【第172回直木賞候補作品から④ 朝倉かすみさん「よむよむかたる」】 「生きがい」を描いているように見えるが
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。1月15日に発表された第172回直木賞の候補作品を紹介する不定期連載。4回目は朝倉かすみさん「よむよむかたる」(文藝春秋)を題材に。
2004年に「肝、焼ける」で作家デビューした朝倉さん。2019年には「平場の月」で山本周五郎賞に選ばれた。
「よむよむかたる」は、北海道小樽市の喫茶店で毎月開かれる読書会のやりとりを克明に描く。メンバーは7人。元アナウンサーの「会長」88歳。元中学校教師の女性「シルバニア」86歳。会計担当の女性「マンマ」82歳。シルバニアと同僚だったこともある元中学校教師男性「蝶ネクタイ」86歳。最高齢女性まちゃえさん92歳。まちゃえさんの夫「シンちゃん」78歳。そして、オーナーのおばから店を任された、小説が書けない作家「やっくん」28歳。
読書会は入会順に課題本を1節ずつ読む「読み」に続き、参加者がみんなで朗読や内容について語り合う。ああでもない、こうでもない。会が始まる前後の雑談も、会員にとっては至福のひとときだ。文学賞新人賞に選ばれたことがあるやっくんは、皆に一目置かれつつ、最年少としてのわきまえを忘れない。
一読して感じるのは、ゆったりと時間が流れている、ということだ。誰かが言葉を発する。例えばやっくんが「あ、どうも」と言う。音にすればほんの数秒。朝倉さんは、この数秒に起こったことを、1ページにわたって丁寧に書きつづる。読書会メンバーの目の様子、拍手の仕方、首の動かし方、「あ、どうも」と言いながら考えたこと…。皆が共有している時間のかけがえのなさ、いとおしさが伝わってくる。
「高齢者ばかりの読書会」というほんわかした集まりは、つまり「死のカウントダウンが始まった集団」でもあるのだ。でも、彼らは決しておびえない。「いずれ来るもの」とお互いに分かっている。だからこの時間がいとおしい。
「生きがい」を描いているように見える本作だが、実のところ「死にざま」がテーマではないか。
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