転職回数は少なくてもダメ? エンジニア採用現場における「転職回数の見られ方」最新動向【久松剛解説】
最近HOTな「あの話」の実態
「ITエンジニアは転職が当たり前」
「転職回数を気にするなんて時代遅れ」
そんな風に考える人は多いかも知れませんが、本当にそうでしょうか。
ITエンジニアとて、今なお、転職回数が多過ぎる人が不採用になるケースは後を絶ちませんし、逆に転職経験が1度もない人も「転職回数」を理由に採用で落とされることもあります。
それに、エンジニアバブル(2015年~22年)後にあたる現在の転職市場は、2014年以前(アベノミクス前夜)ととてもよく似た様相を呈してきています。
そのような市況下では、各社の人事担当者は「転職回数」をどう解釈する傾向にあるのか? 最新の転職市場の動向を踏まえ、考察してみます。
博士(慶應SFC、IT)
合同会社エンジニアリングマネージメント社長
久松 剛さん(
)
2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。12年に予算都合で高学歴ワーキングプアとなり、ネットマーケティングに入社し、Omiai SRE・リクルーター・情シス部長などを担当。18年レバレジーズ入社。開発部長、レバテック技術顧問としてキャリアアドバイザー・エージェント教育を担当する。20年、受託開発企業に参画。22年2月より独立。レンタルEMとして日系大手企業、自社サービス、SIer、スタートアップ、人材系事業会社といった複数企業の採用・組織づくり・制度づくりなどに関わる
目次
一番モテる転職回数は2回?早期離職を繰り返している人は要注意転職成功のカギは「責任感」「利他性」「協調性」転職経験のない大手企業出身者も慢心は禁物
一番モテる転職回数は2回?
今、新卒で入社した会社に定年まで勤め続ける人の数は、団塊の世代が現役だった頃とは比べものにならないほど減少しています。
「転職者実態調査」(令和2年)によると、全産業を通じて転職者がいる事業所の割合は33%、情報通信業に限って言えば、41%にのぼっています。
出典:厚生労働省ホームーページ「令和2年転職者実態調査の概況」の情報を元に作図しています。
職種をソフトウエアエンジニアに限れば、転職者の比率はおそらくもっと多くなるのではないでしょうか。
いずれにしても、1990年代以降本格化した「転職」の広がりは、四半世紀を経て常識の域に達したといっても差し支えないでしょう。
実際、名の知れたIT企業で活躍する優秀なエンジニアほど、転職に躊躇がないように見えます。採用の現場で出会うエンジニアの中にも、3回以上の転職経験をお持ちの応募者はそれほどめずらしくありません。
生涯で10回以上の転職が当たり前といわれる米国ほどではないにせよ、複数の転職経験が即、「キャリアの障害になるという認識は過去のもの」だと、言いたくなりますが、だからと言って「いくら転職を繰り返しても不利にならない」と判断するのは誤りです。
というのも、冒頭でお伝えした通りここ最近のエンジニア採用市況感として「2014年以前の市況感」に戻ってきた印象を受けるからです。
早期離職を繰り返している人は要注意
2014年以前とは、いわゆるアベノミクス前夜です。当時の背景としては就職氷河期からこれから脱却しそうだという頃合いです。当時はまだ買い手市場であり、中途経験者採用であっても強気でした。提示年収は「据え置き」もしくは「下げた方が、転職希望者の覚悟が問えて良い」と判断する会社が多くあった時期です。転職回数は「次の転職で3社目」という企業も多く、一社当たり在籍年数も1年以上として見ることが多くありました。
2024年は「日経平均株価の史上最高値更新」「地価上昇」「消費増加」と景気が上向く気配を感じさせつつも、依然、鈍化状態は変わらず、企業はなかなか思い切った投資ができません。加えて新卒採用における初任給見直しがトレンドとなり、人件費を圧迫するようになりました。各社の採用活動も慎重にならざるを得ないわけです。
そんな景況感で各社の人事担当者が最近よく気にしているのは「事業にペイできる人材か」という点です。これは「その人が一つの会社でどれくらいの期間、しっかりと働いてくれるのか」とも言い換えることができます。
例えば、1年足らずで離職を繰り返しているエンジニアがいたとします。おそらく職務経歴書には、携わったプロジェクト名とともに、何かしらの実績が書かれているはずです。しかし、業務の穴埋めのようなスポット的な仕事ならともかく、1年足らずで組織や事業にポジティブな影響をもたらすのは容易ではありません。
この平均在籍期間の短さについて、1回くらいなら「そういうミスマッチもあるよね」と甘めに見られることもあります。しかしここ最近は、2回以上の1年未満転職経験があるとシビアにみる会社が増えてきている印象です。採用相談に来られる方のうち、「転職回数は多くて3回」と公言してはばからない人事担当者は、一人や二人ではありません。
もちろん、1社あたりの在籍期間が長いからといって、誇るべき実績を積んでいると即断するのは早計です。職務経歴書に書かれた内容についても、当時の関係者にリファレンスを取るなり、直接会って話を聞くなりしない限り本当のところは分からないのも事実です。
ただ、事実関係を明らかにするためとはいえ、そこまで手間を掛けてまで裏を取ろうと思えるのは、幹部候補採用くらいまででしょう。高止まりする採用コストに頭を悩ませている人事担当者なら、書類審査段階で振るい落としてしまってもおかしくありません。
人事担当者が「転職回数」や「1社あたりの在籍期間」を気にするのは、数ある「状況証拠」をつかむ手段の一つです。
特に2019年からのプログラミングスクールブーム付近でエンジニアに転身し、転職を繰り返している方について書類選考を厳しくしている採用企業もあります。エンジニア採用バブルの波に乗って「うっかり」業界に足を踏み入れてしまい、常に実力以上の評価を受け続けてきた、経験不足なエンジニアやワガママなエンジニアをあぶり出すための「苦肉の策」でもある、というのが私の見立てです。
では、転職回数が多く、1社あたりの在籍期間が短いエンジニアが新たな環境でキャリアを築くのは諦めるべきなのでしょうか。
もしあなたが無責任なジョブホッパーでないのであれば、手立てはあります。具体的にいくつか紹介してみましょう。
転職成功のカギは「責任感」「利他性」「協調性」
経験したプロジェクトの規模は小さくても構いません。今の職場で、開発案件や開発組織をリードした経験や課題解決につなげた経験を積んでください。
プロジェクトの末席にいただけなのに、あたかも自ら勝ち取った手柄のように語ることを「アレオレ詐欺」といいますが、自らの経験に虚飾をまぶして見栄を張ってもいつか必ずボロが出ます。
早期離職の無限ループから脱したいなら、職務経歴書にチームや事業に対してどれだけ貢献したか、自信を持って示せるようになるほかありません。いうまでもないことですが経験に勝る説得力はないからです。
もし仮に誇るべき成功談がなかったとしても、失敗から学んだことを適切に言語化できれば、それはそれで加点評価と捉える人事担当者は多いでしょう。
SNSで見かける、いわゆる「退職ポスト」の書き出しの定番は「このたび◎◎を卒業することになりました」ですが、早期離職を繰り返している人の場合、どうしても「『卒業』より『中退』といったほうが正しいのでは?」と感じてしまうことがよくあります。
こうした方が採用側の懸念を払拭するポイントは、書類選考の段階で「責任感」と「利他性」「協調性」を示すことです。
例えば、CTOやVPoEと比較して、リーダーやチーフなどの肩書に価値はないと思われるかも知れませんが、責任感、利他性、協調性が不可欠なマネジメントに一歩踏み出した証になりますし、複数年にわたって責任ある立場を維持していれば、それなりの実績を出していたことをうかがわせます。
逆にCTOなのに「経営会議に出ていません」という人も結構いるのは由々しき問題です。経営会議に出ていないゆえに、予算に疎い、ひいては「知らない」という人をCTOと呼べるのかは怪しいところです。VPoEなのに全然Vice Presidentしてないのでは……という人もいますからね。
ちなみにCTOに関して少しお話を追加すると、2013年~14年くらいの時に「CTOを設置するとエンジニア採用がうまくいく」という言説があったのをご存じでしょうか。その説にしたがってエンジニア経験者をCTOに据える動きが一時多くなりました。そんなムーブメントを未だに引きずっている感は否めないですよね。
話は少しそれましたが、「中退」と「卒業」を隔てるのは、書類選考段階で周囲を巻き込み「やりきった」と感じさせられるポイントがあるかどうか。肩書はそのひとつの目安に過ぎませんが、ないよりはあったほうが転職に有利なのは間違いありません。特に30代以降の世代は強く意識すべきです。
責任感、利他性、協調性を育む経験を積めそうな機会があれば挑戦し、引き受けたからには人に語れるだけの実績を残して辞める。それが転職成功の鉄則です。
転職経験のない大手企業出身者も慢心は禁物
ちなみに、これまでの話とは逆に転職経験が全くない方は「転職に死角ナシ」といえるのでしょうか。残念ながらそうとは言い切れません。
むしろ30代後半以上で転職経験がない応募者についても人事担当者は警戒します。特に日本の大手企業に長く勤めている方で、創業間もないスタートアップや外資系企業など、企業文化が著しく異なる企業を目指すなら要注意です。
同格の日本企業に転職するなら問題が少ないのですが、大企業ほどの恵まれていない環境に移る場合、どうしても「不平不満が多く独善的ではないか」「変化に弱く、柔軟性や対応力に欠けるのではないか」と思われがちだからです。
こうした採用側のバイアスを乗り越えるには、副業経験やプロボノ活動など、本業とは別の活動を通じて、異なる環境に対する受容性の高さを示すのが得策です。
一つの組織に身を置いていては味わえない多様な価値観や、バックグラウンドの異なる人たちとの交流は、年齢差から生まれるジェネレーションギャップやカルチャーギャップを乗り越える力になります。
職務経歴書などにこうした経験があることを書き添えるだけでも、人事担当者の不安を拭い去る可能性は一気に高まるでしょう。
加えて、自己ブランディングの一環として、技術セミナーやカンファレンスでの登壇や、YouTubeやポッドキャスト、キャリア系SNSなどを通じた知見の共有など、情報発信に務めるのもおすすめです。
こうした取り組みは、他者への貢献意欲がなければ続きませんし、内容がよければ経験やスキルの証明にもなります。リファラル採用で声がかかる可能性も高まるので、もし社外での活動経験が乏しいのであれば、転職を考えはじめたのを機にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
繰り返しになりますが、いくら人手不足とはいってもよほどの事情がない限り、自分勝手なエンジニアを採用したい企業はありません。
これまでの内容を踏まえ、転職回数が多い、1社あたりの在籍期間が短いといった客観的事実があったり、キャリアの連続性に疑問符をつけられたりしそうだと思ったら、応募書類の段階で説得力のある説明を尽くすべきです。「面接で説明すればいい」と高を括っていると、書類選考で落とされてしまうかも知れません。
「エンジニアは常に引く手あまた」という感覚はもはや時代遅れです。似たような経歴でも、企業からお呼びがかかる人がいれば、箸にも棒にもかからない人もいます。もし、転職回数が多かったり、早期離職が続いてしまったりしているのであれば、人事担当者の懸念を払拭すべく転職戦略を立てましょう。それが不利な状況を打開し、転職を成功させる秘訣です。
構成/武田敏則(グレタケ)、編集/玉城智子(編集部)