小学生から17歳が市長を選ぶ「こども選挙」 茅ヶ崎から全国12都市に広がった理由
小学生~17歳を対象に本当の選挙と同時開催の模擬選挙を行う「こども選挙」とは? 発起人の池田一彦さんへのインタビュー。第1回は、「こども選挙」を始めたきっかけから、選挙運営を担う「こども選挙委員」が揃うまで。全3回。
【写真】「こども選挙」開催までを見る若者の選挙・政治離れは長年の課題ですが、もし、子どもが選挙に参加したら──どんな大人を選ぶのだろう? 親たちの何気ない会話から生まれた「こども選挙」。選挙権のない子どもたちが実際に行われる選挙に向き合い、子どもの視点で考えた“模擬投票”を行うというものです。
そのアイデアは、2022年10月の神奈川県茅ヶ崎市長選挙からスタート。一部の大人の無理解と偏見などの困難を乗り越えつつも、見ごと成功までたどり着きました。
翌年には「キッズデザイン賞最優秀賞(内閣総理大臣賞)」「グッドデザイン賞 金賞・経済産業大臣賞」「マニフェスト大賞 市民・団体の部最優秀賞」「ACC広告賞 PR部門・ACCブロンズ」など4つの主要なアワードを受賞。今や全国12ヵ所で開催されるまで広がりを見せています(2024年12月現在)。
「こども選挙」実現までの道のりについて、「大変なことだらけでした」と笑う、発起人の池田一彦さんに伺いました。
●PROFILE 池田 一彦
「こども選挙」発起人。株式会社be代表。クリエーティブディレクター。プランニングディレクター。アサツーDK、電通を経て、2021年に株式会社be設立。「全ての仕事は実験と学びである」をモットーに幅広いレイヤーのディレクションを手掛ける。
「こども選挙」発起人の池田一彦さん。夫婦で運営するコワーキング&ライブラリー「Cの辺り」(神奈川県茅ヶ崎市)にて。
「子どもが選挙したらおもしろいかも」の思いつきから半年後に実現!
目の前には「サザンビーチちがさき海水浴場」が広がる抜群のロケーション。砂浜のシンボルとして人気のモニュメント「茅ヶ崎サザンC」のすぐそばに、池田一彦さん夫婦が運営するコワーキングスペース「Cの辺り」はあります。
ここは、2022年10月の茅ヶ崎市長選挙と同時開催された「ちがさきこども選挙」の本部としても使われていた場所。「こども選挙」とは、選挙権のない小学生~17歳の子どもを対象に、本物の選挙と同時開催する模擬選挙プロジェクトです。投票だけでなく、準備・運営のほとんどは子どもたち主導で行われています。
奥に見えるのがコワーキングスペース「Cの辺り」。海を見ながら、波音を聞きながら働くことができる。 写真提供:こども選挙実行委員会
自身も小学5年生の娘と、6歳の息子をもつ池田さん(2024年12月現在)。「こども選挙」のアイデアは2021年3月ごろ、同じく子どもをもつ友人夫婦との会話から生まれました。
「子どもたちの主体性をどうやって育むかという、何気ない会話からでした。学校教育だけでは難しいとも感じていたなかで、できることはなんだろうと。
当初は『こどもカンパニー』という企画の話をしていました。子どもたちと、地域のプロがいっしょになって地域課題を解決するというものです。
例えばコロナ禍で困っている飲食店に対して、集客のためのプロモーション戦略を考える。リアルな体験の中でこそ主体性は育まれるんじゃないか、なんて友人らと話していました。そんな話の延長で『子どもが選挙で投票したらおもしろいかも』と考えたんです」(池田さん)
その約1年半後に茅ヶ崎市長選挙があるとわかりましたが、まだ時間があったためこのときはいったん解散。約1年後に「こども選挙」実現へ向けて池田さんらは動き出します。
まずは大人の実行委員を集めるために、池田さんは配信サイト『note』に企画書をアップ。ほどなくして10人が集まりました。茅ヶ崎市長選挙を約5ヵ月後にひかえた2022年6月のことです。
企画書の一部。「半年間という準備期間は短く感じるかもしれないが、熱量を持って一気に進めたほうができることも」(池田さん) 提供:池田一彦
「企画書を書いた時点ではわりと妄想に近かったのですが、半年後には実現しちゃいましたね(笑)。それは、すごくいい出会いもあったから。
コワーキングスペース『Cの辺り』では、一箱ずつオーナーが違う“一箱本棚オーナー制図書館”もやっているのですが、このオーナーさんたちをはじめ、『Cの辺り』会員にはデザイナーやwebクリエイターなど各領域のプロフェッショナルの方も多くいます。まずは彼らに声をかけました。
なかには参議院の調査室長もいました。『シティズンシップ教育』に詳しい方だったので、その方にも入ってもらい全体の監修をしていただきました」(池田さん)
子どもが社会と関われる場をつくりたい
当初は市内の小・中学校と連携して、授業の一環にすることも視野に入れていたという「こども選挙」。それが実現できなかったのは、「日本は政治を学校現場に持ち込むことに、必要以上にナーバスになっているのかもしれない」と、池田さんは考えています。
「学校で教えているのは政治の“仕組み”だけなんですね。例えば各政党の主張や議員一人ひとりの考え方など、現実の政治を具体的に取りあげることはありません。それでは政治への関心は薄いままです。投票年齢が引き下げられたところで急に『選挙へ行こう!』と言われても、少し無理があるように思います」(池田さん)
例えば、投票率が80~90%と高いことで知られるスウェーデンでは、若者の投票率も毎回80%を超えています。そんな同国のシティズンシップ教育を代表するものに「学校選挙」と呼ばれる模擬選挙があります。
「スウェーデンでは、総選挙のたびに学校単位で学校選挙(模擬選挙)を行っています。各党から人を招いて、子どもたちと討論会や意見の交換をするんです。教科書には、投票に行くことや自分の意見を表明するためにデモを行う大切さ、デモのやり方まで書かれています。
この教育がいいかどうかは別の議論が必要ですが、子どもにとって社会や政治が身近にあるんだろうなと思います」(池田さん)
政治や選挙、ひいては社会参加が身近でない状況があるならば、子ども自身が主体的に社会と関われる場をつくっていこう。「こども選挙」には、そんな思いが込められています。
選挙運営を担う「こども選挙委員」は小学3~6年生
2022年8月には、公募により「こども選挙委員」が決まりました。選挙の運営はこども選挙委員が担います。
募集条件は、小学3年生~17歳でしたが、蓋を開けてみると全員小学生。市内在住の小学3~6年生の女子14名、男子1名の計15名でした。
気になる子どもたちの参加理由は……?
「初めから『選挙を体験したいんです!』なんて意欲的な子どもは少数派で、ほとんどが『親に連れられて来ました』みたいな感じでした。何をするのかよくわかっていない……といった雰囲気でしたが、進めていくうちにみんなの意識は驚くほど変わりましたね」(池田さん)
ワークショップを通して池田さんは、子どもたちの「考える力」を感じたという。 写真提供:こども選挙実行委員会
「こども選挙委員」は、投票日までの約2ヵ月間、4回のワークショップや勉強会を通して民主主義や選挙について学び、自分たちが暮らす茅ヶ崎について考えました。それらをもとに市長候補者への質問を考え、それぞれに投げかけます。果たして子どもたちが考えた質問とは?
次回は、子どもたちが体験したワークショップや、「こども選挙」実現に向けて立ちはだかった困難について、引き続き池田さんに伺います。
取材・文/稲葉美映子