おれは今年、初めて自分が花粉症であることを認めた
花粉症を認めない
タクヤ:「おはようございます!『モーニングラッシュ!』今日も元気にスタートです!パーソナリティのタクヤです!」
アヤカ:「アヤカです……(ズズッ)」
タクヤ:「……って、ちょっと待って。今の鼻すすり、完全に花粉症じゃない?」
アヤカ:「ち、違うし!ちょっと鼻がムズムズするだけで、風邪とか、ほら、寝起きの乾燥とか!」
タクヤ:「いやいや、毎年この時期になるとそう言ってない?」
アヤカ:「そんなことないって!去年はたまたま寒暖差でくしゃみ出ただけで……」
タクヤ:「去年も『たまたま』って言ってたよね? ていうか、その目、ちょっと赤くない?」
アヤカ:「メイクのせい!アイシャドウがちょっとね!」
タクヤ:「いやいや、それ、完全に花粉症の言い訳あるある!」
アヤカ:「だって、認めたら負けじゃん……!」
タクヤ:「出た、『認めたら負け理論』!」
アヤカ:「だって、花粉症って言っちゃうと『アヤカ=花粉症の人』ってレッテル貼られるじゃん?」
タクヤ:「いや、別にレッテルじゃないから!むしろ認めたら楽になるよ? ほら、マスクも薬もあるし、空気清浄機もあるし!」
アヤカ:「でも!私、今まで花粉症じゃなくても生きてこれたし!」
タクヤ:「だから、それ毎年言ってるってば(笑)」
アヤカ:「くっ……でも、まだ私は戦える……!」
タクヤ:「いや、戦わなくていいから(笑) こっち側に来た方が絶対楽だよ?」
アヤカ:「ぐぬぬ……!」(ズビッと鼻をすすりながら)
タクヤ:「はい、今ので完全に確定(笑)」
アヤカ:「ちょっと待って!まだ違う可能性も……」
タクヤ:「じゃあ認めるのはCMの後にする?」
アヤカ:「ぐっ……と、とりあえずリスナーの皆さんのメッセージを紹介しましょう!」
……というようなやり取りを、ラジオで聴いたことはないだろうか? おれはある。今年もある。あまりにもありきたりなので、AIに書かせた。まさにこんな感じだ。
このようなやり取りは、べつにラジオに限らない。全国津々浦々、職場や学校、いろいろな場で行われているだろうと思う。
おれがそうだから、そう思う。いや、正確にはそうだったから、そう思う、だ。
過去形に、なった。
花粉症のコスプレ
というわけで、おれは今年、この年、2025年になって、初めて自分が花粉症であることを認めた。46歳になって、初めて花粉症であることを認めた。認めざるをえなかった。
これより前に、その兆候がなかったわけではない。春になると、ほんのちょっぴり鼻がぐずぐずする。そういうところがなかったわけでもないような気がした。気がしただけだ。
気がしたおれはなにをしたか。マスクをした。コロナ禍より前のことだ。おれは春になると「花粉症患者のコスプレ」という名分で、マスクをして通勤していた。あくまでコスプレである。コスプレをしてなにが悪いのか。だいたい、あの、コップから溢れ出る理論が正しいとすれば、コップに水を貯めないために、「予防」のためにマスクするのは合理的だろう。だからおれは「花粉症のコスプレ」をしていたのだ。コスプレだ。
コスプレに効果があったかどうかはわからない。なにせおれは花粉症ではなかったのだから。それでおれは、コロナ禍になってマスクが義務のようになっても、べつになんとも思わなかった。マスクして顔を隠していたほうが楽なくらいだ。コスプレのおかげだ。
春先にコスプレをしていると、ほかにもマスク姿の人がいて、「ああ、あなたも大変なのですね、わたしもなんですよ」というような心持ちでいられた。むろん、うその心持ちである。おれは花粉症を演じているだけ、コスプレをしているだけなのだから。
それでおれは、何年も過ごしてきた。花粉症のコスプレをしているだけだから。マスクをしているだけだから。
目がつらくなったのです
それがどうした心の変化があったのか。いや、心の変化ではない、身体の変化だ。今年になって、朝起きると、目がひどく痒くなるようになった。目が覚める、というのは、アラームで目が覚めたときのことではない。抑うつ状態などを乗り越えて、「さて、起き上がるか」となったときのことだ。そこで、目がとても痒い。ゴシゴシこする。目からは涙がでて、目の周りは赤くなって、白目の部分も赤くなって、ろくな状態じゃない。
これは、目に良くないような気がした。良くないだろう。というか、もはや目に良くないことが起こっているのだ。その結果が、ゴシゴシであって、目が、目の周りがひどくなる。
鼻はというと、少しぐずぐずしているだけで、そこまでではない。これは本当だ。とはいえ、目が圧倒的によくない。おれはもう、これはあれだと思った。これがあれである以上は、あれがこれであることを認めなくてはいけない。「くっ……」という感じだ。「殺せ」とはいわないが、いやしかし、もう「花粉症のコスプレ」などといって、世の花粉症の人の怒りを買う段階ではなくなっていた。
助けてくれ!
薬を処方される
話は少しそれる。おれは毎月一回、メンタルヘルスのクリニックに通っている。メンタルヘルスのクリニック……、一人の医師が回している、心療内科、精神科、内科のクリニックだ。医師はそれぞれの専門医の資格を持っている医学博士だ。切羽詰まってそこを訪ねたときのことは書いた。
おれのかかりつけ医、ということになるのだろうか。とにかく薬をもらうために、月に一度訪れる。おれは今年の2月くらいから重めの抑うつに襲われた。ちょっと重くて、長いうつだ。おれは双極性障害、またの名を双極症、わかりやすくいえば躁うつ病だ。
まあそれで、眠りに問題が起きた。超短期型の睡眠薬を処方されていたが、早朝に覚醒してしまい、抑うつに加えて睡眠不足がのしかかってきたのだ。
そこで、おれは睡眠薬の切り替えを提案した。提案を受けて、医師は「デエビゴはどうだろうか?」と言ってきた。なんでも、なにか、今まで飲んでいたやつとは、機序が違うものらしい。ただし、副作用は「悪夢」という。現代の薬物療法で副作用が「悪夢」? とはいえ、睡眠が改善されるならばと、デエビゴにしてもらった。
その結果は最悪だった。副作用の「悪夢」というのは、正確には「夢見」というか、「夢を覚えている」ということになるのだろうか。とにかく夢を見る。夢を見る眠りは浅い。浅い眠りがずっと続いて、朝になっても眠さが持ち越され、起きられるものじゃない。この夢の体験についてはあらためて書きたい。
というわけで、ピルカッターで半分にして、それでもだめで、半分の半分にしたら、それでもなにか調子が悪く……、最終的には「何も飲まなくても眠れるんじゃないのか」と思って、睡眠薬を外してみたら、これが眠れない。おれは眠りに問題があるから睡眠薬を処方されていたのだ。当たり前の話だ。まったく。
で、予定より早く、ずっと早く通院することにした。デエビゴが合わなかったので、一刻も早く超短期型の睡眠薬に戻す必要があったからだ。具体的にはゾピクロン(先発商品名アモバン)に戻す。でもあれだな、ちょっと目先を変えてエスゾピクロン(先発商品名ルネスタ)にしてもらおうかな、という具合だ。ゾピクロンとエスゾピクロンの相違については、調べてみてください。ほとんど同じみたいなものです。
それと同時に……、同時に、花粉症の薬を処方してもらうことはできないだろうか。心療内科、精神科、そして内科を標榜している。本来なら耳鼻咽喉科あたりがストライクなのだろうが、内科でもおかしくないのではないか。ちょっと調べてそう思った。
そう思ったが、前に、ひどい寝違いをして首と頭が痛くなったときに、鎮痛剤の処方をお願いしたら、かなり嫌な顔をされたのを思い出す。ほかの医者から処方されたものでも、自分が出すのは嫌なものなのだろう。それでも出してくれたが、悪いお願いをしたなと思った。
そういうことがあるので、精神疾患領域以外の薬の処方をお願いするのは、ちょっと抵抗があった。しかしまあ、聞いてみて「市販薬を買ったらどうか」とか言われたなら、そのときはなにか考えよう。なんか、頭痛薬か胃薬で同じ様なやりとりをしたこともあったし。
それでおれは、医者に行って、診察室でこう切り出した。「二つお願いがあるのですが」と。一つ目は睡眠薬だ。これについては「デエビゴが効くタイプの不眠ではなかったみたいですね」ということで、エスゾピクロンの処方が決まった。ゾピクロンとエスゾピクロンの構造の違いについて説明されたが、処方薬局でも薬剤師さんが同じ話をしはじめたので、なにか説明したくなるものなのだろうか、鏡像異性体。
で、本題の二つ目だ。「二つ目なんですが、このごろ起きると目が異常に痒くなって、鼻水も少しあるんですが、ちょっと生活に支障が出てきて……。花粉症のお薬とか出してもらえますかね?」と切り出した。
それに対する、医師のリアクションは、ちょっと想像外だった。おれの記憶、捏造されたかもしれない記憶からすると、両手を少し広げて、「それなら、なんでも出しますよ」と言ったのだ。まるで、花粉症にウェルカム、ウェルカムと言っているような印象さえ受けた。「あれ、今まで処方したことなかったですかね」とパソコンで調べだした。
そして、「今まで出したことはなかったですね。なにがいいですか?」とか聞いてきた。おれは少しだけ調べていたので、「アレグラとか、アレジオンですか……?」と言った。「アレグラなら一日二錠ですね」と医師。「なんかステロイドが入ったやつもあるらしいですが」とおれ。「ステロイド入りが希望なの?」と医師。「いや、そういう情報を見たというだけで」とおれ。「ステロイド入りはおすすめしないなー」と医師。
ステロイド入りの花粉症薬。これは花粉症の先達である女の人に聞いたこともあるが、症状はすごく止まるが、同時に副作用もきついからすぐにやめたという話であった。
いや、なによりおれは花粉症の入門者だ。「アレグラでお願いします」。すんなりと処方が決まった。おれは医師も花粉症当事者で、ウェルカム、ウェルカムしていたのではないかと疑っている。
薬効があるからおれは病気だ
そして、おれはアレグラを飲み始めた。飲み始めるとすぐに効果があらわれた。朝、目が痒くない。本当に、本当の話だ。本当におれが花粉症なのかどうかは、実のところわかっていない。アレルギーのテストなどをしていないからだ。症状から推定されただけだ。でも、本当に効いてしまった。あの目の痒みが、治まった。
薬が効いたから、自分はその病気だ、という認識はありうると思う。おれは抗不安薬が効いたから不安症だった。抗精神病薬が効いたから、精神病だった。睡眠薬が効いたから、睡眠に問題があった。そのような逆算。そのような逆算からいくと、おれは花粉症だった、ということになる。
こうなると、もう認めないわけにはいかない。花粉症の薬が効いたおれは花粉症だ。花粉症デビューだ。なにかこう、花粉症の人たちが「おめでとう」と言いながら拍手しているようなイメージが思い浮かぶ。テレビ版の『エヴァ』のラストシーンのように。
そうだ、おれが「花粉症ではないけれど、なんか鼻がむずむずするっすよね」とかいうたびに、職場の花粉症の人たちは「ウェルカム、ウェルカム」言っていたように思う。あれは、なんなのか?
しかし、頑なに花粉症であることを否定しようとしていたおれもなんなのか。アルコール依存症やギャンブル依存症は否認の病と言われる。おれも両方ともひっかかっている人間なのでよくわかる。でも、花粉症はなぜ? 花粉に対処しなくてはいけないのが面倒だから? 花粉症の人間は弱みを見せているようだから? そこはよくわからない。だが、おれにとってはなにか否定したくなるものであった。「なぜ人は自らの花粉症を否認しようとするのか?」。研究の価値はなさそうだが。
しかしなんだ、新たなる花粉症の人にウェルカム、ウェルカム言うような気持ちにもならない。今後、花粉症の道を歩んでいったら、そういう心境になるのだろうか。いずれにせよおれはオールド・ルーキーだ。アレグラでどうにかなってはしゃいでいるだけだ。この先になにがあるのか、おれには今のところわからない。
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【著者プロフィール】
黄金頭
横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。
趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。
双極性障害II型。
ブログ:関内関外日記
Twitter:黄金頭
Photo by :david lindahl