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年30万人が受験するITパスポート試験への誤解とは? IPAが明かす「令和の大改革」全容

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年30万人が受験するITパスポート試験への誤解とは? IPAが明かす「令和の大改革」全容

「ITパスポートって、名前の割に経営の問題ばっかりじゃん」――。

SNSや現場からは、そんな不満や揶揄が聞こえてくることがある。試験範囲を見れば「ストラテジ(経営)」「マネジメント(IT管理)」「テクノロジ(IT技術)」の3領域で構成されており、経営・マネジメント分野の比重は小さくない。

「技術試験のはずなのに、技術力を測れない」「エンジニアにとって役立つのか」という声が上がるのも無理はない。だが、実はこの構成には明確な理由がある。

「ITパスポート試験は“エンジニアのため”に作られた試験ではなく、“社会人全体のITリテラシーを底上げするため”の国家試験です」(IPA山北さん)

デジタルを武器に事業を動かす時代に、ITの専門家だけでなく、企画や営業、総務や人事といったビジネス部門にもITの基礎知識が求められる。その現実を制度に落とし込んだのがITパスポート試験であり、試験範囲に経営やマネジメントが多く含まれるのは意図された設計なのだ。

「例えば“経営戦略とIT投資をどう結びつけるか”は、エンジニアに閉じた話ではありません。むしろ非IT部門の人材が理解していないと、企業全体のDXは前に進まないのです」(IPA山北さん)

こうした背景を知らずに「経営問題ばかり」と批判してしまうのは、ある意味で試験の狙いを見誤っているともいえる。

令和6年度の受験者の実績を見てみると、応募者は30万人を突破し、受験者は27万3905人。その大半はIT企業のエンジニアではなく、非IT企業に勤務する社会人だ。

直近3年間の応募者数・受験者数・合格者数の推移(参照元)

特に、金融や製造、エネルギーインフラ業界での伸びが顕著で、全社的に受験を推奨する企業も増えている。

直近3年間の非IT系企業における勤務先別応募者数の推移(参照元)

高校生や大学生の受験も増加しており、就活でのデジタル素養の証明や大学の推薦が背景にあるとされる。今やITパスポート試験は「技術者の登竜門」ではなく「社会人全体のデジタル素養を測る試験」として定着しつつあるのだ。

そしていま、この試験を含む情報処理技術者試験制度は「令和の大改革」と呼ばれる大転換の渦中にある。全試験のCBT化、生涯IDによるスキル可視化、新しい試験区分の創設……。単なる試験の見直しにとどまらず、日本の人材育成エコシステムそのものを塗り替える構想が進んでいる。

果たしてAI時代に、試験はどんな意味を持つのか。国家試験の舞台裏を担うIPA幹部の言葉から、その全貌を探った。

【話を聞いた人】
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
執行役員(デジタル人材担当)
デジタル人材センター センター長
山北 治さん

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
デジタル人材センター
人材スキルアセスメント部 部長
本多康弘さん

56年前、高度経済成長期に生まれた国家試験

さかのぼること56年――。1969年(昭和44年)に創設された「情報処理技術者試験制度」が、ITパスポート試験の起源にあたる。

当時の日本は高度経済成長期。製造業を中心に産業は急拡大していたが、コンピュータ操作や情報処理を担う人材は「新しい職種」として定義すら曖昧だった。採用の基準もなければ、教育や研修の水準も不明確。そこで国が示したのが「情報処理技術者試験制度」という“共通のものさし”だった。

「高度成長期の日本で、情報処理技術者という新しい職種を定義し、その能力水準を明確にすることは社会的使命でした。制度ができる前は、個人のスキル水準が見えにくく、採用や教育、配置も曖昧になりがちだったのです。だからこそ、国家試験として共通の基準を示し、社会全体が安心して人材評価や育成に使える仕組みを提供しました」(山北さん)

発足当初の試験区分は「第一種」「第二種」のわずか二つ。カバーできる領域は限定的だった。しかしITが急速に社会基盤化する中で、試験制度も変革を迫られる。大きな転機となったのは1994年(平成6年)の「平成の大改革」だ。

この改正でネットワーク、データベース、プロジェクトマネージャといった専門性の高い区分が追加され、現在に近い多様な体系へと拡張された。

「技術の進展や人材ニーズの変化にあわせ、新設や統廃合を繰り返しながら、試験制度は常に進化してきました」(山北さん)

こうして「情報処理技術者試験」は、単なる試験ではなく、日本の産業や教育の基盤を支えるインフラとして育っていった。やがて2000年代に入り、社会全体のデジタル化が進展すると、試験の射程は“技術者だけ”にとどまらない、新たな方向へと広がっていくことになる。

技術者のみならず、社会人全体のIT素養を測る試験へ

2000年代に入ると、情報処理技術者試験制度は新たな局面を迎えた。

背景にあったのは「スキル体系の乱立」だ。それぞれ個別に定義していた ITSS(ITスキル標準)、ETSS(組込み技術者スキル標準)、UISS(ユーザー企業のITスキル基準)――。三つの体系はバラバラに存在しており、学校教育、企業研修、採用の基準も一貫性を欠いていた。

そこで2000年代半ばに策定されたのが「共通キャリア・スキルフレームワーク(CCSF)」である。これにより、職業人のスキルをレベル1から7まで階層化し、横断的に比較できる仕組みが整備された。

「複数のスキル体系が乱立していては、人材育成の方向性もバラバラになります。共通の“ものさし”をつくることで、教育や採用の基準を揃えることが狙いでした。その体系の中で、ちょうど空白になっていた“レベル1”を埋める入門試験として設計されたのが、ITパスポート試験だったのです」(山北さん)

レベルごとの位置づけ

レベル1:すべての社会人に求められる基礎知識(ITパスポート試験)
レベル2:基本的知識・技能(基本情報技術者試験、情報セキュリティマネジメント試験)
レベル3:応用的知識・技能(応用情報技術者試験)
レベル4:高度な専門知識・技能(ネットワークスペシャリスト試験、データベース試験などの高度試験)
レベル5~7:企業内のトップ人材や国際的ハイエンドプレイヤー

すでに「基本情報技術者試験」がレベル2を担っていたため、最下層の「レベル1」を埋める国家試験が必要となり、2006年ごろから具体的な検討が始まった。

さらに時代背景も後押し、2000年代半ばにはITがもはや情報システム部門だけの領域ではなく、ビジネス全般に不可欠な基盤となりつつあったのだ。

「ユーザー企業でも業務にITを使うのが当たり前になり、もはや『ベンダーが作り、ユーザーは任せる』という関係では立ち行かなくなっていました。両者がともにITを理解しなければビジネスが回らない時代への転換点だったのです。だからこそ、エンジニアに限らず、一般のビジネスパーソンも対象にした“社会人全体のIT素養を測る試験”が必要だったのです」(山北さん)

こうして2009年、ITパスポート試験が正式にスタートした。「技術者のための試験」から「社会人全体のITリテラシーを可視化する試験」へ――。大きな発想転換が、ここに実現したのである。

試験への誤解や課題、不満の声も

こうして誕生したITパスポート試験だが、それでも、制度に対する改善要望が多いのも事実だ。

SNSや受験者の声をのぞけば、「申込サイトが使いにくい」「会場の空き状況がPDFでしか確認できない」「試験範囲が古い」「合格証書が届くのが遅い」など、受験体験に関する不満は少なくない。

IPA幹部もこう認める。

「ITパスポート試験は2011年に日本初のCBT(Computer Based Testing)形式の国家試験に移行しましたが、当時導入したシステムを大規模に改修することなく現在まで使い続けています。そのため不便さを感じさせてしまっているのは事実です」(本多さん)

ただし同時に、改善も進んでいる。

「来年には1か月程度試験を休止し、システムを刷新して利便性改善を図る予定です。また出題範囲を示すシラバスも、近年は年に最大3回改訂するなど更新頻度を高め、最新技術を反映できる体制を整えています」(本多さん)

批判や不満は制度を揺るがすものではなく、むしろ進化の起点となっている。受験者の声と制度側の改善が相互作用しながら、国家試験は時代に合わせてアップデートを続けているのだ。

国家試験の「令和の大改革」が始動


資格制度から人材育成エコシステムへ

ITパスポート試験誕生から15年あまり。今、日本の資格制度はかつてない規模の変革期を迎えている。

IPAが掲げるのが「令和の大改革」だ。これは単なる試験区分の見直しではない。情報処理技術者試験制度そのものを土台に、日本のデジタル人材育成を根本から作り直そうという壮大な構想である。

背景には、世界規模で進むデジタル変革がある。AIやデータ活用を武器に新しいサービスを生み出す企業が躍進する一方、変化に追随できない企業は淘汰されている。

ところが日本はIT人材の7割がベンダー企業に偏在し、ユーザー企業側に十分な人材が育っていない。経産省やIPAが危機感を募らせるのはこの構造だ。

「ここ数年でデジタルを武器に成長した企業もあれば、逆に衰退した企業もあります。AIの登場で変化はさらに加速しています。この波に追いつけるかどうかは、国家的な課題です」(山北さん)

改革① 全試験のCBT化

改革の第一歩となったのが、情報処理技術者試験すべてをCBT方式へ移行することだ。ITパスポート試験に続き、基本情報技術者試験や情報セキュリティマネジメント試験もすでに移行済み。残る区分もCBT化が予定されており、2026年度にはすべての試験がコンピュータベースで受験可能になる。

改革② 「資格の有無」から「スキルの中身」重視へ 令和の新基盤

さらに大きな柱が「スキル情報基盤」としてのプラットフォーム構想だ。簡単に言えば“学習や資格をまとめて見える化する国家版のカルテ”のようなものと言えるかもしれない。

一人ひとりに「IPA-ID(仮称)」という生涯統一IDが与えられ、学生時代の学習履歴から社会人の資格取得や研修受講までが一元的に蓄積される。このデータは、学習ポータル「マナビDX」(図1)や情報処理技術者試験の合否情報とも連動する。

図1:⺠間企業が提供する講座をデジタルスキル標準に紐付け一元的に提示するポータルサイト『マナビ DX』。経済産業省とIPAが掲載講座を審査している。2025年2月末時点で登録事業者は240者、掲載講座数は741講座であり、2022年の制度開始時の71者、218 講座からそれぞれ約3倍に増加。受講者も2022年度から2023年度で倍増するなど、スキルアップへの関心の高まりを示す結果となっている。

こうして集められた情報は、履歴書では伝わりにくかったスキルセットを客観的に示す材料になる。企業にとっては採用や人材育成に活用でき、個人にとってはキャリア形成を支える「スキルの証明書」となる。数百万規模で集まるデータは政策検証にも使われ、日本の人材育成の仕組みそのものを塗り替える可能性を秘めている。

「資格の有無だけで人材を測るのではなく、履歴書では見えにくいスキルや学習履歴を客観的に示せる仕組みを整えたいと考えています」(山北さん)

改革③ 新しい試験区分の検討

さらに、ITパスポート試験(レベル1)の上位に新しい試験区分を創設する議論も始まっている。ターゲットは「ビジネスの現場で変革を起こす人材」だ。

デジタル人材不足を解決するために、全員が学ぶ基礎と、専門家が伸ばすスキルを整理した国家レベルのガイドライン「デジタルスキル標準(DSS)」では、ビジネスアーキテクト、データサイエンティスト、デザイナー、サイバーセキュリティなど五つの人材について、15のロールが定義されており、今後の試験設計に反映されるとみられる。

国家試験は「誰もが身につけるべき基礎と公的保証」を担い、民間試験は「新技術や製品に即応するスピード感」を担う。両者は競合するのではなく、プラットフォーム上で補完し合う関係を目指しているという。

改革④ 組織体制の強化

こうした構想を推進するため、IPAデジタル人材センターは体制を急拡大した。わずか数名で始まったプロジェクトは、専門人材を迎え入れて一気に加速。今月(取材時2025年8月)で要件定義を完了し、開発が本格化しようとしている。

「我々自身もテックカンパニーにならなければなりません。そのために内部に専門人材を迎え、これまでにないスピード感で変革を進めています」(山北さん)

こうして見ると「令和の大改革」は単なる制度改正にとどまらない。CBT化、プラットフォーム構築、新試験区分の創設、国家試験と民間試験の棲み分け整理――。全てが連動し、日本のデジタル人材育成を支える“人材エコシステム”を築こうとしているのだ。

AI時代の「スキル証明」とは

AIが高度な試験問題を正確に解けてしまう時代。単純に「知識を持っているかどうか」を判定する資格試験の意義を問う声もちらほら見受けられる。では、この時代に、人間がわざわざ資格試験を受ける意味はどこにあるのか。

IPAはその問いにこう答える。

「AIが答えを出せるからといって、人間が知識を持たなくていいわけではありません。むしろAIを正しく使いこなすためには、前提となる知識と判断力が不可欠です。AIが導いた答えが正しいかどうかを見極め、事業の変革につなげる役割は人間にしか担えません」(山北さん)

さらに、現場からは「資格よりも実務経験の方が役に立つ」という声も根強い。確かに、資格だけで即戦力を保証することはできないし、プロジェクトを前進させるのは現場での経験や成果だ。

だがIPAは、この現実を否定しない。むしろ「資格と実務をどう橋渡しするか」を次の課題に据えている。

その中核となるのが現在構想中の「デジタル人材育成プラットフォーム」だ。国家試験や研修、民間試験・資格、さらには実務経験までも、一元的に可視化する。履歴書では見えないスキルセットを客観的に示し、スキルベースでの育成・採用を可能にする仕組みである。

「資格の有無だけで人を測る時代ではありません。実務経験や学習履歴と紐づけてスキルを横断的に可視化することで、本当の意味での“スキルベース社会”を実現したいのです」(山北さん)

資格はゴールではなく、実務経験や学習履歴と結びつくことで初めて本当の価値を発揮する。これまで「資格か、実務か」と二項対立で語られてきたテーマを、「資格と実務を結びつける新しい仕組み」として提示する――。その思想こそが、IPAが描く「令和の大改革」の核心なのである。

取材・文/福永太郎 撮影/竹井俊晴 編集/玉城智子(編集部)

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