野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その7②」
(前回:野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その7①」)
2024年12月9日――②大間まぐろとヒバ爆弾
青森市内で朝ラーを食べ、車で大間に向かった。もちろん、まぐろが目当てだ。大間まぐろはずっと以前から有名だったような印象だが、そうではなかった。
大間町観光協会によると、まぐろは地元でもそれほど流通しない時期が長かった。ところが2000年に大間のまぐろ漁師の娘を主人公にしたNHKの朝の連続ドラマ「私の青空」が放送されると、大間とまぐろが俄然注目を集めた。それを機会に地元で当時珍しかったまぐろの解体ショーを開くなど集客の努力を重ね、今日の「まぐろの町大間」につながった。その歴史はまだ四半世紀ほどなのだ。
青森から大間まで、運転手任せの旅だったので、どの道を通ったかは知らない。途中、2軒のスーパーに寄り、ワラビとかフキの水煮を多く置いていることを確認した。煮物に使うのだろう。その量、品数とも東京のざっと3倍。
道々、沿道の風景を眺める。薄く積もった雪を屋根に頂いた家々や工場が同じような間隔で並んでいる。高層の建物はない。人影は見えないが、思ったより多くの車が行き交っていた。
やがて車は大間崎近くにある「浜寿司」の前で止まった。この店は100キロを超える本まぐろを1本買いして、赤身、中トロ、大トロのほかに、様々な部位を提供することで知られている。有名人が訪ねるのはこの店、メディアの取材が集中するのもこの店だ。
小上がりに座ってお茶を啜っていると、予約していたマグロコースが運ばれてきた。胃袋、皮、血合い、頬肉の揚げ物、のど肉の焼き物と、ほかの寿司屋ではお目にかかれない珍味が並ぶ。胃袋や頬肉は東京で食べたことがあるが、舌触り、味付けとも、この店のものが群を抜いている。のど肉の焼き物は太い骨がついていて、魚のものとは思えないほどの歯ごたえだ。思わず熱燗を注文した。
マグロ珍味(胃袋・皮・血合)の三点盛り
マグロの目玉鍋
目玉の小鍋をつついて箸を進めていると、どどんと真打が登場した。まぐろの赤身、中トロ、大トロの握りにトロ鉄火が皿を埋めている。味については書くまでもないだろう。今回の旅では一番の出費だったが、その値打ちはあった。
食後、大間崎に行った。本州最北端の岬と津軽海峡を挟んで函館市汐首岬まで17、5キロ。晴れた日には北海道が見える。大間からフェリーに乗って函館の病院に通う人もいるそうだ。
その大間崎だが、車を降りた途端、強烈な北風に足を取られかけた。前かがみにならないと先に進めない。やっと展望台の先に行きついたものの、写真を撮るために構えたスマホが右に左に揺れる。何とかシャッターを切ったが、やはり北海道は垂れこめた雲に隠れて見えなかった。
宿を取ってあるむつ市に行く途中、風間浦村の「わいどの木」に寄った。「わいど」は下北の方言で「わたしたち」という意味だそうだ。店の中に入ると青森ヒバを使った製品が所狭しと並んでいる。インテリア向きの木工品もあれば家具もある。店の奥は村口産業というヒバ専門の製材所で、建築材を製材・販売している。
ともかく店の中はヒバの香りが充満している。ヒバはヒノキチオールという殺菌成分を含んでいるが、これがその香りだろうか。
そもそも青森ヒバとは何だろう。林野庁東北森林管理局のホームページを開いてみた。まず「樹高30メートル、直径80センチに及ぶ日本固有の針葉樹高木」とあって、次のように続く。
「1901年(明治34年)、本多静六(日本で最初の林学博士)が、従来のアスナロと青森県のアスナロとの間に違いがあることを発見し、牧野富太郎がアスナロ属の中に、アスナロの一変種『ヒノキアスナロ』として命名しました。
アスナロは青森県内真部山国有林を北限とし、木曽地方を中心に九州鹿児島に掛けて分布。ヒノキアスナロはアスナロの変種とされ、青森県を中心に北海道南部から関東北部に掛けて分布しています。
一般に双方とも『ヒバ』と呼ばれ、アスナロが南方系のヒバ、ヒノキアスナロが北方系のヒバとされています。なお、青森県に生育しているヒバは『青森ヒバ』と呼ばれており、青森県では昭和41年に県の木に指定し、県民に親しまれています」
ヒバ(ヒノキアスナロ)は日本の固有種で、NHKの連続ドラマ「らんまん」のモデルになった牧野富太郎博士が命名した。そのことを初めて知った。
腐食しにくくシロアリなどの害虫を寄せ付けないことから、神社仏閣の建材に用いられ、平泉の中尊寺金色堂もヒノキアスナロで建立された。
わいどの木では、かねて目を付けていた「ヒバ爆弾」を買った。ヒバのおが屑を固めたもので、防臭、殺菌効果があるとして人気商品になっている。ついでに箸もいただいた。東京に戻って夕飯のときに使ったら、鼻が利く妻が「すごく香る」と言った。口に運んだ普通のお新香が「香の物」に昇格したようだった。
野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。食文化研究家。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。
◇店舗情報◇
店舗名 大間浜寿司 住所 青森県下北郡大間町大間69−3 電話 0175-37-2739 その他 マグロコースは事前予約が必要です。
店舗名 わいどの木 住所 青森県下北郡風間浦村易国間大川目6-7 電話 0175-35-2147
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