老舗つっぱり棒メーカーが選択的夫婦別姓に賛成したきっかけは、社長の嫉妬心だった。「そこにいるべきは私なのに」
経団連は2024年6月10日、「選択的夫婦別姓」の導入を求める政府への提言をとりまとめたことを明らかにしました。収納便利グッズ「つっぱり棒」のメーカー「平安伸銅工業」の3代目社長である竹内香予子さんは、選択的夫婦別姓に企業として賛成することを表明した一人。なぜ、つっぱり棒の会社が現行の婚姻制度に斬り込んだのか?竹内さんに真意を聞きました。
どの家庭にも1本はありそうな「つっぱり棒」を日本で最初に発売したのは、大阪市の平安伸銅工業です。
戦後すぐにアルミサッシを日本に普及させた平安伸銅工業の創業者は1970年代、アメリカでシャワーカーテンを吊るすために使われていたカーテンポールを日本に持ち帰りました。団地やアパートで暮らす人が増え、部屋が狭いことの悩みが生まれていた時期。デッドスペースを収納空間として生かせるという発想から、つっぱり棒が生まれました。
創業者の孫で3代目社長の竹内香予子さんは、元新聞記者。2代目の父が体調を崩したことで2010年に平安伸銅工業に入社しました。県庁職員だった夫も2014年に入社し、社長と常務として二人三脚で経営しています。
竹内さんは社長業や子育てなど等身大の暮らしをつづってきたnoteで2024年4月1日、「『選択的夫婦別姓』を求める活動に企業として参加することを決めた理由」という文章を公開しました。
夫婦が望めばそれぞれが結婚前の姓を名乗ることを認める「選択的夫婦別姓」は、法制化をめぐって約50年にわたって議論が続いています。2024年4月のNHKの世論調査では、「賛成」が62%、「反対」が27%でした。選択的夫婦別姓について考える機会づくりとして2024年3月8日に発足した企業合同プロジェクト「Think Name Project」に、平安伸銅工業は賛同を表明したのです。
ーーなぜ今、企業として選択的夫婦別姓に賛成を表明したのでしょうか。
私個人としては3年ほど前から、「Think Name Project」に関連する活動に賛同していました。サイボウズ社長の青野慶久さんに声をかけていただいたことがきっかけです。
青野さんは妻の姓に改姓した経営者として、夫婦同姓の強制は違憲だとして裁判を起こす(2021年に上告棄却)などさまざまな活動をされてきました。私も夫の姓に改姓した経営者として意見を求められる機会がありましたが、私が活動に関わっていることは公にはしないようにしてきたんです。
サイボウズさんみたいに社長個人や企業としてのスタンスを公表することへの戸惑いがあったからです。賛否が分かれているイシューなので周囲の反応が怖かったのもありますし、こうした取り組みと会社の実体にギャップがあれば、かえって信頼を失うのではないかという恐れもありました。
私は当事者なのに
そうやって沈黙してきたにも関わらず、「Think Name Project」が始動して、賛同したビジネスリーダーたちが政府に要望書を提出したという記念写真を見たときに、「ここに立つべきは私だったのに!」と思ってしまったんです。
青野さんのすぐ隣には、日頃お世話になっている株式会社大都社長の山田岳人さんがばっちり写っていて、強烈なジェラシーを感じました。
私は当事者として選択的夫婦別姓にすごく関心があり、違和感や生きづらさを感じていて、伝えたいことも山ほどあるのに、身近な方に先を越されてしまった!これは遠慮している場合じゃないぞ......! そんな嫉妬心が、会社として一歩を踏み出す大きなきっかけになりました。
ーー選択的夫婦別姓の導入に経済界から前向きな声が上がるようになったのは、つい最近のことです。経団連は「ビジネス上のリスクになる」として政府への提言をまとめましたが、それに先立っての表明に、社内の理解は得られたのでしょうか。
カスタマーサポートのメンバーをはじめ、従業員は心配していました。お客様から会社のスタンスに対する見解を求められるのではないか、苦情をいただくのではないか、商品やサービスから離れてしまわれないか、といった懸念はあります。しかし、「その対応方法も含めて議論し、覚悟してやっていこう」と社内には伝えました。
私個人の意見や体験と会社のスタンスとの間に整合性があり、会社のビジョン達成に必要であることであれば「恐れずにやろう」と腹をくくりました。
ーー選択的夫婦別姓の導入と、つっぱり棒メーカーのビジョンとのつながりは、すぐには想像しづらいです。
私たちの会社の主力商品は、つっぱり棒とつっぱり棚です。伸縮性や仮設性が高いこれらの商品を使えば、家の間取りや家具に個人の暮らしを合わせるのではなく、一人ひとりの暮らし方に合わせて生活空間のほうをアレンジすることができます。
平安伸銅工業のビジョンは「アイデアと技術で『私らしい暮らし』を世界へ」。私たちの商品を通してユーザーが「私らしい暮らし」を実現することが、会社として叶えたい未来像です。逆に、私らしさを阻害するものがあれば、商品やサービスを通じて解決していくことが、会社の存在目的ともいえます。
私たちの商品が提供している可変性やカスタマイズ性をより抽象化すると、社会全体の自由度を広げていく大切なキーワードになるととらえています。つまり、「選択肢がない」という課題に対して真摯に向き合う姿勢が、平安伸銅工業のビジョンの実現には必要なのです。
「選択肢がない」という課題は、結婚後の姓についても言えます。夫婦どちらかの姓しか選べないことは人によっては不自由な状態なので、一人ひとりの暮らしの自由度を上げられるよう選択肢を増やすことに協力していきたい。これが、平安伸銅工業が選択的夫婦別姓に賛成する理由です。
ーー社長個人の課題感ではなく、社内でもコンセンサスを得ていると。
選択的夫婦別姓に限らず、私らしさを阻害するであろう社会課題に対して企業として向き合うために「サステナビリティ方針」を策定しました。コーポレートブランディングの一環で、1年半前から社内で議論を重ねてきました。
「『私らしい暮らし』を実現できる商品やサービスの提供」のほかに、「多様なメンバーが才能を発揮できる環境」や「暮らしに関わる社会課題へのアプローチ」などの6項目があります。
方針を決めるにあたり、最初は経営者として私の思いを伝えたうえで、よくある大企業のワークショップのようにプロジェクトチームで議論して、数ある社会課題を総花的に抽出していきました。
ただ、サステナビリティってある面、今までやってきた当たり前のことを切り口を変えて言語化することでもあるので、新しく取り組むという視点に立つと、それ自体が持続可能とは言えないという矛盾をはらむんですよね。
そこで「確かにすべての社会課題に取り組まなければいけないのだけれど、その中でも私たちがやるべきことは何だろう」「私たちは何者なんだろう」という問いに行き着きました。対外的なポーズにならないよう、ちゃんと本業とシナジーがあって、自分たちが活動する意義のあることや実行できることに絞り、具体的な取り組みを整理しました。
ーー竹内さん自身は3代目として事業承継したけれども、結婚して「竹内」に改姓されたんですね。
私は2010年に結婚したときに、夫の姓の「竹内」に改姓しました。当時、私の旧姓の「笹井」に改姓してほしいと夫に切り出す勇気はありませんでした。
今ほど夫婦別姓について認知や理解が広がっていませんでしたし、夫は実家の「墓守」としての役割を期待されていたので、妻の姓を名乗るという選択肢を提示すること自体がタブーだという気がしていました。
すでに家業を継ぐことは決まっていましたが、幸いにも私の場合は、両親からは「笹井」の姓を継ぐことを求められてはいませんでした。
父は、家や家業を継ぐことが人生の既定路線になっている人たちが苦しむ様子を見てきたからか、「個人の尊厳よりも家を守ることを優先すべきではない」と感じていたようです。娘3人には家業を継ぐよう強要することもありませんでした。結果的に私が継ぐことを決めたのでサポートはしてもらえましたが、プレッシャーを感じたことはありません。
私は昔から姓に由来する「ささ」というニックネームで呼ばれていて、姓を変えると自分自身が消えてしまうような感覚がありました。なので家業のためというより個人的な思いから、改姓後もしばらくは旧姓を通称使用していました。このときは旧姓と戸籍上の姓を使い分けることの不便も感じていました。
どちらかに従属しない関係
2014年に夫が会社に入ることになり、夫婦で経営しているのに姓が違うのはおかしいという理由から通称使用をやめ、戸籍上の姓の「竹内」を名乗って仕事をするようになりました。ファミリービジネスであることをわかりやすくする目的に加え、外から経営に入ってきた夫の権威を保つ意味もありました。「平安伸銅工業は竹内さんファミリーの会社だ」と社内外に見られるように環境を整えたんですね。日本では姓の権威がそれだけ強いということなんだと思います。
事業承継した女性という立場では、こうした商慣習にも根強いジェンダーバイアスを感じます。
まず、家業は男性が継承するものだという家父長制の大前提があります。このため家業がある女性と結婚すると、男性のほうが「相手の家に組み込まれてしまう」ような感覚になり、男性としてのアイデンティティが毀損されるというのは、事業承継した女性たちからよく聞く問題です。男性側の家族に反対されて結婚が破談になったという話も耳にします。
結婚後の姓にしても、約95%が夫の姓を選択しています。妻の姓を名乗る男性は少数派で、「相手の家に組み込まれる」という見方も根強くあります。名乗る姓をどちらかしか選べないことで本人たちが望む関係性を築けないというのは、「私らしい暮らし」とはほど遠いと感じます。
夫婦で別の姓を名乗るという選択肢があれば、結婚でどちらかがどちらかに従属するというイメージを持たずに済むのではないでしょうか。さまざまな属性の人が活躍する場をつくるためにも「選択できる」ことが大切だと思います。
日用品メーカーの枠を超える
ーーところで竹内さんは、つっぱり棒の「ダサい」「オワコン」といったイメージを打破する話題づくりでも注目されています。
私が入社したときに感じたのは「平安伸銅って、年間何百万本もつっぱり棒をつくって売ってるんだけど、誰が買ってるの? なんでこんなに売れてるの?」という素朴な疑問でした。
つっぱり棒は購入頻度が高くない日用品のため、お客様が必要だと感じたときにホームセンターなど小売店に行って、売り場に並んでいるものを手にするという購入スタイル。特定のメーカーの商品を指名買いするような関係性になりづらく、メーカーもお客様の声を把握しづらいんです。
私が「つっぱり棒博士」を名乗って正しい使い方や活用法を解説しているのは、商品とお客様をつなぐ橋をつくるため。デザイン性を重視したコラボレーションブランド「DRAW A LINE(ドローアライン)」や、つっぱり棒の構造の一部を生かしたDIYパーツ「LABRICO(ラブリコ)」など、新しい価値を提供する新ブランドも立ち上げました。
いま目指しているのは、メーカーの枠を超えること。暮らしを変えたいという思いを実現させるために、商品だけでなく、取り付けサービスやアフターサポートなど全方位から総合的に暮らしの課題を目指します。
製品のスペックや価格の競争だけでなく、つくり出す世界観や企業としてのスタンスを総合して、私たちの製品を「買いたい」「応援したい」と思ってもらえるような関係性をつくっていきたいです。
ーー直接的な売上につながりにくい社会課題にも向き合う意義をどう考えますか。
うちの場合は、短期的な収益目標を追う戦略づくりは夫、中長期的に目指す場所の話をするのは私と、夫婦で役割分担することでバランスを取っています。私は自分のことを「イタコ」だと言っているのですが、組織に魂があると考えたときに、未来の姿やなりたい状態を言語化して社内外に発信するのが役割だと思っています。
短期的な目標も中長期的な理想もどちらも大事です。ただ、短期的な目標は現実から予測可能な成果を積み上げていくもの。一方で、未来からのバックキャスティング(逆算)で考えると、現状の取り組みからは絶対にたどり着かないゴールにジャンプすることもあるでしょう。そこで「非連続な成長」が生まれるのではないでしょうか。
すぐに収益につながらないことでも、3年後や5年後には花開いて、今とはまったく違う平安伸銅工業になっているはず。積み上げた現実と理想がギュッとつながる瞬間があるかもしれません。そんな一段違う新しい景色をみんなで見たいから、社会課題に真摯に向き合っていくことに迷いはありません。