父から子へ、さらなる進化を遂げる凄腕ピロッツィ
ナポリの中でも最も活気のあるサルトリアと言っても過言ではないほど、世界中からの注文に追われている。偉大すぎる父ヌンツィオ・ピロッツィの後を継いだ息子の“ミンモ”もまた、目を見張る実力の持ち主だ。
text and photographyyuko fujita
初めて作ったサルトリア仕立ての服は、忘れもしない2000年のサルトリア ピロッツィだった。いきなり最上の服と出合えたのは幸運だったと思いたいが、ピロッツィを知ってしまったがゆえに並の服で満足できなくなってしまったのは、見方を変えれば不運だったのかもしれない。ひとついえるのは、ピロッツィの服によって“無上のサルトリア ナポレターナ探求の扉”が開かれ、私はその扉の、ブラックホールの如き強大な吸引力に抗う間もなく呑み込まれ、今もその広大な宇宙を彷徨い続けているという事実だ。
あれから24年。2000年に出会ったふたりのマエストロ、1938年9月6日の兄ヌンツィオ・ピロッツィと1946年8月20日生まれの弟フェリーチェは健在で、今も朝から晩までサルトリアで服を仕立て続けている。質問するたびに8、9、10歳と異なる答えが返ってくるので本人の記憶も曖昧なのだろうが、ふたりともそのくらいの年齢からサルトの修業に入った。彼らのマエストロは、同じパラッツォに住んでいたパスクアーレ・ソッレンティーノだ。伝説のロベルト・コンバッテンテの弟子であり、イタリア共和国大統領の服も仕立てていたほど卓越した技術の持ち主だったという。その後、ナポリの中心部トレド通りのガッレリア ウンベルト1世にあるフェリーチェ・デ・ベッリスのもとでも学んだ。
「ナポリへはカサルヌオーヴォから電車で通っていたんだ。当時、よく駅でアントニオ・パニーコ、マリオ・フォルモーサ、パスクアーレ・サビーノと会ったものさ。皆若くして素晴らしい腕をもっていたな」と、ヌンツィオは述懐する。彼らの名を耳にするだけでワクワクする。それほどまでに、ピロッツィの服は私のサルトリア ナポレターナへの興味を増大させたのだ。
ヌンツィオは1960年、22歳のときにナポリ中央駅前のガリバルディ広場に、「ピロッツィ」の歴史の始まりとなる小さなサルトリアをオープンさせた。その後、卓越した仕事がジワジワと評判を呼び、太客からの紹介で、メルジェッリーナ地区のサンナッツァーロ広場の前にサルトリアを移すことになる。そこでピロッツィは歴史を刻み、世界的な名声を得て今日までの成長を遂げていった。
2023年1月、サルトの聖地カサルヌオーヴォにピロッツィがサルトリアを移したことは、ナポリではちょっとした話題になった。なぜ、絶好調のピロッツィが、ナポリ中心部を離れるに至ったのか。それは、今日のサルトリアの舵取りを担う“ミンモ”なりの深い考えがあってのことだ。ミンモとは、ヌンツィオの長男であるドメニコ・ピロッツィの愛称である。
移転したカサルヌオーヴォのサルトリアを訪ねるのは初めてだ。以前のサルトリアはいくつかの部屋に分かれていたが、ここではミンモを中心に、ひとつの部屋ですべての作業が完結するようになった。
「ここには私を含め、14名のサルトがいます。ベテランのサルトだけでなく、若いサルトも増えました。今日、サルトを志す若者を探すのは困難なことです。ただ、ここカサルヌオーヴォは、特に父の時代にはどの家庭にもひとりはサルトがいるような“サルトの町”でした。そんな背景もあって、ここではやる気のある若者を見つけるのはさほど難しくはありません。ただし、彼らが技術を習得できる環境を、我々がしっかり整えることが大切です。その一環として、年内にサルトリア内に学校を開設します。未来のサルトリア ナポレターナを担う若者たちを、18歳から20歳までの2年間、私たちが給料を払いながら育成するのです。それは持続可能な社会をつくることにも繋がります。ナポリのサルトが世界から注目される中で、10年前には考えられなかったことですが、サルトを目指す若者が出てきたことも、私たちには追い風となっています」
ミンモが育った時代はサルトリアの暗黒期だった。息子にサルトリアを継がせたがった親は少なく、だから子はサルトの技術を学んでこなかった。子がサルトとして仕事を継いだサルトリアはナポリでも非常に数が少なく、成長を加速させているサルトリアは本当にひと握りだ。
「ピロッツィにはピロッツィの仕立て方、美意識があり、私たちのサルトにはそこを徹底させています。父の代からのスタイルは継承しながらも、世界で勝負するようになった中で感じたスタイルの変化を私の中で受け止めながら、私が美しいと思うスタイルに進化させています。ナポリを象徴するマニカ・カミーチャも、それを採用してもうっすらと入れる程度で、その塩梅にこだわりがあります。でも、仕立て服は一着一着が勝負。すべてを内製にすることで、美意識の共有の徹底を図る。その中で我々は成長を目指しているのです」
ストラスブルゴ カスタマーセンター TEL.0120-383-563