「冷やご飯世代」と「冷凍チャーハン世代」──フードライター・コラムニスト、白央篤司さんの【あの人のチャーハン】
「自炊」という言葉は古くからありますが、「自炊」を捉え直した「新たな提案」の流れがここ数年生まれています。その起点のひとりが2018年に『自炊力 料理以前の食生活改善スキル』を出版した、フードライター・コラムニストの白央篤司さん(50)。白央さんはどんな風にチャーハンを食べているのでしょうか。「心に残るチャーハン」は。
NHK出版公式note「本がひらく」連載「あの人のチャーハン」よりご紹介。(※本記事用に一部を編集しています)
自炊の定番料理でなくなった
──自炊の本は古くからありますが、『自炊力』を読んで「おやっ」と思ったのは、チャーハンはだれにでも簡単に作れる「自炊の定番料理」と思っていたのが、本の中に登場しませんでした。チャーハンの立ち位置に変化が起きているのかなと。
私自身、チャーハンはたまに無性に食べたくなるのですが、ご飯を炊いては余った分をすぐに小分け冷凍にするようになって、作る頻度はガクンと下がりました。以前は炊いて保温が長くなったもの、冷えたものをよくチャーハンやお茶漬けにしていたのですが。
「冷やご飯の活用」から「わざわざ作るもの」に変わってしまって、もう10年以上が経つでしょうかね。
『自炊力』に出てこなかったのは、私から見るとチャーハンを定期的に作れる人って料理が習慣化されていて、自炊に困っていない印象がある。
『自炊力』はそうでない人たちをメインの読者対象にしていますので。
──2018年に『自炊力』、2020年に『たまごかけご飯だって、立派な自炊です。』を出されました。「自炊」を捉え直し、ハードルを下げた提案が新鮮でした。
私が携わってきた料理雑誌やグルメ雑誌は、基本的に料理に興味ある人、好きな人のためのもの。そう思えない、今現在はやる余裕がない、気力を持てない人のための「手がかり本」も必要だと思ったんです。
私は子どもの頃からたまたま料理に興味があったので、「麻婆豆腐」「チャーハン」「カルボナーラ」など、「名前のある料理」を作ってはレパートリーを増やしていきました。
ところがひとり暮らしを始めると、「名前のある料理」を作った後は、余ってる食材を使いまわして「名前のない料理」を作れる力が必要と気づかされる。
さらに30歳で出版社を辞めてフリーランスになると、「経済性」がより重要になり、食材をなるたけ手頃に購入し、無駄が出ないよう繰り回していく力が大事になりました。
──「料理を作る力」だけが「自炊力」でないということですね。
プラスして、適切に「栄養」を考えられる力も必要です。
会社勤めをしていたとき、40代で生活習慣病になり、好きなものを食べたり飲んだりできなくなる先輩もいた。楽しみも減るし医療費もかかります。そのリスクを下げるための食知識を30代のうちに身につけると大きな財産になると思いました。年を取ってくるとだんだんスキル獲得も難しくなるのでは、と。
──本の中では、コンビニでの買物も「自炊力」のうちとして、例えばお弁当を買うときのアドバイスから始まっています。○○弁当を買うならミニトマトを一品加えようとか。
食べるための選択肢がこれだけ増えているのですから、料理を作りたくない人は作らなくてもいいと思うのです。
その代わり、必要な栄養を摂るためには、あるいは何を摂り過ぎないほうがいいかと考え、どういう弁当や惣菜を選ぶといいか、どう組み合わせて買うといいかといった知識は、あったほうがいい。
「今日はどうしても〇〇が食べたい」というときはストレス解消優先でいいと思ってます。でもその代わり、野菜が足りてなかったら翌日以降補うようにするとか。
大事なのはそうした「自炊的考え方」を持つことだと私は思うんです。
食べることは日々のエンタメでもあるので、健康を優先して我慢ばかりしていては気持ちが塞いでしまいます。そのバランスをうまく取りながら自炊生活を送ってほしいと思いますね。
おかかと醤油とねぎの「焼き飯」
──白央さんは、子どもの頃はどんなチャーハンを食べていましたか?
母が冷やご飯で焼き飯をよく作ってくれました。あの頃うちの炊飯器には保温機能があったかなかったか。40年ぐらい前ですけど。
炊きっぱなしで、余ったのをチャーハンにしてたんでしょうかね。
で、炊いた残りをおかかと醤油にねぎだけでおいしい焼き飯にしてくれたり、炒り卵とねぎのチャーハンなんてとてもおいしかった。
──おかかとねぎと醤油、シンプルだけれどおいしいですよね。
母は料理上手でね、醤油の香らせ方がうまいんです。
チャーハンじゃないけど、バターと醤油の焼き飯なんて最高においしいのですよ。小腹空いた夜中の最高傑作のひとつでしたね。ちょっと醤油を焦がし気味にするんです。
ああ、食べたくなってきた。
──ちなみに白央さんの中で「焼き飯」と「チャーハン」の違いってどんな感じ?
「チャーハン」というと「パラパラでないといけない」とか、「こうでないとチャーハンと言えない」みたいなことを思う人もいるので、そこから自由になりたくてつい「焼き飯」という言葉を使いがちです。
──その気分、すごくわかります。
「こんなベッチョリしたチャーハン、恥ずかしい」とかね。
本来、お店で食べるものという意識があるのではないでしょうか。
失われる昭和の「冷や飯」文化
──電子レンジが90年代に一気に普及し、チンすればいつでも「温かいご飯」が食べられるようになりました。それによって家庭から実質「冷や飯」は消滅したわけですが、冒頭でのお話で、チャーハンは「わざわざ作る料理」に変質してしまったということですね。
温かいご飯があるのであれば「ご飯とおかず」でいいわけです。それをご飯に具を入れて炒めて、となると手間になります。
私の子ども時代は、残った冷やご飯をおいしく食べる方法として家チャーハンや家焼き飯があり、お茶漬けや雑炊、お粥もあったわけです。
──お茶漬けも、確かにそうですね。
かつては、焼き魚の切れっぱしや自家製のお漬物はたいていの家にあって、それとともにお茶漬けを食べる日常がありました。海苔もどこの家庭にもあって、海苔茶漬けにして。そういう食の姿はかなり失われ、お茶漬けもノスタルジックな存在になっていないでしょうか。
──「冷やご飯を知る」昭和世代と、「知らない」平成・令和世代とでは「食の風景」が大きく違いそうですね。
自炊体験の取材をいろいろな人にしてきましたが、現在40歳から50歳ぐらいの人で少年期にチャーハンを作ったという人は多いですね。
時代的にそれだけ「冷や飯」が多かったのかな。親が作る姿を見て真似て作ったのでしょう。
──下の世代はどうですか?
私の世代の家庭のチャーハンの入り口は「冷やご飯」でしたが、下の世代は「冷凍チャーハン」が入り口になっています。
──この連載で冷凍食品メーカーのニチレイを取材しましたが、冷凍チャーハンは売り上げでギネス世界記録に認定されるほど家庭の中に入っていますからね。
でも、冷凍チャーハンと同じものを家庭で作ろうとなると大変ですよ。ゴロゴロのチャーシューなどが必要で、しかもパラパラに仕上がらないといけない。
「焼き飯」に比べると段違いにハードルが上がる。
──そうしたことも自炊料理におけるチャーハンの立ち位置の変化に関係しているんですね。
作りたくなるチャーハン
──チャーハンをたまに無性に食べたくなるというお話でしたが、そんなときはどんなチャーハンを?
私はちりめんじゃこが好きなので、手頃なときに冷凍しとくんです。どっさり加えて、スパイシーに胡椒粒や山椒なんか加えてチャーハンにするのはよくやりますね。
おいしいチャーシューをいただいたときにごろっと角切りにしてチャーハンにしたり、むき海老が手頃なときに塩味でチャーハンにしたりするのも定期的にやりたくなる。
アヒージョなんか作って、具材と油が残ってるときにチャーハンにするのもおいしいですよ。
──それは、おいしそう。
チャーハンは冷蔵庫に余っている食材を一掃できますから、自炊の強い味方にもなるんですよね。
酒と醤油で味付けするだけでもそこそこおいしいし、コンソメパウダーとバターでピラフっぽくもできる。中華スープの素とオイスターソースにごま油で中華風にも展開できる。
今の時季ならアスパラを細かく刻んでベーコンとチャーハンにするのもぜいたくなおいしさです。
もっと暑くなってきたら、コーンとミョウガと細かく刻んだきゅうりのチャーハンを鶏だし味で作って胡椒をきかせる、なんてのもおいしいですよ。
──季節感も味わえていいですね。
※後編に続きます。
後編では、10歳の頃の「初めてのチャーハン作り」を通して学んだという「家庭料理の神髄」や、「日々の料理」と「趣味の料理」について伺います。
プロフィール
フードライター・コラムニスト 白央篤司
1975年生まれ、早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経てフリーに。日本の郷土料理やローカルフード、現代人のための手軽な食生活の調え方と楽しみ方、より気楽な調理アプローチをメインに企画・執筆する。著書に『はじめましての旬レシピ: 忙しくても、時間がなくても、季節のものを味わいたい!』(Gakken)、『はじめての胃もたれ 食とココロの更新記』(太田出版)、『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)、『台所をひらく 料理の「こうあるべき」から自分をほどくヒント集』(大和書房)、『自炊力 料理以前の食生活改善スキル』(光文社新書)など。
取材・文
石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。
題字・イラスト:植田まほ子