かつて九州のどこにでもいた愛くるしい魚<ヤマトシマドジョウ>の正体 各地の集団で染色体数が異なる?
筆者は日本産の淡水魚が大好き。
その中でも特に好きな分類群のひとつが、ドジョウ科シマドジョウ属の魚たちです。シマドジョウ属を好きになったのは、20年以上前に筆者が経験した、とある体験がきっかけでした。
筆者をシマドジョウ属の虜にした、ヤマトシマドジョウについてご紹介します。
筆者のシマドジョウ属好きの原点・ヤマトシマドジョウ
筆者は淡水魚の中でも“ひげがあるもの”──ナマズの仲間とならび、ドジョウの仲間、とくにシマドジョウの仲間が大好きです。
その土壌を作ったのは、2004年の晩春、筆者が高校2年生のときのこと。学校の活動の一環で、福岡県の博多湾にそそぐ河川に淡水魚の採集へ行くことになりました。
その際に網で川底を掬うと堆積物の中からにょろっと、細長い魚が姿を現しました。これが筆者とヤマトシマドジョウとの初めての出会いでした。
ヤマトシマドジョウは山口県にも生息するものの、ほぼ九州の特産種といえるシマドジョウの仲間。九州においてはほとんど、どこの地域の河川にも生息しているといってもよい魚です。
実際にその後、筆者は福岡県内のさまざまな河川へ赴き、採集活動を行ってきましたが、ヤマトシマドジョウはほとんどどの河川で姿を見ることができ、福岡県内ではほとんどの河川で見られる普通種というイメージを強くしたのでした。
しかし、2009年を最後に、実家でもあった福岡市内のマンションを退去することになり、その後はヤマトシマドジョウとの縁も薄くなってしまいました。
ヤマトシマドジョウを探して
最初のヤマトシマドジョウとの出会いから20年近くたった2024年。筆者は、魚類学会年会のために再び訪れた福岡県の河川でヤマトシマドジョウを探していました。
かつてよくヤマトシマドジョウを採集していた博多湾にそそぐとある河川では、河川改修の影響もあり、もうヤマトシマドジョウの姿は消えてしまいました(探せばまだいるのかもしれませんが)。
あれだけいたのに、今では探してもなかなか見つからない。そんな魚になってしまいました。
一方、有明海流入河川のヤマトシマドジョウの多く見られる産地では、まだ安定してヤマトシマドジョウの姿を見ることができました。
2024年に筆者が網を入れたところ、まだヤマトシマドジョウの数はそれなりに多く、小さいのから大きいのまで、たくさんというわけにはいきませんでしたが、安定して見ることができました。
この状態が続くようにしなければなりません。
ヤマトシマドジョウの正体
九州と山口県のほぼ全域に生息するヤマトシマドジョウ。しかしその正体は2倍体のシマドジョウ種群を母系、そして同じく2倍体のスジシマドジョウ種群を父系とする異種間交雑由来の4倍体性種であることがわかっています。
そして図鑑などで「ヤマトシマドジョウ」としていても、そのなかには染色体数により複数の集団が含まれており、「ヤマトシマドジョウ種群」とするのが正しいようです。
染色体数が86本の集団(Y86)は筑後川水系などの筑後平野に、染色体数82本の集団(Y82)は博多湾流入河川に、染色体数90本(Y90)の集団が九州北部響灘などに、染色体数94本(Y94)の集団が九州と山口県の瀬戸内海地域に、そして染色体数98本(Y98)の集団が山口県の一部に知られていますが、長崎県や宮崎県、鹿児島県など染色体数が不明な集団もいます。
これらのヤマトシマドジョウ種群の研究はこれから盛んになっていくものと思われますが、いずれにせよ、放流などでよその地域のヤマトシマドジョウ種群を放流することは慎まなければなりません。
また、採集し一定期間飼育したヤマトシマドジョウを同じ場所に放すことも、病気や寄生虫などがついている可能性があることを考えるとやめるべきでしょう。
ヤマトシマドジョウを採集して飼育する
飼育方法はとくに難しいことはありません。
水槽に細かい川砂を敷いて、ヤマトシマドジョウが休息できる環境を整えることと、水槽の水に酸素がよくとけこむようなろ過槽の選択をすること、餌をヤマトシマドジョウにもしっかりいきわたらせることが飼育のポイントとなります。
同様の飼育のポイントは、ほかのシマドジョウ属魚類にもあてはまります。
ろ過槽は投げ込みろ過槽、上部ろ過槽、あるいは筆者がヤマトシマドジョウを飼育している水槽で使っている、水中ポンプとろ過槽が一体化したものなどが適しています。外掛けろ過槽は隙間ができやすいので、フタに工夫をするとよいでしょう。
餌は栄養のバランスの取れた配合飼料や野菜類の餌などを色々与えるとよいです。とくに底に沈む餌を好み、水槽の表面に長いこと浮かんでいるフレークなどは食べにくいです。
もちろん、ヤマトシマドジョウをはじめとする、すべての淡水魚とかかわるうえでのお約束として、飼いきれなくなったからといって放流することは絶対に避けなければなりません。またシマドジョウ属を含む淡水魚の購入についても、乱獲を助長するおそれもあり、避けたほうがよいでしょう。
そして、実際に採集することでヤマトシマドジョウの生息環境や生息地の現状など、わかることも多々あります。ですからぜひフィールドへ出かけてみましょう。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
中島 淳・内山りゅう.2017.日本のドジョウ 形態・生態・文化と図鑑. 山と渓谷社.東京.
中島 淳・洲澤 譲・清水考昭・斎藤憲治.2012.日本産シマドジョウ属魚類の標準和名の提唱.魚類学雑誌,59(1):86~95