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ハロー、マイ・ユーミン ③ 未来を照射する1990年代の作品〜様々なマイノリティとの共生

Re:minder

1997年02月28日 松任谷由実のアルバム「Cowgirl Dreamin'」発売日

スリー・ストーリーズ by Re:minder
ハロー、マイ・ユーミン ③ 未来を照射する1990年代の作品〜様々なマイノリティとの共生

2025年11月19日、松任谷由実のニューアルバム『Wormhole』の発売に合わせ、ユーミン作品の全作詞を収めた歌詞集『ハロー、マイ・ユーミン』がポプラ社から発売された。

ということで、今回の “スリー・ストーリーズ by Re:minder” では、歌詞集『ハロー、マイ・ユーミン』の発売に合わせ、ユーミンが発表した未来を予見するような楽曲を中心に、トレンドセッターであり、時代の預言者とまで呼ばれている彼女の世界観を辿っていきたい。最終話となる3話目は1990年代のユーミン作品についてだが、その前に少し時計の針を戻して、1988年のバブルど真ん中の時代を振り返ってみたい。

純愛のコンセプトに最もふさわしい「恋はNo-Return」


バブル絶頂期、女性たちは生き生きと都会で働き、夜な夜なトレンドスポットに繰り出して遊びまわった。ワンレン、ボディコンのファッションに身を包み、時代の華やかさの先端に立って繁栄を謳歌していた女性たちに対し、彼女らに貢ぐ男たちを “アッシー、メッシー” などと呼んだ。男たちは毎年、クリスマスイブにシティホテルを予約して、豪華なディナーをご馳走し、夜は… という時代である。

そんな享楽のど真ん中でユーミンが発表したアルバムが1988年の『Delight Slight Light KISS』だ。アルバムのコンセプトは "純愛"。“舌を入れないキス" というユーミン流の意訳が宣伝フレーズに使われた。

前作のアルバム『ダイアモンドダストが消えぬまに』で、“もののあはれ” を表現したユーミンは、恋愛と経済力が密接な関係になってきた時代にあえて、純愛を持ち込んできた。アルバムのリード曲は「リフレインが叫んでる」だが、それより純愛のコンセプトに最もふさわしい作品がフジテレビ『おれたちひょうきん族』のテーマソングとなった「恋はNo-Return」だった。

「♪Love Affairでいいなら他のひとにして」
「♪天国の前にハートを見せて」
「♪イカシた車でもこの愛は釣れない」

男も女もギラギラしていた時代に、あえてこういった曲を歌うことで、バブルに浮かれる日本人たちに、警鐘を鳴らしたとは言えないだろうか。同時期に村上春樹の小説『ノルウェイの森』が大ベストセラーになったことも重なって、改めて “純愛" の持つ意味が再認識されたのである。

田舎に嫁いで行く女性の心境をラブリーに歌った「Home Townへようこそ」


このアルバムにはもう1曲、時代の先を見据えたかのようなナンバーが収録されている。それが「Home Townへようこそ」だ。田舎に嫁いで行く女性の心境をラブリーに歌った作品で

 きみに見せたい景色があるんだ
 いつも話してきかせてくれたね
 本当に田舎ね ここは素敵な Home town

この「♪本当に田舎ね」が強烈なフレーズとして印象に残るが、バブルを謳歌する都会人へのカウンターパンチ的な印象もある。また “お嫁に行く” という古典的になりつつあった感覚を、この時代に引き戻してきた感もある。

 なんて紹介するの
 こんな服でいいの 
 あなたのママに気に入られるわ

都会に出て行った地方出身者が、地元に戻る “Uターン現象” が起き始めたのは1970年代半ばだが、それも1980年代半ばを境になくなっていった。その後は人口減少による地方の衰退と東京への一極集中が叫ばれるようになっていく。そんな時代の入り口で、地方に嫁いで行く女性をハッピーな感覚で歌にしたのが「Home Townへようこそ」だった。

この『Delight Slight Light KISS』というアルバムは、時代に対しての逆張りでもあり、警鐘を鳴らす役割を果たしていた。そしてバブルは崩壊し経済は停滞、それと同時に全国で地方再生が叫ばれるようになっていく。

現代のパソコン社会を暗示するかのような「誰かがあなたを探してる」


1991年に発表されたアルバム『DAWN PURPLE』に収録された「誰かがあなたを探してる」は、コンピューターをモチーフに使った異色作である。

 誰かがあなたをエディットしてる
 プログラムにゴーストがいるわ

 あなたを蝕む恋のウイルスを 
 早く消してしまおう

1991年の段階で、パソコンは一家に1台などあり得ない時代。オフィスですら1人1台というわけにもいかず、家庭に普及し始めたのは、『Windows 95』が発売された1995年頃のこと。21世紀に入ってパソコンは生活必需品となり、スマートフォンの時代へと変化していくが、現代のパソコン社会を暗示するかのような、ちょっとホラー風味もある内容だった。

こうしたテクノロジーを歌に取り入れた作品は、ビデオデッキを歌詞のモチーフにした1986年の「ジェラシーと云う名の悪夢」や、コンピュータゲームと恋愛をかけた1989年の「LOVE WARS」などがあるが、1990年代途中からのユーミンは、逆に最先端テクノロジーを扱わなくなり、むしろプリミティブな感覚を取り入れて、ワールドミュージックに接近していった。そう、1990年代のユーミンは、"少数民族" などに視点をおいた作品が増えはじめ、世の中のトレンドとは距離を取った作風に変化していった。

カミングアウトに関するド直球のメッセージソン「告白」


その中でも、マイノリティの存在を意識し、その先の未来を照射した象徴的な1曲に、1997年の「告白」がある。LGBTQに関する社会の対応が、日本でも論議されるようになり、ジェンダーフリーが叫ばれるようになったのはここ数年のことである。だが、ゲイフレンドリーとしても知られるユーミンは、1997年段階でカミングアウトに関するド直球のメッセージソングを提示してきたのだ。

 はじめから わかってた かくせはしないこと
 はじめから わかってた こんな日が来ること

 Don’t be afraid of sorrow 恐れずに
 苦しさをぶちまけて 自由のために

具体的に、ゲイのカミングアウトについての歌だという描写はないので、いろんな解釈が可能だが、この曲が初披露された1998年のコンサートツアー『Strollin’ Cowgirl Tour』では、アンコールでドラァグ・クイーンの格好をしたバンドメンバー(全員男性)を従えて、シスターの衣装に身を包んだユーミンが行進する演出が施された。この曲が何について歌われているのか、多くの観客が理解したはずである。

 愛を測らないで 比べないで
 禁断の愛などないの No No No

という歌詞は、まさに現代において、マイノリティ側から発信される主張そのものである。イントロでは “We want freedom!” というシュプレヒコールが加わり、ミュージックビデオにはゲイパレードの映像もインサートされていた。“多様性の時代“ が共通認識となり、ジェンダーフリーが叫ばれている昨今から振り返ると、「告白」は相当早い彼らへの応援歌であり、そこで歌われたメッセージは、今もまったく古びていない。本来は古びた考えになった方が理想なのだが、日本ではまだまだその道は遠いであろう。

反戦メッセージを孕んで歌われる「Now is On」


また、1999年に発表されたアルバム『FROZEN ROSES』の1曲、「Now is On」は “今を生きよう” というユーミンからのメッセージソングで、具体的に何かを予見している曲ではなかった… と思っていたが、2023年の50周年記念コンサート『The Journey』ツアーの中でこの曲が歌われ、円形のステージ上に戦車や降り注ぐ砲弾のイラストレーションが投影され、爆発を思わせる効果音が何度も響き渡った。

2023年は、ロシアウクライナ戦争の真っ只中であった上、ツアー後半にはガザ地区の紛争が起きたのだが、どちらも現在まで解決には至っていない。この「Now is On」がまさかこのような反戦メッセージを孕んで歌われる日が来るとは思わなかったが、常に時代の空気感を受け止めながら創作されているユーミン作品だからこそ、シリアスに気付かされることでもある。

コロナ禍前に書かれ、未来を予見していた「あなたと 私と」


ところで、​​このように未来を予見する預言者的な作品は、近年のユーミン作品にもあるのだろうか。

2020年に発表された『深海の街』は、コロナ禍のタイミングで発表されたアルバムである。タイトルチューンである「深海の街」は、当初、テレビ東京系『ワールドビジネスサテライト』のエンディングテーマとして書き下ろされた、“シティポップ・ブームに対するユーミンからの回答” という意図が含まれた楽曲だった。コロナ禍前の2019年に発表された配信シングルだったが、結果的に歌詞の内容がコロナ禍の状況と酷似してきたため、配信リリース時とは異なる意味合いを描き出す楽曲になったのだ。

さらに、シミュレーションゲーム『刀剣乱舞ONLINE』のテーマ曲「あなたと 私と」もコロナ禍前に書かれた曲で、コロナが収束した際に、“潜り抜けた闇を振り返る歌に図らずもなってしまった” と本人が語っている。そして、今年の11月18日にリリースされた最新アルバム『Wormhole』の最後には、ディストピアの先にある希望を歌った「そして誰もいなくなった」という楽曲が収録されている。この先の未来はどうなるのだろうか。この曲もまたユーミンの予言のように機能するのだろうか。

Information
ハロー、マイ・ユーミン 荒井由実&松任谷由実&呉田軽穂 歌詞集

本人監修のもと600曲以上収録。提供曲・コラボ曲も初めて網羅した歌詞集。直筆歌詞、コメント、レアな楽曲も掲載!
▶ 発売:2025年11月
▶ 判型:B5変型判 / 659ページ
▶ 定価:4,180円(本体3,800円)

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