八ッ場ダムに水没した吾妻線の旧線をそっと遠くから見つめる。生まれ変わった遺構にレールバイクも
山間部を縫う鉄道路線のなかには、ダムの建設によって水没するために線路を付け替え、旧線は水底へと沈んだ区間があります。北上線の錦秋湖や飯田線の佐久間湖、注目を集めている旧士幌線のタウシュベツ橋梁もそうですね。前回紹介した吾妻線(旧長野原線)は、2014年に八ッ場(やんば)ダム建設によって岩島〜長野原草津口間の線路が付け替えられ、旧線跡は八ッ場あがつま湖へ没しました。前回までは旧長野原線の太子駅跡まで追うのに精一杯でしたので、吾妻線の旧線跡はここで紹介します。
旧線跡の一部はレールバイクへと生まれ変わった
紹介するとはいっても旧線跡の約半分は水底となっており、旧川原湯温泉駅も湖に没しています。そのかわり、岩島駅の現在線分岐地点の先から八ッ場ダムのダムサイトまでは、線路を付け替えてから10年が経過していますが、レールや枕木はもちろん、橋梁もそのまま残されており、踏切の場所以外は残存しています。
この区間の遺構は、東吾妻町へ移譲されたあと「吾妻峡レールバイク アガッタン」というアクティビティに生まれ変わっているのです。
吾妻川がつくり出した吾妻峡に沿った旧線跡は、途中に樽沢隧道という全長7.2mの短いトンネルもあります。その線路をレールバイク(自転車型トロッコ)で巡れるのです。ダムに没した旧線跡はたいてい自然へと没していきますが、吾妻線はそのまま線路が活用されている稀有な例なのですね。
ではそこから……といきたいところでしたが、休業日の水曜日に訪れるしかなかったのと、蒸し暑さが大の苦手なため、ここはあらためて紅葉のシーズンに再訪してじっくり巡りたいと思います。
アガッタンには乗れないのですが、岩島駅の先から残る旧線跡を少しだけ見ました。
旧線跡の敷地は東吾妻町管理のため立ち入り禁止ですが、国道145号の脇から残されている線路には架線柱が並び、架線も張ったまま。アガッタン乗り場となっている「雁ヶ沢駅」付近まで続いているのです。国道から雁ヶ沢駅までは、まだレールバイクの運行を行なっていないのですが、将来的に実施するように見受けられ、そのために線路設備を残したままなのでしょうね。
水位が下がったときに見られる水没遺構を遠くから……
さて、「アガッタン」となった旧線跡以外は、あがつま湖の水位が下がったときに見られます。残念ながら旧川原湯温泉駅は水底なので、おそらくホーム土台が残っているかと思うけれど、どんなに水位が下がっても見ることが叶いません。
10年前の記憶と旧版地形図を頼りに、八ッ場大橋の橋上から湖面を見つめ、旧線跡のラインをなぞります。西側(吾妻川上流側)を向いて、右手寄りに線路はありました。「八ッ場林ふるさと公園」付近の斜面に線路はあったはずですが近づけません。
遺構がしっかりと見られるのは、国道145号の丸岩大橋の橋上からです。西側に歩道があって、目もくらむ高さなのですが下を見下ろすと旧線跡の敷地が弧を描いており、擁壁と単線分の土盛からして、すぐに鉄道跡だと判別できます。
旧線跡の隣には旧国道らしき道路の跡が並んでいて、土盛を目で追っていくと欄干も残されたままの橋梁を確認しました。上路式プレートガーダですね。トンネルや擁壁といった土木物はそのままダムに沈みますが、橋梁の桁を撤去しないまま沈めるのですね。道路だとガードレールも残されたままです。桁が堅牢で水没しても外れないからか、水流の邪魔にならないから放置しても差し支えないか……。どうなのでしょう。
丸岩大橋の歩道は西側にしかなく、反対の東側は車道のみとなっているので確認できませんが、きっとトンネルがあるはず。それが分かるのは丸岩大橋を渡った先の対岸からとなります。
対岸にはキャンプ場が併設された『八ッ場湖の駅丸岩』があって、あがつま湖と道路を運行(運航)する観光用水陸両用車乗り場にもなっています。
この場所からはあがつま湖が一望でき、橋上から見られなかった旧線跡のトンネルが2カ所遠望できるのです。望遠レンズがあればズームして観察することができ、丸岩大橋越しに先ほどのプレートガーダも確認できます。
ほんとうはトンネルや橋梁の近くに寄りたいのですが、満水時には水没する場所であり、そこへ至る道はもう存在しません。水位が下がったときにだけ見られる遺構ということで、遠くから見つめるのが良いのでしょう。
旧線跡は、付け替えとなった国道145号に吸収されるようにして消え、再び現れるのは長野原草津口駅東側の水路付近です。2本の留置線となっている線路が旧線の名残りで、留置線が途切れた先、小道の向こう側の森に、チラッと架線柱が確認できました。
木々の成長著しく、架線柱はほとんど隠れていますが、森の前に立つと少しひんやりとした空気が流れてきます。この先にはトンネルがありました。ここも立ち入り禁止なので全容はつかめませんが、きっとトンネルが口を開けているハズです。
以上が吾妻線の旧線跡の痕跡となります。ダムに水没した旧線跡は、水位が下がったときにしか見ることができない水没遺構です。鉄道に限らず高知県早明浦ダムの旧庁舎や鹿児島県鶴田ダムの曽木発電所跡などは水中遺跡のような存在になっており、ここもやがてそうなっていくことでしょう。
取材・文・撮影=吉永陽一
吉永陽一
写真家・フォトグラファー
鉄道の空撮「空鉄(そらてつ)」を日々発表しているが、実は学生時代から廃墟や廃線跡などの「廃もの」を愛し、廃墟が最大級の人生の癒やしである。廃鉱の大判写真を寝床の傍らに飾り、廃墟で寝起きする疑似体験を20数年間行なっている。部屋に荷物が多すぎ、だんだんと部屋が廃墟になりつつあり、居心地が良い。