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「開墾の苦労」と「やさしい手」――野菜を作る俳人・南うみをさんの俳句を読む【NHK俳句】

NHK出版デジタルマガジン

「開墾の苦労」と「やさしい手」――野菜を作る俳人・南うみをさんの俳句を読む【NHK俳句】

NHK Eテレで毎週日曜朝に放送の『NHK俳句』。第2週の選者・講師は、俳人の西山 睦(にしやま・むつみ)さんです。

第2週の『NHK俳句』は、「やさしい手」をテーマに、仕事をして手を使い、仕事を詠む俳人をゲストに、働く「私」と詠む「私」が互いにいい結果をもたらしていることを感じていきます。

今回は、毎日の食事に直結する「野菜」を作っている俳人、南うみをさんを紹介したコラムを公開します。

土塊を掘つて砕いて芋掴む

南 うみを (みなみ・うみを)

 今月の俳人は、毎日の食事に直結している野菜を作っている南うみをさんです。
 
 専業農家ではありませんが、「私の俳句作りはほとんど野菜作りから生まれたと言っても過言ではありません」とおっしゃいます。特に無農薬野菜の美味しさに気づいてからは野菜作り一筋です。番組では体にやさしくまた美味しい野菜作りの話を聞きたいと思います。
 
 ところが掲げた芋の収穫の句は、恵まれた畑土とは思えません。土を砕くほどですから、固い荒畑を想像します。今に至るまでのご苦労の跡が窺えます。

 南さんは野菜作りに行き着く前には、料理人の顔を持っていました。まだ俳句との関わりが薄い頃です。学生時代に調理師の免許を取っています。

うぐひすや微笑むやうにスープ煮ゆ

南 うみを 

うす焼の玉子きざみぬ春の雪

 一句めの「微笑むやうに」は料理の世界では沸騰させて濁らせないようにするために使う言葉とのことです。やさしい料理の出来上がりを予感させます。料理に関する句は近作でもしなやかです。

茎立のつぼみ摘むべし和へるべし

南 うみを 

青ぬたや作務衣のままに灯をともし

 一句め、薹(とう)が立ったものでもその蕾に愛情を向けます。
 
 「和へるべし」と、当然そうすべきだと断定しています。とても美味しいに違いありません。無駄に捨ててはいけないと戒められます。二句めは、夕方、畑から採ってきたばかりの分葱(わけぎ)を急いで青ぬたに仕上げている様子です。着替えもせずに取り掛かっています。時間との勝負でしょうか。味を大切にする細やかな料理の経験が、美味しい野菜作りにつながっていったことでしょう。

完熟のトマトを夕日よりはづす

南 うみを

 野菜作りの節目となった一句です。農薬を使わないで有機肥料で初めて作ったトマトです。市販のトマトと違う味に大感激。以後トマト作りは欠かせないようです。太陽と同じ真っ赤な色は健康を約束します。

鍬の柄を取り替ふ木の芽明りかな

南 うみを 

猿除けの網を繕ふ半夏生

猪の道南瓜畠へまつしぐら

檻罠の中まで花野つづきをり

 さて、ここで少し南さんの野菜作りへの実際の経過を辿ってみましょう。南さんは京都府の舞鶴で福祉関係の仕事をしていましたが、少し精神的に疲れてきたので、山裾の荒地を借りて野菜作りを始めることになります。荒地には芒叢(すすきむら)があり、一つを掘り起こすのに半日かかります。掘り起こした根は乾かして焼き、草灰にする、気の遠くなるような作業です。それでも開墾をしながら少しずつ畝をふやしていきます。猪も猿もやって来て、熊除けの鈴も欠かせない、そんな所です。時には収穫物が動物にやられて全滅することも。一年や二年で終わる仕事ではありません。
 
 体力を使うこうした作業のなかで誰に気兼ねもなく、空や雲、風や虫たちに語りかけているうちに南さんの心も回復してきたということです。畑では「機械は使わない」「農薬は使わない」「化学肥料は使わない」と決めたそうです。すると畑にはいろいろな虫や小動物がやってきて、それもまた「俳諧(はいかい)家族」となります。困難を楽しむ懐の深さには驚くばかりです。右に掲げた句はそのほんの一部です。鍬柄を取り替える作業も、傍らの木の芽明りが味方してくれます。猿や猪も、内心困ったと思いながらも許しています。

雪掘つてまこと平たきはうれん草

南 うみを

玉葱を吊るつかの間の若狭晴

てのひらに吸ひつく茄子もぎにけり

きゆつきゆつと鳴くきぬさやを袋詰め

 開墾の苦労の後に作られた野菜たちの句をあげてみました。雪の下のほうれん草は甘味を増していかにも美味しそうです。玉葱の句には若狭の少し暗い風土が。茄子には充実した肌が見え、絹さやにはぷりぷりの緑が。どれも南さんの目と手にかなった野菜たちの姿が見えます。

夜上がりの冷たき肌を秋茄子

南 うみを 

 この時期の南さんのお勧めの野菜は秋茄子です。皮が柔らかくみずみずしい果肉には甘さと旨味が詰まっています。夜になって上がった雨、日中にたっぷりと雨を吸った秋茄子の肌の感触は特別です。

痩せてまた手にす今年の秋茄子

石川桂郎(いしかわ・けいろう)

 南さんの師系にあたる石川桂郎の句です。上五(かみご)が切ないです。病を得ながらも再び秋茄子を手にする喜びを静かに語っています。秋茄子の輝きが自分には無いと知っていたはずです。同じ秋茄子でも悲しげな様子の秋茄子です。

 ところで、南さんの畑から収穫された野菜はどうなるのでしょうか。気になります。お聞きしました。以前は商店街の活性化のために、空いた食堂で月二回ほど自家製野菜の料理を提供したこともあったそうです。今は自宅で友人たちに料理を提供するくらいとか。結社の主宰を引き受けてから畑へ行く時間も短くなったそうですが、「畑で過ごすひと時は憩いであり、エネルギーの元」と南さんは語っています。

選者の一句

秋茄子の影に力の出にけり

講師

西山 睦(にしやま・むつみ)
1946年、宮城県生まれ。1978年「駒草」入会。阿部(あべ)みどり女(じょ)に師事。みどり女没後、八木澤高原(やぎさわこうげん)、蓬田紀枝子(よもぎたきえこ)に師事。2003年より「駒草」主宰。句集に『埋火(うずみび) 』『火珠(かしゅ)』『春火桶(はるひおけ)』(平成24年度宮城県芸術選奨受賞)。日本現代詩歌文学館評議員、河北俳壇選者、俳人協会常務理事。

◆『NHK俳句』2024年10月号「やさしい手」より
◆写真 ©Shutterstock(テキストへの掲載はありません)

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