SHE’Sの7thアルバム完成 「違和感のある存在でいたい」と願うバンドが手繰り寄せた現在地とは
SHE’Sにとって7枚目のアルバム『Memories』が完成した。タイトルの通り、今作における重要な要素が“記憶”だ。メジャー1stアルバム『プルーストと花束』の時点から、香りに紐づいた過去の記憶や感情が無意識的に呼び起こされるという“プルースト効果“から名づけているくらい、ソングライターである井上竜馬(Vo/Key)の詞作と記憶という存在には密接な関わりがある。本作におけるそれは、過去から現在の自分を支え、勇気づけるものとして描かれている。そこを骨格としたことによって、アルバム全体からこれまで以上にあたたかく安らかな印象を受けるのは筆者だけではないはず。ただ、実は井上にとって完成に至るまでの道のりはとても険しく、苦悩の日々が連続したのだという。何に迷い、どう乗り越えたのか、キャリアを通してバンドはいまどのような位置にいるのか。久しぶりに4人とじっくり語り合った。
──実は僕がインタビューするのは4年半ぶりみたいなんですけど。
井上:うわあ!
木村雅人(Dr):マジ?
──その間にみなさんも30代になって。どうですか、30代ライフは。
井上:大人になっていってますよね、着実に。ライブに出てる中で一番上とかも増えてきましたし。
広瀬臣吾(Ba):昔よりは気持ちに余裕が出てきたかもしれないですね。
井上:これは個人的ではあるんですけど……30越えてからは、曲を作るときにやたらいろんなことを考えるようになりましたね。必死に売れようとするよりも、自分の表現したいもののパーセンテージをどれだけ高く作り切れるかに重きを置こうと思うようにもなってたけど、みんなの生活もあることを考えると、あんまり好き勝手やって人気が暴落してもいかんなぁとか(笑)。
──それはまあ。
井上:俺の書く曲の采配一つでいかようにもシビアに動いちゃう世界だから、捨てきれない部分もある。そのバランスがけっこう難しいなと思うようになりましたね。いま日本で売れてる音楽を中途半端に追っかける気はゼロやけど、自分たちのやりたい表現はしながらもきちんと世間に広がっていく可能性のある曲を書かないとな、みたいな。
──そのバランス感覚は大事ですね。
井上:うん。そこはこの先もずっと悩むんだろうなと思いますね。
服部栞汰(Gt):曲に対するアレンジの仕方も、昔はいかに自分を出すかがSHE’Sらしさにつながると考えて、「もっとこうしよう」ということも多かったんですけど。最近はやっぱり竜馬のイメージをどれだけデカくするかやと思う。そこに寄り添う中でどう自分を出すのか、4年前とは違う感覚で作っていってます。ライブに関しても、昔はやる前に不安になることもありましたけど、最近はしっかり構えてどんな場でもSHE’Sを全開に出せるというか。また違った楽しみ方ができるようになって成長を感じてます。
──先日の野音でも「SHE’Sってこれです」を確信もってやれてる気がしました。
井上:そこはもう意識すらしてないな。ライブの組み立て方も、中盤から後半にかけてミドル/スローよりの暗めのブロックがあったりするのは、武器として意図的に作っているところではあるけど。他はSHE’Sはこうだというのを言語化して共有してるわけではなく、積み重ねでモノにできてきてると思いますね。
──だから曲の新陳代謝はありながらも、空気感は変わらないという。
井上:でも難しいですよ。ちょうど100曲ちょいくらいあるんですけど、昔の曲を入れるバランスや何をどのタイミングで持ってくるかの難しさは、中堅ならではの悩みというか(笑)。
服部:増えれば増えるだけな。
井上:もっといけば逆に割り切れるんでしょうけどね。
──「この曲、正直そんなにやらなくてもいいんだけどな」とかもあるでしょう?
井上:めちゃくちゃありますよ(笑)。
広瀬:ファン層が入り乱れてきてるから。昔からの人もいてくれてるし、新しい人も真ん中の人もいて、それぞれ聴きたい曲を言ってくれるんですけど、全部は無理やからなぁって。
木村:マイナー曲ばかりやるのはファンクラブのライブとかで良いしな。
井上:うん。案外お客さんは代表曲をやらなくてもいいと思ってるのかもしれないけど、そこは可視化できてないから。
──難しいですよね。で、遅くなりましたがキムくんはどうですか。30代になって思うこと。
広瀬:一番プライベートの変化は大きいもんな。
木村:たしかに。いま思うと、当時はすごく背伸びしようと頑張ってた感じがします。全部が新しい挑戦で目まぐるしかったし、自分のキャパをオーバーしてたというか。そのぶん成長はできたんですけど、2020年くらいまではすごく大変でした。そこからコロナ禍を経て、自分を見つめ直す時間ができたからこそ……挑戦をしないわけではないんですけど、自分が目一杯やってできることって限られていて。そのラインが見えてきたことで自分に合った表現がわかって、幅も広がってきたのは感じます。
──いまコロナ禍で区切って話してくれたけど、作品で言うと『Amulet』以降ですよね。竜馬くんがさっき言っていた、曲作りでの心境の変化も似たようなタイミングですか?
井上:それは『Shepherd』終わりくらいかな。『Shepherd』は参考にした本から読み取った世界を描いていくというコンセプトだったから、そのイメージに合った曲を書いてたので。だからそこで一回諦めたんですよ、バランスを取ることを。別にメロディがすごくキャッチーじゃなくてもいいから、作りたいやつを作ってみよう、みたいな。
──はい。
井上:だからそれ以降ですね。……『Shepherd』ツアーの前半は良い感じだったんですけど、追加公演と謳ってもう一回同じアルバムのツアーをやったとき、集客がごそっと落ちたのが俺の中でデカくて。「このままじゃヤバいな」と思ったのが、より考えちゃうようになった要因かもしれない。野音に向けて「Kick Out」を書いてるときにも、これで良いんかな?とか思ってたし、いろいろと考えすぎてきつかったですね。
──コンセプチュアルな作品を作ろうとする時点である程度の覚悟はあっただろうけど、それがリアルな形で跳ね返ってくると──
井上:そう。あんまり好き勝手やってられへんなというのが身に沁みたというか。それこそ俺だけのプロジェクトじゃなくてバンドでやってるし、4人やスタッフの生活があるから。ちゃんと「広まるな」っていう曲を書かないといけないと思い直したタイミングでしたね。
──それが1年くらい前として、そこから今作へ向けてはどんなふうに?
井上:いやもう、ギリギリまで曲ができなすぎて。去年の12月末くらいにアルバムに向けて書いていきましょうとなって、前段として「No Gravity」は配信になっていたので、それ以外の曲をまず年明けに2曲くらい書いて、月末には録りましょうという話だったんですけど、できなさすぎてRECが2月に遅れたり。書けど書けど「無理やな」ってストックだけが溜まっていって……そこで出したのが「Alright」と「Memories」。そこからまた書き始めるんだけどできないっていう、その繰り返しでした。
──メンバーから見てもいつも以上に苦戦しているのは伝わってきましたか。
広瀬:それはわかりましたね。
木村:基本的に、いつもはけっこう早い段階で曲は送ってくれるので。それがギリギリになる時点で苦労してるのは伝わってきました。
広瀬:とはいえ、俺たち全員が下を向いてもしょうがない気はしたんで、最初はすごくソワソワしたけど、もう来たものを全て受け入れて愛していこうと思って。悟りに入ってドンと構えてたというか。
井上:こう……逆に辛かったのが、遅れたりギリギリになっても誰も文句言わないんですよ。そこが申し訳なくて、俺をもっと責めてくれ!って(笑)。
広瀬:責めてできるんやったら俺らも言うけど、そういうもんでもないから。
服部:そうやな。
広瀬:ギリギリにできたものが悪いというわけでもないし、1日前に出来ても最高だったら良くね?っていう気持ちはありますよね。
──そうやって上がってきた曲をどう受け止めました?
服部:それこそ「Memories」とか、「うわ、ええ曲が来たな!」って思いました。どの曲も僕らが想像してたより上のものだったから、じゃあその中で自分は何ができるか?っていうことを全力ですれば、それは良い作品になるやろうなって思ってました。
木村:「良い曲なのに何に苦戦してんのやろ?」とか思いながらデモを聴いてました。
──そう思ってもらえるレベルに達するまでに、なかなか納得がいかなかったということですよね。
井上:そうですそうです。自分の中では、この曲たちも全部一回ボツにしてるんですよ。だから個人的には最初すごく自信がなかった。でもマスタリングを聴いてみたら「いけるじゃん」って、メンバーより遅れてその実感がきましたね。
──いや、良いアルバムだと思いますよ。いまの話とは裏腹かもしれないけど、とてもあたたかで安らかな感じがするというか。
広瀬:竜馬がそんなふうだったとは思えない、余裕がありますよね。
井上:たしかに全体的にあったかい温度感はありますね。
──それは「記憶」という部分にひとつテーマを置いたことから来るんですかね?
井上:ああ、それはあるかもしれない。意識的ではないんです、まったく。出来上がった曲を聴いて「こういう雰囲気になったか」っていう感じだから、ほぼほぼそういうテーマ付けからこうなったんじゃないかなと思います。
──曲ごとに「こういうことやりたい」を「やりたい形でやれてる」気もするし。
井上:できましたね。……そう、やりたいことはマジで全部やりきった。全曲、なんだかんだで面白い味がするように作れたなって感じます。
──最近は弾き語りライブとかでいろんな人とも共演してますけど、そのあたりも何かしら制作に跳ね返ってきましたか。歌やメロディへの意識とか。
井上:そこに引っ張られることはないですね。引っ張られたくないです、マインド的には。他所は他所、ウチはウチのスタイルでやっていきたいし、せっかくの自分が聴いてきた音楽からの影響が消えちゃうのが嫌で。エルレとかテナーとか好きな音楽から辿って調べて、そこからはずっと洋楽を掘りまくってスタートしたけど、日本で育ってきた自分から生まれるものには、どう足掻いても日本のメロディとかがフワッと入ったりするんですよ。それこそ「Angel」のサビとかはそんなに洋楽感があるものじゃないし、そういうふうに自然と出てくるものへさらに意図的にJ-POPの感覚を入れたら、俺の強みがなくなりそうな気がしてて。
──ああー、なるほど。
井上:異質でいたいんですよね、SHE’Sって。ポップスをやってるしロックサウンドでもあって、対バンも邦ロックのアーティストが多いんですけど、曲を聴いたら周りとやってること違くね?っていう。変な違和感のある存在でいたいから。
──楽器のプレイ面では今作にどんな印象、手応えがありました?
広瀬:全体のサウンド感がまずうまくいったなと思っていて。ドラムもすごく良い音やなと思うし。
木村:「I’m into You」とか。
広瀬:あれはヤバいよな。
木村:80'sな音になったし、「Angel」も良かった。サウンドの振り幅はドラム単体でもけっこう大きかったかなと思います。
広瀬:今回はそのへんの意思疎通ができてた感じがして。
木村:うん。向かう方向がわかりやすかったですね。
井上:たしかに、こういう音だっていうみんなの解像度も高かった。
──雰囲気としてどのくらいの時代のどの国の音楽の感じ、とかそういう解釈が一致してるみたいな。
井上:うんうん。そのへんはわりと意識的にも伝えましたし、しっかり擦り合わせできたと思いますね。「Kick Out」は「もしワン・ダイレクションがポップパンクをやったら」みたいなテーマで(笑)。「I’m into You」に関しては、80'sやねんけどめっちゃアメリカンではなくブリティッシュでいこう、とか。
──90年代にも少しかかるくらいの印象もあるし。
井上:ギターの後ろでユニゾンしてるシンセとかは、めっちゃ「Jump」(ヴァン・ヘイレン)の感じだったり、そういう音を使ってはいますけど、たしかにどっちかといえば90’sに近いですね。ドラムのリバーブの感じとか。
──「Angel」にはポリスあたりを思わせる箇所があったり、「Alright」の途中で(エリック・)クラプトンみたいなギター弾いてたり。
服部:ああ(笑)。
井上:たしかにクラプトンやな。
服部:そんなイメージでした。あれはアレンジ考えててめちゃくちゃ楽しかったですね。「Alright」はまったくギターの無い状態で竜馬から来て、「好きに入れて」って。歌の邪魔はしないけどギターも歌っていて、耳にも残るようなものをイメージして作りました。
──ベースでノリを作っていくタイプの曲もけっこうありますよね。
広瀬:そうですね。一曲の中で一撃はいけるように、一箇所でもベースに耳が行く瞬間を作ろうみたいな気持ちは、全曲であったかな。大したことではなくても、たとえば「No Gravity」で一瞬だけスラップするだけでも軽やかで楽しい気分になるので。そこをどう効果的に入れれるかな?みたいなワンパンチを考えてアレンジしましたね。
──じゃあせっかくなんで、個々のお気に入り曲も聞いていいですか。
井上:「Alright」かなぁ。ベースが主役の曲を作りたくて書き始めたんです。ちょっと黒くてゴスペル要素もありつつ、HIP-HOPはできないけど歌でラップくらい早口で言葉を詰め込んでみたりとか、自分の思い描いた曲をちゃんとアレンジし切れた曲でもあるし、アウトロのフェイクを作るのも楽しかった。これは多分SHE’Sじゃないとできてないかな。俺のソロ活動でやったとしたら無理やし、提供してもこうはならんかった気がする。
服部:僕も「Alright」は好きなんですけど。他で言うなら「Kick Out」。今作の中でも飛び抜けてバンドサウンドで、レコーディングのときもシャウトみたいなところを4人でマイクに向かって録ったり。
井上:あれ、おもろかったな。
服部:昔もやったことがあったんですけど、久々に。原点に戻るじゃないけど、4人でやってるからこそのストレートなレコーディングが楽しかったです。昔からのSHE’Sらしさも成長も見せられる曲になったし、ちょくちょくライブでもやっていく中でどんどん完成してきて、もっと大きくなっていってるので。
──スケールが。
服部:うん、バンドサウンドでこのスケールの大きさというのもSHE’Sらしさというか。
井上:やっぱりスタジアムバンドに影響を受けてるのが自然と出るんやな(笑)。すぐ広げたがるんだよね、スケール感。
──良いことだと思いますよ(笑)。ではキムくん。
木村:僕は「Angel」がめちゃくちゃ好きなんですよね。空気感というか、それこそSHE’Sらしいんじゃないかなって。手数はほんまに少ないんですけど、ゆえに一個のフレーズだったり一個の音がすごく際立っていて、全てに意味を感じる一曲になったと思いますね。
広瀬:僕も「Angel」言おうとしてたんですよ。僕が「Angel」を好きな理由は、何よりサビ一発目の歌詞が良い。<秘密の身支度を終えて>っていう、その歌詞でもう入り込めるんですよね。
──……歌詞とか注目するんですねえ。
井上:意外っすよねえ。俺もビックリしました(笑)。
広瀬:サビ頭の歌詞ってめっちゃ大事やと思ってて。そこでストーリーに入っていけるかいけないかが決まると思うんですけど、<秘密の身支度>? 何それ?みたいな。
──たしかに。僕は“Cloud 9”の感じも好きでした。爽やかさとサビのメロディの感じとか。
井上:アニメを意識しました。青春アニメの主題歌をSHE’Sがやるとしたら、みたいな。アップテンポともスローとも言い難い絶妙なテンポの曲じゃないですか。まあ、要はミドルテンポなんですけど(笑)。たぶんSHE’Sファンはタイプであろう曲ですね。
──というアルバムのリリース後にはツアーもあり、その前に初の海外公演もあります。SHE’Sって海外からのリアクションもけっこうあるんですか?
広瀬:僕のインスタのフォロワーは日本に次いで台湾が多いですね。だからチェックしてくれてる人も多いのかな。
井上:でも海外からDMとかがめちゃめちゃ来るかといえばそんなことはないですけどね。僕らはアニソンとかそんなにやってないので。
──まあそうだよね。
井上:だから何の曲で沸くんかな?っていう(笑)。
服部:そこは気になるよな。
──ツアーはどうですか。わりと普段は回らないような都市もあって。
井上:よくばりツアーなんですよ。普段は行かないところに行こうぜって地方を回るツアーを、普段の大都市ツアーにぶっ込んだみたいな感じ。あと、今作ってインストを除いたら9曲しかないんで、今までのワンマンの尺で考えたらプラス13曲くらい旧曲から選べるので。いろいろとセトリも楽しめそうな気はしてますね。
──前半で話してたセトリ問題にも着手できて(笑)。
広瀬:楽しめるけどまた悩まされる(笑)。
井上:せやな。けど、これで文句ないやろってくらい、各地ごとに曲を変えたりするのを増やしたら、満足いっていただけるんじゃないですかね?
広瀬:一回で全国をこんなに回れるのも単純に楽しみですしね。あとは何気に、豊洲PITは初めてなんですよ。
井上:俺はマムフォード(・アンド・サンズ)を観にいったくらいやわ。
広瀬:ライブハウスもあるし、複数来てくれてもいろんな楽しみ方があるんじゃないかとは思います。ホーンとかも入ったりするし。
井上:うん、楽しみやな。
取材・文=風間大洋 撮影=大橋祐希