玩琴趣談7 「おこと」のお話し「古筝」
東京や福島県いわき市で二胡や広東高胡、中国音楽のレッスンをしている安西創です。そんな私が中国の楽器をちょっとだけディープに紹介する「玩琴趣談」の7回目。過去には第1回「笛子」に始まり、「小三弦」「高胡」「笙」「琵琶」、そして第6回の「洞簫」と、各回それぞれ違う楽器についてスポットを当てた記事がアップされています。ぜひ合わせてご覧ください。そして、何気なく聴いていた民族音楽や、そこに使われる楽器の輪郭が以前よりくっきりと浮かび上がって来たら幸いです。
さて今回は日本の「お箏」の直接の先祖にあたる「古筝(こそう・Guzheng)」についてお話ししていきます。日本では混同されやすい別の楽器「古琴(こきん・Guqin)」との違いにも冒頭少し触れていきます。それにしても、前回までに取り上げた「笙」や「琵琶」、「洞簫」と同じく中国からの渡来楽器が、雅楽の「楽箏(がくそう)」から調律を変え「俗箏(ぞくそう)」となり、後の世に絢爛に花開く日本の箏曲文化になりますから、やはり、知れば知るほど日本と古代中国から連綿と続く文化交流については思いを馳せざるを得ないですね。さすが「一衣帯水」。
それでは早速日本人にも馴染み深い楽器「古筝=お箏」の事をお話ししましょう。
香港中樂團による「古筝」の奏法デモンストレーション
https://youtu.be/QHuJuYJzYNs?si=ueo8G45rhP_Mds6D
今回の主役「古筝」は紀元前まで遡る歴史があり、シルクロード経由で入った後に漢化(中国化)した楽器(琵琶や揚琴やチャルメラなど)と違い、純然たる漢民族の楽器として「古琴(こきん・Guqin)」と並んでステータスが高い楽器です。
その前に!「古琴」とは別名「七弦琴」とも呼ばれる「古筝」と混同されがちな弦楽器で、古より孔子も弾いたと言われる楽器です。古くから今に至るまでほぼ形を変えずに伝えられています。三国演義の中の「空城の計」で諸葛孔明が城門を開きその上で一人弾じていたのがこの「古琴」ですね。古筝と一番の構造上の違いは琴柱(ことじ・弦を下から持ち上げ支えて音程の要になる部品)の有無でしょうか。古琴にはその琴柱がなく、左手で「徽(き・Hui)」という目印を押さえたり左右にスライドさせて音程を変えます。古琴は精神性を重んじる文人の嗜みとして「琴棋書画」の筆頭に挙げられ、書斎に備えられるべき必携の楽器ですが、日本では平安時代に貴族間で流行をみて源氏物語の重要なモチーフにもなっています。後に絶え、江戸期にその再興をみます。近年では古伝ばかりでなくテレビドラマの挿入曲などにも用いられて人気があるようです。その「女房役」が古琴との合奏するのに用いられた楽器「瑟(しつ・Se)」で、23弦もしくは25弦の大型の箏です。この琴と瑟のデュエットはこの上なくバッチリなコンビネーションなので、夫婦が仲睦まじい事を指す「琴瑟相和」だとか「琴瑟和鳴」という言葉はここから来ています。
香港中樂團による「古琴」の奏法デモンストレーションも置いておきます
https://youtu.be/NGPzQsnmEmU?si=ATXzluvqdfiVWLKD
日本語の訓読みでは「琴」も「箏」も「こと」と読めますが、「きん」と「そう」はお伝えした通り全く別の楽器です。先日「おこと習ってるんです」という方と会ったので「お流儀は?生田ですか?山田ですか?」とお伺いしたら、よくよく聞くと「古琴」の事でした。これこそ教える側がきちんと言葉の違い、正しい呼び方を教えてあげないと、色々とややこしい事になるなぁと思った次第です。
因みに奈良の正倉院には唐の時代に作られた世にもきらびやかな「金銀平文琴(きんぎんひょうもんのきん)」が収められています。「螺鈿五弦琵琶(らでんごげんのびわ」などと並んで有名な御物の一つで記念切手などにもなっているのでご存知の方もあるのではないでしょうか。そう、これこそが「琴の琴(きんのこと)」でございます。
金銀平文琴
https://shosoin.kunaicho.go.jp/treasures?id=0000010073&index=0
【閑話休題】読者の皆さんはご存知かも知れませんが、現代中国語で「琴」というのは楽器の総称にも用いますね。「我要回家練琴(家に帰って楽器を練習しなきゃ)」のように使えます。これが「鋼琴(ピアノ)」なのか「小提琴(バイオリン)」なのかはこの会話だけでは分かりませんが、ともかく何かの楽器を指しているという文が成り立ちます。日本でも古くは「琵琶の琴(びわのこと)」「箏の琴(そうのこと)」などと呼んでいた用法に近い感覚だと思います。
さて改めて、古筝は司馬遷の「史記」にその名が出て来る事から、二千年以上の歴史はあると考えられています。歴史や地方によってサイズも弦の数も様々ですが、現在は一般的に163センチ前後の長さで21弦のものが数多く弾かれています。因みに日本のお箏は通常十三弦(十七弦や二十五弦もあります)です。かつて中国では古制の12弦(秦・漢代)、13弦(唐・宋代)、明代・元代になってからは14弦・15弦に発達し、清代になると16弦の箏が出現します。その後、18弦や19弦などもありましたが今は21弦がフルサイズとなっています。
因みに古筝のチューニングは通常漢民族の音楽でよく使う五音音階(ドレミソラ)に合わせるので「5の倍数プラス何本」という使い勝手に即した数で落ち着くように弦が増えています。だから21弦は4オクターブ+1取ることができる理屈になります。かなり広い音域をカバーしていますね。ファやシなど元々の弦の並びに入っていない音は日本の箏曲でいうところの「押手(おしで)」で、弦の琴柱の左側を強く押さえる事でピッチを上げて作ります。転調させるには琴柱を移動させなければならないので、曲中で頻繁な転調をするような事への対応はちょっと難しい楽器です。
手に持っているのが「琴柱(ことじ)」。弦の下に立てて使います
琴柱はこのように弦の下に立てて、その右側を弾きます(筆者蔵楽器)
右手の指先には、絆創膏で義甲を貼り付けて演奏します。現代箏曲には左手も駆使するものがあり、そのため両手に付け爪を貼っている場合もあります。
義甲(つけ爪)はこのように絆創膏で固定します。日本のお箏は輪になった爪革を使って固定します
古筝の弦は元々絹糸が多く使われていましたが、中華人民共和国建国後に様々な改良が試みられた折、ナイロンに金属を巻いて「絹弦と金属弦の良いとこ取り」をした弦が圧倒的多数で支持を受けています。絹弦は落ち着いた優しい音色、金属弦はキラキラした音色がします。音楽の性質や聴衆の好みと合って今でも金属弦が好んで用いられている地域もあります。
古筝には山東箏曲、河南箏曲、浙江箏曲、客家箏曲、福建箏曲、潮州箏曲など発展して来た地域によって、演奏される曲やスタイルに違いがありますが、現代の音楽教育を受けた専門家たちは各地方音楽の代表的な曲に満遍なく触れて、その特徴を生かしつつも洗練された演奏をする事が多いです。古い録音などとかなり違って聴こえるとしたらそういう事情でしょうか。また、モンゴル族やチベット族などの音楽でも重要な楽器として活躍していますし、その他にも現代の作曲家による創作が多数あり、枚挙に暇がありません。
山東派の代表曲「高山流水」名手、高自成老師による演奏。独特な余韻を放つ金属弦の古筝(鋼絲箏)の音色もお楽しみください
https://youtu.be/H_eZw4lz6xA?si=u2v88eckI6Z1-7U0
河南箏曲から「哭周瑜」こちらも鋼絲箏での演奏です
https://youtu.be/SDifrxAJ950?si=4D0s48-KYHBHZL1m
客家箏曲の代表曲「出水蓮」21弦の古筝で演奏されています。一番普及しているナイロン弦に金属を巻き付けた弦の音色の金属弦との違いにご注目ください
https://youtu.be/MTRXA5pl2Bs?si=gj4wqL8w_VoxU1wJ
潮州箏曲の代名詞とも言える名曲「寒鴉戯水」この演奏では金属弦に加えて、演奏面が独特の丸みを帯びた「潮州箏」で演奏されていますので、その点にも注意してご覧ください。
https://youtu.be/ea13XV8xIeQ?si=j6-h32iu5OeDLMXi
もはや古典の仲間入りをするくらいスタンダードとなった「戦台風」という60年代中期の作品。両手を駆使したテクニックに注目です。
https://youtu.be/LpJaHVxF6Z8?si=HDqVCe_Q8eP0AkDJ
ひと口に「古筝」といってもさすがは広い中国。同じ漢民族のお箏の音楽でも数多くのバリエーションがありますね。「雅」と「俗」に跨って幅広い音楽を紡ぐ楽器として愛されて来た「古筝」。中国の方とお話する時に、各地の料理や方言の話しで盛り上がったことを経験された方もきっとたくさんいることでしょう。今度はぜひ話題の一つに「ご当地音楽」を加えてみては如何でしょうか。きっと新たな発見があると思います。
「古筝人口」は二胡に次いで多いと思われます。興味がある方はお近くに教室があるかもしれませんから、ぜひ検索してみてください!
(安西 創)