竹内まりや10年ぶりのオリジナルアルバム「Precious Days」ここが見どころ!聴きどころ!
竹内まりや12枚目のアルバム「Precious Days」発売
2024年10月23日、竹内まりやの通算12枚目となるオリジナルアルバム『Precious Days』が発売される。
前作『TRAD』のリリースが2014年9月10日なので、実に10年ぶりの新作。その間、2019年9月4日には、アルバム未収録のカップリングや提供曲のセルフカバー、ビートルズナンバーなどの洋楽カバーを集めた企画アルバム『Turntable』も発表。加えてこの間に数枚のシングル曲もリリースしており、テレビ番組やCMのタイアップ曲も数々発表しているため、10年ぶりというのが意外な印象もある。
今回のアルバムは、先行シングル「歌を贈ろう」を含め、全部で18曲を収録。10年間の活動の総決算的な内容でもあるが、アルバム全体を通して、変わらぬ彼女の音楽性、自身のルーツミュージックに忠実なメロディーとサウンド、そして新たな世界観の提示といったものが見える点も興味深い。
音楽家・竹内まりやの心情吐露を感じさせる楽曲
竹内まりやは、日々の暮らしの中で、日本人女性なら誰もが感じ取る様々な思いを歌にしてきた。「けんかをやめて」「駅」など、他の歌手への提供曲に見られる恋愛の機微。『火曜サスペンス劇場』の主題歌となった「シングル・アゲイン」「告白」などに見られる深い愛の形。「もう一度」「家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)」で描かれた生活感あふれる歌詞など、多くの人々に共感を与える名曲を生み出している。
ところが、今回の作品群の中には、音楽家・竹内まりやの心情吐露を感じさせる楽曲がある。その1つがノンタイアップ作品の「遠いまぼろし」で、静かなアコースティックギターの音色で始まるボサノバ調のナンバー。終わった恋が再び胸の内で疼き出すという主人公女性の設定は、「駅」や「シングル・アゲイン」など彼女の得意とするところだが、そんな心情をボサノバの古い楽曲に投影させているのがこの曲。
歌詞中の “いつも聴いたジョビン” とは「イパネマの娘」「おいしい水」など、ブラジル音楽の作曲家でボサノバ音楽を代表するアーティスト、アントニオ・カルロス・ジョビンのこと。やはり歌詞に出てくる “ジョアンのギター” とは、ボサノバ創成者の1人であるギタリストのジョアン・ジルベルト。
主人公の心に懐かしい愛の記憶を蘇らせたボサノバのナンバーはなんだろう? と考えると、マイナーの哀切極まりないメロディーと繊細な歌い方からして、ジョビンとジルベルトの最初の作品「想いあふれて」(Chega de Saudade)か? と勝手な想像に思いを巡らせる。この「遠いまぼろし」は、音楽が記憶を呼び起こすというテーマの作品で、彼女のボサノバ観と音楽解釈が、全体のサウンドをよりバラエティ豊かなものにしている。
曲に温かみを加えている山下達郎のコーラス
もう1曲は「Coffee & Chocolate」で、山下達郎の多重録音によるドゥーワップスタイルのコーラスで始まるハートフルなナンバー。2分少々の短い曲だが、達郎のコーラスが終始、まりやのボーカルに寄り添う形で曲に温かみを加えている。
歌詞の内容は、締め切り迫る曲の仕上げの前に、コーヒーとチョコレートで一休みしたいというクリエイターの心情が歌われ、竹内の創作の様子が垣間見えるのだ。“あれこれ考えても何も浮かばないから 焦るのはやめにして頭休ませてあげようよ” という歌詞は、案外本心なのかと思わせるものがあり、まったりした曲調と相まって、その創作風景には余裕すら感じさせる。全18曲中12番目に配され、ちょっとした箸休めの小品といった趣だ。
そして、新たな側面を感じさせる曲が、2020年12月20日にシングル発売された「君の居場所(Have a Good Time Here)」で、Netflixの配信アニメーション『ポケモンコンシェルジュ』のテーマソングとして書き下ろされたもの。竹内の作品中でも極めて珍しいラテン調のナンバーで、サンバのリズムの上を軽やかに滑るボーカルの安定感は特筆すべき点だ。
杉真理、松尾清憲らで結成されたバンド、BOXの「MIGHTY ROSE」をカバー
異色作では「Tokyo Woman」のカバーがある。元々は1987年に杉真理、松尾清憲らで結成されたバンド、BOXが2012年にリリースしたアルバム『MIGHTY ROSE』の冒頭を飾るナンバー。歌詞は男言葉で “東京の女性に愛を告白するのは大変だぞ!” という男子激励ソングなのだが、“抑えきれない純情こそが恋愛成就の近道だ!” と歌われている。これを竹内まりやがカバーするというのがめっぽう面白い。
竹内とBOXはレコーディングで度々共演を果たしており、特に杉真理とは慶應大学時代の先輩後輩で、共に同校の軽音楽同好会 “リアルマッコイズ” に在籍、アマチュアバンドのピープルに参加した仲でもある。杉は竹内のファーストアルバム『BEGINNING』以降、アルバムへの楽曲提供を行っており、元々の音楽性も近いところにあるのは周知の通りだが、「Tokyo Woman」はノイジーなギターで始まるロックナンバー。低めのキーで歌われており、“ちゃんとやろうぜ” などというワードが竹内の口から出てくると、なかなかに驚かされる。
この曲は未発表カバーであったが、昨年11月にフジテレビの深夜ドラマ『Tokyo Woman』の主題歌となった。もちろんドラマのための書き下ろしではなく、この曲をモチーフにした同名のドラマ作品が作られたというわけだ。
「ベイビー・マイン」では山下達郎もバックコーラスで参加
カバー曲では、ティム・バートン監督のディズニー実写映画『ダンボ』の日本版主題歌として、竹内が歌う「ベイビー・マイン」も収録。この曲はアニメ版『ダンボ』の劇中歌として知られ、世界中で歌い継がれる名曲。歌詞の翻訳監修も竹内が行い、山下達郎もバックコーラスで参加している。
また、女性アイドルへの提供作品をセルフカバーしているのも、彼女のアルバムの楽しみ。今回は松浦亜弥への提供曲「Subject:さようなら」と早見沙織への提供曲「夢の果てまで」。前者はヨーロピアン調のマイナーメロディーに乗せ、友達に乗り換えた彼氏への、主人公の悲痛な思いをメールのメッセージに込めた作品で、まるで「けんかをやめて」の裏返しのようなシチュエーションだ。
後者はアニメ映画『劇場版 はいからさんが通る 前編 〜紅緒、花の17歳〜』の主題歌として書かれた、ちょっと懐かしめの歌謡曲テイストを感じさせるナンバー。こちらはアニメの主人公・花村紅緒のキャラクターを投影した内容である。
Peach & Apricotという謎のユニットで発表された「Watching Over You」
さらに、「Watching Over You」は2021年発表の、テレビ朝日系ドラマ『和田家の男たち』主題歌で、Peach & Apricotという謎のユニットで発表されたナンバー。その正体は Peach = 竹内まりや(シングル:不思議なピーチパイ)、Apricot = 杏里(ファーストアルバム:Apricot Jam)という2人のデュエットソング。80年代シティポップを思わせる曲調は林哲司の作曲で、竹内の「SEPTEMBER」「二人のバカンス」なども林の作曲作品。杏里も同様の縁があり、同年デビュー(1978年)の2人が初のコラボソングを発表したのであった。
デュエット作品ではもう1曲、山下達郎との夫婦デュエットによる「All I Have to Do Is Dream」。1950〜60年代に活躍したアメリカの兄弟デュオ、エヴァリー・ブラザースの全米1位作品のカバーで、原曲にほぼ忠実なスタイルでのカバー。こういった作品での山下達郎の歌唱は、そのサポート力の高さに舌を巻くほど。
音楽の愉しみと可能性が詰まった、バリエーション豊かな全18曲が収録された本作だが、デラックス盤に付属されるBlu-rayおよびDVDでは映像作品を収録。2021年、竹内が初めて行った配信ライブ『LIVE Turntable』と、その後未発表映像を加え配信された『LIVE Turntable Plus』からの厳選曲に加え、2012年に山中湖で行われた野外イベント『SPACE SHOWER SWEET LOVE SHOWER』で歌った「元気を出して」(初映像化)のライブパフォーマンスが収録されている。