【宮島未奈さんの新刊「それいけ!平安部」 】 「全肯定」がキーワード。老若男女の背中をグッと押すエンパワーメント小説
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は4月21日初版発行(奥付記載)の宮島未奈さん(富士市出身)の新刊「それいけ!平安部」(小学館)を題材に。
2023年発刊のデビュー作「成瀬は天下を取りにいく」(新潮社)がいまだにベストセラーランク上位をにぎわせ、続編「成瀬は信じた道をいく」(同)や「婚活マエストロ」(文芸春秋)も第22回本屋大賞で多くの書店員から支持を集めた宮島さん。あれよあれよという間に日本屈指の売れっ子作家になったが、相変わらず肩の力が抜けていて何の気負いもない。読み手にストレスを与えない文体に、一層磨きがかかっているように思える。
地方都市の高校の部活動、という青春小説の王道設定に挑んでいるのだが、実に思い切った滑り出しである。主人公の牧原栞は高校入学初日に、書道教室の娘平尾安以加から「平安時代に興味ない?」と聞かれ、「平安部」を作りたいと明かされる。始まって5ページで、ずばりこの名前が出てくる。平安部のコンセプトや活動内容について、こねくり回した形跡は一切ない。
学校に「部」として承認されるためには生徒5人が必要なのだが、「南総里見八犬伝」あるいは「水滸伝」やマンガ「ドカベン」を思わせる流れで、一芸に秀でたメンバーが次々加わっていく。まさに王道である。これを堂々と実行できるのは、「成瀬」シリーズが多くの人に受け入れられた自信によるものではないか。
「成瀬」シリーズは女性2人、「婚活マエストロ」はアラフォー男女、というデュオが物語の軸になっていたが、今回は部員5人の群像劇としても読める。ごちゃついた人間関係に陥らないのは、作家の力量。ほぼ全ての提案や意見が「YES AND」で進むのもすがすがしい。
この作品のキーワードは「全肯定」だ。そしてそれは読者の背中を押す、具体的な力として機能する。何だってやれる。失敗しても次がある。これは老若男女に向けたエンパワーメント小説である。
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