韓国暗黒史「私の細胞の中に刻まれている」ファン・ジョンミン“独裁者”熱演の原動力とは?【釜山国際映画祭】
韓国映画界の頼れる兄貴ファン・ジョンミン登場!
ファン・ジョンミン主演の刑事アクション映画『ベテラン』(2015年)の9年ぶりとなる続編、『ベテラン2』(原題)が韓国で大ヒット中。今年は『ソウルの春』(2023年)が日本でも大きな話題を呼んだファン・ジョンミンが10月4日、釜山国際映画祭の人気企画アクターズ・ハウスに登場し、1時間以上にわたって俳優人生を振り返った。
熱血ベテラン刑事、ソ・ドチョルのトレードマークであるジーンズに白いスニーカー姿で現れたファン・ジョンミン。客席に向かって拍手をしながら笑顔で登壇した姿はまさに、頼れる兄貴というイメージ通りだ。しかし本人は、「舞台上のキャラクターとして観客と会うのは慣れているけれど、素の人間ファン・ジョンミンとしてステージに立つのは恥ずかしいですね」と照れ笑い。まずは『ベテラン』のソ・ドチョルという愛すべきキャラクターの誕生について語った。
「無名の頃は、職業欄に“俳優”と書くのが恥ずかしかった(笑)」
『新しき世界』(2013年)の倉庫のシーンを撮っている時、『ベルリン・ファイル』を撮影中だったリュ・スンワン監督がやってきたんです。監督の顔を見ると、とても辛そうに見えた。なぜ好きでやっている仕事がそんなに苦しそうなんだろうと思い、次は楽しく笑いながらできる作品をやりましょう、と話して生まれたのが『ベテラン』でした。
9年ぶりにソ・ドチョルを演じたことについては「私が“続編”に出るのはこれが初めて。俳優にとって主演シリーズを持つというのはとても光栄なことです。1作目のストーリーと人物が魅力的で人気となったおかげで、2作目も作れたわけですから。私の人生に活力を与えてくれる栄養剤のような作品ですね」と語り、『ベテラン3』の可能性も否定しなかった。
『ソウルの春』、『ベテラン』共に1300万人超えの大ヒットを記録し、9月末に公開されたばかりの『ベテラン2』も10月中旬に700万人に到達。“興行保証スター”と言われるファン・ジョンミンだが、今も自分のホームと言うべき舞台を大切にしており、ほぼ毎年のように演劇に出演している。この夏もシェイクスピアの「マクベス」に挑んだ。「オケピ」や「ラ・マンチャの男」といったミュージカルへの出演も多い。
何よりも舞台で演じている時に、自分が生きていると実感できるんです。無名の頃は、海外旅行の書類の職業欄に“俳優”と書くのがとても恥ずかしかった。まだ何にも出ていないのに(笑)。
シェイクスピア劇を続けて演じているのは、目で見て面白く、耳で聞いて楽しむ、そのエレガントさ、素晴らしさを観客と分かち合いたいから。僕らが学生の頃に比べて演劇の劇場が減ってしまったので、盛り上げたい気持ちもあります。セリフは難しいけれど、そのニュアンスを韓国語でどう伝えるのかという醍醐味もある。これからも舞台に立ち続けたいですね。
俳優は演じていなければ、何者でもありません。スランプを感じたことはありませんが、少し惰性になっている気がするときはある。でも舞台に立つと初心に戻れます。脚本を全ておぼえ、上演期間の最初から最後まで同じ状態でパフォーマンスを続けなければならない。観客はその日しか観るチャンスはないのですから。自分の体が素材である仕事に責任を持つ必要があります。
「私は光州事件を、見て育った世代です」
本年度の米アカデミー賞の韓国代表作品にも選ばれた『ソウルの春』では、1979年12月12日(これが英語タイトルになっている)に起きた軍事クーデターの首謀者チョン・ドゥグゥアンを演じた。全斗煥(チョン・ドファン)元大統領をモデルにした人物で、見た目もかなり近づけている。
実は、この大ヒット作(年末の映画賞も確実視されている)について、ファン・ジョンミンは舞台挨拶などは行っていたものの、これまでインタビューを受けてこなかった。その理由についてこう語る。
『ソウルの春』は史実をベースにしていますが、政治的な映画ではありません。でも、私が何か言うことで政治的に見られてしまう恐れがあった。ありがたいことに、観客がこの映画を支持してくれました。まさかここまで大ヒットするとは思いませんでしたね。
独裁者として韓国史に名を残す悪役を演じ切ったことの原動力は、子供の頃の原体験だという。
私はあの人物が起こした信じがたい行動、その少し後に起きた光州事件(1980年)を、見て育った世代です。まだ子供だったから実体験したとまでは言えないけれど、私の細胞の中に、血の中にその歴史は刻まれています。
そして100年前や1000年前の歴史はたくさん教わるのに、近現代史についてあまり学ぶ機会がないことも、ずっと不思議でした。あの時、本当は何があったのかと思いながら育ったわけです。『ソウルの春』が描こうとしたことを、観客の方々が深く理解してくれたことに感謝します。
1970年生まれのジョンミンにとって10代のほぼ全てが、暗黒時代と言われた全斗煥軍事政権下だったのだと改めて実感した。
コメディが好きだというファン・ジョンミンは、恋愛映画には『ユア・マイ・サンシャイン』(2005年)など数作品にしか出ていないことを進行役の評論家に指摘されていたが、ぜひそろそろ大人のラブストーリーも観てみたいもの。アクターズ・ハウスの終了時間となっても観客からの質問に答え続けたファン・ジョンミンは、投げキッスをしながら大歓声の中、会場を後にした。
さらにそこから映画祭の別会場に直行し、『ソウルの春』のトークにも参加。前夜に<釜日映画賞主演男優賞>を受賞したチョン・ウソンを祝福しつつ、お茶目なポーズをとるなど終始上機嫌だった。
取材・文・撮影:石津文子
『ソウルの春』全国公開中