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ベテラン歌手・朝丘雪路がCBS・ソニー移籍後の第一弾が起死回生の大ヒットとなった「雨がやんだら」は天然キャラに似合っていた?!

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ベテラン歌手・朝丘雪路がCBS・ソニー移籍後の第一弾が起死回生の大ヒットとなった「雨がやんだら」は天然キャラに似合っていた?!

 久しぶりに〝天然キャラ〟のお嬢様、朝丘雪路に再会した。映画『男はつらいよ~花も嵐も寅次郎』(1982年12月28日公開)のテレビロードショー。冒頭シーン、行商の旅から葛飾柴又に帰ってきた寅さん(渥美清)が「とらや」の店先で、ばったり幼馴染の女子同級生の桃枝と再会する。ちょっと身持ちが悪そうで色気たっぷりの桃枝役が朝丘雪路だったのだ。デレっとしていちゃいちゃする二人のシーンを観ながら、そういえば、本欄で、沢たまきの「ベッドで煙草を吸わないで」を紹介したが、ボクにとっての青春昭和歌謡をあらためて振り返ってみると、いつも〝年上(年増)の女〟を追っかけていたことが過ぎったのだった。因みに、朝丘雪路は寅さんのマドンナ役ではなく、派手な背広を身にまとった亭主の人見明が登場して、寅と桃枝再会の一幕は終わる。マドンナどころか寅さんが旅先で知り合う、沢田研二と田中裕子の恋愛劇の応援団となっていて、マドンナ不在の「男はつらいよ」だった。

 さて、「ベッドで~」から4年後、1970年(昭和45)10月21日にリリースされいきなりヒットチャートに姿を見せて1971年に大ヒットした朝丘雪路の「雨がやんだら」も忘れられない一曲だった。勿論、大人の色気たっぷりで以前から憧れの年上の女だったのだ。当時、朝丘雪路といえば押しも押されもしないベテラン歌手であり映画・ドラマにも引っ張りだこ。夜の大人向けお色気バラエティー「11PM」の金曜日のレギュラーホステスとして天真爛漫なお色気が人気で、大橋巨泉とのMCコンビは長く続いた。朝丘の胸を〝ボイン〟と言ったのは大橋巨泉で、流行語にもなって〝巨乳女性〟の代名詞にもなった。朝丘の歌手としてのキャリアもすでに定評があった。NHK紅白歌合戦には1957年(昭和32)の第8回に初出場して、1年おいて第10回から第17回まで8回連続出場。さらに5年のブランクを経て1971年「雨がやんだら」で第22回NHK紅白歌合戦にカムバックを果たした。

 そういえば、沢の「ベッドで~」と、朝丘の「雨が~」のヒットには共通している側面がある。二人ともすでに歌謡界のベテランであることには間違いないが、鳴かず飛ばずのテイチクからビクターに移籍した沢たまきは最初のシングル「ベッドで煙草を吸わないで」がヒットして代表曲となった。一方、女優、タレント業はともかく歌手としては低迷気味だった朝丘は、東芝音楽工業からクラウンに移ったものの、「ふり向いてもくれない」(1965年)がスマッシュヒットした程度で、CBS・ソニーに移籍し起死回生ともいえる第一弾のシングルが「雨がやんだら」だった。

 ジャズシンガーとして洋楽スタンダードのカバーを売り物にしていた沢たまきは、お色気歌謡へのイメチェンに成功した。朝丘は、作詞:なかにし礼、作曲編曲:筒美京平によってポップス的なセンスを吹き込まれ濃密な〝別れの歌謡曲〟に明るい色香を横溢させて大ヒットさせたのだ。当時CBS・ソニーの若きディレクター、酒井政利の手によって朝丘は〝再生〟されたと言われている。後に山口百恵等を発掘した伝説のプロデューサーの仕事である。プロ野球選手の移籍後の大活躍をまま見ることがあるが、レコード会社にもベテラン女性歌手を迎えるに当たっては、それなりの〝打つ手〟を用意してのことだったのだろう。

 
 因みに、筒美京平は1969年の第11回日本レコード大賞・作曲賞「ブルー・ライト・ヨコハマ」(いしだあゆみ・歌唱)に次いで、1971年の第13回日本レコード大賞・作曲賞を「雨がやんだら」で受賞。同年の日本レコード大賞は、やはり筒美の作曲による「また逢う日まで」(尾崎紀世彦・歌唱)だった。筒美京平はその後も大ヒットメーカーとして活躍が続くがそれは別の機会に譲ろう。

 さて、朝丘雪路は沢たまきより二つ上の1935年(昭和10)生まれ、芸者出身で築地の料亭の女将であり芸事に長けた母と日本画家の伊東深水の非嫡出子だった。3歳で日本舞踊を習い、宝塚歌劇団を経て19歳で松竹入り。1955年、『ジャズ娘乾杯!』(宝塚映画)で早々に映画デビュー。この作品を紐解くと、監督・井上梅次、伴淳三郎、寿美花代、朝丘、雪村いづみ、ペギー葉山、江利チエミ、フランキー堺といった出演陣で、昭和30年にしては白黒ながら本格的な音楽映画として紹介されている。宝塚音楽学校で鍛えられた実力はデビュー早々に発揮されたのだった。歌手デビューは、前述の通り1957年のNHK紅白歌合戦に出場しているが、レコードデビューとしての記録は、東芝音楽工業から1958年(昭和33)のテレビ塔(東京タワーという命名は後のこと)の完成を控えて、山下敬二郎とデュエットした「テレビ塔音頭」。当時は東京芝浦電機の音楽事業部から「東芝レコード」として発売され、B面には「テレビ塔の見える道」(大江洋一・歌唱)が収録されている。世を上げて高さ333mの東京タワーの出現が注目されていた時代の朝丘雪路のレコードデビューである。しかし東芝からのヒット曲は「道頓堀行進曲」も知られるが、大きなヒットはなかった。

 作詞のなかにし礼にとってはお得意の男女の別れをテーマにしている。

…〝雨がやんだら〟悲しい別れの時が来るのね、雨がやんだら、誰に逢いに行くの? 二人の思い出を水に流して、冷たい靴音を私の耳に残して、出て行くのね、雨がやんだら、あなたが作ったインクの染みを、花瓶をづらして隠してしまうわ…

 と、長く付き合った男がつれなく出て行く、大人の男女の切ない別離のシーンを描いている。字面からは何とも女の未練たっぷりの詞で、それでもなぜか、朝丘の歌唱からフラれた女の悲しみがあまり伝わって来ない。今は悲しい涙にくれるけれど、追いかけてすがり付くような女に堕してはいない。毅然として男が出て行った後、南の窓にブルーのカーテンを閉める、どこかさばさばした曲想に感じる。ポップスのテンポにも依るのだろうか。

 実は、これには朝丘雪路という類まれな乳母日傘の育ちからくるキャラクターに由来しているとボクは思っている。妾腹の子とはいえイジけたところがない。おっとりとした根っからのお嬢様として、上げ膳据え膳の暮らしが身についていた。東京市京橋(築地)の生家から銀座の泰明小学校まで1㎞あるかないかの距離の登下校を人力車で送迎されていたという。父の伊東深水の溺愛ぶりには驚かされるが、雨が降っても傘の開閉をさせなかったのは、指の怪我を案じたからだ。中学生になって気まぐれでたった一人で通学してみたが迷子になって大騒ぎ。電車で移動することも切符を買う方法すら知らなかった。こうしたエピソードの多くは雑誌のインタビューやテレビ出演の際にご本人が語っているが、お嬢様育ちにも程がある。とにかく自分で金を払って買い物をしたことがない。結婚後、買い物の支払いはすべて1万円で、釣銭の千円札や硬貨は使わずに抽斗に放りっぱなし、夫の津川雅彦が抽斗から溢れ出るほどの小銭の山に唖然とした。デパートの屋上で幼い娘の真由子がジュースを所望すると、自動販売機に向かって、「朝丘です。あ・さ・お・か・です」と呼びかけた。自販機を使ったことがない朝丘は名乗れば商品が出てくるものと思い込んでいた。真由子は、「お金を入れないと買えないよ」と母親を諭したという。

 ことほど左様に、朝丘雪路が語られるとき浮世離れしたエピソードが山となる。テレビのバラエティー番組に引っ張りだこになったのは、朝丘自身真面目に語っているにも関わらず、一般人にとっては常識外れな天然発言が人気を博していたからだった。

 芸名・朝丘雪路とは、「冬の朝、丘の上に降り積もった雪で真っ白くなっているが、その路を美しく歩く女優になってほしい」が由来で、父の深水と友人の役者、花柳章太郎、阪急東宝グループの総帥、小林一三らが寄って名付けた。終生、誰にも踏まれない真っ白い心のままだからこそ、天然キャラクターたりえたとは言えまいか。

 50歳にして日本舞踊の新しい流派「深水流」を興して家元になり、宝塚歌劇団100周年記念のプロジェクトで2014年に創立された『宝塚歌劇の殿堂』の最初の100人の一人として殿堂入りを果たした。長年の芸能活動に対して、文化庁芸術祭賞優秀賞受賞(1981年)、芸術選奨文部科学大臣賞受賞(2003年)、旭日小授賞受賞(2011年)。お嬢様のまま、昭和平成の芸能界、歌謡界を渡り切った朝丘雪路の最期を看取った夫・津川雅彦は「死因はない」と語った。診断書の「認知症」とは「天然のまま」と解していいのだろうか。2018年4月27日逝去、享年82。

文=村澤 次郎 イラスト=山﨑 杉夫

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