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バス歌手ルネ・パーぺに聞く~METライブビューイング 2025 ベートーヴェン《フィデリオ》にロッコ役で出演

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ルネ・パーペ

ベートーヴェン唯一のオペラ《フィデリオ》が2025年4月25日(金)~5月1日(木)[東劇のみ 5月8日(木)までの2週上映]、METライブビューイングに初登場する。ドイツの名演出家、 ユルゲン・フリム(1941―2023)が2000年にニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(MET)のために新制作、同年10月13日に初日を迎えたプロダクションである。

今回のライブビューイングは、2025年3月15日の再演を収録したもので指揮者、大半のキャストが一新された中、ロッコ役だけは初演キャストのドイツ人バス歌手ルネ・パーぺが健在ぶりを示している。この間、ドイツに限らずイタリア、フランス、 ロシアの数々の名作オペラでMETの舞台を踏み続けてきたが、《フィデリオ》に関しては四半世紀ぶりのカムバック。ドレスデンの自宅と東京をオンラインで結び、役柄やMETへの愛着、日本の観客への思いなどを語ってもらった。

取材・翻訳・執筆=池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)

MET《フィデリオ》 写真:(c)Karen Almond/Metropolitan Opera

———私がパーぺさんの舞台を初めて拝見したのはモーツァルト没後200年を記念した1991年ザルツブルク音楽祭《魔笛》(ヨハネス・シャーフ演出、ゲオルク・ショルティ指揮)のザラストロ役でした。あれから30年以上にわたって世界の一線で活躍、今も美声を保っている秘訣は何ですか?

「音楽、そして観客への愛と献身に尽きます。さらに素晴らしい歌手の同僚たち、オーケストラ、指揮者に恵まれてきた幸運にも感謝です。もとより、私たちバス歌手はソプラノやテノールよりも安定した声種・声域ですから、一般的にも彼らと比べ、長く歌えるのは確かです」

———METデビューは、その少し後ですね。

「1992年6月1日、スペインのセビリアにあるマエストランザ劇場で行われたMETのツアー公演の《フィデリオ》に呼ばれ、ドン・フェルナンド役を務めたのが最初です。ニューヨークの本物(リアル)のMETにデビューしたのは1995年12月。2日に《魔笛》の弁者、4日に《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(ワーグナー)の夜警役を歌いました」

MET《フィデリオ》  写真:(c)Karen Almond/Metropolitan Opera

———パーぺさんがオペラのキャリアを本格化させた1990年代のヨーロッパ、とりわけドイツ語圏では演出家が舞台設定を現代に読み替え、歌手にもリアルな演技を求めるムジークテアーター(音楽劇場)あるいは、その演出を前面に押し出したレジーテアーター(演出劇場)が全盛で、様々な物議も醸しました。一方のMETはまだピーター・ゲルブ現総裁の就任前で、古典的でゴージャスな演出の砦でした。パーぺさんは両者の違いをどうご覧になりましたか?

「レジーテアーターとMETはデビュー当時、大きく異なる世界でした。演出家が『オペラは私たちの生きている時代に対し、どのようなメッセージを持つのか』を自問自答し、ビジ ュアルを現代に移そうと努めるのがヨーロッパ、特にドイツの長い伝統です。これに対し当時のMET、あるいは米国全体のプロダクションは伝統的、より台本に忠実でした。私はヨーロッパ人の歌手としてレジーテアーターとアメリカン・スタイルの両方を楽しめて幸運でした。さらに言えば、新旧とは関係なく『良い演出』『悪い演出』があるだけで、最終的な判定(ジャッジ)は観客の手に委ねられています。歌手たちは自身の解釈を究める一方、演出家と制作チームのアイデアをできるだけ生かすように努め、ステージから客席への語りかけに懸命です。正直、リハーサル開始時点から『理解不能』といったケースがないわけではありませんが、私は36年のキャリアを通じ、おおむね良いプロダクションに恵まれてきたと思います」

MET《フィデリオ》  写真:(c)Karen Almond/Metropolitan Opera

———近年のMETはレパートリーも演出も一新されましたが、世界のオペラ・ファンにとっての「殿堂」である点には変わりがありません。

「ヨーロッパのオペラハウスの運営が国や地方自治体の公的資金を基盤に成り立っているのに対し、アメリカ合衆国は民営です。多額のスポンサー資金があるとはいえ、チケット収入への依存度は大きく、結果として入場料金もはね上がることから、観客の所得水準はヨーロッパの平均より高いはずです。METの本拠地ニューヨークは国際的な観光地でもあり、リンカーンセンターの美しく素敵なオペラハウスには世界のオペラ・ファンが集まります。地元のハウスに通うのが基本のヨーロッパとは異なる客層ですが、皆さん作品をよく知り、愛情をもって参じる『殿堂』です。巨大な客席数(3,800席)を備えるにもかかわらず、音響が最上階まで良好なのもMETの良さです」

———今回の《フィデリオ》、そしてフリム演出についてお話しください。ライブビューイングの幕間インタビューでは「25年前に比べ、ようやく役柄の年齢に自分が追いつきました」といった発言もされていました。

「私はバス歌手ですからね、若い時から王子様ではなく年老いた王様、司祭、父親の役柄には慣れていますよ(笑)。METのフリム演出初演でロッコを歌った時は35歳。作品が誕生した2世紀前、50歳は老人だったので、若過ぎるということはなかったはずですが、60歳を迎 えた今、ロッコの役柄がよりフィットしてきたのは事実です。私はフリムさんと面識があり、友人といえる間柄でした。楽譜を隅々まで深く読みこなし、何をステージに打ち出せば良いのかをわきまえ、人々に作品のストーリーをきちんと語りかけられる演出家です。METの《フィデリオ》も超モダンではなく、レジーテアーターのネガティヴな側面はありません。初演から25年を経てもモダンな鮮度を保ち、ベートーヴェンの作曲様式、愛と自由、平和に対する不滅のアイデアを実にファンタスティックな手法で視覚化しています。今回のチームは私だけがオリジナルキャスト。レオノーレのリーゼ・ダーヴィドセンとは長く共演を望み、ここで実現しました。フロレスタンのデイヴィッド・バッド・フィリップ、ドン・ピツァロのトマシュ・コニエチュニ(親しい友人です)、マルツェリーネのイン・ファン…と皆、とても素晴らしい!」

MET《フィデリオ》  写真:(c)Karen Almond/Metropolitan Opera

———インタビューでは「交響曲作曲家(シンフォニスト)のベートーヴェンらしいオペラ」という指摘もされていました。

「はい。ベートーヴェンは9曲の交響曲や5曲のピアノ協奏曲をはじめとする管弦楽の作曲家であり、オペラは《フィデリオ》1曲しかありません。《フィデリオ》の音楽の基本も非常にシンフォニック(交響楽的)です。メロディーはどこまでも美しいのですが、ときどき歌いにくい箇所があります。それでも、牢番として苦悶するロッコのキャラクター、音楽に私は惹かれてやまないのです。ベートーヴェンはオペラの作曲に苦労し、《レオノーレ》序曲を3曲も書きました。今日の私たちに3曲のどれを選んで上演するかの自由を残した点でも、シンフォニストの面目躍如です。何より自由と平和、愛を歌い上げ、お互いをリスペクトする大切さを説く作品のメッセージは世界中で紛争の絶えない今日なお有効であり、《フィデリオ》がいかにモダンな作品かという証です」

———最後に日本のファンへのメッセージをお願いします。

「ドレスデン聖十字架合唱団員として12歳で初来日して以来、METとベルリン国立歌劇場でそれぞれ2回、ミラノ・スカラ座で1回、単独でも数回と、数えきれないほど日本を訪れてきました。日本の伝統、文化、食べ物の全てが好きですが、中でも日本の観客のレベルの高さには深い敬意を抱いています。今は日本に長年の友人、ドイツ人テノールのウヴェ・ハイルマンが住んでいて、昨年(2024 年)は彼が指揮する《マタイ受難曲》の公演にゲスト出演しました。今年も11月に彼の指揮するコンサート2公演、マティアス・ラーデマンのピアノとのリサイタル1公演で日本に戻ってくる予定です。あと何年歌えるかは『神のみぞ知る』ですが、これからもよろしくお願いします」

————ありがとうございました。

インタビュー・文:音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎ 池田卓夫

MET《フィデリオ》  写真:(c)Karen Almond/Metropolitan Opera

【プロフィール】ルネ・パーペ/ René Pape
深くノーブルな響きで他の追随を許さない世界最高峰のバス。1964年、東ドイツ時代のドレスデンで生まれ、生地の聖歌隊で音楽教育を受ける。ドレスデン音楽院で学び、88年にベルリン州立歌劇場にデビュー。《魔笛》ザラストロ役で認知されたのを皮切りに、世界の檜舞台で圧巻の歌唱を聴かせ続け、来日も重ねる。METには90年代から毎年のように招かれ、LV も16-17の《トリスタンとイゾルデ》マルケ王役、17-18の《魔笛》ザラストロ役など名唱が多い。

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