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【「第61回文藝賞」受賞の松田いりのさん(浜松市出身)インタビュー】受賞作「ハイパーたいくつ」の革新性に迫る。演劇脚本の経験を踏まえ、初の小説をどう書いた?

アットエス

2111作の応募があった河出書房新社主催の「第61回文藝賞」に浜松市出身の松田いりのさんが書いた「ハイパーたいくつ」が選ばれた。待川匙さん(札幌市)の「光のそこで白くねむる」と同時受賞。小川哲さん、角田光代さん、町田康さん(熱海市)、村田沙耶香さんが選考した。賞の贈呈式が行われた13日、松田さんに心境や創作の過程を聞いた。(聞き手=論説委員・橋爪充)

初の小説「ハイパーたいくつ」が「第61回文藝賞」に選ばれた松田いりのさん

小説は「書いたもの」が全て

-受賞の感想を聞かせてください。

松田:実感がないですね。編集部の方から電話をいただいた時の反応について、「全くうれしそうに聞こえなくて心配になった」と後日言われました。自分の心と体が乖離しているような、横からその姿を眺めているようなテンションで「ありがとうございます」と言ったようです。

-学生時代から演劇に関わっていらっしゃったそうですね。小説は初めて書いたとうかがいました。どのように執筆を進めようと考えましたか。

松田:書き方が分からなかったので、しゃべっているように書いたらいいのかなと。演劇の脚本を書いていて自分も(舞台に)出ていたりもしたので、人を前にしてバーッと何かをしゃべっている感じで書き出しました。書いているうちに自然にチューニングが落ち着いてきて、ブレていたものが定まって、というような変化が起こりました。

-脚本と小説の違いをどう認識していましたか。

松田:演劇の脚本は、粗く書いて稽古場で直したり、役者や演出で面白くしたりできます。それ自体は設計図なのかもしれません。一方、小説は「書いたもの」が全てで、それ以上はないですよね。パソコンに向かう時は、緊張感で背筋が伸びる感覚がありました。

-小説執筆は、書き手、演出家、場合によっては役者も務めなければならないということですか。

松田:そうだと思います。一人称で書いていて、自分の中にある要素を入れていますが、、だんだん分からなくなってくる。そのちょっとずれていく感じが面白いなと。

-書き出した時点で着地点は見えていましたか。

松田:全く見えていませんでした。

-では、頭の中にあったのは「私」の造形と、周囲を取り巻く人物との関係だけだったんでしょうか。

松田:会社に行きたくない人が無理やりに行く、という状況だけがあって。(物語にとって重要な人物である)「チームリーダー」も、どういう人かは決めていませんでした。「主人公にとって脅威になる人」というイメージだけでしたね。でも、書いていくうちに「いくら主人公が失敗しても怒らないのが逆に怖いな」と。

河出書房新社の小野寺優社長(左)から賞状を受け取る松田さん(11月13日、東京都港区の明治記念館)

「うまくいっている」判断基準が「笑えるかどうか」

-「私」と「チームリーダー」の関係、「私」と「長髪」との関係など、最初はボヤッとした関係性が徐々にクリアになっていきますね。焦点が絞られていく感覚がありました。筆の進みと共にこうなっていったんでしょうか。

松田:完全にそうでしたね。例えばある場面を書く上で「人がいっぱいいた方がいいぞ」となった時に登場人物を増やしたり。

-社会や会社に折り合いを付けられずにいる32歳の主人公がどうやって折り合いを付けていくのかなという興味で読み進めていくと、だんだん超現実的な方向に話が進みますね。現実と超現実のズレが増幅していくのは意図してのことですか。

松田:ズレが増幅するようにしようとは、思っていませんでした。「長髪」が(パソコンの)キーボードを楽器のように抱える場面が出てきて「あ、これは面白い」と思ったんで、そうした「面白い」感じで最後までやれたらな、と。最初からオフィスの異化を意図したわけではないんです。

-主人公は「人からどう見られるか」を相当気にしています。強迫観念に近い。キャラクターの造形をどう意識しましたか。

松田:「どう見られるか」を気にしている人でなければ、会社で会社員っぽく振る舞おうとしないはずです。オフィスでちゃんとやろうとする人間じゃないといけない。きちんと見られたいという欲望がある。ただ一方で、それ(仕事)がきちんとできない内面を抱えている。この矛盾する要素が必要だったんですね。

-だから「チームリーダー」から「ペンペン」という不本意なあだ名を付けられても、迎合するかのように自分をそのキャラクターに寄せるわけですね。

松田:他人主軸で自分を見ていますが、そこに乗っかりきれない。だから周りとの摩擦が生まれてくるわけです。

-選考委員の方々がこの作品の評で「ユーモア」という言葉を使っていらっしゃいます。小川哲さんは「何が何でも読者を笑わせてやろうという決意を感じた」と評しています。創作時に「笑い」を強く意識されていたんですか。

松田:ありましたね。読んだみんなに笑ってほしいという気持ちとイコールだと思うんですが、僕の場合、小説を書いていて「うまくいっている」という判断基準が「笑えるかどうか」なんです。その結果でしょう。

11月18日に単行本が発売された受賞作「ハイパーたいくつ」

ちょっと置いて行かれる感じ

-小さい頃から読書は好きだったんですか。

松田:人並みだったと思いますよ。学校の怪談とか、ホラーみたいなものとか。高校に入ってからは割とたくさん読んでいたと思います。中原昌也さん、町田康さんを愛読していました。テレビや舞台でみる「お笑い」よりも文字の笑いの方が強烈でした。

-地元の本屋さんを使っていたのですか。

松田:主に「谷島屋」ですね。家の近所の店舗によく行っていました。

-演劇は大学入学後にはじめたのですか。

松田:そうです。大学は早稲田だったので演劇が盛んでした。一つ、二つ上の先輩の芝居を見に行く機会があって感化されて、自分もやりたくなって。学内に演劇サークルが5、6個あったんじゃないかな。そのうちの一つに入りました。脚本は1年生で初めて書きました。

-脚本を書いているうちに分かってきたことは何かありましたか。

松田:強いて言えば「全てをまじめにやらなくていい」ということでしょうか。設定が(現実から)飛んでいた場合、真面目に考え始めると脚本が説明だらけになってしまう。でも、意外と(説明を省いても)お客さんが受け入れてくれるなという感覚はだんだんつかめてきましたね。

-説明しすぎると演劇としての「ジャンプ力」が足りなくなっちゃいますよね。

松田:そうですね。「こういう書き方をすれば、飛んでいても伝わるんだ」という感じが何となく理解できるようになりました。見てくださる方々を信頼する感覚が育ったのではないでしょうか。

-お話をうかがっていて、「ハイパーたいくつ」も演劇の脚本と同じように読み手に対しての信頼を持って書いているのだなと思いました。

松田:演劇での経験がなかったら全然違っていたでしょうね。ちょっと置いて行かれる感じってあるじゃないですか。半分お尻がずれ落ちている状態で乗るバイク、みたいな。見ている側としてはそのスリルが好きですね。置いて行かれているけれど付いていく。その絶妙な感じを小説でやるのが理想です。

-次回作以降をどう考えていますか。

松田:テーマは具体的に言えないんですが、これからもユーモアがあるものを書きたいですね。自分の心が一番動くのがそれなので。書いている時も、(「ハイパーたいくつ」と同じように)それを羅針盤代わりにして進めていきます

贈呈式で受賞の喜びを語る松田さん

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