ファン投票1位に選出された1995年の宝塚記念で、レース中に開放脱臼と粉砕骨折を発症し、競馬場内で安楽死処置が施された。1998年の天皇賞・秋のレース中に左前脚を粉砕骨折した稀代の逃げ馬・サイレンススズカも、回復が極めて困難だとして、その場で安楽死処置が施されたことも悲劇として語り継がれている。また最近では、2023年の日本ダービーのレース終了直後にスキルヴィングがゴール板付近で心不全を発症し、衝撃的な最期を遂げた。

 一方、回復の見込みがある場合、レースや調教でケガをした時は、まず調教師が状態を確認して、その馬を所有する馬主に処遇の判断を仰ぐことが一般的だといわれる。したがって、極めて優秀な成績を収めている馬は、繁殖馬になるという選択肢も考慮しつつ判断を下すことになる。だが、そうではない馬が故障した場合は、回復の見込みがあったとしても、復帰までにかかるコストと復帰後に見込める収入とを天秤にかけて判断せざるを得ない。またケガの他に、病気によって引退することもある。

 競走馬はケガや病気と常に隣り合わせだ。
 また、そもそも競走馬の約90%が、環境からくるストレスによって胃潰瘍を患っているという驚きの結果が、日本トリムと帯広畜産大学臨床獣医学研究部門の共同チームの発表によって明らかになっている。以前、JRAの鈴木伸尋調教師とお話しした際に、厩舎に皮膚病を発症した馬がいて、獣医師の主導で適切な治療を受けているのにもかかわらず、なかなか回復しなかったが、放牧に出すとウソのようにすぐ治ってしまったという話を聞いたこともある。
 人間でもストレスは万病の元とされるが、激しいトレーニングと人による厳正な管理の下で生き、命を賭してレースで勝敗を競い合う競走馬の日常は、大きなストレスと共にあるのだろう。

■福永祐一氏推薦
「もう目を背けてはいけない現実がある。
我々ホースマンが読むべき一冊。
競馬の未来のために出来ることのヒントがここにある」
――福永祐一氏(JRA調教師)

著者

平林健一
 1987年、青森県生まれ。映画監督、起業家。多摩美術大学卒業。引退馬をテーマにしたノンフィクション映画「今日もどこかで馬は生まれる」を企画、監督し、門真国際映画祭2020優秀作品賞および大阪府知事賞を受賞。JRAやJRA-VANの広告映像をはじめ、テレビ東京の競馬番組など競馬関連の多様なコンテンツ制作を生業としつつ、人と馬を身近にするサイト「Loveuma.」を運営し、引退馬支援をライフワークとしている。本書が初の著書となる。

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