スカウティング、どこまでする? 相手分析と自分たちの強みを出すことを良いバランスで行うにはどうしたらいいか教えて
学年が進むにつれ技術や理解力の差が大きくなってきて、同じメニュー設定だと上手い子には物足りず、そうでない子はついていけないというジレンマ。
全員でやる練習と、個別にチャレンジを促すような調整を入れたいが、どんなバランスでやるのがいい? と悩むお父さんコーチ。少年団やセレクションのないチームなど、同じ悩みを持つ指導者もいるのでは。
ジェフユナイテッド市原・千葉の育成コーチや、京都サンガF.C.ホームタウンアカデミーダイレクターなどを歴任し、のべ60万人以上のあらゆる年代の子どもたちを指導してきた池上正さんが、具体的な練習の設定など3つのアドバイスを送ります。
(構成・文 島沢優子)
<お父さんコーチからの質問>
こんにちは。U-9 の父コーチです。子どもが所属しているチームで指導しています。
自分が学生のころとは時代が違うのは理解しているんですが、最近は試合前に「相手チームはドリブルが得意だ」とか「キーパーの動きが弱い」など、子どもたち同士で話題になることがあります。
相手の動きを知ることは、サッカーを理解していくうえで大事だと思っています。
ただ一方で大人としては相手分析も大切だと思いますが、子どもたちに戦い方を指示しすぎると、自分たちのプレーを出せなくなるのでは......。と迷っています。
この学年で相手を意識させる際のポイント、また「相手を分析すること」と「自分たちの強みを出すこと」良いバランスで行うにはどうしたらいいか、アドバイスをいただけますか?
<池上さんからのアドバイス>
ご相談ありがとうございます。
試合をする前に相手を知ることをスカウティングと言いますが、このスカウティングはどの年代、どんなレベルでも、実際には行われているようです。
■スカウティング結果をもとに戦い方を指示すると、現場での「気づく」力を養えない
しかし、私からすると小学生の間に相手チームのスカウティングをする必要はないと考えます。
事前に、相手はこうだからこうしろと大人が指示するよりも、実際に戦ったときに、選手たち自身が相手のことを感じとって対処できるように育てたほうがいいと思います。
そうすると、このようなことが起きます。
先日、私が運営する小学生のチームが試合をしたとき、子どもが相手のゴールキーパーがすごく前に出てきているのを見て遠くからシュートを打ちました。私は、なるほど、そんなことが見えているんだと思って嬉しかったです。
このとき、ベンチにいるコーチたちは「キーパー出てるぞ、よく見ろ」などとアドバイスをしたり、例えばハーフタイムに「あのキーパー、いつも前に出てるでしょ?(だからシュートが狙えるという意味)」といった話をしがちです。
でも、あえてしないほうがいい。事前にアドバイスすると、自分で「気づく」という力を養う機会をつぶしてしまうからです。
■「気づく」力、相手を見る感覚は小学生年代で養いたいもの
私は中学生のチームも持っています。もし、相手のゴールキーパーが前に出る時間が長ければ、彼らにはハーフタイムのとき「相手のキーパーがいつも前に出ているのを見ていますか?」と質問します。
そこに何らかのチャンスがあるのではないかという問いかけです。中学生の年代ではそんなところを見逃さないのはとても大事なことだからです。
本来なら小学生の段階でこのような感覚は養いたいものです。したがって、小学生には「自分たちでどうするか」という点に指導者は注目してほしいのです。
■事前のスカウティングと現場の対処は異なるもの。アドバイスはハーフタイムに
もし何らかのアドバイスをするとしたら、試合中にコートサイドからではなくハーフタイム時にしてください。
例えば「相手のチームはドリブルをいっぱいしてくるよね」とか「ロングキックを蹴ってくるね」と相手の特徴を確認します。そのうえで「では、どう対応するか?」という話をするのはいいでしょう。
そういった現場での対処と、事前にスカウティングして「相手がこうだからこう戦ってください」と指示するのは、まったく違います。
9歳でそのように指示してしまうと「コーチ、次の試合はどうしたらいいの?」と逐一大人に指示を求めるようになるかもしれません。
毎回コーチに尋ねる。ピンチになったら、ベンチを見る。そんな子どもが育たないとも限りません。
■相手分析は「こうじゃないと勝てない」という思考に行き着く、そうでなく自チームの子どもを育てるほうに目を向けて
他方、小学生のうちから指示してしまう理由を考えると、そこには「勝つためにどうするか?」という視点があります。ご相談者様は「自分たちの強みを出すことと、相手を分析することのバランス」について触れています。
そのような考え方は、例えば「僕たちの強みはパスを回してゴールを目指すことではあるけれど、相手を分析するとそうじゃないサッカーをしないと勝てないかもしれない」という対応策に行きつきます。
そうではなく「育てよう」という視点を持ってもらわなくてはなりません。チームが試合に勝っているからといって、決して個人が育っているわけではありません。
ひとり一人が何ができるようになって、まだ何が足らないのか。
戦う相手よりも、教えている子どもたちのありようを事細かに観察することにエネルギーを割いてください。
■勝つために大人がブレてしまわないように注意
9歳以下ですから、自分たちのやることをできるようになって勝てれば一番いい。
ただし、自分たちがやろうとしていることが全部できても、相手のほうが強くて負けてしまうこともあります。そのときに相手の強みを消すために、自分たちのやろうとしてたことをしないことがあります。
パスを回してゴールを目指してはいるけれど、相手はフォワードに強い子がいるから、ディフェンスの2人でそこは守ってなさい、ずっとマークしようねと指示をする。
勝つために大人のほうがブレてしまうのです。それはあまりお勧めできません。
■子どもたちが相手について話題にするのは構わない、その上で自チームのテーマを再認識させよう
一方で、ご相談文に書かれているように、試合前に子どもが自分たちで「相手チームはドリブルが得意だ」「キーパーの動きが悪い」といったことを話題にするのはまったく構わないと思います。大人のほうは「そんなふうに相手チームを観察しているのか」と見ていればいいでしょう。
そこで「そうかもしれないけれど、いつも練習していることは何ですか?」とか「私たちのチームはどんなサッカーをするんですか?」ともう一度問いただします。そのうえでみんながチームのテーマを再認識してサッカーができれば一番いいと思います。
ご相談者様は「子どもたちに戦い方を指示しすぎると」と書かれています。多くの指導者が指示してしまうのは、勝たせたいからではないでしょうか。
小学生年代の指導で最も大事なことは何か。この機会にぜひ自問自答していただければと思います。
池上 正(いけがみ・ただし)「NPO法人I.K.O市原アカデミー」代表。大阪体育大学卒業後、大阪YMCAでサッカーを中心に幼児や小学生を指導。2002年、ジェフユナイテッド市原・千葉に育成普及部コーチとして加入。幼稚園、小学校などを巡回指導する「サッカーおとどけ隊」隊長として、千葉市・市原市を中心に年間190か所で延べ40万人の子どもたちを指導した。12年より16年シーズンまで、京都サンガF.C.で育成・普及部部長などを歴任。京都府内でも出前授業「つながり隊」を行い10万人を指導。ベストセラー『サッカーで子どもがぐんぐん伸びる11の魔法』(小学館)、『サッカーで子どもの力をひきだす池上さんのことば辞典』(監修/カンゼン)、『伸ばしたいなら離れなさい サッカーで考える子どもに育てる11の魔法』など多くの著書がある。