AI時代の開発は「品質保証」がボトルネックに。「QAの総合力」がエンジニアの価値を左右する
生成AIによるコード作成が普及し、エンジニアの生産性は飛躍的に向上している。しかしその一方で、開発現場には新たな課題も生まれている。コード生成のスピードに「品質保証」が追いつかず、プロダクト開発のボトルネックになり始めているのだ。
この問題に警鐘を鳴らすのは、さまざまな立場でソフトウェア品質保証を手掛け、書籍や論文の執筆、登壇を通じてその重要性を発信してきた、QA/テスト領域のトップランナー・井芹洋輝さんだ。
「コードを書く生産性が高まっている今、AIが生成したソフトウェアの品質を担保し、プロダクト全体の価値を最大化する『QAの総合力』が、これからのエンジニアの価値を左右する」
2025年6月17日に著書『ソフトウェアテスト徹底指南書 開発の高品質と高スピードを両立させる実践アプローチ』(技術評論社)を上梓した井芹さんに、QA/テスト領域におけるAI活用のリアルと、AI時代に求められる新たな役割について、話を聞いた。
『ソフトウェアテスト徹底指南書』著者
井芹洋輝さん
開発者、コンサルタント、テストエンジニア、QAエンジニアなど様々な立場で様々なソフトウェア品質保証の業務に携わる。現在は車メーカーでテスト/QAテックリードとしてテスト/QA活動に従事。その他テストに関する講演、技術指導、複数の論文・書籍執筆などを手掛ける。JSTQB技術委員、テスト設計コンテストU-30クラス初代審査委員長。25年6月『ソフトウェアテスト徹底指南書』(技術評論社)を上梓
目次
生成AIはまだ「プロジェクトに潜むリスク」を嗅ぎ分けられないAIの進化で「品質保証」の重要性がより増していく旧来型のQAエンジニアの役割はシュリンクするAI時代を生き抜いていくための「五本柱」書籍紹介
生成AIはまだ「プロジェクトに潜むリスク」を嗅ぎ分けられない
皆さんの開発現場でも、GitHub CopilotやClaude Code、Cursorといった生成AIの導入が進んでいることでしょう。それはテストや品質保証の世界でも同様で、特にテストコードの実装においては大きな進展が見られます。
例えば、APIを呼び出すコードのエラーハンドリング部分をまるっと生成させたり、入力フォームのバリデーションを試すために正常系・異常系のテストデータを何十パターンも作らせたり。こうした定型的で手間のかかる作業をAIに任せることで、テスト作業のスピード向上を実感している方は多いはずです。
テストコードに限らず、ペルソナ分析のたたき台作成や仕様書のサマライズ、CI/CDに使うスクリプト生成など、テストプロセスのさまざまな場面で生成AIは「アシスタント」として非常に優秀(*)です。
しかし、現在の生成AIによる生成物は、その妥当性や安全性を人間が評価する必要があります。生成されたテストコードも、完成品ではなく「たたき台」や「テンプレート」として扱わなければならないのが現状です。
なぜならご存知の通り、現在の生成AIはもっともらしい嘘をつく「ハルシネーション」を起こしますし、意味を理解せず応答する「確率的オウム」と言われる返答を行う場合もあります。今の段階では、私たち人間のエンジニアによる最終的なチェックが欠かせません。
さらに、仕様書に明記されていないような識別困難な品質リスクを見抜き「勘所を突くテスト」を実施することも、現在の生成AIでは対応が難しいと言えます。
経験を積んだエンジニアであれば、「このプロジェクトの状況だと、過去のあのプロジェクトで起きたようなバグが潜んでいそうだ」「開発者との会話で、品質リスクが高そうな箇所が見えてきた」「組織連携の問題で、このインターフェースの品質リスクが高そうだ」といったように、表面化されていないリスクを嗅ぎ分けることができます。
しかし、現在のAIに仕様書を渡して「怪しい部分を突くテストケースを作って」と指示しても、そうした暗黙知までは汲み取ってくれません。
開発の様々な情報を複合的に分析し、プロダクトに潜む品質リスクを見つけ出してシステムの品質を担保する。まさにそこが、私たちエンジニアの経験と知見が活きる領域であり、生成AIにはまだ超えられない壁なのです。
(*)生成AI以外のAI技術も、パターンマッチによる欠陥検出などで以前から活用されてきました
AIの進化で「品質保証」の重要性がより増していく
AIが定型業務をこなし、人間はより高度な品質管理・品質保証を行う。
この分業体制は、一見すると理想的に見えるかもしれません。しかし、このAIとの関係性が、実は開発プロセス全体に新たなボトルネックを生み出し始めています。
AIの進化によって、プログラミングのスピードは今後も向上していくでしょう。より高度で複雑なソフトウェアを、これまでより短期間で構築できるようにもなります。ですが、いくらコードを速く作れても、いくら高度で複雑なソフトウェアを実現できても、その品質が保証されていなければプロダクトとして世に送り出すことはできません。
つまり開発チームは「自分たちが品質を保証できる範囲のスピードでしか、コードを生成できない」といった制約に直面することになるのです。
この課題は、生成AIが生み出す成果物の品質が向上すれば、ある程度緩和されるかもしれません。ただ前述した「プロジェクトの機微から品質リスクを分析し対策する」仕事が、ボトルネックとして残り続けます。
こうした「品質保証のボトルネック」は、もはやテスト専門チームだけの問題ではありません。開発に携わるエンジニア一人一人が、「自ら生み出したコードの品質を、いかに高速に保証していくか」といった問題に直面しているのです。
では、この新たなボトルネックを解消するために、組織は、そして私たちはどう動くべきなのか。この問いは、これからの「品質保証の役割」を問い直す議論につながっていきます。
旧来型のQAエンジニアの役割はシュリンクする
「品質保証の役割」を再定義する流れの中で、「生成AIによって専門のQAエンジニアは不要になるのでは?」という問いを耳にすることがあります。
結論から言えば、その答えは「いいえ」です。しかし、より正確に答えるならば「旧来型の単純作業に特化したQAエンジニアの役割は縮小する」となります。
AIによって生産性が向上し開発が効率化されるほど、エンジニアはより顧客満足に直結する領域に注力できるようになります。結果として、品質保証にはこれまで以上に高度な対応が求められるようになります。品質保証の役割は今後ますます重要になっていくため、QAエンジニアが不要になるとは考えていません。
論点は「要るか、要らないか」ではなく、「誰が、どう担うか」にあります。
近年のスピードが速いプロダクト開発の現場では、「開発者が品質保証も担う」スタイルが増えています。生成AIによるコーディングの加速は、この傾向をさらに後押しするでしょう。
結果として、品質保証のタスクは特定の専門家からチーム全体へと広がり、同時に、これまでQAエンジニアが担ってきた単純作業はAIに代替されていきます。これらの流れが、旧来のQAエンジニアの作業領域をシュリンク(縮小)させていくことにつながります。
加えて、QAエンジニアの成果が可視化されにくい特徴も、このシュリンク傾向に拍車をかけます。
プログラマーを解雇すれば機能開発が止まるため、その影響は誰の目にも明らかです。一方、QAエンジニアを減らしても、短期的に目に見える損失は発生しません。ただ「品質のリスクが放置される」だけです。
この「成果の非可視性」が、効率化の名の下で、QA専任のポジションが削減対象とされやすいという厳しい現実につながっています。
以上の点をまとめると、AI時代において「品質保証」という業務の重要性は増す一方で、指示されたテストをこなすだけの「旧来型のQAエンジニア」はシュリンクする傾向が強まっていくでしょう。
AI時代を生き抜いていくための「五本柱」
これからソフトウェアQAの仕事や求められる職能が、生成AIによって大きく変化していきます。その中で価値を発揮していくためには、QAの「能力の総合性・体系性」を高めていかなければなりません。総合的な能力があれば、現状の生成AIのみでは実現が難しい、さまざまな観点で品質リスクを分析し勘所を突く活動ができるようになります。
また、たとえ生成AIによって一部の業務がシュリンクしても、他の領域の強みを活かし、自身の価値を保ち続けることができます。プログラミングにおいて、現代的なフレームワークの出現でローレイヤーの実装機会がシュリンクしても、ハイレイヤーの設計力や、プログラマーとしての総合力の価値が残り続けたように、です。
では、この総合性・体系性を高めていくにはどうすればいいか。私は、キャリアを考える上で「五つの柱」を意識し、体系的にスキルを身に付けていくことを推奨します。
「ドメインと顧客満足」(ビジネス貢献)
まず第一に、顧客満足の実現やビジネス成功のためのスキルを挙げます。
ユーザーが求めるものをどのように実現するか、ユーザーの不評をどう回避するか、競合に勝つにはどうするか、プロダクトに求められる法規やバリューチェーンの要件をどう満たすか、ビジネス成功のためにニーズとプロダクト仕様のバランスをどうとるか。
これらの課題に品質面で対応するための知識・分析アプローチ・手法の能力が該当します。現在のように変化の激しい状況下では、将来どうなるかといった予測能力も重要になります。
「品質保証・管理」
続いては顧客満足を実現するための、品質保証・品質管理の能力です。
具体的には、開発の中で品質に関わるリスクを導き出して対策する、品質要求に応じて的確なテストを作る、さまざまな分析を通してプロダクトのバグを見つけ出すといった業務を遂行するスキルとなります。
中でも近年では、以下の2点がより重要になります。1点目は、バグや品質リスクを予防・早期対策したり、品質の早期確保をサポートしたりするシフトレフトの能力。2点目は、自動化やアジャイルテストといった、品質関連活動の迅速性を高める能力です。
「開発・技術力」
三つ目は、設計やプログラミングといった、プロダクト開発の能力です。
品質保証において、テスト容易性をはじめとした保守性の確保、疎結合設計といった品質を確保する設計スキルも重要になります。さらに、設計やコードを読んでバグやリスクを見つけ出すためにも、これらの能力が求められます。
また、テスト自動化や品質モニタリング自動化、CI/CDの充実といった、テストの効率・有効性を高めるための開発力も欠かせません。
「マネジメント・体制構築」
QA活動のマネジメントのほか、顧客満足を実現するための体制やプロセスの整備能力です。
組織のマネジメント業務でなくとも、例えば自分の業務についてプロセスを整理し、組織活動が円滑に進められるようにサポートする能力を鍛えるのも有効です。
現代的な開発では、開発者テスト、生成AI、テストエンジニアのテストなどさまざまなテストや品質活動を組み合わせますが、それらの全体整合を整えるスキルが重要になっています。
「ヒューマンスキル」
時代を超えて普遍的な、人間ならではの力です。
開発者とうまく連携してテストに必要な情報を入手する、チームの心理的安全性を確保してネガティブな課題に対応する、前向きな批判思考で品質リスクを見逃さない、といった能力が含まれます。
これからの時代は、特定の専門性のみに特化するだけでは、エンジニアとして生き残れない可能性が高いと思っています。顧客満足・品質・開発・マネジメント・人間性。これら五つの点を総合的・体系的に高め、多方面で専門性を確立することが求められます。
ですから、ソフトウェアQAに関わるエンジニアの皆さんには、自身の持ち場に閉じこもらないでほしい。テストだけではなく、開発やマネジメント、顧客との接点も深め、多方面に知見を広げてみてください。
生成AIが単純作業を代替してくれる時代は、私たち人間が、人間だからこそできる、より複雑で本質的な仕事に集中できるチャンスです。大変な時代ではありますが、この好機をぜひ生かしてほしいと思います。
取材・文/今中康達(編集部)
書籍紹介
『ソフトウェアテスト徹底指南書 開発の高品質と高スピードを両立させる実践アプローチ』(技術評論社)
本書を通して、ソフトウェアテストの知識・技術を体系的に学びます。そしてその中でテストによって次の課題にどのように対応していくか学び、現代的なソフトウェア開発に対応するため総合力・基礎力を強化します。
●開発成功や顧客満足実現をどう支えるか
●開発の高品質と高スピードの両立を支えるアプローチとは
●アジャイルや継続的デリバリー、DevOpsの導入にどう対応するか
●テスト自動化といったテスト技術導入を成功させるには
●チーム全体でテストを推進していくためには
●定番のテスト失敗要因に対しマネジメントでどう対策すべきか
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